38話 残酷な答え
こんなにも早くナイフの出番が来るなんて、笑えない。ギルバートは本を開き占拠した時に持って来ていたらしい椅子に座った。
信者が大振りで刃物を振り下ろす。それをナイフの腹で受け流し、ナイフで信者の腕を切りつける、信者は刃物を落とし怯んだ。その隙に蹴り倒す。
最初の一人を倒すとなだれ込んできた。手に負えない。信者達は刃物をぶん回して周りの信者を切り裂きながらも襲い掛かってくる。そのおかげで倒れ人数が減った。皮肉なものだ。この光景は狂気そのものだ。まだ40人近くもいる、この人数を一度に相手は出来ない、距離をあけ一人ずつ捌いていくしかない。
「私は、この世界に来る前も敬虔な信者でした。来る日も来る日も祈り続けました」
集団から離れた信者に飛び蹴りを入れ、倒す。
「私は、ある日、人を殺しました。ギャングに狙われた少年を庇うために、ギャングを撃ちました」
信者の大きな鉈の一振りを躱し足を払う、前のめりになったところを顔面に膝を入れる。
「その翌日、ギャングが報復に教会に火を付けました。教会に来ていた人の避難に手間取い、私は逃げきれませんでした。ギャングの鉄砲玉に銃で撃たれて教会から逃げきれず死にました」
農具の横薙ぎを屈んで躱す、手が痺れ息も上がってきた、一度でも攻撃を受ければ、そのまま死に繋がってしまう。振り上げた農具を振り下ろす前にナイフの柄で殴り付け気絶させる。
「この世界には驚きました。天国に来てしまったのかと思いました。でも、すぐに絶望しました。私を召喚した者は私にこう言ったのです。『お前は俺の為に呼ばれたんだ、分かったな。奴らを皆殺してお前も死んでくれ。』なんて醜いことでしょうか。私利私欲の為にその男ある国の王子は自ら家族である王族を皆殺しにしろと言うのです」
落ちた農具を拾い、柄で信者達の頭を目掛けて殴り付ける、3人の頭に当たり、その3人が倒れる。腕が重い。一度に数人倒せないと疲労で先に倒れそうだ。
「作戦決行直前になり、あのお方は私達の目の前に現れました。あのお方は王子を見て、『醜いな。』と一言だけ言い王子の四肢を吹き飛ばしました。美しく鮮血が舞う光景を今でも鮮明に思い出せます」
ヴェロニカ! そろそろ限界だ。腕も足も震えてきている。まだなのか!? 信者の刃物の突きをナイフで受け、ナイフを落としてしまった。信者の股座を蹴り上げダウンさせ、ナイフを拾う。
「あのお方は言うのです。『それはまだ生きている。お前次第だ。』私は迷わず王子に渡された剣を王子の胸に突き立てました。すると、あのお方は満足気に言ってくださったのです。『お前の勇気ある行動がこの国を救ったんだ。俺と共に来ないか? その聖なる力は世界を救うために使うべきだ。』と」
ヴェロニカがギルバートの裏から現れ、ギルバートの首元にナイフを突き立てようとする。
「だから無駄なのです。悪意、害意が私に届くことはありません。この聖なる力の前には」
ギルバートが本を閉じた。
メキッ!!
ヴェロニカの右腕があり得ない方向に曲がった。
「あ、あ、あぁ、あああああああああああああああああああああああああああ!」
ヴェロニカの絶叫にギルバートは気にも留めない。
「今では主も私に力を貸してくださいます。ほら、このように」
ヴェロニカの左腕も無理矢理反対側に曲がっていく。
「い、嫌、止めて止めて止めて止めてええええええええええええええええええ!」
不味い、このままではヴェロニカが……! 走っていたら……ダメだ、間に合わない!
