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異世界で時代劇やってます  作者: ぽぷねこ
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間章その1

間章 その1

「ボンボはどうしている」

トチバラ領領主ゴーヨク・ナリキーネは、書類に目を通しながら執事のシキールに問うた。

「はい、お部屋におります」

チッと舌打ちして、領主は

「出歩かなくなったと思ったら、こんどは引きこもりか。もう1ヶ月たつぞ、1ヶ月だぞ、どこまで俺に心配させれば気がすむんだ。このバカ息子が。あんな奴に1万両も出すんじゃなかった。金の無駄使いだ。大損だ」そう言いながら、書類に目を通していた。

それを傍で見ていたシキールは、いつもの領主様だと嬉しそうに眺めていた。

シキールは、領主様の息子が行方不明となった知らせが届いた時のことを思い出す。あのいついかなる時でも書類から目を離さない領主様が、書類を散らばしながら使者に駆け寄ったのだ。如何なる時でも沈着冷静な領主様が、他の者の前で、これほど狼狽を露わにしたのは初めてのことであった。

私は散らばった書類を集め机の上に置いて、使者には下がるように言った。領主様は椅子に腰掛けると頭を抱え、そっと私に問うた。

「シキール、私はどうしたら良い。妻が死んで、家族といえばボンボしかいないのだ。バカでどうしょうもない奴だが、私にとってはかけがえのない家族なのだ。もしボンボに何かあったら私は……」

私はこれほど弱々しい領主様を見たのは、後にも先にもこの時が初めてでした。

私は早速、遠話の魔導機を使い冒険者ギルドのタスマさんを呼び出しました。タスマさんとは以前ちょっとした事から知り合いになっていましたので、それ程親いというわけではないのですが、藁をも掴む思いで嘆願したのです。

そして、タスマさんは噂にたがわず見事に事件を解決してくれました。さすがです、もう西の方に足を向けて寝れません。

**シキールの回想**

「私、今日からここの執事をさせていただくシキールと言います。それと、こちらが妻のユリヤです」と、シキールが挨拶するも「うむ」と、一言返事をくれただけで、若い領主様は顔さへあげてくれませんでした。第一印象は最悪で、とんでもないところへきたと後悔しました。

父を早くに亡くし、若干16歳の若さで領主となったゴーヨク様を助けてくれる人はいませんでした。当時は今より裕福ではなく、どちらかといえば、財政赤字が慢性的でした。各部署の官吏は無能で、仕事はまるでやる気が無く、寝ているかくだらない話で盛り上がっているだけで、何かと言えばお金の無心。兵士は朝から飲んだくれているか、ポーカーかサイコロの毎日で明け暮れている。遊んでいる官吏や兵士に毎月多額の給料が支払われているのが現状です。財政が逼迫しているのに御構い無しです。この腐れきった現状を打破するべく、ゴーヨク様は一つの賭け、いえ、一つの英断をいたしたのです。


「おい、今なんと言った。若造のくせに偉そうな口を利くな」兵士長のオズマが、今にも抜刀しそうな勢いで領主様に詰め寄った。

領主様は「実際に偉いですよ、私はここの領主です。私より偉い人はここにはいません。私の要求が聞けないなら辞めて結構です。それはあなたの自由ですから」と、平然として、書類から目も離さずに言い放ったのです。

兵士長は、顔を真っ赤にしながら、罵詈雑言を言い放ち、出て行きました。それを見届けると、領主様は大きく息を吐き、肩の力が抜けるのがわかりました。その時、私ははっきりとわかりました。領主様は一世一代の虚勢を張ったのですと。

書類に目を通していたのは、恐怖で目をあげていられなかったため。それにいつもよりゆっくりとはっきりとおっしゃったのは、声に震えを含まれないように細心の注意をしたからです。私はこの時、領主様に親しみを感じました。

領主様が下した英断はこんな内容でした。

『働かざる者食うべからず』

一、兵士は3班に分かれ、1班は城塞都市トチバラの護衛にあたる。他2班は道路整備工事にあたり交代制で行うこと。ただし、有事の際は可及的速やかに駆けつけること。

一、官吏は、月末時仕事の結果報告書を提出のこと。

これにより、兵士は3割が退職し、官吏に至っては半分の人が退職しました。それでも、慢性的な財政難は焼け石に水で改善されなかったのです。

その苦しかった時期も道路整備が完了すると一変しました。

帝都から行商人が大挙してやって来たのです。そして、ここ城塞都市トチバラで帝都から持ち込んだ商品を売って、西へ行く者、東へ行く者、と別れて行きます。通行料の増加で財政難が解消されました。町は帝都からの商品で溢れ豊かになりました。

全てが順調に見えていましたが、人間万事塞翁が馬と言いましょうか、行商人が増えるにしたがって、荷馬車の事故が多発するようになりました。その事故に私の妻が巻き揉まれてしまったのです。

