タイポイ登場
第6章 タイポイ登場
「御庭番衆の報告によりますと、謀反を起こす領主はいないと」
「うむ、それで」
「はぁ、火柱を打ち込んだ犯人ですが、名の知れた人物に該当者はいないようです。引き続き調査を続行中も無名となると困難かと……」
「宮廷の防御はどうなっている」
「魔導師による防御結界を5倍にまで引き上げてあります」
「なるほど、市中の方は問題ないか」
「はい、警邏の方は昼夜問わす続行中ですが、火柱に関連するような人物は該当なしとのことです」
「宰相殿は今回の件、どう思う」
「さようですな、あくまでも私感ですが、こちらの出方、ようすみってとこでしょうか。下手に動揺いたしますと、足元を見られるかと……」
「なるほどのう、して四豪傑の奴らはどうした」
「奴らときたら、勝手気ままで、こちらの招集にも言うこと聞きません」
「まあよい、期待するのは無理か。奴らに命令できる者などいないからな。ところで、宰相殿その右脚はどうしたのじゃ」
「あのー、そのー、壁に躓きまして……」
「なんと、壁に躓いたと?」
ーー壁って躓くものなのか?
「御意」
「治療はどうした」
「明日の午後に予定を入れております」
「そうか、お主も苦労しているのだのう。もう下がって良いぞ。ああ、それから、完治するまで休んでよいぞ」
「ありがたき幸せ」そう言うと、松葉杖をつきながら退場した。その時、絨毯の深い毛足に左足を取られ、前のめりに倒れた。慌てて、護衛が駆け寄り助け起こそうとすると、後ろから堪えていたが漏れる笑い声が聞こえてきた。
「くくく…、くくく……」
「サンダーウィップ」
オギンの電撃を纏った鞭が、雲霞の如き大軍のコウモリ型魔獣を瞬殺していく。
地面にばら撒かれた魔石をかき集めるのは僕の仕事だ。
「空斬剣」
カクさんの風魔法を纏った剣がカバに似た大型魔獣を切り裂く。
地面に転がる巨大な魔石を拾うのは僕の仕事だ。
「ファイヤー・ニードル」
スケさんの炎の針がイノシシに似た中型魔獣に突き刺さると一瞬にして燃え尽きる。
ぽとりと落ちる魔石をせっせと拾うは僕の仕事だ。
うん、快調快調。12層クリアーっと。
「スケさんマップは?」
「OKですよ」
「それじゃー、脱出お願い」
「いきますよ。オギンさん、カクさん、もっと近くに」
呪文を唱え、僕たち専用の個室にワープする。
ドアを開け、ギルドの魔石取引所へみんなで向かう。
道中はいつも女子会みたいにわいわいがやがやだ。
「今日のカクさんのあの技すごいね」と、スケさん。
「うむ、初めて試して見たが、うまくいった」と、カクさん。
「あのう、私のはどうでしたか」と、おどおどしながらオギンが聞いてきた。
「ああ、うん、よかったんじゃないかな」と、カクさんがスケさんの方へ視線を向け、同意を求める。
「そうね、よかったよ……」と、言いながらも口ごもるのはいつものことだ。
ハンドルを握ると性格が変わる人がいるが、オギンはその一人で、鞭を握るとガラリと性格が変わる。
「おーほほ。おーほほ」と笑いながら、テンションマックスになる姿を、普段の大人びた少女から、誰が想像できるだろうか。
換金が終わり出て行こうとすると、ナキさんに呼び止められた。ギルドカードの更新をお願いされた。それは好都合だった。僕もみんながLV100を超えてから鑑定できなくなっていた。今のみんなの実力が知りたい、だから同意した。
最初はオギンが提出した。オギンが指を置くとガードが光り出し、カードのステータス表記が変化した。
「ひゃ、135!」ナキさんが叫ぶ。
「おい、きいた?、135って言ったよな」一番近くのテーブルに座っていたパーティーの一人が言った。
「ひやー、35って言ったんじゃないのか。ナキさんいつも大げさだからなー」隣の剣士の男が応対した。
次はスケさんがカードに指を置いた。
「ひぇー、ひゃ、ひゃ、145ですって!!」さらに大げさに叫ぶナキさん。
周りがざわめきはじめた。
「いま145って言わなかったか?」
「ああ、言った、言った」
