35話 アクア・アモー
就寝前、ベッドに座る。ウンディーネの様子が気になる。まだ、起きているかな? 少し、話に行こう。ベッドから立ち廊下に出る。
『……』
後ろから人影が近づいてくる、誰だろうか?
振り返るとウンディーネが立っていた。暗くて顔が見えない。
「ウンディーネ? ちょうど良かった話があるんだけど」
ぴちゃ。水滴の音がした。自分の足元から絡みつく水が体を縛る。
「ウンディーネ! どうして!?」
水が口と鼻を塞ぐ。息が出来ない……
『ごめんね。ユウ』
途切れゆく意識の中、ウンディーネの声を聴いた。
目が覚めた。朝だ。いつもの枕にいつもの天井、ぼやーっとしてから起き上がる。いや、起き上がれない、体が痛い。動けないように縄で縛られている。
『おはよう。ユウ』
下着姿のウンディーネが隣にいる。添い寝されていた。
「おはよう。ウンディーネ。これはどういうこと?」
ぎゅうっと抱きしめられた。
『そんなことどうでもいいよ。もうボクとずっと一緒。何も考えなくていいんだよ』
ああ、これは生来のヤンデレが爆発してるのか。流石に一日も経てば心配して誰かが突撃してくるだろう。
『大丈夫だよ、昨日のうちにご飯に飲み物、遊ぶもの用意しておいたから。全てボクに任せてここに居よう?』
優しい笑顔を見せてくれた。
『まずは、朝ご飯だね。ボクお手製トーストセット』
トーストにサラダにスクランブルエッグ。簡易料理器具を部屋に揃えていた。
「いつの間に……」
『一番美味しい時に食べて欲しいからね』
昨日の思い詰めた表情はもう何処にも無い。ただし、自分の自由と引き換えだったが。
『はい、あーん』
トーストが口の前に。
「……寝たままだと食べられないから、せめて起こして」
『あぁ、ごめんね。はい。これで大丈夫?』
ベッドの上で姿勢を起こされる。ベッドの上で食べるのかぁ……それもトースト。
『改めて、あーん』
「あーん」
トーストを齧る。耳はカリカリなのに生地はモチっとしてるしジャムも好きなものを選んである、これ以上美味しいトーストは食べたことが無い!
「美味しい! すっごく美味しい!」
自らトーストに齧りつく。
『ああ、ダメだよ。ユウ。喉に詰めるよ』
自分の唇をウンディーネが人差し指で制する。ウンディーネの柔らかい指の感触が唇に……
『ココアだけど、飲む?』
湯気だったコップを持ち上げた。ウンディーネの指で口は塞がれているので頷く。
『いいよ。ふーっ。ふーっ。はい』
美女がココアをフーフーして飲ませてくれるとか、前世でどんな善行をしたのだろうか。
『美味しい? ボク特製ココア。オリジナルなんだよ? ユウしか飲めないんだよ』
甘ったるくなくちょうどいい、ウンディーネが言った通り、オリジナルの要素が何かあるのかもしれない。
『次はサラダ。このドレッシングもユウの口に合うように研究したんだ。食べて?』
さっぱりした酸味のサラダがトーストとココアの甘さを忘れさせてくれる。これはどれだけでも食べられる。
「ところで、ウンディーネの分は?」
『無いけど。ユウが気にすることではないよ』
「はぁ、それは残念だな、二人で食べないと美味しさが半分だ。半分こならとても美味しく感じるのになぁ、とっても残念」
分かりやすく落ち込んで見せる。
『あぁ、可愛いなぁ、もう、仕方ないなぁ、ぱくっ。うん、ボクとしてもいい出来だと思う。はい、ユウ』
自分を悲しませないようにしようとするのはウンディーネの母性なのだろうか。
『食べたね。口にあって良かったよ。何をする?』
何をすると言われても縛られてて動けないんですが。ウンディーネが体をつんつんしてくる。
「あの……何を?」
抱き締められおっぱいを押し付けられた。
『ボクの身体では興奮しない? ボクならユウの願望を全てぶつけていいんだよ? どんなことでもね』
耳元でそんなことを囁かれると理性が飛びそうになる。
『このふかふかの胸もすべすべの太もももユウだけのものなんだよ?』
生唾を飲む。手を出してしまえば何処までも落ちていける。
『それとも、ボクにあんなことやこんなことをさせたいの? それでもいいよ』
あんなことやこんなこと!? それは一体!? いや、落ち着け!
