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もっと、きままに!  作者: たか式
1/3

1限目 小学5年生!

『深く考えこむくらいなら、何も考えず気ままに生きろ』

父親の言葉。まだ、小学一年生くらいの頃だっただろうか。

『うん、わかった! 』

まだ純粋すぎた私は、そう答えていたのを思い出す。

「きまま……か」

私の名前でもある、その言葉。

"比良坂 きまま"

親が私に付けてくれた名前。

気ままに生きてほしい。そういう両親の想いが込められたこの名前。

私は、その両親の想いに答えられているのだろうか。



---------------------------------------------------------------



――――ピピピピピピピ



電子音が聞こえ、私は目を覚ました。

耳障りな音を鳴らし続けるそれを黙らせ、そこに映る時計の針を見る。

時刻は、七時三十分の針を指していた。

「はぁ……」

私は、憂鬱だった。

「きままー!起きてるー? 」

「起きてるよー! 」

下から聞こえるお母さんの声に受答えしながら、私は体を起こす。

ハンガーにぶら下がる衣服を手に取り、私は鏡の前まで移動した。

目にかかりそうで、かからない位置まで伸びている黒い髪の毛。他の人たちと比べて、小さな背。元気のカケラも伺えない、くらーい顔。

「ひどい姿だなぁ……」

自分の姿が映り出された目の前の鏡を見ながら、私はそう呟く。

それが、私、比良坂きままの姿だった。

衣服をハンガーから外し、自由になったそれを一旦ベッドの上に置くと、私はパジャマを脱ぎ始めた。

今日から小学五年生になる女の子とは思えない程の、自分の胸を見て、私はうんざりする。

(また少し大きくなってる気がする……)

自分で言うのもなんだが、私の胸は大きい。

周りの男の子からはジロジロ見られるし、邪魔だし、はっきり言って私にとってそれは不快なものでしかなかった。

これを羨ましがる女の子の声をよく聞くのだが、私には何が良いのかさっぱり分からなかった。

そんなことを思いつつ、私は服を着替えていく。

そんな私の性格からは全く似合わない、洗いたてでほんわり甘い匂いのする、可愛げなミニスカートを、少し躊躇いながら着る。

女の子らしさが足りない! とお母さんに言われ、買ってきて貰ったこのスカートを、今初めて着るのだ。

「はぁ……」

私は、今日で二度目の溜息をつく。

(今日から新学期か……)

新学期になれば、当然クラスもクラスメイトも変わる。

私はいつも以上にどんよりした気分を感じながら、部屋の扉を開けた。



「えー? タカくんならもう先に行っちゃったよー」

お母さんのその言葉を聞き、私は落ち込む。

「そっか……」

タカくんと言うのは、私の実のお兄ちゃんである鷹にぃ……じゃなかった、比良坂 鷹のことである。

そんなお兄ちゃんにちょっと用事……というか、この服に関して感想を貰いたかったのだが、もう彼は既に出掛けてしまっているみたい……。

(あぁ、そういえば今日ゲームの発売日だっけ……)

月末の金曜日。お兄ちゃんは決まって早朝に出掛けている。……ゲームを求めて。

(しょうがないな……帰ったら見て貰おう)

