15話 謙虚な報酬
『ふふ……ふふふ……あはは! そんなに無防備な姿を晒したら……ボク……ボク! もう我慢できない!』
ウンディーネに押し倒された! 腰が抜けた隙を突かれた!
『あはは! ユウのファーストキスはボクのものだね!』
ウンディーネのキス顔が目の前で止まった。
『ダメよ。そんなのお姉ちゃん許さないから!』
ノームがウンディーネを止めてくれている。
『邪魔するな! ユウの唇はボクのモノなんだから!』
ウンディーネがノームに羽交い締めにされバタバタ暴れる。痛い。
「仲が良いなぁ。僕ももう少し若ければ」
「そんなこと言ってないで手伝ってくれないかいネクサス? ……ネクサス、兜はどうした?」
「あぁ!! 兜何処に行った!?」
ネクサスとマーリンが慌て始めた。何か大変なことが起きたのか!?
「やっと、追いついた。置いて行くなよな。ユウ……いや、騎士団長、あんた……?」
「うわぁ! 見られた!?どうすれば!?」
「焦るな! ネクサス!アカツキくんの記憶の方は私が何とかする。だから、君は早く兜を探せ!」
「わ、分かった! 恩に着るよ、マーリン!」
『騎士団長、キミは何で頭が無いんだ?』
ウンディーネが素っ頓狂な声を上げ自分から離れる。おかげで状況が分かった。ネクサスの頭があるはずの部分が何も無く後ろが見えていた。
「流石に精霊からは記憶を消せない。白状するべきだ。ネクサス」
ゴリラに何か魔法を撃とうとしていたマーリンがお手上げと言わんばかりに手を上げる。
「うぅ、やってしまった……」
ネクサスは項垂れてしまった。
『単刀直入に聞くけど、キミはリビングメイル? もしそうならボクのユウには近づけさせない』
何も言わないネクサスに痺れを切らしたウンディーネが口を開いた。
「いや!? 僕は人間だよ! 色々あって鎧だけになってしまったけど……」
魔法が存在する世界だしそんなこともあるのか……?
「正直なところ、私もそれを証明することは出来ない。だが、ネクサスはユウくんを救うために動いたことがあっただろう? ネクサスが心優しい性格をしていることは事実だ。それに免じてくれないかい?」
言葉に詰まるネクサスの代わりにマーリンが庇う。ネクサスは自分が襲われて死にかけたところを助けてくれている。鎧だけだろうとやったことは無かったことにはできない。
「自分はそこまで気にしてないですよ。助けてもらってるし」
「ユウくん!」
ネクサスが顔……は無いから身体を少し上げる。
『ユウがそういうなら』
「申し訳ないが、このことは口外しないでもらえるかい? 国を守る騎士団長が鎧なんてシャレにならないからね」
「分かりました」
「俺も分かったから記憶を消そうとしないでくれ!」
「今日はお疲れ様。アレイスターについては後日、暇なときにでも聞きに来てくれれば教えるから」
転移魔術を使い騎士団詰め所まで戻ってきた。ネクサスも立ち直りこの後のことを説明してくれている。
「それで報酬なんだけど」
アメジストに報酬は搾り取れなんて言われているけど、やはり、要求できないよなぁ……
「このくらいでどうかな?」
ネクサスはそう言いながら宝くじの一等くらいのお金を目の前に出してきた。
「……少なかったかな? 救ってくれたことを考えると確かにもっと上乗せしてもいいかもね」
とんでもないことを言いながら上乗せしようとするネクサスに溜まらず止めに入る。
「多いですよ!? そんなに貰えないですよ!? 良心が痛みますよ!」
「え!? 君たちの働きを考えれば少ないと思うけど」
「どうなんだゴリラ!?」
「いや、俺はそもそも貰うつもりは無い。当然のことをしたまでだからな、それにお前ほど役に立ってないしな」
「そういうことなら、ゴリラの分もください!」
