第1章
桜も散り、そろそろ梅雨に入ろうかという頃の晴れた日の昼下がり
広い庭で青々と若葉をつけた一本の太い木の下で幹に背中を預けている少女――小鳥遊 葵は本を読んでいた。
時々本から上げられる顔は真っ白で整っている。
隣に置いているバスケットから水筒を取り出すと中身を軽く煽った。
「ブランケットかなにか持ってくるべきだったわ・・・」
微かな呟きはまだ少し冷たさの残る風に拐われ溶けていった。
再び紙面に視線を落とすと彼女は文字を穏やかに追って行った。
「お嬢様」
不意に男の声がした。
「どうしました?桐谷」
「お嬢様にお会いしたいという方が来られたのですがお会いされますか」
桐谷と呼ばれた男は困ったように笑いながら言った。
* * * * *
応接室に入ると固い表情をした二十代後半と思われる女性が3人がけのソファに小ぢんまりと座っていた。
「お初にお目にかかります、小鳥遊と申します。」
女性の正面のチェアにそっと腰を下ろし自己紹介をした。
くゆる湯気だけが動いていた。
その女性の目は焦げ茶の瞳がこぼれ落ちてしまうのではないかという程見開かれ、声も出ない様子だった。
「男性ではないから驚かれているのですか?」
「い、いえ、こんなにお若い女性が探偵の小鳥遊さんだとは伺っていなかったもので・・・」
少しはショックが抜けたらしい女性は軽く微笑んだ。
「申し遅れました、私、白樺 さつきと申します。」
丁寧に挨拶をする白樺に葵も優雅に礼を返す。
「白樺さんはどのようなご用件でこちらにいらっしゃったのですか?」
テーブルの上で暖かい湯気を立てるカップを手に本題に切り込む。
暖かな空気がガラリと硬質な物になり、白樺は意図せずして姿勢を正した。
「実は・・・」
白樺の説明は少し不明瞭な点があるものの分かりやすかった。
事の発端は1週間前
白樺の同僚の女性が服毒し、意識不明になった。
しかし、彼女の体からは毒以外も検出された。
白樺いわく同僚の女性が服毒する心当たりも、検出された毒以外の物に手を染める様な素振りも心当たりもなかった。
だが、警察がそんな個人の主張を握り潰すかのように下した判断は
自殺
白樺は諦めきれなかったようだ。
警察の自殺という見立てに。
知人の伝を頼り、小鳥遊を見つけここに来た。
葵は他人のためにそこまでする理由がわからなかった。
それと同時に少し羨ましいとも思った。
仲が良いからとかそんな理由でそこまで必死にはなれない。
だからこそ羨ましくなった。
もう少し、この人に関わってみたいと思った。
「お受けしましょう。」
話終わっても暫く口を開かずに居た葵を伺っていた白樺はポカンとした表情で見つめた。
「・・・受けて頂けるんですか!?」
身を乗り出した白樺の瞳は子供のように輝いていた。