10話 特訓はお風呂まで
食堂に着いた。シスターが7人とエレノア司教、そして精霊達が朝食を食べている。
「アメジストちゃん、ユウ、こっちの席が空いています」
エレノア司教が手招きをしている。エレノア司教の周りの席は空いているが、ちょっと遠慮したい。
「セルフサービスなので自分でとってください」
食事当番のシスターに説明を受ける。アメジストは料理を取ってエレノア司教の隣に座る……エレノア司教かアメジストどちらかの前に座らなければならない……気まずい。アメジストの前に座るがエレノア司教に睨まれた。
誰も口を開かず淡々と朝食を食べる。空気が重い。いつもなら飛び込んでくる精霊達もエレノア司教の威圧感に勝てず遠くのテーブルからこちらを覗いている。
食べ終わった。エレノア司教の圧に味覚が麻痺していた。
「この後、聖堂前に来てください。アメジストちゃんも一緒に」
それだけ言ってエレノア司教は食堂を出て行った。
「はぁ……」
朝食をとるだけでも疲れる。
『……ダーリン。もう大丈夫?』
精霊達が集まったきた。サラマンダーが消え入りそうな声で聞いてきた。
「ああ、もう元気だから。みんな、ありがとう」
あんなことをさせたのに心配してくれるなんて、感謝しかできない。
『全くご主人様は、非常識ですね。馬鹿ですね』
『もう絶対にボクから離れないこと。分かった? ユウ』
『もう! お姉ちゃんを心配させるなんて! プンプン! だからね!』
彼女達は自分に思いをぶつけてくれる。
「本当にありがとう」
準備をして聖堂前に出る。広場にエレノア司教が待っていた。
「特訓を始めます。今日からユウも私のことは師匠と呼ぶように」
「はい。師匠」
「では、全力でかかって来てください。今のあなたの力を測るところから始めましょう」
師匠が構える。アニメのロボットの手のような白い籠手と自分の2倍はある白いハンマーが現れ師匠が装備する。
「……は?」
何それカッコいい。感動する。洗練された白のデザインが本当にカッコいい。まるでアニメの魔法少女のようなカッコ良さ。いいなぁ。
「はぁ、ボーっとしているのならばこちらから行きますよ?」
一瞬で目の前まで接近される。大きなハンマーを持って出来る動きではない。
「ノーム! 壁をガハッ!」
ハンマーを横振りで叩きつけられ弾き飛ばされる。空と地面が何度も入れ替わっていったあと木に衝突する。
「やる気あります? それとも、弱すぎて手も足も出ませんか?」
師匠はあくびをしながらハンマーを回している。立ち上がり服に着いた土を払う。考えが甘かった。相手の動きを見てから動いていたら遅い。
「サラマンダー!」
ハンマーに火球をぶつけて弾き飛ばしてやる。
『行くよ! ダーリン!』
『「火炎大砲!」』
「はぁ、それが本気ですか?」
師匠に当たる前に弾けて消えていく。何で!? そんなイメージはしてない!
「魔法障壁を張っただけでこの有り様。何もかもが成っていませんね」
魔法……障壁……? よく分からないが簡単に防がれると、落ち込む。
「まず一つ、わざわざ詠唱していたらその隙を突かれるだけですよ」
師匠が手をかざすと虹ができた。それも魔法なのか!?
「二つ、世の中には同時に百以上の使い魔を使役する者もいます。一人の精霊を使役するだけで精一杯なんて言いませんよね?」
4人同時に魔法を使えたら今の何倍も強いだろう。今は一人でも手に余るが。
「三つ、恐れていますね。コントロールしきれずに人を傷つけることを。前の世界のモラルや常識があることは知っています。しかし、この先、それを変えなければ自分の命すら守れないと思ってください。そんな道を進むのです。あなたは。」
師匠が自分にハンマーを振りかぶっていた。
「こんな風に。」
ゴッという鈍い音と共に頭に衝撃が走った。
「今一番鍛えなければならないところはそのビビりを治すことです。全員を同時に使役しながら詠唱無しで自分に向けて魔法を撃ってもらいます。自分の身で自分の能力を味わえばどれだけコントロール出来ているかよく分かるはずです。ちゃんと治療にアメジストちゃんを付けておきますから死ぬことは無いでしょう。それでは、私は仕事がありますので」
「始めるか……」
4人の美女に嬲られる特訓、そう考えると案外悪くないかも。
『何を考えているのか知りませんが顔が気持ち悪いです。ご主人様』
変なこと考えてすみませんでした!
特訓に邪念はいらない。自分に風魔法を当てるイメージを作る。
腹に直撃する、でも、これなら痛いだけ、魔法障壁に簡単に阻まれる。もっと強く!もっと繊細に!
「ぐっ……!」
吹っ飛ばされた。後ろに土壁を作って飛ばされないようにしないと。
『そこまでやる必要あるの!? このまま先にユウくんが倒れちゃうよ!』
いいんだ、ノーム。コントロール出来ない自分が悪い。何度も魔法を使ってコントロールしなければ!
