14話 完全と傲慢の魔王
ヴァルは巨体を使いネクサスに殴りかかっていた。
「速いね!?」
ネクサスは横に跳び避ける。鎧のすぐ横を拳が通り地面を殴りつけた。
物凄い音と共に地面が抉れ、土や花が弾け飛ぶ。
ヴァルはそのままネクサスに向けて腕を薙ぐ。まだ飛んでいたネクサスはヴァルの腕に剣を叩きつけ登り、上に回避する。ヴァルの腕に当たった木々が吹っ飛びネクサスの頭に直撃し、兜が飛んでいった。
「……なるほど、完全なる生物、強ち間違いではないかもね」
ネクサスの声にいつもの軽さは無かった。冷静さと冷酷さを兼ね合わせたような声色だ。
「我に何故顔が無いか分かるか?」
着地したネクサスにヴァルは問いかける。
「いや、知らないよ。意味があるの?」
ヴァルは仁王立ちをし語り始める。
「一つの場所に機能を集中させることなど愚の骨頂だ。我はこの体全てで見て聞いて匂い感じ考える。全てにおいて完全に対応してこそ真の完全なる生物である」
……理にはかなっている。人間なら頭を潰されればほぼ終わりだ。そのリスクを分散出来るのならそれは人間よりも完全な生物と言える。
「ネクサス! どうする? このままでは追いつめられるぞ! 私の準備は出来ている!」
マーリンは周囲が空気が歪むほどの魔力を貯めていた。
「マーリン! 分かった! 許可するよ! 消し飛ばしても構わない! アカツキくんとユウくんは退避して!」
ゴリラが力づくで自分を盾の後ろに引き戻す。
「消え失せろ!」
マーリンのその一言と共にヴァルの周囲が白く爆発した。純粋な魔力の爆発により花畑が吹き飛び森もかなり消えた。ゴリラの盾が無ければ自分も跡形も無かったかもしれない。
マーリンもネクサスも避けていた、そして、爆発の中心にいるヴァルを見ていた。
「くだらん。貴様ら二人のやることなど全て分かっている。足掻く意味は無い」
ヴァルは周囲を消し飛ばすほどの魔力の爆発を受けても仁王立ちを崩さなかった。
「最終手段にでるかい? ネクサス」
マーリンがネクサスに駆け寄り自分たちにも聞こえるように相談する。
「出来れば使わずに何とかしたい……かな」
ネクサスの声からは焦りが見える。
「何をしようが無駄なこと。我は魔力さえあれば呼吸も食事も不要。この体の中で全て循環させられる、つまり、永遠に生きていられる。まさに完全なる生物にふさわしい」
魔力さえあれば?
「我がこの国を掌握すれば貴様らにも良い地位を与えてやる。貴様らは有能だからな。ここで我が国を掌握するのを待っているが良い」
「好き放題言われても困るんだけどな」
王都に向かおうとするヴァルは止めようとするネクサスとマーリンの攻撃に見向きもしなくなった。
「……本当に最終手段しか無いのかな?」
「ネクサスさん! 最終手段って何ですか!?」
「最終手段はマーリンの無の魔法のことだよ! 凄いことに跡形も無く消すんだ! 使えば世界を歪めてしまうけどね!」
ネクサスはヴァルを攻撃しながら説明してくれる。器用だ。それにしても世界を歪めるなんて……
ウンディーネとノームを呼び出す。
『ユウ。何か良いことを思いついたんだね。ボクがどんなことでもやってあげるよ』
『お姉ちゃんだって頑張るよ! ユウくんの為に何でもしてあげる!』
心強い。まずはヴァルを先回りしなければ。
地面をスライドさせスノボーの要領で高速で移動する。すぐにヴァルの目の前に着いた。
「ユウくん! そこは危ないから早く避けて!」
ネクサスが警告している。
「何のつもりだ? 我の前に立ちはだかるなど」
5mくらいある巨体が見下ろしてくる。凄まじい威圧感だ。
「一つ聞いていいかな?」
「良いだろう。何でも聞くがよい」
自分のことなんて気にも留めていなかったのだろう、快く答えてくれた。