周りからカウンターの方へ、つまり僕たちの方に集まり出した。
ーーそういえば前にもこんなことがあったような気がするが……
アカトはちょっと焦りだす。
「ナキさん、そんなに大げさに叫ばないでよ。マスターにも言われなかった?お願いだよ」と、ナキさんに合掌してお願いした。
カクさんは「今度は私だ」と、言ってカードに指を置く。
「ど、どひゃー、149、149・で・す!!!」さらに大げさに叫ぶナキさん。
カクさんも満更じゃないそぶりだ。負けず嫌いだからな……。
「ナキさん、ひとの話聞いてます。プライベートですよ。もっと落ちついて」僕は、慌てて、諭すも馬耳東風のナキさん。
「やっべー、149だってよ」
「こいつらバケモンかよ」
「次はリーダーだぞ」
「150は軽く超えるな」
「すげーなー、まだガキだぞ」
「どうやったらこれだけのレベルあげれるんだー」
「ばーか、そんだけ強い魔獣と戦ってるってことだ」
「俺たちが瞬殺されるような魔獣を、逆に瞬殺してるんだろうなー」
「いずれは、4英雄とか言われるんだろうなー」
「俺もカッコいい二つ名欲しいな」
「ばーか、お前は一生無理だよ」
「そうだような、うらやましいなー」
ーーや、やりにくい。今日はやめようかな
そう考えていたところ、空気の読めないナキさんはニコッとして「ミト様」と、言ってきた。
諦めてカードに指を置く。みんなの視線が痛い。
「うほー、2です!!!!」と、大げさにナキさん。
「おい、今なんと言った?」周りにいただれかが口にした。
「2って言ったよな?もしかして202ってことか?」と、他の誰か。「いいえ、ただのレベル2です」と、ナキさんが言うっと、いっせいに「はぁ~~」と合唱する。
「なんだよ、期待させやがって。ただの荷物持ちかよ。いいようなぁ、あんな可愛こちゃんの荷物持ちなら俺もやりたいよう」と、異口同音に言いながらみんな去って言った。
そろそろ限界かな、そう思った僕はカクさんの方へ行った。
「カクさんその帯貸して」
僕はカクさんから帯を借りると、オギンを呼んだ。
それから、鉄柱の四方を衝立で覆った。
「いいかい、一度しか見せないから、よく見ててね」と、カクさんとオギンに言った。
「ワシにも見せて欲しいのう」と、神出鬼没のジジィ、タスマさんまで来ていた。
やれやれ、見世物じゃないけど、二人のためだ、手の内を明かすとしよう。
僕は久しぶりに身体に魔力をまとわりつかせた。細胞の一つ一つが喜びに震えているのを感じ、興奮を抑えようと目を閉じた。
目を開いた瞬間、左手に垂れ下がった帯がピーンと棒状になる。その刹那、僕は鉄柱のやや後方にいた。
「ほほう、今の見えたかのう、カクさん」
「い、いいえ、消えたと思ったら、鉄柱の後方にいたとしか見えませんでした」
「そうだろうのう、ワシにもよくわからなんだ。鉄柱に接近するとものすごいスピードで帯を繰り出しておったわ。最低でも100回は鉄柱を……」と、話している時、衝立の奥で音がした。
衝立を退けると中の鉄柱は粉々になっていた。
「すごいもんじゃ、衝立は無傷なのに中の鉄柱を粉々にするとはのう。カクさんわかるか」
「い、いいえ」
「ホッホッホ、ワシにもわからん」
カクさんはそれを聞いてコケそうになった。オギンも衝立を見て、粉々になった鉄柱を見て、また衝立を見て、不思議ちゃんの顔になる。
スケさんは相変わらずで「ミトさん、凄いです。手品です」と、大はしゃぎ。
「いやはや、ワシも含めて、高度過ぎて参考にもならなかったのう。理屈はどうあれ、事実は事実だからのう。カクさん、難しいことばかり考えないで、見たままを素直に受けとめるのも必要なことじゃぞ」
その時「ミトさん、ミトさん」と、スケさんの声が聞こえた。皆の視線が倒れているアカトを見つけた。
「アカトさん、私、今度の遠征後、聖女辞めるの」
マリアの突然の発言に言葉が出ない。子供の時から聖女になりたくて、きびしい修行に耐えて来たのに、こうもあっさりと辞められるものだろうか。