知らせが届いた時、目の前が真っ暗になり、何をどうしたら良いか全くわかりませんでした。

領主様は私を怒鳴り、すぐに行くように言いました。

現場に着くと、荷崩れした荷物が散乱していました。その傍に妻が敷物の上に寝かされていました。私が近ずくと、私に気がついた妻が弱々しながら笑いかけてきました。私は妻が生きていたことを、神に感謝しました。

私は連れ帰った妻を早速治療師に診せました。治療師は自分の魔法力では治せないこと、妻が一生歩くことができないことを言って、去って行きました。

私は治療師が去った後、妻に嘘をつきました。妻は優しく微笑みましたが、妻は分かっていたようでした。自分が一生かかってももう歩くことができないことを。

私は隠れて泣きました。そして神を呪いました。まったくもって勝手かもしてません。神に感謝したと思ったら、その舌が乾かないうちに、今度は神を罵り、怒り、呪ったのです。しかしそうすることしか、気持ちのやり場がなかったのでした。

それから何日経ったでしょうか、突然私たちの部屋に領主様が来られたのです。私は驚き慌てて挨拶いたしました。寝ていた妻も慌てて上半身を起こそうとしましたが、それを領主様が手で制止、後ろにいた人を招き入れました。

その人は私が初めて見る人でした。

領主様は一言「治療師だ」と、言っただけでした。

その治療師は、妻のところへ行き手をかざしました。私たちには、何をしているのかさっぱりわかりませんでしたが

「足を動かしてみてください」と、治療師さんが言い、その通りにいたしますと、妻の足が動きました。そして、立って歩いたのです。

私は土下座して、領主様に感謝の言葉を何度もなんども繰り返しました。

「このご恩は一生忘れません。何年かかっても治療費をお返しいたします」と、言いますと、領主様は

「お前ごときが、一生かかっても支払えるもんか、馬鹿たれが、床に顔をくっつけている暇があるならシャキッと仕事をせい」と、言って去って行きました。ここ数日間の私の仕事ぶりを見ていたのでしょう。

本当に領主様は損な方です。この性格さえなおされれば、多くの人がついていきますのに……。

それからふた月経たずして、妻は妊娠いたしました。本当はもう少し後になってからの予定でしたが、妻が歩けるようになった嬉しさからつい……。

そのことを領主様に告げ、名ずけ親になって下さるようにお願いいたしますと「ただでさえ忙しいのに、くだらないことで頭を悩まさせるな」と、お怒りになりなした。


出産はあっけないものでした。初産でしたので、大変だろうと思っていましたが、産むが易しとはよく言ったものでした。

私が、領主様に妻が無事出産した事を報告いたしますと、領主様は「そこの布袋やるからもっていけ」と、言いました。なんだろうと開けて見ると、私たち庶民が一生かかっても手にするこたができないような高級な布のおしめが沢山入っていました。私は驚き「これはいただけません」と、言いますと「私の物が受け取れないというのか」と、とても立腹いたしました。

私は慌てて「いえ、大事に使わせていただきます」と、言って、部屋を出ようといたしますと、領主様が「どっちだ」と、聞いてきました。

「どっち?ああ、女の子でございます」と、言いますと

「ハピネ」と、領主様はおっしゃいました。

なんの事だかわかりませんでしたので鸚鵡返しに「ハピネ?」と、言いますと

「異国の言葉で『幸福』という意味だ」と、領主様は言いました。それでやっと領主様が、私たちの子供の名付け親になってくださったことに気がつきました。

私は「ありがとうございます」と、言って、急いで妻の元へ駆けつけました。

妻は我が子を抱きながら「ハピネ、ハピネ、ハピネ」と、何度も繰り返し呟きながら良い名前ですと言って、私に微笑み返してくれました。


私たちに二人目の子供が出来た頃、降って湧いたように領主様に結婚の話がもち上がったのでした。私は自分のことのように喜び、奥様が来るのを首を長くして待っていました。

奥様はサータイマ領主様の末娘だそうです。年齢は18歳だそうです。

馬車から降りた奥様を初めて見た時、意外さに驚き、そしてがっかりいたしました。

18歳の年齢の割に小柄で幼児体型、そしておせいじにも美人と言うほどではありませんでした。その時はっきりとわかりました。これは政略結婚であると……。ああ領主様、本当に可哀想な領主様。私は心の中で叫びました。

それでも、領主様は奥様を大切にしていたし、愛していたのだと思います。

余暇を見つけては、奥様との時間を大切にしています。

夕食はなるべく奥様とご一緒に召し上がることにしていますし、買い物もご一緒に行くことが多々ありました。お顔もなんだか和らいだように思います。

そうそう、こんなことがありました。

領主様から私たち夫婦が昼食の招待された時でした。驚いたことに領主様が、あの堅物の領主様が奥様とお揃いのエプロン姿で現れたのでした。

はにかみながら照れ笑いしている領主様を見た時、領主様にこんな一面があるとは思いもよりませんでした。これも奥様の影響たと思いますと、この結婚は本当に良かったとお思いました。

