第3幕 戦慄ーMomentー
人が死ぬ時って、どんな感じなんだろう。
やはり苦しいものなのだろうか。
それとも、痛い?
(ーーーーやめろ。考えるな。)
でも案外、それ程キツくはないのかも
しれないな。そりゃあ、死に方にも
色々あるけど………………。
(ーーーー知るかよ。どうでもいい。
とにかくもうやめろ。 )
少なくとも今、俺は苦しんではいない。
むしろ何も感じてないくらいだ。
……不思議だ。だって、こんなに……
(ーーーーもういい。頼むからもう、
やめてくれ………………。)
二人の自分が、頭の中で言い合うのを聞きながら、彼はようやく今の状況を理解し始めた。
とは言っても、視界はぼやけて上手く見えないし、音も、ひどい耳鳴りのせいで聞き取りづらい。
逆に、自分の心臓がバクバクと脈打つ音だけが、やけに大きく頭に響いた。
体を動かそうと身じろぎをして初めて、彼は自分が地面に仰向けに倒れていることに気が付いた。
「ーーーーー?! 」
途端に、とてつもない激痛が全身に走る。意識が完全に戻ったせいで、
今まで麻痺していた感覚が正常にはたらき始めたのだ。
「うあ”……………ッぐ………!! 」
その苦痛のあまり、彼はかすれた呻き声をあげて身悶えた。
頭が割れるようだ。腕や脚も使いものにならない。呼吸は乱れ、喉が時々「ヒュッ」とおかしな音を立てている。視線を地面の方へ落とすと、身体の周りに、真っ赤な血だまりができているのが見えた。
彼はその血が、自身のものであることを、すぐには自覚できなかった。
すると、その時だった。
ズン、という地鳴りがしたかと思うと、横たわる彼の前に、
大きな黒い影がゆらりと立った。
ーーーーー”鬼”だ。
もう一人の彼がまた、彼の意識に語りかけた。
嗚呼、これは………まずいな。
(ーーーー逃げなければ。)
体がもう、云うことを聞かない。
(ーーーー早くここを離れて、
助けを……………………)
無理だ。できない。
「万事休す」とはこのことだ。
(ーーーー五月蝿い。黙れ………。)
終わったんだよ、何もかも。全部。
もう、何も………
ここまでだ。
(ーーーーやめろ………………………)
馬鹿だな、俺。
欲張らなければ、こんな結果には
ならなかっただろうに………。
(ーーーやめろ……やめろ!やめろや
めろやめろやめろやめろやめ)
…今、ここで………………俺は死ぬ。
「やめろッッ!!!!」
彼が声にならない悲痛な叫びをあげたその時、
一人の女の、
自分の名前を呼ぶ絶望に満ちた悲鳴が、
彼の耳の中に大きくこだました。
「椿くんーーーー!!!」