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ニャームズ。『灼熱の犬』事件。

作者: ヒロモト
掲載日:2018/10/23

2018年8月。

ニャームズはよく『結局はねこが一番いいのだよ』と言った。

確かにねこは素晴らしい。

私ももし生まれ変わりというものがあるのならまだねこに産まれたい。

だがそれはどの動物もそうなのだ。

自分達が一番と思い、また自分に生まれ変わりたいと思う。

人間だってきっとそうだ。

そしてその願いは叶うのではないかと思う。

ねこはねこに犬は犬に人は人に生まれ変わる。

そしてまだ生きている者や自分と同じく生まれ変わった大切な者に出会うのだ。

この答えにたどり着いた私は……いや、ねこはやはり一番素晴らしいのかも知れない。

前置きが少し長くなった。

今宵のお話はあの事件について語ろうと思う。



『灼熱の犬』



「……最低」

『ねこ』と書かれたTシャツ、下は相変わらずパンチー一枚のフジンが呟いた。

私も同感だ。

私とフジンはしかめ面でニュースを観ていたが、ニャームズは真剣そのものだった。

『小久保直己さんは犯人の少年ともみ合いになり少年の持っていたナイフが腹部に刺さり現金三千円の入った財布を盗まれ……その後、搬送先の病院で……なお一緒にいた大久保ヒカルさんは無傷であり……』

ヒラメ坂で起きた『通り魔』とやらのニュース。

『おカネ』を目的とした殺人行為。

小久保氏は三千円のおカネを持っていたために殺されたのだ。

三千円が多いのか少ないのかもわからないし、その価値に興味もないが紙切れか血のような臭いのする硬貨とかいうもののために命を奪う人間の気持ちがわからない。

「ひっどいよね。かわいそうだよね。胸ポケットの指輪だけは守りきったんだって! プロポーズしようとしてたのかな……?」

そう言ってフジンは私を膝の上に置いて優しく撫でてくれた。

「ニャオニャール?」

「現場はヒラメ町かぁ。すごい近い。やだね」

「……」

私の『ニャオニャール(指輪?プロポーズ?それはニャニ?)』という質問の答えは返ってこない。

人にねこの言葉が理解できないのはわかりきったことだが。

「仲の良い人間のオスとメスがフウフになるのがケッコンであり、指輪を渡しケッコンの許可を得るのをプロポーズという」

フジンの代わりに安楽椅子でくつろぐニャームズが答えてくれた。

視線はテレビに向けられたままだ。

「ふぅん」

『フウフ』、『ケッコン』、この言葉は聞いたことがある。

仲良しの人間がプロポーズという儀式を経てケッコンフウフになる……そういうことであろう。

しらんけど。

「じゃあ。この大久保ヒカル嬢はきっととてつもなく悲しいのだろうね?」

『大久保ヒカル』。

小久保直巳氏が命をかけて守った人間のメスである。

小久保氏はヒカル嬢と一緒にいるところを襲われた。

そしてヒカル嬢と指輪を守った。

指輪というものの価値はわからないが、一人と一つの大事な者と物を守りきった小久保氏を私は同じオスとして誇りに思おう。

フンッと鼻を鳴らしたつもりだったが、鼻水が溜まっていたのでプヒィという情けない音がした。

「風邪?大丈夫?君もヤンチャだからなぁ……おっと!またバイトに遅刻しちゃう!着替えねば!」

フジンは私のハナジルを優しく拭き、頭をクシャクシャと撫でてくれ、そのまま私をニャームズのいる安楽椅子にホイヤと投げ、『トウッ!』と言いながらベッドルームに走った。

ドッタンバッタンとうるさいメスである。

『ニャームズさん!』

「おふっ!」

慣れることのないケーブのヘッドスライディング入室である。

私は驚きのあまり立ち上がってバンニャイをしてそのまま後ろにスッテンコロリンした。

その際に後ろ足の肉きゅうがニャームズの頭と背中に当たり乗っかったが、ニャームズは無言でそれらを払いのけた。

私が悪いのだが、『大丈夫か?』の一言ぐらい欲しいものである

「どうされました?ケーブ?」

「いやいやいやこの世にはわからないことばかりです。おっと!そのニュースをみていますね?ああ終わってしまった!」

テレビは通り魔事件の話から『ゴミ屋敷』とやらの話に変わってしまった。

「んん?ヒラメ町で事件ですか?」

「やあそうなんです!ヒラメ町の『灼熱の犬』の話です!我々の肉きゅうにおえません!どうかあなたの肉きゅうを貸してください!