「おい! それはおかしいだろ! あと俺はゴリラではない!」
「でも、要らないのなら貰っても問題無いよな!」
「はぁ、分かった、持ってけばいいだろ!」
「やったな!」
これでアメジストも満足してくれるだろう。
両手いっぱいの報酬を持ちふらふらになりながらもゴリラと詰め所を出る。夕陽が目に染みるな。
「なあ、ユウ。お前は前の世界では何で死んだんだ?」
急に声をかけられた。ゴリラは真剣な目つきをしている、茶化しているわけでは無さそうだ。
「まあ、自室で餓死、というか孤独死かなぁ。そういうゴリラは?」
「警察だったんだが、ヘマをしてな。先輩の命令を無視して突っ込んでしまったんだ。ふっ、手柄欲しさに」
ゴリラはしみじみと自嘲していた。もう過去のことだと思っているのだろう。
「分かる。ゴリラならやりそう」
「お前なぁ。気使ってんのか?」
「どうだろうね?」
「これからも協力しようぜ。俺達、案外相性いいと思うからさ」
ゴリラは親指を立てる。
「気が向いたらな」
それだけ言ってゴリラの元を去った。
「ただいま、これだけ貰ったけど」
報酬をアメジストに見せる。アメジストは本から目を離し報酬を確かめ、無垢な満面の笑みを見せる。
「いいわね! このくらい取れればネクサスの奴も困るわよ! よくやったわ! ユウ!」
華やかな笑顔でろくでもないことを言い始めた。
「とっても気分が良いわ! 今日の夜は豪勢にしましょう!」
「え!? えぇ!?」
「夜ご飯の分を残して後は全て持って行っていいわよ!」
「いいの!?」
「いいわよ。お金には困ってないし」
自由気ままなアメジストに頭が痛くなる、流石は元姫ってことか。
「何か失礼なこと考えてないかしら? ……ユウ?」
笑顔は崩していないが声は笑っていなかった。
「別に、何も」
「そう? それならいいわ」
アメジストは笑顔のまま視線を本に戻した。怖かった。簡単に読めるくらいには顔に出やすいのかも。気を付けないと。
『そういうことならお夕飯は作らなくてもよろしいということですか?』
シルフがキッチンからエプロン姿で出てきた。
「ええ、いつもありがとう。シルフ。今日はいいのよ」
『いえ、ご主人様に作りたいだけですので』
素直だけどそう返すのはどうかと思うよ。シルフ。
「さあ、何処で食べようかしら?」
数々の食堂やレストランが並ぶ通りを散策している。女性6人に男性が自分1人だからなのか視線を感じる。早くお店に入りたい。
「あっ! 師匠!」
アメジストが手を振っている。えっ!? 師匠!? 何処に!?
白いワンピースの可憐な女性が駆け寄ってくる。まさか!?
「アメジストちゃん! ユウ!」
白いワンピースの女性が師匠だった。
「ユウ、顔に出ていますよ……ふふふっ」
怖い! 師匠の後を追ってガシャガシャ音を立てながら誰かが走ってくる。
「エレノアちゃん、急に走り出さないでよ。ってユウくん! ……とアメジスト様ですね」
やはりネクサスさんだった。
「こんばんは。師匠……とネクサス様」
露骨に嫌な顔をするアメジスト。ネクサスさんのことをかなり嫌っているようだな。
「師匠とネクサスさんは何を?」
悪くなった雰囲気を変えるため声を出す。
「私の休みの相談をしてもらっていたのです。実は、私は一週間近く休みを取らされることになりましたので」
「一週間近く休みですか? 師匠?」
「はい、私は休みなんて無くとも良いのですが、周りがうるさいですから、この時期は休みを取ることにしています」
師匠はお酒さえあれば毎日働けそうだし、それでは良くないと周りも思っているのだろう。
「良いことを思いつきました。アメジストちゃん、ユウ、私の休暇に付き合いなさい。これは師匠命令です」
拒否権が無くなってしまった。