2話 勇者に救われる勇者
アメジストとシルフは抵抗できず自分は首にナイフを突きつけられたままだ。状況は非常に良くない。
山賊の残党は仲間が起き上がるのを待ちながら二人に命令し始める。
「脱げ、全て脱いで服や装備を俺の前において木に手を着け!」
かなり不味い、抵抗される全ての可能性を潰そうとしている。
『仕方ありません。ご主人様に手を出さないのなら』
シルフは嫌な顔をしながら脱ぎ始める、アメジストは困った顔をしていた。
「私はこれ脱いだら、何もないのだけど!?」
スカートなのに下着を着けてないのか……
「知るか! さっさと脱げって言ってるんだ! こいつが死んでもいいのか!」
興奮して周りが見えていないのかナイフの切っ先が喉をかすめる。
アメジストは半泣きになりながら服に手をかける。
本当に不味いことになってしまった。あの時油断しなければ! 何か手段は無いか必死に周りを見る。
「今すぐにその人を解放し、投降してください」
王都への道から声がした。声のする方を向くとフードの少年が山賊に剣を向けながら近づいてきている。
「今なら何もしません、さあ、ナイフを置いて彼を放してください」
警告しながら、しかし、臆することなく彼は近づいてくる。その距離では剣は届かない。どうするつもりなのか。今は静かに状況を見守るしかない。
「黙れ! それ以上近づくな!」
山賊のナイフが震えている。タイミングを見計らって抜け出そう。
「全くこれだから悪党は。交渉は決裂ですね。死んでください」
少年は冷たく言い放った。
次の瞬間、ナイフを持っていた山賊の手から薄紫色の透明な結晶のようなものが生えていた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!?」
山賊が混乱しナイフが首元から離れる。拘束が緩んだ。今なら抜け出せる! 山賊の拘束する力が緩くなった隙を突き、山賊の腹に肘を入れ抜け出す。向き直ると山賊は地面でもがいていた。
「凄いですね。抜け出せるなんて思わなかったです」
山賊に何かをした彼はフードをとった。驚いた顔で自分を見ていた。
「結晶魔法です。少しですが神経毒があります。気絶くらいはするでしょうね」
のたうち回る山賊を見て彼は淡々と言った。山賊が泡を吹いて動かなくなってしまった。
「あなたも勇者ですね。僕の名前はセツナです、僕もあなたと同じく勇者ですよ」
セツナは、くるっと回り無邪気な笑顔で自己紹介をした。
「あ、あぁ、自分はユウ。さっきはありがとう」
自分も彼に倣い近づき自己紹介と礼をいう。
「お気になさらず。殆ど何もしていませんから」
近くで見ると彼は、結構小さい、身長は150cmくらいだろう。落ち着いた言葉遣いと金髪童顔の子供のような容姿のギャップに驚きを隠せなかった。
「こう見えて16歳です。驚きましたか?」
こういう反応をよくされているのだろう。
「16歳にしては落ち着きがあると思った」
「そうですか? ふふっ、そう返されるとは思いませんでした。仲良くなれるかもしれませんね」
少しだけ陰のある笑顔だった。
「僕はもう行きます。依頼の途中ですから。山賊は好きにしてください。ユウさん」
好きにしろと言われても困る。
しかし、こっちのことはお構いなしに山道を行くセツナ。
「アメジスト! もういい?」
「いいわよ」
アメジスト達の方を向くとちゃんと着た状態でこちらの方へ向かって来ている。
「下着のことはきかないのね」
「言うとデリカシーがないって怒られそう」
「はぁ、それもそうね」
『山賊が持っていたロープで縛り上げておきました。まぬけなご主人様』
手際がいい。自分がやらなければならないことを先回りしてやってくれている。
「あとは王都で報告すればいいって感じかな」
『はい。それで良いと思います』
「心苦しいけど、放置するしかないか。起こすと面倒だし」
「出ても山賊くらいかしら。大丈夫なのだわ」
皮肉だ。転がっている山賊を尻目に自分たちは王都に向かって歩き出した。
王都に着いた時にはもう日は傾いていた。
剣を持った騎士に商人、様々な人々の往来が激しい、露店も賑やかで都市の端でも活気がある。
「まずは王城に行くわ。やることがあるの」
王都の端からではまだ城が遠くに見える。
