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11話 勇者の心

 ある豪邸の一室。この部屋には彼と私の二人しかいない。

「この先何が起きるのですか? 魔女様」

 彼の無粋な問いが気にならないほど全て予想通りに事は運ばれている。私は上機嫌だ。

「聞いてどうする? 前に言った通りどう転ぼうが幸せになれんぞ? その夢は悪夢だ。私でも救えはしないぞ」

 我ながらくだらないことを聞いてしまった。彼はもう……

「別にいいです。もう覚悟は決めているので」

「そうか。なら、そのまま実行するといい。邪魔は入らぬ故にな」

「そうですか。ありがとうございます。それと、あの時は何であの人の前に出なかったのですか?」

「ふぇぇ!? いや、その、あの時は、邪魔なネクサスもいたし、そのぉ、恥ずかしかったから……」

 予想外の質問にどぎまぎしてしまう。

「笑うな! くぅっ! 笑うなーーー!」

「まあ、好きにすればいいと思います。僕の邪魔をしないのであればですけど」

 彼は窓枠に足をかける。

「また来ます」

 そう言って窓から跳んで行った。一つだけ予想できなかったことがある、それはあの人の能力だ。しかし、運命の綻びに負けるわけにはいかない。手は打ったのだ。

「救えはしない……か、あの人だけはそんな目には合わせはしない」

 神さえも救えないこの身にかえても。


 やっと書類を片付けることができた。どうしても鎧の騒音が静かな夜に合わない。さあ、巡回の時間だ。

 夜の街を巡回しながら先日起きた氷による傷害事件を振り返る。犯人は分かった、だが、手出しができない相手だ。厄介なことに巻き込まれたようだ。

 さらに、賢者の失踪、失踪した彼は遅刻は多いが、決してサボりはしていなかった。そして奴隷制を作るという法の内容を聞いて卒倒するかと思った。貴族の言いなりの政治。こちらも手出しができない。

 今この国で何が起きているのか。一見すると国は平和だ。だが、水面下で嫌なものが蠢いている。何もできない自分に腹が立つ。

「お疲れ様です。ネクサスさん」

 急に声をかけられ戸惑う。ジュンくんか。ジュンは僕が召喚した勇者で信頼できる。

「異常は無いかな? ジュンくん」

「無いっすね。あんな事件が有ったなんて思えないくらいに平和です」

「そうか……全く、こそこそ隠れまわってくれる。嫌になるよ」

「ネクサスさんでも嫌になることあるんですね」

 ジュンくんが微笑む。

「まあね。さあ、僕は巡回を続けるから」

「お供します。ネクサスさん」

「分かった。よろしくね」

 まだ、夜の巡回は始まったばかりだ。


「ただいま~」

 外から帰ると部屋は暗かった。もうニーナは寝ちゃったかな。

「お帰りなさい、お姉ちゃん。ご飯冷えちゃった」

 ベッドから飛び起きてきたニーナの指さした先のテーブルの上に料理があった。まだまだ子供なのに頑張っちゃって。可愛いなぁ、もう!

「わ! わ! お姉ちゃん?」

 ニーナはぎゅっと抱きしめられ慌ててる、可愛い。

「ありがとね~。ヴェロニカお姉ちゃんも元気出たよ~」

 ニーナの頭をなでなでしてあげる。

「お姉ちゃん! ニーナ大人だもん!」

 あぁ、可愛い。でも、そろそろ終わり、物事は節度が大事だからね。

 彼が偽物の指輪を持って行ってくれたおかげで事情が分かってきた。カミール派の貴族たちがニーナの敵だ、絶対に全てを奪ってやる。頼まれたことは必ず遂行するそれが、私という怪盗のプライドだ。