「あのね、聖女はね、人々を愛することができても、ひとりを愛することはできないの」
「へー……。そうなのか」
「一人を愛する気待ちが大きくなればなるほど、聖女の力が弱くなってしまうの。私はこの戦いが終わったら、聖女の力を失うわ」
ーー知らなかったな、マリアにそこまで思われている人がいるなんて……。
「で、どいつだ。マリアをたぶらかしたバカは、馬にでも蹴られて死ねばいいのに」
「そうね、本当にね、でも彼、頑丈だよ。ドラゴンにだって蹴られても死なないよ」
「うへー、そいつ人間か?」
「たぶんね。聞いてみようか」
「おう、聞いてこいよ」
「で、どっち」
「へ?」
「人間なの……」
いつもの夢。
マリアが黒い霧に覆われ、綺麗な金色の髪が黒く染まりゆく。青と緑の瞳が黒く染まり、目全体を侵食していく。何とかしないとと思いながらも、焦るばかりで体が動かない。
その時、マリアは僕の方に向いて何か言った。声は聞こえなかったが、唇が動いたのだけはわかった。
「たすけて」いや違う
「お願い」だったか?。そうかも知れないが、もっと、長く唇が動いた気がする……。
何を言おうとしたのだろう。
いつも夢はそこでストップする。
答えを知りたければそこへ行くしかない……。
皇女からの念話
「お願い、アカトだけが頼りなの。魂を転生させるから、だからみんなを助ける方法をみつけて」
僕の魂が体から分離して渦中へと吸い込まれて行く。僕は右手を伸ばし……。
なんだろう、この右手に感じるぷにゅぷにゅ感は?
目を開けると、僕の右手はスケさんの胸を鷲掴みしていた。そして男の本能でしょうか、モミモミしていた。
「ミトさん、あのね、みんな見ているよ。こうゆう事はみんなの見ていないところでしてね」
ーー見ていなかったらいいのかよ。
「あのね、最近ミトさん、私の胸ばかり見ているの気づいていましたよ」
ーーおーい、それは誤解だぞ。
「最近冷たいのも、愛情の裏返しって事知ってましたよ」
ーー裏も表もないから。
「私たちってまだ未成年でしょ。こうゆう事する前にお父様に報告した方がいいと思うの。お父様はね、彼氏ができたらすぐに知らせるようにって、握りこぶしを作りながら、気合い入れていたのよ」
ーーそれ、ヤバイよ。相手ボコろうとしてないか。
「でね、旦那さんは安定した収入のほうがいいと思うの」
ーーあれれ、いつのまにか結婚してることになっているよ。
「子供は三人がいいと思うの。一姫二太郎というでしょ」
ーーわーい、家族計画まで出来ちゃったよ。誰か止めてー、変なスイッチ入ってるぞー。
「子供の名前はねー……」
「いい加減にせんか」カクさんが怒り、棒状になった帯で僕の頭を打った。僕の頭頂から、ピューと血が噴き上がった。
冒険者ギルドの高さが3mはある出入り口のドアが、小さく見えるほどの巨漢の男が入ってきた。
青みがかった鎧には歴戦の痕があり、使い古されていることが見てとれた。背には自身の丈に届きそうな大剣が見え隠れしていた。
男は真っ直ぐに、奥のカウンターへ向かった。テープルに座っている冒険者は、男の威圧に気圧され、ただ見守るだけだった。
カウンターの奥にはナキさんがいて、まだこちらには気づいていない。これから起こるであろう惨劇に、みんな心の中で合掌していた。
男がカウンターに着くと、ナキさんは気づき、視線をゆっくりと上げていった。
徐々に顔が崩れていくのが見てとれたが、助けるものはいなかった。
「おやじいるか」
「へ?」
「ジョーン・ワンリー・タスマ」
「マスター」涙声を含んだ叫びが後方へ向けられた。
「なんじゃ、騒々しいのう」ドアを開けながらタスマさんが言った。
「おやじ」出てくるタスマさんに男は声かけた。
「おう、久しぶりだのう。いつ帰って来たんだ」
「ちょっと前、家に寄ってからここへ来た」
「おいおい、聞いたか。あの男、タスマの親父の息子らしいぞ」聞き耳を立てていた冒険者があちらこちらで話しだした。
「全然似てないよな」
「もしかして、あれか、奥さん巨人だったりして」
「ばあか、そのな種族いねーよ」