『灼熱の犬』……?



「少々お待ちを……どうぞ」

ニャームズはオモチャのパイプを咥えた。

中身は砂糖である。

以前彼が隠し持ち、パイプに詰めていた玉ねぎは私が没収した。

なにか咥えないと気分が乗らないと言うニャームズの意見を私は何度か突っぱねたが、結局は特別にパイプは許可した。

次に隠れて玉ねぎを吸ったら絶交という条件付きで。

それ以来ニャームズはピタリと玉ねぎはやめた。

私との絶交は彼にとって辛いことなのだろうか?

「廃墟にいるハイイロ……語呂がいいとは思いませんか?いやいけないぞケーブ。また悪い癖だ。本題に中々はいらない。それでは駄目だ。うむ……そうだろ? たしかにそうだ……はいはい」

本題に入るまで長いという自分の癖を理解したのはいいのだが、その自問自答がまた長いことに彼は気がついていない。

「向上心を持つことは素晴らしいことです。それで廃墟のハイイロとは?」




「ヒラメ町の廃墟をご存じですか?」

「はい。あのヒラメ坂のふもとにあるノーキョーだった廃墟ですね?」

ヒラメ町の廃墟と言えばあそこしかない。

私にもすぐにわかった。

しかし『ノーキョー』とはなんだろう? 気になったが、話の猫背を折るわけにもいかないので黙っていた。

「人間が殺された場所とずいぶん近い」

「そうなんですよ。廃墟を通りすぎると夕日や星が驚くほど綺麗にみえることで有名なヒラメ坂がある。あそこの夕日は本当に美しい! ……いやいや。ヒラメ坂とは逆、廃墟の先に小久保氏と大久保嬢が住んでいた平屋があったのですよ」

「へえ」

「それでね?その小久保氏と大久保ヒカル嬢が。飼い主は小久保氏なんですがな?飼っていた二匹の犬が今回は問題なのですな」

「ほぉほぉ?」

あのニュースの二人は犬を飼っていたのか。

嗚呼可哀想に。

その犬たちは飼い主を亡くしたことになる。

犬が飼い主を亡くすのはねこのそれの比ではない。

ねこは飼い主の事を結構忘れる。

私も昔の飼い主のことはほとんど忘れている。

遠い昔の飼い主より今のサバ缶がだいじなのである。

犬たちにとって不幸中の幸いなのはヒカル嬢がいることだろう。

恋人が可愛がっていた犬ならきっと自分が飼い主になることにやぶさかではないだろう。

「ヒラメ坂ふもとの廃墟に、その先に住んでいた通り魔事件の被害者の飼い犬二匹……その問題とはなんですかな?」

「ああ……ニャームズさん。その廃墟にね。住み着いてしまったんですよ。二匹が。名前はハイイロとシロといいます。犬種は雑種。どちらも名前の通りの色のオス。本当の兄弟かはわかりませんが、ハイイロはシロの事をアニキと呼び、シロはハイイロを弟と呼びます。共に暮らすうちに兄弟の絆がうまれたのかもしれません。犬ですからね」

「廃墟に住み着いた?なぜです?」

「それがねぇ。可哀想な話なんですなぁ。二匹は通り魔事件のあの日、小久保氏に『まて』をされたそうです。それ以来あの場所から動かんのです」

「……なるほどねぇ」

これはかなり厄介な話である。

犬の忠誠心はねこには理解できぬほどおもい。

「小久保氏のまての解除を今もまっているわけだ。彼らは大型犬ですか?」

「いやあ中型ってとこですがそれでも早くなんとかしないといけませんね」

例え飼い犬だろうと中型犬だろうと廃墟に自由に動ける犬がいるなんてことが人間たちに知られたら捕獲されて……おお、下手をすれば殺傷処分されてしまうのではなかろうか? 

