49話 燃え盛る花嫁修業
『おっはよー! ダーリーン!』
朝からうるさ……って、うわぁっ!? 飛び込んで来ている。エプロン姿のサラマンダーの頭で胸を強打した。
『おっはよー! 起きたー!』
目の前でとても五月蠅い。ちょうどいい位置にサラマンダーの額があるな、うん。デコピンを喰らわせてやろう。
『いったーい! 何するの!? ダーリーン!』
「おはよう。サラマンダー」
何事もなかったように挨拶をする。
『え!? お、おはよう、ダーリン』
「そろそろ起きたいから上から退いて。あと、そのエプロン可愛いね」
『あ、うん。これからの為に買ったんだー! 可愛いでしょ?』
サラマンダーが上から退いて一回転するフリルがふわっとしている。その間にベッドから起き上がる。窓から朝日が入ってきて眩しいな……太陽が山から半分しか出ていない、夜明けだ。起きる時間にはまだ早すぎる。
「なあ? サラマンダー、何でこんなに朝早いんだ?」
『それはもちろん。朝ご飯を作るためだよ! これも花嫁修業!』
なるほど……付き合えってことか、仕方ない、目も覚めたし、付き合うか。
「それで? どうするの? 自分はそんなに料理をしないから、教えられないけど?」
『ふっふーん。ダーリン。甘いね、甘々だね。これを見て!』
……メモか、見慣れない単語と数字と料理の手順が書いてある。詳しいことはさっぱりだが、まあ、下に書いてある手順から単語と数字は材料なんだろうな。綺麗な字だが、誰が書いてサラマンダーに渡したんだろうか?
『これはね、シルフが教えてくれたんだー! これで私もシルフみたいな料理上手だよっ!』
……シルフと同じくらい上手くはなるけど、それは、シルフに勝てないよね? まあ、初心者には良いのかな? 自分はメモの通りに作れるように監視していれば良いのか、なるほど。
『ダーリン! キッチンに行くよ!』
スキップしながらキッチンに向かうサラマンダーについて行った。
「本当に申し訳ないんだけど、材料についてはほぼ分からないから、聞かないでね」
『ふふんっ! 大丈夫、ダーリンはそこで見ていればいいの!』
凄い自信だ。まあ、先日の料理で出来ることは分かっている、あまり身構えなくてもいいかも。
『ふんふん、なるほどー』
メモと睨めっこしている、ちょっと不安になるな。そう言えば先日の料理もサラダやステーキと簡単な調理法の料理ばかりのような……
明らかにシルフのメモには複雑な手順が書かれている、料理にかなり慣れていても手間取りそうな複雑さだ。朝食なんて簡単な物でもいいんだけどな。
「先にある程度覚えておかないと料理中は見る時間無いと思う、調理しながらでも見れるから大丈夫でしょなんて思わないでね」
『ダーリンがメモを読んで指示して! 読みながらやらないと全部できないよー!』
仕方ない、美味しい朝食の為だ、サラマンダーの花嫁修業にはあまりならないが二人で料理するのもいいだろう。
「分かった」
本当に細かく書いてあるなぁ、うん、こんな凄い料理を毎日作ってもらえているなんて感動で涙が出そうだ。
「まずは、えっと……これは、卵料理?」
いきなり単語が分からない。料理名とか特に分からない。パンらしいものの間に何かを挟むらしい、サンドイッチかな? サラマンダーにメモを見せ確認を取る。
『そうだよ! 半熟の卵の料理だよ!』
毎日食べるパンらしいものの名前は分かっているけど、半熟卵の料理か、なるほど。
「まずは、その卵料理を作るんだって、茹でる時間は……」
メモを読んではサラマンダーに確認を取り指示をしていく。これは、自分がサラマンダーの足を引っ張ってないか?