こんな領主様夫妻に子供が出来たのも、ごく自然なことだと思いました。

陣痛は明け方に始まりました。元々小柄な体型のせいでしょうか、出産は難産で苦痛に呻く声が廊下まで聞こえてきました。領主様も私もウロウロするばかりでこう言う時って、男は本当に役立たずだと実感いたしました。

産声が聞こえたのは昼近くで、産婆さんが「立派な男の子ですよ」と、言うと、奥様は領主様に微笑みかけ、そっとお休みになられました。しかし、その瞳は開かれることが二度とありませんでした。

領主様は夕飯も摂らず明け方まで、奥様の前に座っていました。泣きもせず、一言も喋らず、ただじっと座っていました。その姿を見た私は、号泣し、神に一物を吐露いたしました。

領主様は葬儀の後、すぐに仕事にかかりました。のめり込みました。その姿を見た官吏たちは『冷血の領主』の二つ名をつけることとなったのです。

**ボンボ**

ボンボはそっとベットに腰掛け、生まれてから生き甲斐というものがなかった事を思い出していた。何不自由ない人生、欲しいものは何でも手に入る。やりたいことも何もない、これで生きていると言えるだろうか。だからお酒に手を出した。酒はいい、二日酔いが治る時生きていると感じた。女も同じだ。子孫を残すという本能か、生きていると感る。それでも後に残るのは、虚しいと感じる残滓。もやもやしたまま人生を送ると思うと、俺はすでに生きる屍だ。

それがあの一月前、鞭が俺の身を打つ度に、ああ、これが生きているということかと実感した。あれは何だったのだろう。痛いのに心に満たされる感情は、心地よかった。もやもやが吹き飛び青空が見えた思いだった。また、あの女、オギンといったか、あの女に鞭打たれれば答は見つかるだろうか……。


ボンボは寝ているか窓の外をボーッと眺めている日々を重ねていた。

そんなある日、窓の外で、目に留まった光景があった。

ここからは声が聞こえないが、メイド長が一人のメイドを叱っているように見えた。身振り手振りを見ていると、メイド長は相当立腹しているようだ。

メイドは何度も頭を下げているようだが、メイト長の怒りは収まらず、とうとう手に持っていた、鞭のようなものでメイドの肩を何度も打ちました。

それを見ていたボンボは背中にゾクリと快感が走った。見終わった後も動悸が高鳴り、はぁ、はぁと荒い息が漏れるほどでした。そして、ふと俺も鞭打たれたいという感情が湧いてきた。その時、俺は天啓を得たのだった。そして、親父のところへ行った。

領主室のドアを勢いよく開け

「親父、俺に領主の仕事をおしえてくれ」と、大声で言った。

ゴーヨクは突然の変貌ぶりに驚いたが、息子が自分の仕事に興味を示したのが嬉しかった。どうせ気まぐれだろうと思ったが、それでも一歩でも前向きになったことが嬉しかった。

ボンボは意外にも長続きした。仕事もスポンジが水を吸収するがごとく、飲み込んでいった。

半年も経つと、大半の仕事が任されるようになった。

なぜか部下たちにも『若様』と、言われ、受けが良かった。そして決定的となった事件が起こった。

橋梁工事を担当していた官吏が、設計ミスで工事中に橋が崩壊した。幸い死人は出なかったが、重篤者多数の大惨事に領主はカンカンで怒りをあらわにした。

担当者は土下座して肩をワナワナ震わせていた。

その時だった、ボンボは前に進み出て、父親である領主に進言した。

「部下の失態は、上司である私の責任です」そう言って、どこかから鞭を出し、領主に渡し「気の済むまで、打ってください」と、言って土下座した。

領主は息子の意外な行動に驚きながらも手を抜かず打擲した。何度も何度も。

それを見ていた担当者は「おやめください、非があるとすれば私です。若様にはなんの非もございません。どうか、わたしを打ってください」と、言って、泣きながら領主にすがり寄った。

ボンボは担当者の肩にそっと手を添え「これは、私の仕事です。君は君の仕事をしなさい」と、言って、微笑んだ。

担当者はその時一生若様についていこうと思った。

ボンボは事あるごとに鞭打たれ、幸せな気分になった。官吏はそんな若様を見て感泣し、一生ついていくと誓った。こうして、部下の心を掌握したのであった。

**シキールの視点**

『蛙の子は蛙』と言います。ボンボ様もゴーヨク様と同じように名領主としての道を歩むのでしょう。

ゴーヨク様は近々家督を息子のボンボ様に譲るそうです。その時がきたら私もお暇をいただき、執事の仕事は息子に譲り、妻と一緒にシーファームの実家に帰る予定です。

ゴーヨク様の元を離れるのは心苦しいですが『老兵は去れ』と言います。ご迷惑にならないうちに去ろうと決心致しました。

ボンボ様のこれからの活躍は、息子のカーリチが見届けるでしょう。いつかそのお話を聞けることを楽しみにして、老後を過ごしたいと思います。


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