私のお兄ちゃんは、ゲームが大好き。どんなゲームかは、あまり大声では言えないけど……。

でも、カッコいいのだ。なんでもできるし、優しいし、何より私の気持ちを分かってくれている。

私は、そんなお兄ちゃんに憧れていた。

朝起きたら、私はいつもお兄ちゃんのところへ顔を出す。

そして、ちょっと話をする。それだけで元気になれる。不思議な人。

だから、今日の服装が見てもらえなかったことが、ちょっと残念だった。



「じゃあ、行ってきま~すっ! 」

私は朝ごはんを食べ終えると、五年間使い古されてちょっと色あせ気味の赤色のランドセルを背負って、玄関の扉を開ける。

ランドセルの横では、黒くて丸い目が印象的な、思い出深いハートのキーホルダーが笑っている。

外に出ると、新学期日和か、はたまた私への挑発か。空は、一転の曇りも見えないほどの快晴が目の前に広がっていた。

「あ、おはよ~きまっちー」

私が家から出てくるのを見計らっていたかのように、前から声がした。

見ると、引き戸の前で、私を見ながらニコニコしている、黄色い髪の女の子が立っていた。

ちなみに、きまっちとは私のことである。

「あぁ、ふわり、おはよー」

特徴的なピンク色のランドセルを背負っている彼女の名前は、"綾野 ふわり" という、幼少期時代からの幼なじみ。

ふわりは、人と話すことに慣れない私に唯一構ってくれた、私の大切な親友だ。

ふわりが私のことをどう思っているかは分からないけど、同じように思ってくれていたら嬉しいな……。

「え、もしかしてずっとそこに待ってたの……? 」

「え?! い、いや~たった今ここにきままを呼びに来たところだよ~」

何故か、少し慌てたような口調でそういうふわり。

「あぁ、そっか……」

「きまっちは、その……いつもと違うね! というか違いすぎる! どうしたの?! 」

ふわりが私の姿を不思議そうに見回して、そう言う。

「え、何が……? 」

たぶん服装のことなのだろうが、私は気づかないフリをして、何食わぬ顔でかえす。

「スカート! いつもはズボンしか履いてないのに! 」

何故か無駄にテンションを上げながら、そう言ってくるふわり。

「別にいい……でしょ」

私は急に恥ずかしくなり、余計に短めなスカートを手で抑えながら、そう言う。

私は、慣れないスカートに悪戦苦闘中だった。

「はぁ~朝から良いもの見せてもらっちゃったな~!! 」

「……あんまりじろじろ見ないでよ」

嬉しそうな顔でニヤニヤするふわり。

まるでえっちな男の子みたい。

「えーなんで? 見てもらいたいから着てるんじゃないの? 」

「親が買ってきたから、しょうがなく着てるの! 」

「いいの買って貰ったじゃん、似合ってるからもっと自信持って行こうよー」

私のものと同じハートのキーホルダーを、ランドセルの隣で揺らしながら、ふわりが言ってくる。

「そんな自信ない……」

「そんなだからいつまで経っても治らないんだよ~その性格~」

私は昔から人と話すことに対して、強い苦手意識を持っていた。

治したい気持ちはあるんだけど、どうも人を前にすると、変に緊張しちゃって……。

「ムリだよ……」

私はその時、少し俯いていた。

そのことに遅れて気づいた私は、また彼女に心配をかけてしまったと、後悔した。

「ムリとか言わないのっ」

そんな私に、ふわりがそう声をかけてくれる。

「立派なもん持ってんだからさ、もっと見せていかなきゃー!! 」

「ちょっ?! 胸を揉むな! 」

唐突に私の胸を鷲掴みにしてくるふわり。

「ふわぁっ?! 」

変な声が出てしまう。

その声がふわりに聞こえてしまったと思うと、私は凄く恥ずかしくなった。

「まだ小学生の割には大きすぎると思うんだよね~」

「は、恥ずかしいからやめんかっ?! 」

大きさ、形を確認するように揉み回すふわりに、私はそう叫ぶ。

「顔赤くなって可愛いな~きまっち~」

「ふわりのせいでしょっ……ちょっとやめっ……!! 」

周りの男子が羨ましそうな顔をして見てきていることに気づき、とたんに恥ずかしくなる。

「ふわりっ、皆が見てるよぉ~……!! 」

「そんなこと関係ないよ~」

そんな私たちのところに、二人の女の子がこちらに寄ってきた。

「朝から楽しそうやな~……ワシもまぜてくれんか~」

二人のうちの一人がそう発する。

"久里夢 そふと"という、私のクラスメイトだ。

「あ~ゆるりちゃんとそふとちゃん、おはよ~」

そふとの声に反応すると、ふわりは私の束縛を解除してくれる。

二人が来てくれたことにより自由の身になれた私は、呼吸を整える。

「あんまりきままを困らせるのはやめてあげなよ……」

男の子のような短い髪の毛を、綺麗な青色に輝かせながら、彼女がそう言ってくれる。

"瑠璃 ゆるり"という、もう一人のクラスメイトである。

みんなよりも高い身長を持ち、誰にでも優しく、仲間意識が強い彼女は、クラスからの人気者。

私も、そんな彼女に対して憧れを抱いていた。