「ねっこくも……一刻もはやく保護せねば!」

「そうなんですなニャトソンさん。我々もそう思って彼らの所に行ったのですが……そこで灼熱の犬ですよ……灼熱の犬ってのは我々の造語なんですがね?」

ケーブはそのときの事を生々しく語ってくれた。





「ほうら食料だ。お前さん方、いい加減家に帰らんかね? ああほらほら。そんな得体の知れない粉に頭なんて突っ込んでないでさ」

「うるさいなぁ。帰れよ。僕らはご主人様を待ってるんだよ。なぁ弟よ」

「アニキの言う通りだ」

廃墟が建ち並ぶなか、二人が生活スペースに選んだのは入口正面から真っ直ぐ進んだところにある小屋だった。

ここにはなにに使っていたかわからない粉や砂や石があったそうだ。

ケーブが訪れたとき、弟のハイイロは黙って座ってケーブを睨み付け、兄のシロは二袋ある白い粉の入った麻袋に身体ごと飛び込んで匂いを嗅いでいたという。

食べれるものではないと判断したシロは麻袋から飛び出そうとしたが、袋の口に足を引っかけその勢いで袋は倒れ、シロは転んだ。

「あーあー。なにやってるんだね?外にはドーサツが何匹か集まっている。抵抗するというなら無理やりにでも……わかるね?」

「……」

この脅しじみた説得に多少心動かされたのか、兄弟は小屋の外に出た。

外はいつの間にか雨になっていた。

「お前らの飼い主もバカだな」

これは若いドーサツ犬の言葉である。

(お前らみたいな忠犬を残して死ぬなんて)という意味の言葉だったが、シロはそう捉えなかった。

飼い主を罵倒されたと怒り狂った。

「もう一度言ってみろぉ!」

「アニキっ!?」

唸るシロ。

身体からは湯気が出ている。

「ご主人の悪口は許さない!」

ドーサツの調べでは武力行使に出た場合肉きゅうがかかるだろうと思っていたのは細身のシロよりハイイロの方であった。

しかし。

「あつっ!熱い!」

「グルル!」

「助けて!」

「やめんかっ!くぅ!熱い!」

若い犬の上に乗った『灼熱の犬』シロをケーブを含めたドーサツ二匹の捨て身の体当たりでなんとか引き剥がした。

体当たりの瞬間ケーブもシロの『熱さ』を感じたらしい。

「撤収!」

とても手が負えないと判断したケーブたちは退却することにした。

退却後、シロの悲鳴のような叫びとシロを心配するハイイロの弱々しいクゥンという鳴き声が聴こえたらしい。



「まさかシロがあんな特殊能力を持っているとは思いませんでした……」

「……大変でしたねぇ」

しかし『怒ると湯気が出るほど身体が熱くなる犬』かぁ……聞いたことないぞ。

「……」

ニャームズはケーブの話を聞いている間ずっと目を閉じて首を上下にゆっくりと揺らしていた。

「……時は一刻を争いますね」

目を開けて最初にはなった言葉がそれだった。

「そうなんです。騒いでしまいましたからね。人間に気づかれたかも……」

「いや、そうじゃあないんですよ。アドレナリン。それは時に身を助け、時に身を滅ぼす。今回の場合どちらだったのでしょうね。早くシロを保護せねば」



私たちは猫紳士としての正装に着替え、犬車に乗って廃墟に向かう。

私たちの自宅方面からだと小久保氏の家、ヒラメ坂を通り過ぎた後廃墟に向かう。

小久保氏の家の前にはたくさんの人間たちが集まっていた。

『オソーシキ』というものだろうか? それにしてはなにやら嫌な空気である。

巨大なつくしのような棒を持った男たちが家のドアを叩き、『オハナシヲ』『ヒトコトダケデモ』『テレビトウビョウデス!』と叫んでいる。

それ以外の集まった人間たちの顔も印象深かった。

怒ったような顔をしたりニヤニヤしたり……私には昆虫などの脚を噛み千切り遊ぶねこの顔のようにみえた。

「ニャームズ。彼らはなんだ?」

「マスコミとヤジウマ。いやあ馬になんか例えたら馬に失礼だね。ただの馬鹿だ。馬鹿でいい。そう覚えたまえ。心の傷を癒すための時間という薬を彼女から奪う愚かな人間さ。ニャトソン」

