迷宮都市ラビリーネ(後編)
第5章 迷宮都市ラビリーネ(後編)
「護衛は二人。一人は剣士、もう一人は魔法使いだ、狙うのは残念勇者だ。よいな」
「して、三人の特徴は」
「うむ、見ればわかると思うが、冒険者とは場違いの三人じゃ。いかにも金持ち然とした装備を身につけているわ、方法は任せる、よいな。勇者を葬れ」
「御意」
「そうそう、魔術師はアホだし、勇者はポンコツだが、剣士には注意しろ。お前ほどではないがのう、油断すると足元が救われるぞ。まあ、それも杞憂じゃな。帝都の拷問執行官『三角木馬のオギン』には蛇足にすぎんな」
「御意」
遠話の魔導機を置き、宰相はニヤリとして
「これで、勇者も終わりだ。エリザベート・ジュレリュール・カクラートには、生きて帰って来てもらわないとな。みんなの前で大恥をかかせてやる。笑い者にしてやる。エリザベート・ジュレリュール・カクラートもこれでおしまいだ。チッ、舌噛んだわ。名前まで俺をバカにしているのか、言いにくいわ、下手したらこちらが舌噛んで死んじまうわ。それこそいい笑い者だ。くそ、腹がたつ」と、思いっきり壁を蹴った。ポキリといい音がしたのは気のせいだろうか……。
「はぁ、はぁ、はぁ、てやー」ぺち「てやー」ぺち「はぁ、はぁ、はぁ」
声だけ聞いているといかがわしく聞こえるが、当の本人はいたって真剣だ。黒い色の帯を持ち、鉄柱に挑むこと1週間。未だにSMショーとなんら変わらない。
一週間前のギルドマスターのタスマさんが実演したことを真似ているのだが、真似であってその通りにはならない。タスマさんは帯を使って鉄柱を木っ端微塵に斬り裂いた。それは夢でも幻覚でもない、事実なのだ。その日から何百、何千と繰り返しているのだが、側から見ればSMショーとなんら変わらない。
「ふぉ、ふぉ、ふぉ、苦労しそうじゃのう」と、タスマさんが言った。
「そうですね」と、僕。
「アカト君、何で教えてやらんのじゃ」
「こういうことは、自分で修得することに価値がありますからね。それでもだめなら、ヒントくらいはだしますよ」
「ふぉ、ふぉ、ふぉ。やはりアカト君もできるのじゃな」と、言って、ニヤリと笑った。
ーーちっ、食えないジジーだ。
「それより、アカト君に頼みたいことがあるのだがのう」
「何でしょうか」
「うむ、言い難いのだが」そう言うと、あたりを見回してから続けた。
「領主のバカ息子が行方不明になって二日経つ。最初は身代金目当ての誘拐と思っていたが、困ったことに犯人からの連絡がない」と、言いながらも困ったようには見えない。むしろザマーミロと言いたそうな顔をしていた。
「詳しいことを教えてくれませんか」
「うむ、それじゃここでは何ですから、事務室へ行きましょう」と、言ってさっさと歩いて行った。僕はスケさんに一言言ってから追いかけた。
最奥の個室に通され、クッションの効いた高価そうな椅子に座ると、ナキさんがお茶を持って来てくれた。タスマさんはそのお茶を一口飲むと、一息吐いてから話し始めた。
「一週間くらい前、領主のバカ息子ボンボが突然冒険者になると言って家出した。当然のことだが、ここで冒険者登録をして迷宮に入った。その日から夜は儲けたお金で祝杯をあげ、旅籠屋の自室へ入るところを見届けてから、二人の護衛も自室へ入って就寝するのが日課になっていたのだが、二日前、朝遅いので、心配になった二人はボンボの部屋へ行ってノックしたが気配が感じられなかった。そこで旅籠屋の支配人に立ち会ってもらって、部屋の鍵を開けてもらったが、中はものけのからだった。というわけだ」そこまで一気に言うと、タスマはお茶を一気に飲み干した。
僕は少し考えてから疑問に思ってことを口にした「部屋の鍵はどこにありますか」
「それがまだ見つかっていないんじゃ」
「遠話の魔導機ですよね。なぜわからないのですか」
「それは、破壊されたとかじゃな」
ーー手がかりなしか。するとやはり何者かの誘いに乗って外へ出た線を調べる方が早いか。
ふと思い尋ねる。
「なぜ、冒険者に?」
「わからん。剣など持ったこともないらしいからのう」
「女癖が悪いとか、ありますか」そう言うと、ニヤッとして