手間取りドタバタしながらも料理が出来ていく。あとは、サラダの盛り付けだけだ。まさか、ドレッシングも一から作ることになろうとは……
『これで完成!! やったー! ダーリン!』
ふぅ、これで全員分の朝食が完成した。感極まったサラマンダーが抱き着いてくる。
『ダーリン! 褒めてくれる?』
……当初の予定は花嫁修業ではなかった? まあ、いいか。
「凄いね。よく頑張ったよ」
頭を撫でる。
『えへへ』
ドタバタと足音が聞こえる、みんなが起きてきたな。
「運ぼうか、料理の評価も聞かないとね」
サラマンダーは大きく頷いた。
料理の評価は……まあまあだった。やっぱり本家には敵わないな。でも、自分としては上出来だと思う。
『むぅ、もう! シルフに勝てるわけないよー!』
ご立腹だ。まあ、比較されるとね、勝てないことは目に見えているからね。
「まあまあ、昨日とは比べ物にならないくらい美味しかったよ。それに一日でシルフに勝てないよ、シルフは毎日作ってるからね。花嫁修業は一日で終わるものではないからね」
頑張って宥めてみる、慣れないことをする。
『まあ、そうね! 次は洗濯だよ、ダーリン!』
洗濯はシルフとウンディーネがいつも争ってやっていたので一日交替でやることになっていたが今日は2人を説得してサラマンダーがやれるように調整して貰った。やりたくないって争うならまだマシだったんだけどなぁ……あの2人に下着を洗濯してもらうのは怖い、何をされているか分からないし……
『今日の洗濯物はこれだけね!』
うわぁっ!? 多っ!? 7人分ってこんなにあるのか……洗濯機3台稼働させてやっと全て洗えるレベルの量だ。
「こんな量どうやって洗うつもりなの?」
『何で? 専用の魔術を使えば一度に洗えるよ?』
不思議そうな顔で見られる。なるほど、ちゃんと魔術を構築出来れば洗濯機より便利になるのか……だが、サラマンダーはこの量をどうやって運ぶつもりなんだ? シルフは風、ウンディーネは水を使って運んでいるけどサラマンダーはそうはいかない焔では燃えるだけで運べない。
『ねぇ、ダーリン?』
嫌な予感がする、というか大体分かった。
『一緒に運んで?』
まあ、そうなりますよねー。
「分かった、数回に分けて運ぼう。この量を二人で一回で運ぶのは無理だからね」
腰が痛い、毎日続けているといつか腰を痛めるな。
外で洗濯するのか、サラマンダーはメモを見ながら魔法陣を地面に描いていく。その上に衣類を入れたかごと井戸から汲んだ水入れた桶と洗剤入りの水が入った桶を置いた。サラマンダーが魔法陣から離れると水が巻きあがり空中で洗濯物が洗われていく。全自動だと!?
「これは凄いな!」
『うん。開発に凄い年月を掛けたんだって。便利だよねぇ……』
そういうものは日進月歩で開発されていくものだからなぁ……
2人でボーっと洗濯を眺める。
『ねぇ、ダーリン?』
「何?」
『アルベドをボコればほとんど解決するはずなのに何でやらないの? 対策は考えているんでしょ?』
ボコるって
「アメジストの復讐だからね、アメジストの居ない時にやってもあまり意味が無いっていうか。まあ、対策は考えているよ、勝たなければ意味無いし」
『絶対に勝とうね! 前はフラフラで何も出来なかったけど、今度はそうはいかないんだから! 私とダーリンは最強だもん!』
「ありがとう。サラマンダー」
『エッヘン! ドヤァ!』
サラマンダー渾身のドヤ顔、うん、可愛い……それ以外の言葉はもはや不要。
『あっ! 洗濯終わったよ!』
洗濯物が元の場所に戻っていく。開発者の執念を感じる。
『あとは干すだけだね! 見ててね、ダーリン!』
雲一つない晴天、見て空気を感じて気持ち良さが分かる。
『ふっふーんっ! 良い天気、これは良く乾くね』
サラマンダーが干していく。サラマンダーが手に取ったのは男物のパンツ、まあ、男は一人、自分のものだな。持ったまま止まってしまった。
『すぐ近くに居るけど、いいよね? だ、だって、これを逃すと次はいつか分からないもん……』
聞こえるからね、お願い自制して。
『ごめんね、ダーリン。やっぱり我慢できない。いや、我慢したらダメ! だって、あの2人に負けるから』
開き直ってパンツに頬ずりし始めた。あの2人もやっているのか……まあ、自分も歳は歳なんだし、逃げて向き合わないっていうのも違うかな。だが、精霊戦争を起こさないように上手く立ち回る自信も無い。うん、保留。
洗濯物を干し終えると、昼食を終える、昼食もシルフのメモの通りにサラマンダーが作った、今度は自分に頼らず一人で作り上げた。次は掃除をするらしい。
『まずは、一番大事な所を掃除しないと!』
一番大事な所? なんだそれ? やっぱり、リビングかキッチンか?
