間章 その2 ベリアル
間章 その2 ベリアル
ベリアルのもとへルシファが人間によって殺された報せが届いた。嘘だ、何かの間違いだ。人間ごときがルシファを殺せるわけがない。例えるなら蟻が象を倒したようなものだ。そんなことあるわけがない。
ベリアルは後ろに見え隠れするきな臭い陰謀を感じていた。
ルシファは他の天使から疎んじられていた、中にはあからさまに嫌悪感を現す天使までいた。
そのルシファが地上に降りたとなれば、千載一遇のチャンス到来と権謀術数をめぐらす者もいるだろう。
ルシファは人間に殺されたのではない、天使によって殺されたのだ。それも人間を使って……。
俺はその日から地上を眺めることが多くなった。
相変わらず、人間は同族同士で殺し合っていた。100年経っても、200年経っても、進歩がない、愚かな生き物だ。
なぜだ、なぜルシファは人間に肩入れする。わからない。俺も地上に降り立ち人間に接しれば、その気持ちがわかるだろうか。
そうして俺は地上に降り立った。
俺が降りたのは北の地ノース・シー。冬の寒さは厳しく、広大な土地ながら、痩せていて食物が育たない不毛の地であった。
人間たちはみな痩せこけていた。陰気で生気がなく、今日生きるのが精一杯の有様でした。
俺は各村を歩いて見て回りました。みな同様に貧しい有様でした。
そして、一番貧し村に腰を据えることにしました。
その村は14軒しか家がなく、みな、みすぼらしい小さな家でした。俺は両親が魔獣にやられ、一人で住んでいる娘「イロリ」のところで、住むことになりました。
まず最初にやったことは水の確保だ。村の中央に井戸を掘った。魔法を使ったので数分で井戸ができた。
初めて水を汲み上げた時のみんなの歓声に、俺は心の底から込み上げてくるもを感じました。
次に家を建てた。木は沢山あるので、魔法を使って、運び、加工し、建てた。1日一軒、2週間で全ての家を建てた。
全ての家が完成した夜は、ささやかながら祝いの宴を催した。
飲み、食べ、笑い、喋って、歌って、この人たちに、こんな一面があることに驚きました。
なんとなくだが、ルシファの気持ちがわかったような気がしました。
痩せた土地を作り変えるのは造作もない事でした。
その土地を耕し、種を植え、水をやり、肥料をやる。村人は共に汗をかき、力を合わせた。秋は大豊作となり、収穫祭は、食べて、飲んで、歌って、笑った。
その頃になると俺と行動を共にするものも現れました。
俺はその者たちと近隣の村へ行き、同じことを繰り返し行った。
陰気な顔が陽気になり、死んだような目に生気が宿るのを見るのは気持ちが良かった。
こうして5年の歳月をかけ、各村を活性化した。
その後、俺は村々を見渡せる高台に魔王城を建て、各村を見守ることにした。俺の魔力で魔獣もでない安全な地域となった。
各村から毎週のように人々は集まって、相談したり、情報交換したり、最後は決まって皆持ちよった食料品で宴を催した。
料理はイロリさんが中心になって作ってくれた。
「どうだいベリアルさんよ、イロリさんいい娘じゃないか、もらってくれないか」酔った勢いで、世話好きのじいさんが言ってきた。
「もらうって、どうゆうことだ?」お酒を飲みながらベリアルは言った。
「そりゃ決まっているだろう、結婚だよ、嫁にもらってくれねえか」
そのことでスイッチが入ったのか、じいさんが
「あの子はいい娘だよ。両親が死んだというのに、よく頑張っているよ」
「そういえば、両親は魔獣に殺されたと……」
「ああ、あの日はひどかった。たくさんの人が魔獣に殺された」
じいさんは酒を一気に飲み干して続けた。
俺はそっとお酒を注いだ。