ナイフをギルバートの頭に狙い投げつける。ギルバートの頭にナイフの柄の方が当たった。
「何の真似ですか?」
すかさず信者達を押しのけギルバートに殴りかかる。
「ああ、愚かで野蛮ですね」
左腕に凄まじい負荷がかかる、腕の血が血管を破り肘から飛んでいった。腕が異常に曲がる寸前にギルバートを殴り飛ばす。肘が逆に曲がったきり腕は力なく揺れている。
「ぐはっ!? あっ!? えっ!?」
ギルバートが慄き後ずさる。余程攻撃されない自信があったようだ。
疲労と痛みで霞む目をしっかりと見開き、腰を抜かしながら逃げ惑うギルバートに向かう。
ギルバートを戦闘不能にしてしまえばシルフ達も動くことが出来る。
ナイフを構える、足を刺せば逃げられなくなるだろう。
「お前には後で聞きた……ゴボッ!」
熱い何かが内臓から逆流する。体が焼けるように熱い。自分の胸の中心から赤い血を垂らしながら剣が出ていた。何だこれ……!? 口から大量の血が流れだしていく。
背中に衝撃を受け体が剣を滑り地面に落ちていく。
「あ、ああ、イライアス殿、助かりました。しかし、何故あなたがここに? この手紙ですか? 読ませていただきましょう」
体が燃える。ギルバートと赤い鎧、イライアスは手紙を見ていた。
「分かりました。あのお方がお呼びということならばすぐに向かいましょう。この場は終わりましたから。あとは主の気の向くままに」
二人は行ってしまった。入れ替わりに誰かが歩いてくる。人が倒れ、血の池を作っているのにも関わらず急ぐことなく均一で無機質な歩き方だ。自分と少し距離を開け止まった。信者だったら最悪だな……
頑張って顔を上げる。鏡でしか見たことがない顔がそこにあった。自分が立っている。遂に頭が壊れたのか……?
『何故足掻く? 足掻いても無駄なこと知っているのに』
目の前に居る自分が言葉を放つ。幻覚でもそうでなくても気が狂いそうだ。
『アメジストは救われない。必ず。少し考えれば分かることだろう?』
好き放題言っている、聞く耳を持つだけ無駄だ。
『何故考えず傷つく方に行く? 考えることをしなかったお前は昔どうなった? もう忘れたのか?』
聞きたくないのに頭に響く。周りを見回しヴェロニカを探す。暗くて様子が分からない。
『アメジストが必要としているのはお前ではない。勇者の力だ。精霊が好いているのはお前ではない、優しくて、存在を認めてくれる誰かだ。お前は、いや、自分は昔から変わらない、独りだ』
その声に熱は無い。諦め全てが終わってしまったかのような絶望した声だ。
『考えてみろ。アメジストは魔力を持っていた。アルベドの攻撃の中でアルベドに返り血が付くような攻撃があったか? この二つから答えが出るはずだ』
アルベドがしてきた攻撃は2種類、傷を焼き切る程の光線、そして、蹴り等の格闘。どちらも、狙わなければ返り血を浴びることは無い。アメジストの父親はアルベドに首をへし折られて死んでいる。人間の首を折っても肌を切らなければ血が出ることは無い。アルベドがアメジストの父親を殺した時に付いていた血は、アルベドの攻撃によるものではない。
そして、アメジストが魔力を持っていたこと。これは、アメジストの父親も魔力を持っていた可能性が高いことを示唆している。
もしも、本当に、アメジストの父親が魔力を持っていて、魔王化して、暴走したのならアルベドが自己防衛の為に殺したという辻褄は合う。あまりにも低すぎる可能性だ、あり得ないと笑い飛ばしたかった。でも、筋は通っている。むしろ、アルベドに動機が無いこととも噛み合う。
だが、それならアメジストは最初からお門違いな復讐をしているとも言える。アメジストはどう思う? アメジストはどうする? 救われないと分かってしまったら? 今までの全てが無駄だったら?
『いつも通りだ。親の言うことを聞き部屋に一人で居れば親は不幸にはならなかっただろう。一人で黙って居ればいい。そうすれば余計な不幸に誰もならなくて済む』
ああ、それが自分の本音だったのか。自分が消えればシルフ達も戦わず、アメジストも師匠も真実に辿り着かず苦しまずに済む。
いつも通り独りだ。それでいい。血の中に体を預け、眠ることにした。