自分の部屋だと!? 久々に来た幼馴染のようにベッドの下や棚を漁っている。いや、アニメでしか見たこと無いけどさ。
『やっぱりえっちぃ本は無いねー、ダーリン。無理してない?』
……まあ、してないと言えば嘘になる。
「掃除しないの?」
『するよ! ダーリンの為にダーリンの花嫁の私がダーリンの部屋をピッカピカにして見せるからねっ!』
心意気はいいんだけど、背の低さが仇となり、はたきを持っていても棚の上には届いていない。ぴょんぴょんしている。前途多難だなぁ……
『はぁはぁ……ダ、ダーリン! お願い! 肩車して!』
ぴょんぴょんし過ぎて息を切らしはじめた。
「はいはい、分かったよ」
サラマンダーを肩車する。
『すごーいっ!! うわぁ……こんなに色々見えるんだーっ!』
視界が高くなり感動しているのだろう、自分も柔らかくすべすべな太ももに顔を挟まれ感動している。
「あまり暴れたら落ちるよ」
『もうっ! ダーリン? 私は子供ではないんだからね?』
まあ、体は子供でも……性格の方も子供っぽいけど?
『何その顔? 悪いダーリンにはこうしてあげるんだから!』
頭を撫でまわされる。可愛いものだ。
「掃除しないなら降りてもらってもいい?」
『ダメ! 掃除するからー!』
サラマンダーははたきで棚の上の埃をはたく。自分の方に落ちてくるんだけど。鼻がムズムズする。
「はっくしゅんっ!!」
くしゃみが出る、サラマンダーが髪を掴んだ。痛い!
『ダーリン! 揺らしたらダメ! 落ちるーー!!』
サラマンダーがバランスを崩し、自分も掴まれたまま倒され、2人でベッドに落ちた。
『もーっ!』
サラマンダーが腕に抱き着いてくる。
『掃除が終わらないのはダーリンの所為だからねっ!』
ポカポカ陽気の中、サラマンダーは不貞寝し始めた。サラマンダーに腕を抱き着かれていて動けない、仕方ない自分も少し休憩するか……
西日が顔を照らす、暑い……はっ!? 夕方だ!? 寝すぎた!? サラマンダーはまだ、腕にしがみついたまま寝ている。起こさないと!
「おーい! サラマンダー! 起きろー!」
体を揺らしても起きる気配が無い。
『えへへ、私ぃ……偉いでしょ……? ダーリン』
寝言を言っている、全然偉くないからね。強く揺すり何度も呼びかけ続ける。
「起きろ! 夕方だ!」
サラマンダーの目が開いた。夕焼けを見て焦りだした。
『うわぁ!? 何で!? 起こしてよ!! ダーリン!!』
「起こしたんだって! 取りあえず、夕食の買い物に行かないと!」
『そ、そうよね! 行くよ! ダーリン!』
夕方になると食材のお店は閉める店も多い、早く買わないと。
「いらっしゃい! 夕方だからもう残り物しかないぜ、サービスしとくよ!」
まずは、いつもの八百屋で野菜を買わねば。
「おう! 兄さん今日は妹と買い物か?」
妹? 自分は一人っ子だし、この世界に妹分なんて……
『私はダーリンのハニーなの!! ハニー!!』
あぁ、サラマンダーのことか。妹扱いされてサラマンダーが怒っている。
「元気の良いお嬢さんだね。今日はサービスするよ! もうほとんど残り物しかないからな! だから買って行ってくれよ!」
この調子で行く先々で妹や子供扱いされ、終始サラマンダーは怒っていた。
『はぁ、自信失くす……私そんなにダーリンに似合ってないかな?』
帰り道、肩を落とすサラマンダーと歩く。
「さあ? どうなんだろう?」
自分の言葉に頬を膨らませる。
『むぅ! どうせ私はガキですよーだっ!』
そんなこと言ってないんだけど……
「ねぇ、サラマンダー? 似合う似合わないってそんなに大事? 自分は一緒に居られればそんなことは大したことではないと思うけどね」
『ダーリン。私、ダーリンに似合う花嫁になれると思う?』
なるほど。考えてみる。うん。
「なって」
『え!? ダ、ダーリン?』
顔を赤くしながら潤んだ目で見つめてくる。
「早く帰らないと怒られるよ。それに、まだ、花嫁修業は終わってないでしょ?」
サラマンダーと手を繋ぐ。
『うん! ダーリン。私がダーリンに似合う最高の花嫁になるから、その時まで、ううん、ダーリンのお嫁さんになってもずーっと目を離したらダメだからね!』
その後、帰ると、みんなに遅いと怒られ、料理でも散々駄目だしを喰らい、まだまだ花嫁は先だなーっとか思ったけどサラマンダーには言わないでおこう。




