第10章
第10章
皇帝の朝は遅い。7時はとうに過ぎ、8時に針が届こうとする頃起床する。
そして湯浴みが日課だ。
当然、メイドをはべらせ湯浴みする愚行はしない。
歴代の皇帝の退位に、どれだけメイドが関わっていただろうか、俺は知っている。実に4割弱、メイドが何らかの形で関わっていたのだ。
英雄色を好むと言うが、それは英雄でも何でもない、ただのバカがすることだ。女の色がに騙され、朝目覚めたら丁髷がないなんて事になったら、いい恥知らずだ。俺はそんな奴らとわけが違う。
さてと、湯浴みを済ませ歯を磨く。歯を磨くことも重要だ。虫歯ができ痛みだし、治療師にお願いしたら、虫歯を取るついでに丁髷も取っちゃった、て事になったら大変だ。用心にこしたことはない。
散髪にいたっては以ての外だ。
「お客さんどんな髪型にいたしましょうか」
「うむ、好きに頼む」と、言って一眠り。
「散髪終わりました。お客さん如何でしょう」
って鏡見たら落ち武者カットになっていた、じゃシャレにならない。
ホント笑い事じゃない?……!、???あれ?
俺は鏡をゴシゴシした。
ははは、笑い事じゃないよね。なによこれ! 鏡に映っているの俺だよね。
落ち武者カットなんですけど?
恐る恐る頭の上に手をやる。ちょびっと涙が出てきた。ない!丁髷がない!!。どうしよう、どうしよう。考えろ、考えろ。風邪ひいたことに……。だめだ、今日は月例会の日だ。休むわけにはいかない。どうしよう?。
時計を見た。8:30、やばい月例会は9:00だ……。
今のイケにとっては宮廷のセキュリティーはザルみたいなものだ。いや、もともとザルだったのだろう。そして以前の私は石ころだった。だからザルを通り抜けることが不可能だった。だが今の私は水だ。ザルを通り過ぎることなど造作も無い。
5分も経たずに皇帝の寝室に着いた。水手裏剣で丁髷を切断。それでも気が収まらなかったので、小刀で綺麗に剃ってやった。
ーー明日の朝は大変だから、ゆっくりお休みなさい。
心の中でつぶやき去っていった。
バーチュリバ皇帝が玉座に座るのを確認して、重臣達も座った。
皇帝が目で合図を送ると、進行係のホーダイが月例会の始まりを告げた。
どうやらみんなは気づいていないようだ。
このまま何事もなく会議が終わればいいのだが……。
会議が粛々と進んでいく。
近年、皇帝がこの会議で話すことはほとんどない。どちらかと言うと聞き役の立場だ。
緊張が取れホッとしていた皇帝が眠くなるのも自然だ。
重臣達の声が子守唄となってコクリコクリ舟を漕いでも、誰も気に留めないのはいつものことだからである。
その子守唄が突然止まった。
コロコロというこの場に不自然な物音に、皇帝が目を開いた。
重臣達がこちらを見ている。
みんなの口が開きアホっぽい。
不自然な物音の正体が、前にいる重臣の足元で止まった。それを拾い上げ、みんなが注目する。
「シェービングブラシ」拾い上げた重臣が一言発し、また、皇帝を見る。
やっと理解した皇帝が頭に手をやるが、当然そこには何も無い。
重臣の一人が勢いよく立ち上がり「皇帝が退位したぞ!」と、叫んだ。
「いやいや、俺退位してないから」皇帝の言葉など誰も聞いていない。
扉が勢いよく開かれ、先を切った重臣が、そこに居た報道陣に皇帝の退位を高らかに叫んだ。
こうしてバーチュリバ皇帝は一年にも満たない在位で幕を閉じたのである。
レクチャーその7
この世界の皇帝制度はちょっと変わっていて面白い。
皇帝は即位すると死ぬまで皇帝、以前はそうだった。
そうするとボケ老人でも皇帝は皇帝で、寝たきりになっていても皇帝は皇帝となる。当然血生臭い事件も起きる。
そこで、丁髷制度ができたのだ。
退位させたければ髷を切ればいい。当然禿げて髷が結えなければ退位となる。
血生臭い事件は無くなったし、名ばかりの皇帝もいなくなった。
それじゃ皇帝はどうやって即位するの?
次期皇帝の座を狙っている人はみんな髷を結っているんだ。
紫色は皇帝以外は使用出来ないから、赤とか青とか黄色とかの紐で結っていて、立候補したら、市民達は好きな色に投票するんだ。
「俺は情熱の赤だな」
「私は幸せの色、黄色だね」
「俺はぜってーピンクだピンク。エロエロで楽しそうじゃないか」
ってな感じで、色に投票するんだ。どうせ人物なんか見ても分からないし、ダメだったらまたチョンすればいい。
単純だけど結構効率的だったりするんだよね、これが。




