6話 占拠された村
「勇者様が2人もいてくれるなんて、今日は楽に終わりそうだな!」
憲兵達は歓談している。これから盗賊退治するという雰囲気では無い。どうも自分だけが緊張しているようだ。
「おいおい、そんなに緊張しなくていいんだぜ、盗賊風情なら勇者様に太刀打ちできはしないからよ。それに俺たちもまあまあだがやる方だぜ!」
頼もしいんだけど。
「ここら辺は魔物も出ない。肩の力を抜いておいた方がいい」
どうにもフラグに聞こえてしまう。本当に大丈夫なのか?
「……おい。」
ゴリラに声を掛けられる。
「どうしたゴリラ?」
「おい! ゴリラではなくて俺の名前はアカツキだ! ……その、この前の女性はどうしたんだ?」
どうしたと言われてもついてきていてそこに居るのに何を言っているのか。シルフを探して周りを見回す。
……あれ? シルフが居ない。それどころか、精霊が誰もいない!?
まさか、何処かで迷子になったのか!? 全員揃ってそんなことは無いはずだけど……もう一度見回す。
「居ない……」
変な汗が出てきた。精霊が居ないと自分一人では何も出来ない。一般人以下もいいところだ。
『はぁ、ヘタレなご主人様、そんなに慌てなくても近くに居ますから』
声は聞こえるが姿は見えない。憲兵たちも突然聞こえてきた声に慌てる。そういえば初めて会った時も姿が見えなかった。
『精霊は元より自然の一部、こうやって自然に潜み姿を消しながらでも付きまとうことはできます』
風が吹き、シルフが姿を現す。憲兵もゴリラも目を丸くする。
『そんなに私を欲しているようですし出てきてあげましたよ?』
シルフは憲兵に会釈をする。
『不束者の主人をよろしくお願いいたします。憲兵様方』
「うぉぉぉ! 俺に任せてくれっ!」
憲兵達が沸く。まあ、シルフみたいな美人に頼まれれば自分もあんな風になるのかもしれない。
『それで? ヘタレゴリラ、私に何か用ですか?』
「あ、いや、あの時のこと、ちゃんと謝れなかったからな、少し気になっていた。本当に申し訳なかった」
『そうですか』
ここまで興味無さそうなシルフの顔は初めて見た。ゴリラは苦い顔をして黙ってしまった。
「ハイキングみたいだ」
1時間近く草原の道を歩いた。リスやウサギみたいな小動物がぴょんぴょんしてたりして、ほっこりする。
「まあな。魔物の凶暴化を防ぐ結界が張ってあるからな。この国ができた頃からあるらしいんだ」
凄く自慢げに話してくれる。なるほど。それは凄いことなのだろう。
「この国の成り立ちから今に至るまでの歴史を聞かせてやりたいが……もう少しで件の村だ。気を引き締めてくれ」
村が見えてきた。準備をするために村の全貌が見える丘の上に陣取ることになった。
村には誰も居ないのか? 人っ子一人いない。
「村の中央にある役場を占拠しているらしいが……ここからでは分からないな」
中央には周りより大きな建物が一軒だけある、あれが役場か。
「うーん。人質の有無に、盗賊の人数に正確な場所。何一つ分からない状況だ。どうしたものか」
「俺達で突撃すればいい」
息巻いているゴリラを余所目に村を観察する。規模の大きい村で民家も数がある。全員を役場で人質にするとぎゅうぎゅう詰めになるだろう。
情報提供者がいてその人物は中の様子を知っている。逃げる余裕はあったということなのか?