何度も何度も自分に魔法を撃つ。正確さが上がる。また、何度も何度も自分に魔法を放つ。威力をコントロールできるようになっていく。
手足を動かすように魔法が使えるようになっていくことが楽しい。
何度も何度も魔法を喰らった。さあ、そろそろ仕上げだ。空中に巨大な水の玉を作り上げる。それが激流になり自分に迫ってくる。
『ユウ! 避けて! こんなのに当たったらひとたまりもないよ!』
ウンディーネが叫ぶ、その通りだ、当たれば終わり、死ぬだろうな。
目の前の地面が盛り上がり壁を作る。激流が壁に直撃し壁を削るが後は削れた場所を補強し続ければ良い。
完全に水流が消滅する。
「……凄いわね! ユウ! 一日でこんなに変わるものなの!?」
アメジストの言葉に周りを見回す。もう夕方だ。一日中特訓していたのか。
「……流石です。見違えるほど成長しましたね」
聖堂のドアの前に師匠が立っている。
「師匠。ありがとうございます」
「どういたしまして。夕食の準備が出来ています。今日も泊まっていってください」
「ユウ。お言葉に甘えるわよ」
師匠とアメジストが仲良く並び聖堂に入っていった。自分もそれに続いていく。
「あっはっはっは! このワインおいひいれす!」
夕食を食べ終わる。最初はグラスで少しずつワインを飲んでいた師匠がワインを瓶ごと飲み始めた。
「飲みなさいよぉ、ユウもぉ! そぉれぇとぉもぉ、わらひのワインが飲めないわけないれすよねぇ?」
絡み酒かぁ、シスター達も避難して近くに誰もいないわけだ。
「自分アルコールがダメなので、代わりに師匠が飲んでください」
瓶を丁寧に押し返す。
「そぉおぉ、なぁらぁ、しょおがないれすねぇ。あっはっはっは!はぁ、暑いれすね。脱ぎましょお」
師匠が服に手をかける。脱ぎ上戸もか!?
「そぉねぇ。お風呂行きましょ」
師匠が自分の腕を掴み浴場まで走り出した!
「師匠! ダメです! そんなことしてはいけない!」
精霊達が後を追いかけてくる助かった。
『ユウと一緒にお風呂に入るのはボク!』
『ダメです。ご主人様のお背中をお流しするのは私です』
『ダーリンとお風呂……ダーリンとお風呂!』
『お姉ちゃん的にそれはだめぇ!』
……助からない! 誰も助けてくれる気が無い! 覚悟を決めよう。
脱衣所についてしまった。各々が脱ぎ始める。
「ユウぅ、何で脱いでないんれすか? お風呂れすよ?」
師匠はもう全裸になっていた、見たらアウトだ、ボコボコにされるだけでは済まない、耐えろ。
「あはは、脱がしてあげましゅねぇ」
一瞬で全て脱がされた。何でこんなことが出来るんだこの酔っ払い。
『仕方ないご主人様ですね』
シルフがタオルで目隠しをしてくれる。これで師匠の裸を見ずに済む。こんな状況アメジストにどんな酷い目で見られるだろうか……
『では、行きましょう、ご主人様。私がお体をお流ししますので』
シルフが手を引っ張ってくれる。
『何でオマエがボクのユウにそんなことしてるんだよ。ボクがいいよね? ユウ?』
ウンディーネが反対の手を引っ張り始める。
『ちょっと! ダーリンが困ってる!』
『どうしよう……? お姉ちゃんどうすればいいの?』
「待て! 両方から引っ張るな! 見えないからバランスがとれない!」
右へ左へ引っ張られ、ツルっと足が滑り体が宙に浮く。
「あっはっはっは! 凄いれすねぇ!」
全て師匠のせいなんだけど! 頭から床に落ち気を失った。
目が覚める、お湯に使っていた。隣にはサラマンダーとノーム、前には正座のシルフとウンディーネがいた。
『ダーリン、体は洗っておいたからね。あと師匠はもう上がったから。安心して見ても……いいよ?』
そうですか。何で二人は正座なんだろうか?
『二人はユウくんに言うことがあるよね?』
ノームが凄みを利かせる。
『ご主人様。申し訳ございません』
『ユウ。ごめんなさい』
シルフとウンディーネが頭を下げてしまった。これは全裸土下座だ。絵的に不味い!
「全然気にしてないから! 大丈夫だから! 頭を上げて!」
癒されるためのお風呂なのに疲れてしまった。
シスターの視線が痛い。部屋までの道のりが長く感じる。
「何やってるのよ? ユウ。隙あらばイチャイチャ、本当に感心するわ」
アメジストの冷たい一撃が刺さる。そんなこと言われてもなぁ。
「明日から、また、頑張ってくださいね。ユウ。それでは、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
今朝まで寝ていた部屋に戻りベッドに座る。ここ数日色々あったな。窓から月の光が入っている。
『何か悩み事? お姉ちゃんに相談する?』
何故か精霊達が全員揃っていた。
「……何でここに居るの? ノーム」
『何でって、みんな一緒のお部屋だから?』
「全員で一つのベッドに寝るの?」
『それしかないかなぁ?』
「……えぇ」
屋敷に帰るまで休めないようだ。