生産者と最終戦争
暑すぎて死ねる。
「……この感じ、来るのか? どうやらお前と遊んではいられないらしい、ハイドラ」
ロベルトはそう言うと地面を蹴って跳躍し、高い建物に飛び移った。ハイドラは全身に怪我を負ってはいるが、まだまだ戦うには支障のないくらいであった。だから彼は自分がなぜ見逃されたか疑問だった。生かすにしてももっといたぶってからでもいいのではないか? そんな疑問が渦巻いていた。
しかし、そんな疑問はすぐに吹き飛んだ。なぜならば先ほどまで殺し合っていた人物が目の前に現れたのだ。
「……お互い随分とボロボロになったものだな。……そちらの女の子は雰囲気が変わったように見受けられる」
「……エステルを元に戻せ。出来るんだろ? それをしてくれても許せるわけではないが、それでも少しは溜飲も下がる」
「そんなことを言うならその殺気をひっこめた方がいいぞ? どうあれ、私を殺すことには変わりないんだろ?」
ハイドラが指摘するとシヅキは無表情のまま銃を手に取った。ハイドラも立ち上がり神器を取り出す。
お互いにただ睨み合い、罵倒の言葉も牽制の言葉もない。ただ静かな無言が二人の睨み合う小さな空間を支配していた。
……そして、シヅキが先に引き金を引いた。
「っ!」
ハイドラは神器による防御でそれを弾こうとしたが、エステルの強襲によってその神器を手放してしまった。
ばら撒かれた銃弾が肉に刺さる。その激痛にハイドラは顔を歪ませたが、踏みとどまった。再生用の神器を持っているおかげで即死以外の攻撃なら回復が効くのだ。
シヅキはナイフと拳銃を片手に襲い掛かる。戦闘の素人とは思えないほどの速さとパワーでハイドラをシヅキは押しつぶそうとした。ハイドラはそれは恐らくドーピングのような物で強化されているのだと予想し、長く続かない攻勢であることを瞬時に見抜いた。
凄まじい剣幕でたたみかけるシヅキであったが次第に限界を超える力を使った弊害か、疲労を感じ始めてきたようだった。
「神器、風の太刀」
ハイドラは刀に似た神器を取り出した。そして、それを大きく振りかぶった。当たればほぼ確実に首を落とす通称かまいたちと呼ばれるそれは殺傷にかけては一級品の物だった。
しかし、それもシヅキには通らなかった。エステルがまたも妨害したのだ。しかも短刀で腕の腱を切られたため再生するまで武器を握ることが出来なくなった。
「シヅを殺すのはお前じゃない。すぐに心の中から消えて」
「……なるほどなあの男の濁った剣は死んだ人間を不完全で歪みきった状態で蘇生するのか」
ハイドラはどうしてこうも殺意を向けられるのか、そしてエステルという少女の突然の豹変ぶりを理解した。
ロベルトの剣に飲み込まれて不幸にも命を落とし、歪んだ状態で復活してしまった。もしもシヅキがエステルの死んだ現場を見ていなければ自分が殺したと思うのは自然だなとハイドラは納得したが、不思議と訂正する気にはならなかった。
「これもまた神が与えた試練か……、ならば、遂げて見せよう。人の未来を選別しようというのだ、それくらいの試練が無ければな」
ハイドラは通常では考えられないほどの傷を負ってなお、その戦意を失ってはいなかった。むしろもっと傷ついてもいいとすら思っていた。これからこの二人に勝てば途方もない人を間引き、殺すことになるのである。彼からしてみればこんなことはどうということはなかった。
「ハイドラ、お前の悪趣味に人類を付き合わせることはできない。だからここで死ね」
「お前も、あの男と同じことを言うんだな。まあ、誰かに理解してもらおうなどとは考えていないものでね」
ハイドラはまだ動く手のひらに棒状の神器を握った。
「……こいつは使いたくなかったよ。なにせ消費魔力が桁違いでな。これを一回使うと次の段階に行けなくなるが、そうも言ってられないらしい」
「次の段階?」
「そう、人類の餞別と殲滅を同時に行う閻魔の錫杖を起動させる魔力が足りなくなる。だが、今はお前たちを殺すことだけ考えるとしようか」
そう言ってハイドラはそれを頭上に掲げた。
「神器、天沼矛」
宣言と同時に大地が割れた。比喩などではない、バックりと地面が避けたのだ。さらに、地面が液状化し始める。豪雨が吹き始めて建物は次々と倒れていった。
「これは私の異世界に来る前の時代の世界に合った神話に登場する、イザナギとイザナミが使用したとされる原初の創造を行った矛を神器化し、人間に使えるようにしたもの。その効果は絶大で地上を作るほどの荒業は無理だが、小規模であれば神話の真似事も可能だ。当然、世界を作り変えているわけだから物理法則も魔法の法則も従来の物は使えない」
シヅキは液状化する地面に飲まれながらハイドラを見据えた。その顔にはその強力な能力に対する驚愕と、小さく笑みが浮かんでいた。
「ああ、そうだな。お前の負けだ」
ハイドラは耳を疑った。シヅキは勝ち誇った顔をしていた。彼は理解に苦しむ。天地創造の槍によって小さな世界の法則を破壊しているのにもかかわらず、その男は全くと言っていいほど動揺していなかった。
ハイドラはシヅキに問いただそうとした。なぜ余裕でいられるのか、どうして笑っているのか……。
しかし、彼は声が出なかった。足も手も動かない。体が異常に重かった。そして何より、体から大切なものが抜け落ちたような感覚があった。
ハイドラはこの感覚を知っている。いや、たいていの魔力を使う人間ならだれでも知っている。彼は声にならない声でつぶやいた。
「魔力、切れだと?」
戦闘は今回で最後です。あと少しで最後なので頑張ります。