「じゃ、あれか、奥さん熊だったりして」
「おうおう、ありえる、ありえる。タスマさんなら熊だって手篭めにしそうだしな」と、笑いが漏れる。
そこへ、女子会のパーティーが現れた。
声で気づいたのか、タスマさんが「アカト君、こっち、こっち」と、手招きした。
僕が視線を向けると、そこには巨人が立っていた。
「こっちはバカ息子のタイポイ、で、こちらはアカト君だ、それと、オギンさんにカクさんとスケさんだ。よろしく頼むよ」と、珍しくニコニコしながら紹介してくれた。
「ひどいなぁ、バカ息子はないだろう」とタイポイが頭を掻きながら言った。
「何よ言う。四年間も音沙汰なしだと思ったら、突然帰ってきて」と、言いながらも、声のトーンは弾んでいた。
女子会のみんなも唖然として、タスマさんとタイポイを見比べていた。
ーーしかし、デカイな。本当にタスマさんの息子か。奥さんが熊だったりして……。
その時ドアが開き子連れの女性が入ってきた。女性は子供と手を繋ぎこちらに向かってきた。
タンポイが「お母さん」と、声かけた。
「え~~」と、みんな叫んで、ギルド内にいた冒険者が一斉に立ち上がった。
「あの子、どう見ても20歳くらいだよな」と、周り中騒ぎ出す。
騒ぎに気づいてか、女性が「お兄さん、お帰りなさい」と、言った。
僕たちにも「妹のユーナです」と、挨拶した。みんなはざわついた。
「私が、ジョーンの妻のマロンだ」と、言うと
「お~~」と、今度はギルド内がパニックになった。
「おいおいマジかよ、犯罪だよ。事件だよ。あのじじい、うらやまし…、じゃなかった、お縄だ、逮捕だ」と、大騒ぎ。
その騒ぎを鎮めようと「わしは35じゃ」と、マロンが叫んだ。
「えっ、35、じゃいいのか」と、みんなは納得した。
ーーあれ?いいのか……。
と、思っているのは、僕だけだろうか。
「ああ、酷いもんだ」
タイポイは、事務所の長椅子に座り、ナキさんの淹れたお茶を啜りながら、タスマさんの問いに答えた。
北の地、ノース・シーは魔王ベリアルが治める大地だ。
ベリアルは、人間が大好きだった。タイポイはそんなベリアルが大好きで、時々来ては酒を酌み交わす仲だった。
初めてベリアルに会ったのは、人間の友人が亡くなって、誰はばかることなく、泣き崩れたベリアルの姿を見た時であった。多くの人が、ベリアルを慰めていた。その光景が奇異に映り、興味を持った俺は、ベリアルに話しかけた。
その日から俺はちょくちょく、ベリアルに会いに行くようになった。そして、酒を酌み交わす友となった。
ベリアルはアルコールが入ると、よく人間のことを話した。
短命な生き物
同族同士で殺しあう愚かな生き物
強欲で
怠惰で
強者にヘラヘラするくせに弱者を虐待たり……
他の生き物より欠点だらけなのに……
友が死ねば涙が出る
みんなが肩を叩き慰めてくれる
お腹が空いたら食べ物をくれる
共に笑ってくれる
こうして一緒に酒を飲んでくれる
俺は人間が好きなんだと思う。ルシファのように…人を…
「あんなの、あんなの、ベリアルじゃない」タイポイは飲み干したコップを、荒々しくテープルに置いた。
「その人、偽者……」僕が言うと
「それはない、断言できる。俺が見間違えるわけがない」タイポイは悔しさから、自分の膝を勢いよく叩いた。
「傀儡の魔導具は?」
「わからない、少なくとも隷属の首輪はなかった。どう見ても本人なんだ。だが、あれは本人じゃない!」荒い口調には、悔しさが溢れていた。
沈黙を破ってタスマさんが
「アカト君どうじゃのう、わしのクエスト受けてくれないかのう」
「クエスト?」
「このバカ息子の手伝いをしてくれ、頼む」珍しくタスマさんが頭を下げた。
ーーみんなの実力が通用するだろうか?このクエストは危険すぎる。タイポイさんは相当強い。そのタイポイさんが、何もできない相手だ、リスクが大きすぎる。まだ成人もしていない彼女らに何ができようか……。
「報酬は10万両だ」
「やります。やらせてください」僕は所詮現金な奴だった。そして、タスマさんも所詮親バカだった。