「おおありじゃ。最近はおとなしゅうなったが、数年前までは女性関係の悪い噂が絶えなかったわ。領主もカンカンで今度女性関係の噂が耳に入ったら勘当だと、最後通告出したくらいじゃ」
「なるほど、するとこちらには冒険が目的というより、女遊びが本命か」
「そうなるだろうのう」
ーーうむ、まてよ。
「ためしたな、タスマさん。それぐらい誰だってわかるだろう」
「ふぉ、ふぉ、ふぉ。賢い少年は好きだぞ。後は任せた。適当でいいからクエスト頼むぞ」と、言って、また笑った。
僕は腹が立ったので、報酬をきいて、そんなはした金じゃやりません、と断ろうとした……。
「是非やらせてください。必ず助けますよ」と、僕はタスマさんに食いつかんばりの勢いで言った。
昔の人の言葉はじつに正しい『現金なやつ』僕は大いに納得した。だって、一万両ですよ、一万両。現代の日本通貨で5千万円だよ。そりゃ現金なやつになるわな。
僕は商店街をうろついていた。
カクさんには引き続きSMの練習じゃなかった、剣術の練習をするように言っておいた。迷宮探索はカクさんしだいだと、はっきり明言しておいた。あの真面目な性格のカクさんだ、これで当分は稽古に励むだろう。スケはんは「はい、はーい。私は?」って言うから「すきにしてろ」と、言うと「酷いです、ミトさん最近私に冷たいです」と、言って、ブーたれた。でも、連れて行くわけにはいかないよね。ドジっ子だぜ、時限爆弾持ち歩いているようなものだぜ。いつ爆発するかわからない。怖くてダメだわ。一万両に羽が生え飛んでいった気分になる。だから、ブーたれようが連れて行くわけにはいかない。ということで、こうして一人で商店街をうろついている。
目当ての六人組いないなぁ、どうでも良い時にはばったり会うのに、こうして探している時には全く見つからない。まるで耳かきのようだ。自分の経験を思い出す。耳かきって本当に必要になるといなくなるよね。耳が痒くて、ほじほじしたいなと思っていると、耳かきがいない。いつも机の端こに転がっていたはずなのに、今日に限っていない。探しても探してもどこへいったのかわからない。きっと足が生えてどこかへ歩いていったんだと思う。こうゆう時に限って、耳が痒くてしょうがないからとりあえず近くのコンビニで2本セットを買って来て、ほじほじしてスッキリする。しばらくの間また不要になった耳かきは、机の端っこでころんとしている。他の物なら、必要な時までじっと待っているのに耳かきは違う。じっとしているのが嫌いなのか、いつの間にか何処かへ行ってしまう。あれ、耳の奥でかさかさって音がするぞ、耳かきはと探すとやっぱりいない。そこで、机の引き出しや、ペンたての中を探すもやっぱりいない。しょうがないからまたコンビニで耳かきを買って来てほじほじ。それが、必要としていない時に限って見つかる。ホッチキスが使いたいと思って2番目の引き出しを開けると、ホッチキスの横に5、6本の耳かきを発見する。お前らここにいたのかと、その時は記憶するのだが、必要と感じた時、2番目の引き出しを開けてもやっぱりいない。耳かきとはそういうものだと今では達観している。
話はそれたが、あいつらも耳かきみたいなものだ。今日は諦めてギルドへ行くことにするかと角を曲がり、ギルドへってところで、ばったり「あっ、耳かき」
あちらもビックリして、しばしフリーズ。その後、リーダーらしき男が頭を掻きながら「へへへ、どうも」と、挨拶してきた。すかさず自称小娘が「なに、へらへらしているのさ。シャキッとしろ」と、喝を入れ、手に持った剣をトンと地面に突き刺した。
よく見るとみんな冒険者の格好をしていた。僕が不思議そうに見ていると「俺たちは、元々は冒険者なんすわ」と、言って「俺が一番の年長者でオタマいいます。そして、こいつはツエ、その隣はイド、その隣がドマで、一番端っこがニワいいます。そして紅一点のイクミさんです」と、みんなを紹介してくれた。
「僕は、水戸 赤門です」と、言うと「ネーム持ちか」と、みんな驚いていた。
「ネーム持ち?」
「へい、あっしら平民で名前しかないんです。それもみじかな物を名前につけます。杖があるからツエとか、井戸があるからイドとかですわ」