余談ではあるが数ヶ月後、馬鹿というカンジにも馬と鹿の文字が含まれていることを知ったニャームズは「馬鹿というのも取り消しだ。あいつらにくれてやる名詞はない。なんでもないやつらさ」

と言った。


ヒラメ坂を通りすぎるとき、ちょうど太陽がオレンジ色に変わる瞬間を私はみた。

美しかった。

なるほどなるほどと何度も頭を上げたり下げたりした。

「なんだい?ニャトソン?そんなに頷いていたら犬車から落ちるぜ?ここから先は廃墟まで下り坂だ」

「いやあ綺麗な夕焼けだと思ってね」

私は感動していた。

自然ほど自然で美しいものはない。

自然だけに。

ザ・なちゅらる。

「……キレイ。僕もそう思うよ。けど君みたいに感動することはできない。羨ましく思うね」

私は『感動する』ことに関してはかなり優れたものを持っているらしい

ねこというのは感動しにく薄れやすい生き物だ。

例えばご飯が美味しかったとする。

それに感動はするのだが、食べながら感動は薄れ、感動的な食事は次第に生命維持の為の行為に変わるのだ。

食べ終わり顔を拭く時(ああ今日は飯が旨かった)と思い、何日かしたとき(そういえば飯がうまかった時があった)などと思い返す。

だが私は違った。

(なんと美味しいご飯だろう!)と思い、なぜ美味しいのかを考え、食べ終わった後も「いやあおいしいご飯だったねぇ!こんな美味しいご飯を貰える私たちはフジンに愛されているに違いない!」とニャームズに語りかける。

ニャームズはそんな私を見る度に目を細め、「君は幸せ者だねぇ」と言うのだった。



「さていこうかニャトソン?ケーブたちはここでお待ちください」

「えっ!?」

この「えっ!?」には私のえっ?も含まれていた。

相手はたった一匹でドーサツを蹴散らした灼熱の犬である。

ニャームズが弱くないのは知っているが、ねこ二匹でいくのはあまりにも危険だと思われた。

「向こうは二匹。しかも神経が高ぶっている。大匹数でいったら警戒されるだけだ。こちらも二匹で行くのがマニャーだろう?」

「マニャーだなど言っている場合ではないでしょう?」

「マニャーを失ったら猫紳士を名乗れない」

「名乗れないからなんだというのです!?」

私はもちろん皆で行きたかったし、ケーブを応援していたのだが、こうなったニャームズが意見を変えることなどありえないので、結局私たち二匹で行くことになった。

ああこわい。


敷地内に肉きゅうを踏み入れた。

ぐっすりと寝てでもいない限り、あちらは匂いや音で私たちに気がついているだろう。

私はいつ灼熱の犬が飛び出してくるかと緊張してヒゲが全部抜けそうだった。

バタン!という大きな音をたてて小屋から向かって右側の廃墟から犬が飛び出してきた。

ハイイロだろう。

頬肉を上げ、牙を剥き出しにしてグルグルルと唸っている。

まるで野犬のようだ。

「なんだ貴様らは!」

「僕の名はニャームズ!こちらは相棒のニャトソン君だ!君たち……特にお兄さんの方を保護しに来た!」

「なにぃ?貴様らもドーサツか!俺たちは飼い主が来るまでここを動かん!」

「う……むぅ」

彼らにも小久保氏が亡くなっているのは伝えられているはずだ。

知っているが人間の……いや飼い主の「死」というものを受け入れきれないのだろう。

動物と人間の死はまるで違うものでまだ何か可能性があると思っている。

死というものはすべての生き物にとって絶対で、覆ることはない。

私の胸は傷んだ。

「死んだ人間は戻ってこない。君たちはここを出て新しい幸せと生活を見つけなければならない。さぁ。来るんだ!」

「ニャームズ!」

正論だ、間違いなどない、ごもっともだ。

だがもっと言い方というものがあるだろう。

案の定ハイイロは激怒して私に突進してきた。

ん? なぜ私!?

「ウガアァァ!」

「ニャトソン!?」

我々ねこがトコトコと30歩はかかる距離をたった2歩で縮めてきた。

物凄い跳躍力だ。

もうだめだ!私は死んでしまうのだ!