『ハァハァ、ボクはもうこんなになっているんだよ? 焦らすのもいいけど何か言って欲しいな』
「膝枕をして欲しいです」
必死に理性を働かせ願いを口に出す。
『もちろんだよ! さあ、ボクの太ももに顔を埋めて』
凄い、柔らかく、いい匂いがする。天国はここにあったんだ。
『顔が緩みすぎだよ。でも、もっと、もっとボクに溺れていいんだよ』
はぁぁぁ……幸せ。ぎゅむっ。ウンディーネの胸と太ももで顔をサンドイッチし始めた。
『ふふふっ。ボクと居ればずっと幸せなんだよ? もう離れないでね? ユウ?』
ずっと幸せ……か。ウンディーネ……
『耳かきもしてあげるよ。ユウ。動かないでね?』
ウンディーネが耳かきを始めた。楽園だ……
『そろそろ起きてよ? ユウ?』
寝てたのか。気持ち良さと安心感で寝てしまったのか。
「気持ち良かった。ありがとう。ウンディーネ」
『ユウが気持ち良かったのならボクも嬉しい。そろそろお昼ご飯の準備をするから少しの間、離れていてね。寂しいけど』
同じ部屋に居るのに寂しいかなぁ……いや、触れ合った暖かさが無くなるのは寂しいか。膝から頭を上げるとウンディーネがベッドから降りる、いつまで縛られたままなんだろう。
テキパキとお昼ご飯を作り上げるウンディーネ、改めて見ると下着エプロンか。胸が熱い。腰を揺らしてリズムを取りながら料理する姿は、控えめに言って最高。いつまでも眺めていたい。
『そんなにお腹が空いてるんだね。待ってて、もうすぐ出来るから』
そうではないんだけど、まあ、いいか。
「ごちそうさまでした」
ウンディーネの作ってくれた昼食を食べ終える。
『本当は好きなものを作ってあげたかったけど、ごめんね。材料を用意出来なかったよ』
申し訳なさそうに食器を片付けている。
「ウンディーネが食べてもらいたいものを作ればいいと思うけどね。ありがとう。ウンディーネ」
ぎゅむっ。ウンディーネが抱きついてくる。
『もう、ユウ、好き!』
ぎゅうっとウンディーネの胸が顔を押し潰す。息が苦しい。だが、やっぱり優しい良い匂いがして幸せ。
『お昼からは何をする? ユウのしたいこと、何でもいいんだよ?』
床に放置されているボードゲームの山が気になった。
『気になるの? いいよ。遊ぼう』
ウンディーネが適当に一つ手に取りベッドに広げる。
『動けないと遊べないよね、手を解いてあげたいけど。逃げない?』
「逃げない」
『分かった。今解くからね。ユウ』
手が自由になった、これでボードゲームに集中できる。
「よし、やろうか」
『うん、手加減はいらないよ。あと、負けたら罰ゲームだからね。負けた人は勝った人の言うことを何でも聞くんだよ?』
「良いと思う。でも、後悔することになると思うよ。ウンディーネ」
余裕だ。ゲームはこれでもかなり得意だ。勝ったな。
……負けそう。勝ったな、とか考えるのではなかった。引きがどうにもならない。全てのボードゲームを遊んだが一勝も出来ない。
『もう、ユウに残された手はないよねぇ?』
ニヤニヤしながら可愛らしい勝利を確信した笑みを浮かべているウンディーネ。まだ、終わってない!
この引きに……全てを……あっ、ダメだな、これは……
『はい。これでどうかな?』
ウンディーネに勝利の女神が微笑んでいるのか、ウンディーネ自身が勝利の女神なのか一回も勝てない。
「全然勝てない……」
『これで諦めてくれた? ふふふっ。これでユウはボクのものだねぇ?』
再び手を縛られベッドに仰向けに倒された。体を撫で回され密着される。
「あの? ウンディーネ?」
『うふふ、あはは、ユウ。だぁい好き』
あ、ダメそうだな。顔が近づいてくる。
『観念してくれたんだね。一緒になろうね。ユウ』
『させません!』
ガシャン! ドアが吹っ飛び窓を突き抜けて外に落ちていった。外で悲鳴が聞こえる。頼むから通行人に怪我だけはさせないでくれ。
『観念するのはあなたです。ウンディーネ。ご主人様から離れなさい!』
ドアの先にみんなが揃っていた。縄が切れて体が自由になった。
『ちっ! ボクの邪魔をするな! これ以上ユウが傷つくことはボクは……!』
ウンディーネは泣いていた。この部屋から出なければ自分は傷つかないということか、最近は負けて焦り、心配されていることにすら気付かなかった。
「ありがとう。ウンディーネ。心配してくれたんだね」
力いっぱい抱きしめる。
『あっ。ユウ……』
ウンディーネが落ち着くまで抱き締め続けた。