「完全な生物って言ったけど、それなら生物の定義とは何ですか?」
今の状況にあった質問では無いが、聞く価値は有ると思った。突拍子も無い質問にヴァルは少し沈黙していた。
「……生物の定義か。良いだろう。それは、呼吸をしていることだ。我も魔力で酸素を循環させているとは言え呼吸をしている」
なるほど、実に満足できる回答だ。
「わざわざ答えてくださってありがとうございます」
恭しくお礼を言う。
「満足したのだろう? そこを退くが良い」
全く興味が無い様で自分を見向きもしなくなった。
「いや、退く必要は無いかな」
「……何?」
「だって、勝ちが決まったから」
ヴァルの周囲の地面から円を描くように水が湧き出て5m近いヴァルの身体を水柱が飲み込む。もちろん、ウンディーネの魔法だ。水柱の中でヴァルが浮いている。酸素を体内で循環させることが出来るからか余裕を見せている。
「何のま……ね……まさか!?」
ヴァルは水柱から出ようともがき始める。だが、ウンディーネの力で水柱の中心から逃れることは出来ない。
「気づいただろうけど、改めて言うと、その水には魔力が無いんだ」
この世界では空気や川の水などのほとんどの自然の中には魔力が存在する。
ヴァルは皮膚から魔力を吸収することができ、その魔力を使うことで酸素を体内で循環させることが出来るようだ。本当に完全な生物だ。魔力を得ることができる環境に居るという前提では。
だからこそ、魔力の無い水の中に閉じ込めてしまえば、魔力による酸素の循環を止め、窒息させることができる。
「貴様!」
水中で息苦しいはずなのに普通に声が聞こえるし怒って暴れてるし、元気だな……
水柱の表面に鋭い矢が出来て全て自分に向く。
「貴様を倒せばこの水柱も解除されるだろう!?」
ヴァルは自分を睨み付け言い放った。
「残念ながら解除はされない。自分が倒されても解除されないし、倒されればいつ解除されるかは自分でも分からない」
ウンディーネがコントロールしているから、自分がどうなろうと魔法が解けることは無い。
「ふざけるなぁ! これで貴様も終わりだ!」
ヴァルの言葉と共に鋭い水の矢が発射される。
「ユウくん! 危ない!」
自分が微動だにしないからかネクサスが叫ぶ。大丈夫、ノームが守ってくれる。
飛んできた水の矢の前に土が盛り上がり、全ての水の矢は壁に突き刺さり落ちていった。
「残念だったね。一つも当たらなくて。あっはっはっは」
計らずも笑いが出てしまう。
「ぐっ……あば……あばば……」
魔力が切れたのかもがき苦しみだした。依然としてヴァルは水柱に閉じ込めたままだ。気絶させてしまえば後はネクサスとマーリンが何とかしてくれるだろう。
ほぼ相手にされなかったということもあり運良く相性で押し切れたけど、ネクサスとマーリンを簡単に相手取る力、正面からぶつかり合えば間違いなく負けていた。魔王化……あまりにも凄まじい力だ。ヴァルが完全に動かなくなった。……そろそろ解除しないと不味いかな?
「ユウくん。もう大丈夫。後は僕たちに任せて」
ネクサスさん達が自分の近くに集まった。
「ウンディーネ。解除して」
姿が見えないウンディーネに声をかける。
『分かったよ。ユウ』
ウンディーネが目の前に現れ、水柱が崩れていく。相変わらず近い。水柱が完全に崩れて落ちてきたヴァルにネクサスとマーリンが近寄る。ヴァルに全く反応が無いから気絶しているのだろう……たぶん。
マーリンが手をかざすとヴァルの身体が光の粒子になって崩れていく。全てが粒子になり崩れた後、全裸の初老の男性が倒れていた。
「まさかね、殺すことなく制圧出来て良かったよ。ありがとうユウくん、アカツキくん」
何とかなったらしい。安心したら腰が抜けてしまった。