「ふーん、それだと紛らわしいことってあるんじゃないのか」
「ええ、だからうちの村では、俺はキンさんところのタマと言われてます」
ーーキン……、タマ。僕だったらそんな呼ばれ方したら絶対グレるな……。
「一ついいか」
「へい、何でしょうか」
「何で冒険者辞めようと」
そう言うと、みんな困ったような、苦虫噛んだような変顔をした。そして、オタマさんがこれこれしかじかと説明した。
「つまりあれか、君たちは脳筋の集まりで誰一人魔法が使えないと」
「へい」と、オタマさんが頷くと、イクミさんはものすごい顔でオタマさんをにらんだ。
「それで、迷宮探索が困難だと」
「へい、当然実入りも少ないし、魔法を補うためのアイテムも結構高いし」
「なるほどね。迷宮探索は魔法が絶対必要だからな」
「だから、魔法使いはパーティで引っ張りだこで、剣士が溢れる。俺たちは溢れ者の集まりでさぁ」と、オタマさんはちょっと辛そうな顔をして言った。
「じゃ、ちょっと話変わるけどさ、バイトしない」
「ちょっと、あたいたちも安く見られたもんだねー。冒険者だよ。どの世界にバイトしている冒険者がいるか。おとといきな」と、イクミさんは啖呵を切った。
「ダメか」
「ダメだね」
「そうか、じゃ、ここら辺の情報を知っている奴いたら紹介してくれないか。欲しい情報なら3000両で買うと言ってくれ」と、言って去ろうとしたら袖を掴まれた。振り向くと、キラキラお目めのイクミさんが「今、何と言いました。もう一度お・ね・が・い」と、(^_-)-☆
ばばぁにウインクされても嬉しくないのでとぼけてやった。
「なんていったかなー。そうそうここら辺の情報知っている奴紹介してと言ったんだけど」
「そのつぎよ」
「そのつぎ、ああ、欲しい情報なら買うと言ったんだが」
「で」
「で?」
「で、いくらかなぁ~」と、そっぽ向きながら聞いてきた。
「ああそれね、情報持っている人と交渉するから……」と、言うと、涙目になりながら僕の袖を引っ張った。周りの連中も目をうるうるしてくるので、3000両で買うと言ったら、オタマさんが「俺たちにやらせてくれ」と、土下座しそうな勢いだ。
ーーおーい、そろそろ帰ろうぜ
ーーああ、そうだな
ーー……。おい、なんか聞こえなかったか
<<<いーひひ。おーほほ>>>
ーーああ、聞こえた
ーーこれって、もしかして幽霊!!
「と、迷宮で幽霊騒ぎが二、三日前からおきてるんでさぁ」と、オタマさんが早速情報を持ってきてくれた。
「なるほど、迷宮でねぇ……」
ーー関係あるかどうか、わからないな。二、三日ってのが引っかかるし、一様調べて見るか。
と、考えていると
「遊郭の方は確かに見慣れない顔のでっぷりした人物が、1週間ほど前から来ていたそうですが、ここ2、3日は顔を見せないそうです」
「ビンゴだな。そいつの事もう少し調べてくれないかな」
「そうですね、もうすこ調べてみます。それじゃ、また」
「ありがとう。お願いします」僕はそう言ってから、カクさんの様子を見に行った。
カクさんを見ると、驚くほどに様になっていた。黒い帯が帯ではなく一本の剣になっていた。それでも、鉄柱に当たる瞬間はただの帯へと変わっている。何度やっても同じだ。焦りと苛立ちが見て取れたので「カクさん、お食事に行きましょう」と、誘った。ついでにスケさんも。
カクさんは食事中も黙々と、食べているだけであった。何とか活路を見出そうと必死なのだろう。一方スケさんは相変わらずで、ぴいぴい言ってうるさい。カクさんとスケさんを足して2で割れば理想なのだが、二人とも帯に短し何とやらだな。
しゃーない、ちょっとヒントをやろうか。僕は厨房に向かって「生卵一つください」と、言った。
女将さんから生卵を受け取り「これはなんですか」と、問うた。
「生卵」と、ちょっと不安そうに答えるカクさん。普段なら「あんたバカ、生卵に決まっているでしょう」くらいのことは言うのに、やはり相当まいっているのかもしれない。
「これを落とすとどうなる」
「割れる」と、カクさんスケさん同時に答える。
「どうして」
「だって、割れなきゃ卵焼き出来ないでしょう」と、スケさん。