「ぐぅ!」

「ぬふっ?」

ゴッツンコ!!という鈍い音がした。

ニャームズが私を庇うように飛び出し、地面を蹴ってハイイロのアゴに頭突きをしたのだ。

「ねこの……くせに」

「舐めてもらっちゃ困るね……うう」

「いけない!」

よろめくニャームズの横に立ち身体を支えた。

「……すまない」

「……すまないのは僕の方だ。軽々しく彼を挑発して君を危険な目に……」

「……くっそ」

ハイイロはケンケンをするようによろめきながら小屋に戻っていく。

相当なダメージがあるようだ。

『クゥゥオオオン!』

「おひゃっ!」

小屋の中から遠吠えと悲鳴の中間のような恐ろしくも悲しく声が聴こえた。

「ニャームズとか言ったな?俺を少し弱らせたぐらいでいい気になるなよ?こっちにはアニキがいる。燃え上がる炎の犬だ。犬が何匹来ようが人間が来ようが俺たち兄弟は無敵だ! ……じゃあな」

「……」

声を出すのも辛いのかニャームズは私に体重を預け目を閉じている。

そして私は情けないことにしっぽをブワッとさせて口元をプルプルさせて動けなかった。



「彼らの命がかかっている。休んでいる場合ではない」

歩道の端でしばらく休んでいたニャームズがスクッと立ち上がった。

どうやらダメージは抜けた用だ。

目に光が戻っている。

「……ニャームズさん。無理をなさらぬ方が……おや?雨だ」

ケーブの鼻に大きな雨粒がポシャっと落ちたかと思ったら一分もしない内に中々の大雨となった。

アスファルトに雨が染み込み雨の匂いが鼻一杯に拡がった。

「しめたぞ!この雨なら彼らの鼻も効くまい。チャンスだ!いや!危機でもある!急ごう!ニャトソン。当然君も来てくれるのだろうね?」

「もちろんだ」

どれだけ怖がりだろうとどれだけ役に立たなかろうと望むのならば一緒に火の中にでも飛び込むのが友猫というものだろう。

「お二猫方。今度は私も行かせてもらいますよ。なぁみんな?」

「……」

「おい?」

数匹のドーサツメンバーは全員頭を下げてブツブツ言っている。

「い……嫌です。灼熱の犬は怖いです」

うつむくドーサツメンバー。

「ああ!情けない!」

「ケーブ。無理もありませんよ。ドーサツの肉きゅうに負えなくなった事件を解決するのがニャー探偵の役目です。あなたはマホトを呼んできてください」

「……マホトを?」

マホトとはケーブの家にいる大型犬グレートビレネーズだ。

彼もドーサツなのだが、大型犬ゆえに飼い主なしで町を歩くのはいくら放し飼いに理解ある鰹が丘でも住民たちに不安を与えるので滅多に現場には出てこない。

マホト自体は臆病で心優しい大人しすぎる犬なのだが……。

「しかし彼はいざというときの切り札……」

「今がそのいざです。全身の力の抜けた犬二匹を運ぶためには大型犬が必要だ……できるだけ速く!」

つまりそれは二匹を意識のある状態で運ぶつもりはないという意味で、ニャームズは話し合いで解決できる問題ではないと判断したのだ。

ケーブもそれを理解したのか、そのあとはただワンとだけ鳴いて自宅に走った。

「ではいこうかニャトソン。君に渡せる拳銃がないことが悔やまれるよ」

拳銃がなんのことかわからなかったが戦うための道具だろう。

私は誰かを傷つけるために作られた道具などいらない。

この肉きゅう一つで十分だ。



私たちは施設に入り抜き足猫足でゆっくりと壁にそりながら右側からぐるりと周り少しずつ二匹のいる小屋を目指した。

雨は先程よりも強くなり、全身が濡れて重いが、前を歩くニャームズに置いていかれないように私はエッチラオッチニャ何とか付いていく。

「小屋に突入し、彼らが動揺している隙に僕がハイイロを制圧し、君がシロを保護する……いいね?」

「わ……私がシロ……灼熱の犬をかい?」

できるだろうか?

