3限目 友達!
「……時間だ、答えを聞こう! 」
どこか愉快そうに、そふとが言う。
給食を食べ終え、今は昼の休憩時間。
私たちは、いつもの様に私の席に集まって、おしゃべり。
「なんのことだよ」
「えー? ゆるりんが、女の子みたいになりたいって話」
「そんなこと言ってないだろっ?! 」
「ありぇ~?? そうだっけぇ~??? 」
「そうだよ!! 」
「大丈夫大丈夫、心配しなくても、ゆるりちゃんは立派な女の子だよ~? 」
「だ~か~ら~!! 」
普段の落ち着いた姿とは違った表情を見せながら怒るゆるり。
ゆるりは、この二人には弱いみたいだ。
「きまっちも、ゆるりちゃんには女の子らしくなって欲しいって思うよね~? 」
「え、あぁ……、うん。その方が可愛いと思うよ」
ふわりに唐突に話を振られ、私は慌ててそう答えた。
「な、何言ってんだきままぁ?! 」
「ほぉ~、きままも言うようになりましたね~……」
そう言って、何故かどこか関心したようにうんうんと頷くそふと。
「きまっちひどいっ! 私にも可愛いって言ってよ~!! 」
「えぇ……? 」
一人で真っ赤な顔を隠しながら俯くゆるりを見ながら、私は呆然としていた。
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――――キーンコーンカーンコーン
授業の終わりを示すチャイムの音が鳴る。
時刻は、十六時。一年前を比べて、一時間帰る時間が遅くなっている。
(低学年の頃は、十四時くらいに授業が終わるのが普通だったのになぁ……)
私は机の中の教科書類をランドセルの中に入れながら、昔の学生時代のことを思い出していた。
「きまっち~」
「あ、ふわり」
「帰ろっか」
「うん……」
私は用意を済ますと、目の前の幼なじみと一緒に、教室の扉へ向かった。。
「あ、二人とも帰るの? 」
「え? うん……」
そふとと喋っていたゆるりが、私たちに声をかける。
「ワシらも一緒に帰るで~」
「結局いつものメンバーか」
「きっと、離れられない絆で結ばれてるんだよ~」
私は、そんな三人の会話を聞きながら、一緒に教室を出た。
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「だああああつっかれたああああ」
オレンジ色に染まる空の下で、そふとが伸びをしていた。
空がこんな色になるまで学校にいたことは、去年までの私たちにとっては珍しいことだった。
「久々の学校だもんね~」
「学校が始まって早々、この時間まで授業だしなぁ……」
ゆるりがちょっと愚痴気味にそう言う。
「あ、あの……ふわり」
「ん? 」
「なんで腕組んでるの……」
「え? きまっちがどこにもいかないよーに! だよっ! 」
「私はペットじゃないぞ……?! 」
さっきから私の腕と自分の腕を組んで離そうとしないふわり。
「ラブラブやなぁ~……じゃあワシらも……」
「ちょっ、抱きつくなっ?! 」
「もっと女の子らしく素直になれや~」
「そ、そふとも女の子ならもっと女の子らしくしろぉ?! 」
二人は、楽しそうだ。
まるで、四人でダブルデートでもしているみたい。
「なんか、楽しそうだね、きまっち」
「……え? 」
「なんというか……今日、ずっと浮かない顔だったから……」
「別にそんなことは……」
私そんな顔してたのか……?