「ははは、おじさんは君たちがそうイチャイチャしてる姿を見るのが大好きですぞ~!! 」

ピンク色が目立った、長いツインテールを振り回しながら、そふとが言う。

私といい勝負くらいの低身長である彼女がいるおかげで、他の二人が高い分、私が目立たずにいられたり。

「だからワシのことなんか気にせず、もっとイチャイチャしてくださいな~」

「相変わらず気持ち悪い奴だな」

ゆるりが、そふとに対しての直球な意見を漏らす。

「私も、そう思う……」

「私達をそういう目で見てたなんて……最低!! 」

「えぇ……なんで……」

それに私とふわりが便乗して、途端に弱々しくなるそふと。

「ゆるりん……お前だけは味方でいてくれるって約束したじゃないか!! 」

そう叫んでゆるりに抱きつくそふと。

「あ、おい?! 」

「私とゆるりんは、友達以上に繋がった特別な仲だろー?! 」

「分かったから離せ!気持ち悪いなぁ……!! 」

抱きつくそふとを手で引き剥がそうとしながら、そう叫ぶゆるり。

嫌がりながらも喜んでいるように私には見えたが、本人には言わないでおく。

「はぁ~……」

そんな光景を見ながら、隣にいたふわりが溜息をつく。

「どうした? 溜息なんかついて」

「皆五年生になっても、昔と何も変わらないな、と思ってね」

「あぁ、そっか……」

「今年こそは、きままのその性格もどうにかしてやらないとな」

そふとを無事引き剥がしたゆるりが、私にそう言ってくる。

「きままが一番不安なんだから」

彼女は至って真面目な顔を作りながらそう言った。

「あ、うん……」

そんな彼女の表情を見て、つい私は恥ずかしくなって俯いてしまう。

「あーきまま照れてるー可愛いー」

「うるさいっ!! 」

俯いた私をニヤニヤ見つめてくるふわりにそう叫ぶ私。

ゆるりはたまに急に格好良くなるから、こっちは反応に困ってしまう。

「ゆるりん……お前一体いくらの女の子を堕とせば気が済むんだ……」

「堕とすって……私は男じゃないんだぞ? 」

「ゆるりちゃん格好いい~!! 」

「私は女だあああ!! 」

「ハハハ……」

そんな三人の親友の姿を見つめながら、私は笑う。

「……今日、クラス替え、どうなるかな」

そんな中、私は恐る恐る、心の中でずっと心配事だったことを言う。

「あぁ……そっか、今日クラス替えだったっけ~……」

ふわりが思い出したようにそう言うと、不安な表情を作る。

「大丈夫大丈夫、四年間ずっと同じクラスだったし、今年も一緒にしてくれるでしょ~」

そふとが適当な口調で、そう言い放つ。

「まぁ、気にしてもしょうがないかな……。違うクラスになっちゃっても会えなくなる訳じゃないし」

ゆるりがそう言ってくれる。

「……」

二人がそう言う中、ふわりが謎の沈黙を作っていた。

私は、そんなふわりに声をかける。

「ふわり? どうし……」

「きまっちと離れ離れになるのいやだああああああ!! 」

「ふっ、ふわり?! 」

「ずっと一緒なのおおおおおお!! 」

そう言ってまた私にしがみついてくるふわり。

「クラス替え……実はふわりが一番不安だったっぽいな」

ゆるりが笑いながらそう言う。

「私もゆるりんと離れたら辛いなぁ……なーんて」

「何がなーんてだ」

そう言ってそふとを軽く叩くゆるり。

「あぁん! 」

「さて、そんなこと言ってる間に着いちゃったぞ」

叩かれて変な声を出すそふとをスルーしながら、ゆるりはそう言う。

「あ……」

学校。家から歩いて十五分くらいにそびえ立つ、私たちの学びの庭。

一人で歩くと少し遠く感じるこの距離も、なんだか短く感じる。

彼女たちと暮らすようになってから、もう五年間。

目の前の学校を見ながら、私は改めてそれを実感していた。

「ついでに言っておくとだな、きまま」

「……え? 」

ゆるりに唐突にそう話しかけられ、私はちょっと驚く。

「離れ離れになっても、私たちは変わらない友達だ。例え一人になっても、それは変わらないよ」

ゆるりはそう言うと、笑顔を作って見せてくる。

「はぁ~かっこええなぁ~……これは世の女の子も虜ですわ」

「うるさい」



私たちは、変わらない。良い意味でも悪い意味でも。

それで良いのか悪いのかは、私には分からないけど。

彼女たちともし本当の意味で離れ離れになってしまったら、私や皆はどうなってしまうのだろうか。

「あ、あそこだね、うわぁ人いっぱいだぁ……」

私たちは、クラス分けの内容が展示されてるであろう場所を見つけた。

「見たくないよ~……」

嫌そうな顔をしてこちらを見てくるふわり。

「見ないと始まらんし……」

「人が減ってきたから見に行くぞお前ら~」

「あ、あぁ……」

そふとのその言葉に反応すると、その内容が見える位置まで移動する。



「あっ……」

私はその時、普段見せないようなニヤけっぷりをしていたと思う。



五年三組。私達のきままな一年が始まる。

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