「不安になることはないよ。今シロはきっと火傷で弱っているはずだから。優しく誘導してあげてくれ」

「……火傷?」

「……ああ。そういえばまだ今回の事件についての推理を聞かせていなかったね。そろそろ小屋が近い。歩きながら小声で話そう。灼熱の犬の正体は……」

「ニャームズさーん!マホトが到着しましたー!」

「えっ?」

ドーサツのヤング・ドッグがこちらに舌を出しながら笑顔でハッハッハッと笑顔になっている。

『報告という仕事をやり遂げた』という顔だ。

すぐさまケーブに犬パンチを喰らわされた。

彼のせいでこっそりこっそり近づいて来たのが台無しだ! ニャームズの代わりに『君はバカなのか?』と叫びたい気持ちだった。

「誰だぁ!?」

案の定ハイイロが小屋から飛び出してきた。

シタタンシタタンと軽やかな足取りでこちらに向かって走ってくる。

しかし今回はニャームズが私の前にいる。

なんと頼もしいことだろう。

ニャームズは腰を落として右足を少し前に動かした。

ニャームズ得意の『スモー』の体勢だ。

「はっけよい……ねこった!」

そう叫び前進するニャームズ。

飛び掛かるハイイロ。

瞬きをしていたらきっと見逃していたことだろう。

ハイイロの腹の下に潜り込み、彼の左前足を両足でガッチリ掴んで巻き込む様に回転しながら『投げた』ハイイロの突進力を利用した見事な技だった。

「……うっ!」

大分危険な体勢で落とされたハイイロは仰向けで全身を痙攣させていた。

「左下手投げ『猫夜叉』。君はこの技を僕に使わせたことを誇りに思いたまえ」

「……くっそ。嘘だろ?俺がにゃんこに負けるなんて……アニキ……くっ」

気絶……か。一瞬死んでしまったのかとヒヤリとしたが、腹は動いている。

「やったな!ニャームズ!素晴らしいスモージュツだったよ!」

「うんうん。それはいいさ。そんなことより次はシロだ」

照れているのだ。

右、左と首をかしげて私と目を合わそうとしない。

このオスは案外お世辞に弱い。

「くふぅぅぅん!」

「うわっ!」

「いけない!」

ハイイロよりも一回り小さい真っ白な犬が弱々しい雄叫びと共に小屋から現れた。

歩く度、体からは白い煙の用な物が上がり、それがモウモウとしながら天に昇ってく。

あれが灼熱の犬か。

「バカなことを! ……おや?」

「オトウト……タスケ……る」

シロは何歩か進むとパタリと倒れてしまった。

私は無意識にシロに走り近づいていた。

「大丈夫か?」

「……」

「あれぇ?」

思ったより白くない……というか熱くない。

噂とはずいぶん違う。

毛が焦げ、禿げてむき出しになった皮膚はただれている。

これじゃあ鳴き声が弱々しいのも倒れてしまうのも納得だ。

「おっと触っちゃダメだぜニャトソン」

いつの間にかニャームズが横にいた。

シロについた粉を肉きゅうでサッと払い、地面に落としてそれをじっくり観察し、大きなため息をついた。

「よかった。これは消石灰だ」

「消石灰?」

「あとでゆっくり種明かしをしよう。その前に……ケーブ!マホト!こちらへ」

ケーブとマホトが走りよってくる。

ヤング・ドッグたちも二匹が気絶しているので恐る恐るではあるが近づいてきた。

事は迅速に行わなければいけない。

シロはともかくハイイロが目を覚ましたら厄介だ。

私たちは気絶した二匹を慎重にマホトの背中に乗せた。

「ニャームズさん。ニャトソンさん。お疲れ様です」

ケーブは一瞬だけ片足を上げた。

敬礼のつもりだろう。

「そう言えばどこへ運べばいいので?保護施設?」