しばらく街を歩き城についた。広い……ゲームに出てくる城なんか比べ物にならない。ドームとか何個入るのだろうか……
騎士団詰め所、図書館、公共機関の役場、議場、城の中に様々な機関が詰め込まれている。その機関の一つである、勇者の管理部にやってきた。
「今日はどうなされましたか?」
受付の女性がアメジストに要件を聞く。
「勇者を召喚したの」
「分かりました。こちらの書類に必要事項を記入してください」
アメジストは渡された書類を書き始めた。アメジストが書類を書いている間はやることもなく暇だ。
シルフはずっと自分を見つめている。
『セクハラです。それとも私を愛してくださるのですか? それなら抱きしめてください』
なんだそれ? 理不尽だ。仕方ないので周りを眺める。
城の中に色々な公的機関があるから貴族や商人など様々な人が忙しく動き回っている。こういう市役所みたいな場所で人が忙しいのは何処の国でも変わらないのだろう。
時間が経ち人の往来は落ち着いてきた、それでもまだまだ人がいる。アメジストはまだ書類と格闘している。
『ああっ!』
シルフが人とぶつかりよろけた。咄嗟にシルフを抱きかかえる。シルフの頭が腕の中にある、シルフからいい匂いがする……
『……ありがとうございます』
シルフは少し頬を染め感謝している。ぶつかった男はそのまま行ってしまった。
「すまない。怪我はないか?」
ぶつかった男の後ろを歩いていた大男が謝罪をする。
「ぶつかったのは俺の雇い主だ。だから、その、代わりに謝っている。すまない」
愚直に頭を下げている。
「普通は本人が謝るべきではないのか?」
自分は普通の事をいったつもりだ。大男は困った顔をして何も言わなかった。
「おい、何をしている。さっさと行くぞ。そんな凡愚を相手にしているほど暇ではないんだ」
大男の雇い主が催促する。服装からして貴族だろう。
「はいはい、わかりましたよ」
大男は面倒そうに貴族のあとを追って行った。
「非常識クソ野郎とろくでなしゴリラ。今度会ったらぶっ倒してやろう」
あの貴族の人を見下した態度に腹が立つ。それに何も出来ないゴリラ大男にも。
『ご主人様も結構言いますね。ふふっ。好きです』
シルフはあどけない少女のように笑う。いつもの無表情と笑顔のギャップにドキドキする。
「今の王は保身のために貴族に政治を好き勝手させているのよ、先王が賢明だっただけにどうしようもないわね。それに……まあ、いいわ」
アメジストは書類を提出し終えたようで会話に加わった。
治安は安定していて市場も賑わっているように見える。貴族が好き勝手やっていたらもっと荒れていてもおかしくないのではないか? 最後に何か言おうとしていたことも気になる。自分は何に巻き込まれているのだろうか。
「とにかく! ここでやる用事は全て終わったから行くわよ」
アメジストはそれ以上何も言わずに来た道を戻り始めた。
城の前まで戻ってきた。日は完全に落ちていたが町は明るい、賑わっている。
「これからどうするつもりなの?」
転生してから何も食べていない、そろそろ限界だ、そろそろお腹と背中がくっつく。
「そうね、何処かで食べて帰りましょう。酒場でも美味しい料理を出すところも多くなってきているの」
嬉しい! いや、でも、食べ物が合うか少し不安だ。いや、空腹には勝てない!
『ああっ! 見つけたっ! ダーリン!』
城の先から声が聞こえた。何故か嫌な予感がする。いや、何と言うか事故が起きそう……
恐る恐る音の聞こえる方を見てみる。目を燃やした、いや、燃えている……物理的に目から……そんな少女が猛スピードで突っ込んで来ている。
『ダーリーンッ!』
聞かなかったことに出来ないかな。出来ないよね。周りには男が自分だけ、いや、ダーリンってあり得ないでしょ。え!? 自分なの!?
この光景にシルフはため息を吐き、アメジストは呆気にとられていた。少女は自分に突っ込んで来ている。
『ご主人様、あの娘は火の精霊、サラマンダーです』
シルフの言葉に答える余裕は無かった。思っていたより走るのが速い!
『やっと会えたねーっ! 愛してるよー! ダーリン!』
自分の胸に飛び込んで来たサラマンダーを受け止めバランスを崩す、そのまま床に腰を強打した。