「いや、まぁ私がそう見えただけだけど」
何やら安心した様な顔で、ふわりが話を終わらせてしまう。
おかげでこっちはモヤモヤしたまま。
「ん? 二人とも何話してんの~? 」
「え、二人だけの秘密~」
「なんだそれ」
そふとたちに聞かれ、ふわりは適当にそう答える。
「あぁ、ここでお別れかな」
気づけば、ゆるりとそふとと分かれる道に出た。
「もう着いちゃったかー」
「まぁ、明日も会えるしね」
「じゃあ、何か最後に言い残すことはないか? きまま? 」
「えっ、私……? 」
そふとからのフリに、私は戸惑う。
「じゃあきままの最期の締めで、解散だな」
(ど、どうしよう……)
三人が何やら期待の目でこちらを見てくる。
私は、考えた。
『今日はお疲れ様、また一年間よろしく! 』
これは、普通すぎる。つまんねぇ奴……となって場が白けるに違いない。
『五年生になろうと六年生になろうと、お前らはずっと私の親友だ!! 』
インパクトはあるが、言った後のことを考えると、怖くて言えない。
「……」
三秒くらい沈黙した後、私は口を開けた。
「こ、今年こそは、人と喋れない性格、治そうと思いますっ!! 」
「……」
そして、再び三秒ほどの沈黙が流れ……
「よく言った、よく言ったぞきまま~!! 」
「よく言えました~きまっち~!! 」
「言ったからには、ちゃんと実行して貰うからな! 」
三人の歓声の言葉が発せられた。
「あ、頑張ります……」
私は、小声でそう言った。
私にとって重大な約束を交わした後。
二人と別れ、ふわりと二人きりになった。
「さて、と……」
「……え? 」
二人きりで帰り道を歩き始めて、先にふわりが口を開ける。
「きまっちに、言いたかったことがあるんだけどさ」
「え、うん……」
さっきのテンションとは打って変わって、真面目な表情を作るふわりに、私はちょっと緊張する。
「何か、悩んでない? 」
「……え? 」
その言葉は、きっと親友として私に発せられた言葉なのだろう。
「たぶんだけど、ゆるりちゃんもそふとちゃんも、気づいてるよ」
「うん……」
「私に出来る事なら、相談に乗るよ? 」
「ふわり……」
ふわり。ゆるり。そふと。そして、私。
この四人の輪の中で、自分だけ浮いてないだろうか。
それが、私の頭のなかにずっと引っかかっている、悩み事だった。
「ねぇ、ふわり? 」
「うん」
「私、浮いてないかな? 」
「なんで、そう思うん? 」
「三人が喋ってるところにいるだけじゃないか、とか、三人を眺めてるだけなんじゃないのかって、私思うんだ」
「うん」
私の悩みを、彼女は黙って聞いてくれる。
「私の事、皆ちゃんと友達と思ってくれてるのかな、なんて……」
「それが、きまっちが浮いてるんじゃないか、て思う理由? 」
「うん……」
「なーんだ、心配して損した~」
「……え? 」
「友達と思ってるに決まってるよっ!! 」
「あっ……」
彼女を顔を見ると、初めて見るかもしれない、真剣なその表情と、目のところにうっすら見える涙が分かった。
「ごめん……」
「皆、きまっちのこと大好きだから……嫉妬しちゃうくらいに」
「……」
「ねぇ、きまっち」
「……え? 」
「このキーホルダーのこと、覚えてる? 」
「あぁ」
彼女のランドセルにもついている、私のハートのキーホルダーを触りながら、ふわりが言う。
「まだ小さい頃、ふわりと初めて友達になった時に買ったキーホルダー……」
「うん。友達の証明として、あの時お揃いの買ったんだったよね」
まだ小学校に入る前の小さい頃。
孤独を愛しているフリをして、誰とも話をしなかった私。
先生に二人一組になってと言われて、同じく仲の良い子がいなかった女の子が、私の元に来る。
それが、ふわりとの初めての出会いだった。
ふわりは、当時は人と話すことが苦手であった。
もしかすると、今もそうなのかもしれない。
無駄にお節介焼きなその性格が、返って人を寄せ付けなかったのだ。
不器用な癖に、私にしつこく構おうとしてくるふわり。
彼女は、私を放っておけないと言っていた。
それは、昔も今も変わらずそうだった。
そして、そんな彼女のことが、私は……。
「私は、ゆるりちゃんたちもきっと、きまっちが一人で浮いてるなんて、思ってないよ」
「うん……」
「……そんな難しく考えなくていいんだよ、言いたいこと言えば。私たち、きまっちが思ってるよりもずっと優しいんだから!! 」
「や、ちょっ……」
「きまっち好きぃ~!! 」
私は、涙をごまかすように、いつもより強く抱きしめてくるふわりの抱擁を、嫌がったフリをしながら受け入れた。