「お姉ちゃん。大丈夫?」

「うん。大丈夫だよ。お姉ちゃんが守ってあげるからね」

「えへへ、ありがとう、お姉ちゃん。大好き!」

「いただきます!」


 はぁ……勘弁してくれよ。皆仏頂面して口を開かない。こうなったら会議なんて意味ないだろ。

「お父様、そろそろ終わりにしないと朝になりますよ」

 会議室に雇い主カミールの娘が入ってきた。まだまだ幼いのに大人の中でも堂々としている。

「アリシア……ここに来るなと言っているだろう。アカツキ、娘を部屋まで送ってくれ」

 はぁ、俺に振るなよ。

「了解。アリシアちゃん、お部屋に戻ってくれるかい?」

 アリシアは無言で踵を返していった。はぁ、嫌われてるなぁ、俺。

「大変ですね。私としてはこんな会議も子守も遠慮したいところです。早く絵を描きたいです」

 アダムのやつ好き勝手言いやがって。アリシアを追って会議室を出る。これでつまらない会議から逃げられるぜ。悪党の相手なんて本当は……何やってんだよ、俺は……


『おはようございます。ご主人様。起きてください』

 体が揺すられる。もう少し寝かせて欲しい。

「うぅ……」

 シルフが自分の上に乗り耳元で囁き始めた。

『ご主人様。早く起きてください。起きないとこの耳食べてしまいますが、よろしいでしょうか?』

 ゾクッとして目が覚めた。食べるってやっぱり性的な方なのか。

『おはようございます。耳が赤くなってますよ。起きて早々ですが、今日は買い物に付き合っていただけますでしょうか?』

「おはよう。何を買いにいくの?」

『衣類と食材です。先日からキッチンを掃除してやっと使える程度には綺麗になりましたので、料理をしようかと』

 前に見た時はゴミ山だったのに掃除しきれたのか!?

「分かった。準備するから」


 シルフと二人で街に出る。これはデートなのか?

『ご主人様。まず衣類を買いに行きましょう。いつも同じ服ではいくら鈍感なご主人様といえど飽きてしまうでしょう』

 この世界に来て自分もずっと同じ服を着ていたけど、初めて会ったときからシルフの服も変わっていない。

『女心に疎いご主人様なら仕方がありません』

「申し訳ない」

『それに今まではご主人様の服が一着しか無かったのでサラマンダーやウンディーネと協力してご主人様の入浴の間に洗濯し乾燥させていましたが、何着もあれば私一人で洗濯することができます』

「えっ?」

 すぐには言葉の意味を飲み込めなかった。

『どうかしましたか?』

「いや、何でもない」

 聞き返さない方が無難だ……

『ご主人様。目的のお店に着きますよ』

 元の世界でもありそうなブティックだ。

『大丈夫です。センス皆無のご主人様でも似合うように、私が選んであげますので』

 いつになく目を輝かせて興奮気味で手を引っ張るシルフ。

「はい、お願いします」

 店の試着室に押し込められ、シルフが服を選んでは試着させてくる。

『機動性が高く似合うようなカジュアルものが良いですね』

「はぁ、ファッションは全然わからないから……」

『取りあえず、この5つの試着をお願いします』

 いつの間にこんなに持ってきたのか。

『お着替えをお手伝いします』

 試着室に入ってこようとするシルフを追い出す。

「それはモラル的にダメだから」

 結局、3着買ってその店は出た。

『次は私の衣類を買いに行きます。よろしいでしょうか?』

「その前に荷物を渡して。荷物持ってたらじっくり服見れないでしょ」

『ふふっ、ご主人様。ありがとうございます。たまには気が利きますね』

 今はまだ、たまにでしかないがいつかは……


 その頃の屋敷。

『おはよー。ダーリン今日は私が先に……えっ!?』

『ユウが居ない。ユウが居ない。ユウが居ない……』

『……何やってんの? ウンディーネ』

 ダーリンの代わりにベッドにダーリンの毛布を頭から被ったウンディーネが居た。

『ユウが居ない。ユウが居ない。ユウが居ない……』

 ずっとこんな状態で何を言っても反応がない。

「ユウさんならシルフさんと買い物に出かけたよー」

『本当? サファイア! それ本当?』

「本当、本当、夕食まで帰ってこないらしいよ」

『『シルフ!!』』


『くしゅんっ! 申し訳ございません。ご主人様』

「くしゃみくらい別にいいんだけど、精霊って風邪ひくの?」

『そうですね。体の構造は基本的に人間と同じです。なので、ひくかもしれません。ひいたことはありませんが』

「へー」

 結局どっちなんだろうか。

『次のお店に着きますよ』

 見るからにおしゃれなブティックに気後れする。

『大丈夫です。私がついていますから』

 シルフが不敵な笑みを見せる。不安だ。

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