ーーうーん、面白い発想だ。この辺がスケさんの素晴らしいところだが……
「じゃ、落とすね」と、言って床に落とす。
二人同時に「あっ」と、声を上げるも予想外の展開に目を丸くする。生卵は床に跳ね返り手元に戻って来た。
スケさんは目を丸くして「すごい、すごい、手品です」と、興奮しているけど、手品じゃないよ。
「カクさん『ブラシーボ効果』って知ってる」
「ブラシーボ?」
ーーわかるわけないか。あちらの世界の言葉だものな。
「あれか、偽の薬を与えたにもかかわらず病気が快方に向かうというやつか」
「え、えー!何で知ってるんだ」と、びっくりを通り越して大声で突っ込んでしまった。
「ば、バカにするな。これでも帝都寺子屋ハイスクールを卒業しているのだぞ」
「なんだあ、そのいかがわしい名前の学校は」
すると、スケさんが
「知らないんですか。帝都で最も難関で権威がある学校なんだよ。貴族、平民区別なく扱うことで有名で、神童と言われた平民が多いことでも知られているんだよ」
「へー、でなんでお前知ってるんだ」
すると、今度はカクさんが
「スケさんもそこの卒業生だ。飛び級で14歳にして卒業した。100年に一度出るかと言われた神童だ」
「えー!、二度びっくり。わからん、この世界の常識全然わから~ん」と、頭抱えてパニクっていると、カクさんがところで『プラシーボ効果』がどうとかこうとか言ってなかったと、それた道を戻してくれた。
「そうだ、思い込みってのはすごいと言いたかったんだ。僕の世界には、チョコレートに似せた石鹸があるんだ。そのままだと全くわからない。だから、チョコレートだと思って食べることもある。包装紙をやぶってパクリ、ツンと鼻にくる。ちょっと苦手な味だなと感じても、チョコレートだと思い込んでいるからまたパクリ。わぁーだめだ。そこで、どこのチョコレートだと包装紙を確認するんだ。横文字で、エス、オー、エー、ピィ?。SOAP?、ソープ!石鹸!!とわかると、後は洗面所へ直行。突然襲って来た嘔吐で、ゲーゲーやっても口の中が気持ち悪い。そこで歯磨きシャカシャカするけど、なかなか取れない。あれは、つらかったなー」と、過去の黒歴史を回想する。
「で、何が言いたいのだ」とカクさん。
「何が言いたいかと、言うと、つまり……。石鹸は食うな、以上」
ドガっと音がした。見ると、カクさんスケさんがコケていた。僕の個性に新たな『ボケLV1』が加わった。
僕たちがギルドへ帰ると六人組がテーブル席にいた。僕を見つけたオタマさんが手で合図をする。僕が席に着くと
「三日前の夜、デブの男と女性らしき人物が迷宮へ行くのを見たものがいるんでさぁ」と、興奮気味に話して来た。
「なるほど、これは怪しいな。すぐに調べてみよう」そう言うと、僕はカクさんとスケさんの方へ歩いて行った。
『三角木馬のオギン』の二つ名を持つオギン・トライアングル・ウッドホースは、鞭術の名門ウッドホース家に生を受けたものの、その人生は決して楽なものではなかった。人気のある剣術と違ってマイナーな鞭術は廃れる一方で、オギンが寺子屋へ上がるころには、門下生が一人もいない有様だった。毎日一人の修行は決して楽しいものではなく、同年代の子が外で遊ぶ声が聞こえると、一緒に遊びたいと心が躍るのだが、厳格な父が許すはずも無く、一人娘として生まれたことを呪うこともあった。
そんなオギンにターニングポイントが訪れたのは、寺子屋に通って1週間もたたない頃だった。
「おーい、みんな。またこいつ鞭持って寺子屋来てるぞ」と、いつもちょっかい出してくるのは、その時流行りの剣術の中でも最も人気が高く、飛ぶ鳥を落とす勢いの二刀流流派ソーケン家の嫡男オリジ・ナルナ・ソーケンだ。ソーケン家の二刀流はソーケン流とも言われ、防御を捨てた攻撃重視のスタイルが当時の若者に支持され大人気となった。入門希望者は後を絶たず、帝都一の難関な寺子屋よりも入ることは難しいと言われていた。中には多額の寄付金を支払うことで入門する子供達もいて、味をしめた当主はあからさまに寄付金を要求するようになった。その結果、金持ちの息子たちだけになり、門下生に傑出した人物が現れず、数年で廃れるのだが、それは数年経ってからわかるこであるのだが、その時のオリジは取り巻きがいつもいて、えんやえんやとおだてられ鼻高々、ピノキオが負けを認めるほどだった。