「取りあえず偵察してくる。このままでは埒が明かないだろうしな」
偵察に行った憲兵が帰ってくる。
「いやぁ、ダメだった。民家はカーテンで中が見えない。役場からは音が一つもしない。音を立てずに隠れているのなら立派なもんだよ」
誰もが口をつぐむ。最悪の展開を想像してしまったのだろう。
「突入するしかないな。勇者様方は準備が出来ましたら言ってください」
「自分はいつでも大丈夫です」
「俺も大丈夫だ」
全員準備は出来ていたようだ。
「分かりました。では行きましょう」
役場の正面は大通りになっていて大通りに出れば役場の様子がよく見える。憲兵の鎧の音以外何も聞こえない。民家はカーテンが閉まっていて中の様子を伺うことはできない。
民家の陰に隠れながら役場を見る。役場の入り口は開いているが中は暗くて見えない。
そのまま周囲を警戒しながら役場に近づいていく。
憲兵がこちらを手で遮る。先行してくれるらしい。
いつでも援護できるように心の用意はしておこう。まずは魔法を考えなければ。制圧できて民家や周りに被害を出さない魔法かぁ。
毎回吹き飛ばすだけというのは芸が無い。
『どんなことでもしっかり形にできればボクに出来ないことは無いんだよ』
突然ウンディーネに声をかけられる。いつの間にか姿を現していた。
自分の考えを読んだのだろう。にこやかな顔で自分の顔を眺めているようだ。
改めてウンディーネの言葉の意味を考える、それはつまるところ自分の想像力次第ということだが。やっぱり、考えるほどのことでもなかった気がする。
殺さないこと、逃がさないこと、周りに被害を出さないこと、この3つは最低限守らなければ。
足元から水流で絡め捕りそのまま捕縛してしまえば良いか。
そんなことを考えていると憲兵が役場の入り口に着き、中の様子を伺っている。出てきたタイミングで魔法で制圧すれば依頼は終わりだ。
バーンっと凄まじい音を立て役場のドアが吹っ飛んでくる。中からこちらの2倍くらいの人数が出てくる。奴らが盗賊か。大通りを突っ切って村から逃げるつもりなのか全力疾走で向かってくる。入り口に居た憲兵に目もくれず。
「来い! 盗賊ども!」
ゴリラが民家の陰から飛び出した。いつの間にか籠手みたいなものを着けている。自分も出なければ全てゴリラに持っていかれる。
「おい! ゴリラ! 勝手に出ていくな!」
慌てて大通りに出て構える。
『ユウ。ボクはいつでもいけるよ』
ウンディーネも自分の隣に着く。ありがたい。
「邪魔だっ! そこをどけぇ!」
盗賊から焦りの混じった怒号が飛ぶ。
「ゴリラ! 自分より前に出るなよ! 巻き込まれたくないならな!」
盗賊との距離を測る。民家1つ分の距離になった。今ならいける!
「ウンディーネ!」
ウンディーネは頷いた。
「『水流封鎖!』」
魔法を唱えると、盗賊の周りの地面から水が出てきて渦を作り始める。渦の流れは激しくなり、魔法の詠唱に立ち往生していた盗賊を飲み込んでいく。
「やめろ! やめろ! クソがぁぁぁあああ!」
盗賊たちを飲み込んだ渦は水竜巻となったあと霧散し盗賊を一か所に落としていく。盗賊たちは肩で息をしている、もう抵抗する気も逃げる気も失せただろう。
『やっぱりボクたちの相性は最高だね。これからもボクだけをずっとずーっと、ね?』
いつの間にか抱き着かれていた。一瞬でも目を離すと、これだ。
「……凄いな。流石勇者様だ」
憲兵が褒め称えてくれる。これで良かったようだ。
「あははは! 流石だねぇ。これは惚れるよ」
「ありがとうございます。勇者様方、後はこちらで連行しますので」
あれ? ……憲兵の中に女性は居ないはずなのに女性の声が聞こえた。周りを見ても女性と言えるのはウンディーネくらいだ。声の主は何処に?
「何を探してるのかなぁ? そんなにキョロキョロしちゃって可愛いなぁ。もぅ」
からかわれているのか本気で言っているのか分からない。
「上だよ。うーえっ」
促されるまま上を向く。民家の屋根の上に派手ではないが品のある服の小さな少女と露出度の高い服装の金髪ポニーテールの大人の女性が居た。いつの間に屋根に登ったのか。いや、そもそも今まで何処に居たんだ!?
「よくぞ盗賊を退治してくれた。褒美を遣わすー。受け取れー!」
さっきから喋っていたのは大人の方か。喋りながら指にはめていた指輪を外し自分に投げてくる。
見事に自分の手元に落ちてくる。
「ちなみにその指輪さ」
掌で指輪の宝石が赤く煌めいている。
「もう少ししたら爆発するから」
にこやかな顔が冷たく見える。この指輪が爆発するって?
「いや、ちょっと理解ができないんだけど!?」