「あの日は天気のいい日でね、遠くまで出かけていた人が多くいた。突然太陽が消えてね、魔獣が現れた。近くにいた人は命からがら逃げ帰ったが、遠くに行った人は……」じいさんは、首を左右に振り、辛い記憶をお酒とともに喉に流し込んだ。
そしてまた「本当にいい娘だよ、うん、いい娘だ」そう一人で納得しながら酒を煽った……。
そのことがあって俺は、人とえにしを結ぶも一興かと、イロリさんにプロポーズした。
イロリさんは突然泣き出し、俺はうろたえ自分のした事の間違いに気がつき謝った。
「ご、ごめん悪かった、今言ったことは聞かなかったことにしてくれ」
「いいえ、嬉しくって……」
驚いたことに、イロリさんは嬉しいといって泣いたのだ。
嬉しい時は泣くものか?、嬉しい時は笑うものだとばかり思っていた俺は驚いた。
もともと天使は泣くことはほとんどない。俺自身も涙したことはない。そのせいか涙を流す行為が理解できない。人間って不思議な生き物だ。嬉しいといっては笑い、嬉しいと言っては泣く……。
イロリは両親が亡くなって、一人で生活するようになってから、幸せな家庭を持つ夢がいっそう強くなった。だが、この村に私と同年代の独身男性はいない、かといって、他所の村に男探しに行くのは言語道断だ。そのことを他の誰かに言うのも恥ずかしい。
そんな時、一人の男性が現れた。しかもその男性は私のあばら家に住むといった。夜はいつもドキドキして眠れぬ日々が続いたが、期待していたことはとうとう起こらなかった。そして、出て行った。
それでも私は諦めずに理由をつけては魔王城へ出入りしていた。そして突然プロポーズされた時は、ただ、涙が止まりませんでした。
天使が子供を持つことはありません。それが、人間との間とはいえ子供が生まれた時、俺は不思議な感情で一杯でした。どう表現したら良いのでしょうか、喜びの最上級?とでもいうのでしょうか?とにかくそこら中スキップして歩きたいような気分です。大声で叫びたい気分です。あれ、僕の目から涙が溢れてきました。その時理解しました、人間は喜びの最上級の時は涙することを……。
相変わらず村人たちはここに集まっては、相談したり、雑談したり、終いには宴会です。人間本来は陽気な生き物なのでしょう。あの陰気な生気のない姿が嘘のようです。
ふと玄関口を見ると大きな箱がありました。そのことを尋ねると
「あれは、賽銭箱でさぁ」
「賽銭箱?」
「ベリアルさんも子供が出来たでしょう。何かと入り用かと思ってね、みんながここに来る時は、お金をここに入れようってことになったんでさぁ」
俺は魔法が使えるから、入り用なものは何でも簡単に手に入るのだが、好意をありがたく受け取ることにした。
次の週には、今度はガラガラと音のする大きな錫と紐をつけた。
あれは何だと尋ねると
「雰囲気作りですよ。何かこうガラガラ音を立てて、お金を入れると、願いが叶いそうで、気分が高揚するんでさぁ」
いやはや人間にはまいりました。よくこんな事を思いつくものだと感心しました。
暑い夏が来ると各村の代表がここに集まって、夏祭りの相談をしました。
俺にここで夏祭りをしたいと言ってきたので、快く了承した。
その次の日から、各村の人々が集まり、魔王城の前の広場ていろいろしだした。
櫓や屋台の設営、提灯の設置などわいわいがやがや騒ぎながらやりだした。
本当に人間のすることはわからない。ただ、短い人生を謳歌しているのだろうか……。
当日は、人がこんなにいたとは思われないほどに、集まった。夜も魔獣が出なくなったので、沢山の人で賑わった。
イロリは子供を抱いて、俺と夜の出店を見て回った。ニコニコして幸せそうなイロリを見ると一緒になってよかったと思った。