私が無視していると
「だっせー、剣術もろくにできないから、お前ん家は鞭遊びをするようになったんだな。あーやだやだ」
それが引き金となった。
「ほう、それじゃどっちが上か、勝負しようか」
「いいだろう。明日の帰り、裏の神社境内で勝負だ。逃げるなよ」
「みんな、人が来るか見張っていろよ」オリジがそう言うと、取り巻き連中が散開した。それを見届け、手にしていた袋より真剣を取り出す。
「悪いな、これがないとソーケン流とは言わないからな」
ニヤリと笑い、心の中で呟く。
ーーやっと人が切れる。道場では無敵と言われ、相手を打ち負かしたが所詮竹刀だ、何か物足りない。あの死が迫った時の、恐怖にひきつった顔が見て見たい。それがやっと叶う。ああ、楽しみだなぁ。オギンの奴、どんな顔で泣き叫ぶかな、場合によっちゃ殺してもかまわんだろう。
そう思うと自然と顔がほころんできた。
ーーあっちは、鞭一本だ。それにひきかえこっちは二本の剣。勝負をする前から結果が見えている。最初に飛んでくる鞭を受け止めて、懐に入ってジ・エンドだ。
「それじゃこっちからいくぜ」と、駆け出した。
ーーなに、これ。遅すぎる。それに隙だらけだ。これは罠か?
オギンは予想を通り越しての酷さに呆れ、かえって罠かと不安になった。
ーーおお、驚いている。これが力の差ってやつだ。おや、やっと鞭を持つ右手が動いたか。でも、遅すぎる……。飛んでくる鞭を剣で受けてっと……?え、なんで、鞭が複数に見えるぞ。どう受ければいいんだ。
オリジは慌てて、頭部を両手でかばう。そこに、隙だらけの腹部、背中へと鞭が襲いかかる。ビシッ、ビシッと音が鳴り服が裂ける。そこへ更に鞭が遅い、オリジの口から怪しげな声が漏れる「う、うふん」その声に、ゾクリと快感がはしる。アドレナリンに合わせて、鞭振るスピードが上昇する。
ーーなに、このゾクリとした快感は。だめ、気が変になっちゃいそう。
「やめて、オリジはもう戦えないよ」そう叫ぶ声が、オギンを正気に戻した。
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ」
ーー今のはいったいなんだったのだろうか?
オギンは呼吸を整え、倒れて白目をむきながら泡を吹いているオリジを見た。股間が膨らみ、濡れているのがわかった。これだけこっぴどくやられればもうちょっかいは出してこないだろう。そう思い、動悸の高鳴り、興奮冷めやらぬ身体を抑えながら、去っていった。
次の日には、このことがなぜか寺子屋で噂になり、オリジは『失禁の泡吹きオリジ』の二つ名を持つようになった。
今日で三日目だ、勇者が私の奴隷になるのも時間の問題だ。さて、仕上げといこうか。
オギンが宰相から言われたことは勇者を葬ることだが、それはポリシーに反する。そこで、殺さず奴隷として勇者を飼うのも一興と、密かに考えていた。それも後一歩。心が折れる瞬間、ゾクゾクっと背中を走る興奮を久々に感じると思うと動悸が高鳴った。焦る気持ちとは裏腹に、動作は緩慢に、絶品の料理を咀嚼する時のように、慌てて飲み込まず、口中で堪能することを楽しんでいた。
三角木馬に両手両足を縛られ、口にはボールギャグが咬まされている。丸出しの背中に一滴二滴と、ロウを垂らす。荒い鼻息、口から漏れる息の音が、興奮を満たしてくれる。
「いい声しているわね、子豚ちゃん。もっと欲しい?。そう、欲しいのね」と、言って、一滴二滴とまた垂らす。すると、鼻から口から「ふご、ふご」と不気味な声が漏れ出す。ゾクゾクっと興奮が走る。
ーーさて、そろそろメインディッシュといきますか。
そう、思った刹那のことだった。結界がいとも容易く崩れ去った。何事、そう考える余裕もなく、オギンは気を失った。
「スケさん頼みますよ」と、言うと、スケさんは久々の迷宮のせいか気合い十分だった。
「サーチ」一声呟くと、魔力が流れ出していく。洞窟に流れゆく水のごとく、近いところから埋め尽くしていく。これがどれほどに高度な魔術か、ここにいる人で、知るものは僕以外にいないだろう。彼女は正真正銘の天才だ。