全く鋭いようで鈍い犬である。

そんなことは私ですらわかることだ。

私は「ヒカル嬢の家へ」と言い、それと同じタイミングでニャームズが「保護施設へ」と言った。

「えっ? 何をいっているんだ?ニャームズ?」

ニャームズともあろうねこがこんなミスを犯すとは。

確かに迷い犬は保護施設の入口の前にでもおいて新しい飼い主を探してもらうのが一番だろうが、この場合彼らの新しい飼い主はヒカル嬢に決まっている。

「……あのぉ。私はどちらにいけばよいのでしょう?」

「ヒカル嬢の家へ。人間に見つからないように気を付けて」

「……はぁ」

ニャームズが何も言わなくなったのでケーブはヒカル嬢の所へ行くことを決めたようだ。

私とニャームズはその後ろ姿を見送った。

「おっ?雨がやんだぞ」

雨上がりの星は眩しく美しい。

……さて。

「ニャームズ。君の推理をきかせてくれるね?」

「ニャトソン。君の推理をきかせてもらおうか?」

「ん?」

私の推理?何を言っているのだこのオスは。




「まさか僕が君の推理を聞く日がくるとはね」

ううん。不思議な気持ちだ。

いつもはニャームズが前を歩き、私に推理を聞かせてくれるのだが、今回は逆である。

ヒラメ坂を登りながら私は今の状況についてずっと考えていた。

ニャームズにからかわれているのだろうか? こんなものは推理でもないし、誰にでもわかることだろう。

ああそうか。

ニャームズは私の推理力の成長を試しているのだ。

んん? じゃあもしこれに不合格なら彼の相棒失格でクビ……いや、クビってなんだ? 私と彼は友猫であり、平等だ。

気軽に行こうではないか。

ヒラメ坂を登りきった。

ううむ、なんと綺麗な夜景と星空であろうか! これならば『納得』できる。

「ええと。綺麗だな?」

「綺麗だな。綺麗なんだろうね」

「……」

ねこらしい反応である。

「まずなぜ小久保氏が二匹にまてをしたのか……それはプロポーズをするためだよ……ね?」

「自信をもてよニャトソン」

そう言われてもなぁ。

自分の推理を聞かせるというのはこんなにも緊張するものだったか。

間違っていたら恥ずかしいぞ、どうしようという不安に襲われる。

ニャームズはいつもこんなことをやっているのか。

私は改めて彼を尊敬した。

「プロポーズするのになぜ二人きりになる必要があるんだい?」

イヤらしいやつだ。

わかってるくせに煽るんだ。

「プロポーズしてケッコンする事は人間にとってとても大切な愛ある儀式なのだろう?ならその儀式は二人だけで行いたいはずだ。飼い犬といえど参加はしてほしくなかったろうね」

「ははぁ。なるほど」

私はねこだ。

ねこだが「ウキーっ!」と言いたい気分だった。

わかっているくせに! わかっているくせに! ねこのくせに狸だな。

「場所はなぜここにしたんだい?」

「ふん……見ればわかるだろう?綺麗だからだよ」

「綺麗だから……かい?」

「そうだ。この丘から見える夕焼けもきっと美しかったろうね。ロマンチックな愛の告白……その時悲劇が起きた」

「……まさに悲劇だ」

「指輪を受け取ったら愛を受け入れた証……ヒカル氏は左指に指輪をはめていた」

「ほう?よくみてたね」

「……」

もう彼の煽りにいちいち反応するのはやめよう。

早くこの試験を終わらせよう。

「二人は愛し合っていたんだ。きっと人間の愛というものはねこには完璧には理解できないものなのだろうが、愛したオスが愛した犬は愛したオスに愛されたヒカル氏が飼うべきだ。単純だろ?……ん?」