イロリには髪飾りを買ってつけてやった。その時見せた笑顔は、一生忘れることはないだろうと思うほどに、強烈に心に響いた。
人間の人生は本当に短いものだ。イロリが病に伏したと思ったら、あっけなく死んだ。
イロリは死を感じたのだろうか、俺にありがとうと言って、笑った。そして、ごめんなさいと言って泣いた。
俺の目からとめどない涙が溢れた。初めて、誰はばかることなく大声で泣いた。
イロリの遺体を埋葬する時、参列していた人から声をかけてやってくださいと言われた。
俺は天使の言葉で
「いつかまたこの世に生をなしたなら、その人生が幸せであることを切に願う。
その日が来るまで、イロリの魂が安らかならんことを……」と、言って締めくくった。
それから、毎年のように人が死んでいった。俺は泣くことに慣れていった。
そんな俺を見て、一人の男が訪ねてきた。
とてもでかい男で、俺も人間から比べれば大きいほうだが、その男はさらに頭一つでかかった。
タイポイという名前で、はじめは警戒していたが、何度かお酒を酌み交わすうちに、親友と呼ぶほどになった。
彼は全国を周り人々を見てきたそうだが、ここほど人々が生き生きしているのを見たことはなかったそうだ。それで、ここを治めている領主に興味を持ったらしいのだが、ここを治める領主が天使であることに驚いたようだ。
俺はお酒が入ると、人間の素晴らしさを延々と話してしまう。感情の豊かさ、短い命を謳歌する姿勢を……。
それを、質問を交えながら聞き入ってくれる彼に、俺は夢中になって話し込む。結局酔って潰れ寝込むまで続くのだが、彼は最期まで付き合ってくれた。
その彼がまた来ると言って旅たつ時、俺は「友よいつかまた」と、言って、見送った。
♢♢♢
突然、天空より天使がやって来た。2対の羽を持つ上級天使だ。上級天使はアクタと名乗った。俺より弱いが、嫌な予感がした。
その予感だ的中した。アクタは俺に人間を苦しめよ、と言って来た。それは、神の意志だとも言った。俺は即答で拒否した。戦闘になれば俺の方が強い、それは奴も知っているはずだが、何故か余裕の態度でいた。
アクタは「君に子供がいるらしいね」と、嘲笑の入り混じった声で言ってきた。
「どうしてそれを……」俺は動揺を隠しきれないほどの狼狽えようで聞いた。
「さあーてね、そんな事俺が知るか!」
アクタの物言いに怒りをあらわにすると
「き、君の子は地下牢に閉じ込めているよ」と、ニヤリと笑った。
俺はどうすることもできなかった。ただ、従う以外に……。
友が久しぶりに会いにきてくれた。
嬉しさに飛び上がりそうだが、そうするわけにはいかない。俺の子が、イロリとの絆が消えてしまう、そう思うと迂闊な行動がとれない。
俺は心を鬼にして、友をあしらった。
友は怒りをあらわにしながら去って行った。俺は心の中でこれでいいんだ、これでいいんだ、と言いきかせた。
季節を跨がずして友は再びやってきた。
俺は友に託することにした。
「もう、友と言ってくれないのか」
俺は身を切られる思いで
「なぜ、人族を友と呼ばなければいけないのだ」と、言った。
怒った友は剣を抜いた。
それは彼なりのケジメをつけたかったのだろう。敵わないことぐらいわからない友ではないのだから……。
俺は友の剣で倒れるのならば本望だと思った。
友の剣が俺の胸を貫いた時、俺は俺なりにケジメをつけられたと思った。
我が子ビリーを残すのは心残りだが、信頼できる友がいる。彼なら安心して任せられる。
俺は友に、ビリーには人間の良いところ、悪いところを包み隠さず見せて欲しいと言った。
答えはビリーが自分自身で出すだろう。
最後に友と呼ぶことができたことが嬉しかった。
そして俺は微笑んだ……。