「見つけました」
「どこだ」
「迷宮に入って、最初の分かれ道を右です。その突き当たりに何かあります」
到着すると、確かに結界が張ってあった。なかなかの出来だ。張った人の技量がわかる。ここから先は、僕たち三人で行くことにする。そう言うと、六人組はガッガリしていたが、相手の技量を考えると、足手まといとなるので、待ってもらうことにした。
「段取りはこうだ、僕が結界を破る。あとはカクさんが、悪人の相手をしてくれ。スケさんはすかさず人質の保護を頼む。それじゃ行くよ」
僕がそっと結界に触れる。一瞬で結界が砕ける。奥が丸見えになったとたん、カクさんが行動を起こす。スケさんも魔法で人質の保護にあたる。悪人がこちらに気がついた時には、カクさんはもうすでに自分の間合い入っていて、手刀を繰り出す。剣を使う事なく、呆気なくかたずいた。
「これは約束の報酬」そう言って、タスマさんから受け取った報酬の中から3000両をみんなの前に出した。
「本当かよう」
「夢じゃないようねー」とか言いながら、目の前の3000両を眺めていた。
「それからあと1000両渡すから、ボンボさんの護衛を頼みたいのだが」と、言うと、みんな快く承知してくれた。
タスマさんは「いいお灸になったのう。これに懲りておとなしゅうなってくれればいいがのう」と、どうでもいいような口ぶりだ。
だが、しかしだ。何がきっかけで変わるかわからない。このことがきっかけで、ボンボは伝説に謳われるほどの名領主になるのだが、それを誰が予想出来ただろうか。
オギンは事務室の奥にある個室で、ぽつねんと座らされている。彼女を縛る枷は一切なく自由な身なれど、逃げる事など不可能であることは対峙している者の技量の高さからもわかる。オギンはただ大人しくしていることしかできなかった。
「名前は」前の少年が口を開いた。
「オギン・トライアングル・ウッドホース」
「年齢は」
「12歳」
「えー!!。12歳」おもわずオギンの胸を見て、それから左手に座っているカクさんを見ようとしたら、胸を両手で隠され、目が三角になっていた。カクさんは「標準だから」と、一人ぶつぶつ呟いた。その時ナキさんがちょうどお茶を持ってやってきたので、みんなの視線が一斉にナキさんの胸の向けられた。何も知らないナキさんは無防備な姿勢で、お茶を五人分置いて出て行った。ここはひとまず標準としておこう。収拾がつかないと面倒くさいからね。
「ところで、何が目的だったの」と、僕が尋ねると
「宰相に、勇者を葬れと言われた」
「じゃなぜ、間違えたのかな」と、一番奥の一人席に座っているタスマさんが聞いた。
「魔術師はアホだと、勇者はポンコツだと言われて……」
「ポンコツ勇者はミトさんですけど、アホ魔術師って誰ですか、誰ですか、もしかして私ですか」と、スケさんはちょっと怒気を含んだ声で、オギンに詰め寄った。オギンはスケさんの迫力に押され気味で、今にも泣き出しそうだ。ちょっと待てよ、ポンコツ勇者はミトさんだけどって、今、断定したよね。自分は否定しておいて、僕は決めつけるの、おかしいよね。それを言うと、ミトさんはどうでもいいのって、今度は全否定されちゃったよ。最近のスケさん本当にわかんない。
「それより、今後どうするかのう」と、タスマさんが、話をそらしてくれた。
「罪を問わないのですか」と、僕が言うと
「別に死人が出たわけでもないし、ボンボにはいい薬になったろうし、いいんじゃねえかのう」と、いい加減な発言。
「すると無罪放免ですか」
「そうじゃのう、それでよいかのう」
「では、オギンを無罪放免にしますけど、どこか行く当てあるの?」
「もう、帝都には戻れません。できれば……」と、チラチラこちらを見る。
「それじゃ決まりだ。アカト君をオギンちゃんの責任者ってことでよいかのう」と、言って、一人納得した。
あちゃ、また変なのが加わったぞと視線を泳がせると、カクさんの視線とバッティングした。カクさんは慌てて、腕で胸を隠し標準ですからと睨みつけてきた。僕、今後不安なんですけど……。