変な文章だ。

口の上の方がムニムニする。

やはり私に探偵役は向いてない。

「こんなものだ。合格か?ニャームズ?」

さぞ彼はねこをバカにしたような顔をしているのだろうかと思ったが、右肉きゅうをアゴに乗せて真剣な顔をしていた。

「愛か。そういうものなのか……ふうん。素晴らしいよニャトソン。君は愛という謎について僕の遥か先にいることを証明したんだ!」

「んー?」

ニャームズがあまりにもストネーコに褒めるのでそれ以外なにも言えなくなってしまった。

私もニャームズに負けず劣らずお世辞に弱い。

「さぁ次は君の番だニャームズ」

「その前にヒカル氏の所へいこうよ」

そうだった。

そろそろ二匹が目を覚ます頃かもしれない。

いくらなんでももう一度廃墟に戻る時間はないな。


私たちがヒカル氏の家につくと人もケーブもいなかった。

いたのはヤング・ドッグ数匹。

ケーブは速やかにマホトを家にかえしにいったのだろう。

庭では目を覚ましたシロがヒカル氏に「これさえ塗っときゃ大丈夫!人類が生み出した最強の万能薬!」……とフジンが言っていたナンコーを塗られていた。

目には抵抗の色が見られるものの、暴れる体力がないのかジッとしている。

「……捜したんだよ?あなたたち?どこにいたの?なんでこんな怪我してるの?」

「……くぅん」

「こっちの君も……」

「!?」

ヒカル氏が伸ばした左腕にハイイロが力なくではあるが噛みついた。

ニャームズ、ヤング・ドッグ、私の順番でハイイロを止めようと走り出そうとしたが踏みとどまった。

ヒカル氏が左腕を噛みつかれたままハイイロを抱き締めたからだ。

「……」

ハイイロはなぜ攻撃した相手が自分を抱き締めるのか理解できずパニックになっているようで、噛みつくのをやめてヒカル氏の目を見つめた。

「……あのさぁ」

ヒカル氏の目から大粒の涙がポロポロとこぼれた。

そうとうな激痛だったのだろうか?

「直己とヒカルじゃどっちが男かわからないねとか。大久保の私があなたと結婚して小久保になったらちいさくなっちゃうねとか……」

ヒカル嬢はパネッコになっているのだろうか?

「プロポーズされるのわかってたんだ。あの人単純だから。呼び出された時点であっ、これはって思ったんだ。事実指輪なんか持ってて……私の好きなエメラルドで……」

「……」

シロとハイイロは試すような目でヒカル嬢を見つめていた。

彼らのなかのなにかが変わろうとしてる……私はそう感じた。

ニャームズの方を見るとニャームズもウンウンと頷いている。

「私は直己がいないと生きていけない。君たちもそうだよね?でももう直巳はいないんだよ? あー……なんだろ?なんなんだろ? そばにいてよ……」

ハイイロは噛みつくのをやめ、シロの隣に立ってヒカル嬢を見つめた。

シロもまたヒカル嬢を見つめる。

二匹のその瞳には敵意はなく、友を見る目をしていた。

「帰ろうか」

「うむ」

小久保直巳という大切な人を亡くした生き物同士、友達になれないわけがないと私は信じたかった。



「あそこは農協という」

「ノーキョウ?」

「農作物のプロフェッショナルが集う場所だ」

 帰り道、あの丘で星を視ながらニャームズはポツリポツリと語り始めた。

「元……だけどね。シロが最初頭から被ったのは生石灰。ハイイロが灼熱の犬になろうとして被ったのは消石灰。この二つは作物を育てるために必要な物なのだ」

「へえ」

「生石灰に水分が加わると激しく熱をもち、消石灰へと変わる」

「へえ……あっ!わかったぞ!」

今夜も、シロが灼熱の犬に変身した夜も雨が降っていた。

『生石灰を頭から被ったシロの体に雨が落ちて激しく生石灰が熱をもち灼熱の犬になった』ということか。

だからニャームズはシロは弱っていると心配していたのか。

事実彼は火傷をしていた。

「幸運だったのはハイイロが僕たちを追い払おうと被ったのは消石灰だったことだ。消石灰なら雨に濡れても発熱しない」

「彼は灼熱の犬にはなれなかった……」

「頭の方はずいぶん熱くなっていたがね」

その後、私が『ニャックション!』とくしゃみをするまで我々は美しい星空を見て楽しんだ。




あと少しだけはなそう。

事件から何週間かたった頃だったろうか? 怪我も治り、少しふっくらしたハイイロとシロに引きずられながら『散歩させられている』ヒカル嬢を私たちは何度か見た。

ヒカル嬢もあの日に比べ幾分元気を取り戻したように見える。

ニャームズが言った。

「彼らは友達になれたようだね」

「うむ。友達は大事だからね」

「それは昔の僕にはわからなかったことだ。今ならわかる。だから君、暫くは私の友でいてくれ」

私は私が絶交すると言った時のニャームズの不安そうな顔を思いだし、ネッコリしながら「それは君次第だね」と言ってやった。

「チュッ」

彼は舌打ちをしたのだった。




2018年聞き語る。





201810

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