第7話 契約ー二つの心、一つの体ー
「契約対象は、この人形じゃ」
クリスは持ち上げたカバンから、白いぬいぐるみを取り出すと、机の上にマーヤに向けて座らせる。
「(この子がマーヤ?兄妹とはいえ、ケニーとあんまり似てないな、赤毛だし…しかしこのままでいいんだろう、うにゃい!?)」
倒れないようにバランスを取りながらマーヤを見たぬいぐるみだったが、突然抱きかかえられた事で、思わず声を上げそうになった。
「かーわーいーいー!!え?これどうしたんですか!?うわーフワフワだーー!」
「(まって!心の準備が!そこダメー!)」
なんとか声を出すことは我慢したぬいぐるみだったが、身体中を触られる感覚が我慢出来ず、モゾモゾと動いてしまう。
マーヤはぬいぐるみを抱き抱え、頬ずりまでしていながら、その事に気がつくことはなかった。
「マーヤ、その辺にしておけ」
「!ったい!」
放っておけば何時までも続けそうなマーヤの頭を、クリスが持っていた杖で叩き、「魔化の儀は、やらんのか?」と呆れ半分に尋ねると、マーヤは首を振りながら「やります!」と答えたが、ぬいぐるみを離すことはなかった。
「(年端もいかない女の子に…もうどうにでもなれ…)」
ぬいぐるみは触られ過ぎて、若干顔が緩むほどに脱力していたが、幸いマーヤに抱き抱えられていたため、倒れたりすることはなかった。
「その性格は少し直した方がよさそうじゃの…では、魔化の儀を執り行うとしよう、わしは見届け人じゃて、全てマーヤがやることになるが…やり方は覚えておるな?」
「大丈夫です!こんなかわいい子、失敗なんかしませんよ!」
クリスは苦笑しながらも、マリーに目配せすることで警戒度を上げさせると、手でマーヤに儀式を始めるよう促した。
マーヤは、自身の悪魔契約書を開くと、先程新たに書き込まれたページで止め、契約に必要な言葉を発する。
「私の悪魔契約書、テリオン・クラーベに住んでる悪魔さーん、出ーてきーてくーださーい」
マーヤの言葉で、手に持っていた悪魔契約書から黒紫色の煙が立ち上り、その煙は捻れ曲がった角を持つ、人影に似た形になる。
風に揺れる様にユラユラとしていたそれは、マーヤの顔を覗き込む様にその姿を変え、頭に直接語りかける。
『俺を呼び出したのは君…だね!?
うん、やっぱり爺さんより、若い女の子の方がいいよね!正解、正解!』
影はその場にいる者全員の頭に語りかけたため、クリスだけは苦笑を浮かべていたが、影は続ける。
『で、俺に望むのはなんだい?代価と引き換えにだけど、望みを何でも叶えてあげるよ、力?金?若さ…はいらないか、なんでも言ってみて。』
影は手を広げる様に形を変え、気楽に語りかけると、マーヤは即座に応える。
「私と友達になって下さい!」
『分かっ……え?友達?』
影は困惑気味に聞き返すが、マーヤは影の顔に当たる部分を見ながら、満面の笑みで頷いた。
『…クリス、あんたどういう教育したのさ?俺達は、こっちじゃ邪悪な存在として認識されてんじゃないの?
流石に、俺らに求める願いが友達って…多分初なんじゃないか?
…少なくとも俺は聞いたことないぞ?』
クリスは目頭を押さえ首を振るだけで、何も話すことは無かったが、その様子を見た影は、
『契約条件は自由と聞いていたけど…友情の代価って何になるんだ…?』
影は暫く考え、ゆらりと揺れると、ヒソヒソとマーヤだけに語りかける。
『…代価だけど、まずは俺の身体を用意してくれ…あとは…友達ってのはお互い対等って事だと思うんだけど…基本俺の自由ってことでいいのかな?』
マーヤと影が、何か会話している様子を不審に思ったクリスが、何かを言いかけるが、遅かった。
「いいよー、体はこのぬいぐるみね」
『よし!契約完了っと…これからよろしくな』
影は契約が交わされたことを示し、ぬいぐるみに向かい手を伸ばしていく。
クリスはその光景を見ながら、ため息をついていた。
影はぬいぐるみに触れた所で、違和感を覚える。
『…んー?』
影が首をかしげる様に動くと、そのまま止まり、誰にも聞こえないように影は唱えた。
『(限定空間隔絶)…さてそこの人形、聞こえてるんだろ?時を止めてやったんだ、これで誰にも気づかれることはないぞ…お前はなんだ?』
「(俺か?てか、全員止まってるのか…)」
ぬいぐるみと影以外、室内に動くものはいないようだった。
その中で、影がぬいぐるみに問いかけるが、ぬいぐるみは答えない。
『おーい、無視すんな!バレてんだよ!?あんま時間止めてらんねーし、このまま消してもいいんだぞ!?』
影は、手にあたる部分から闇色の炎を出し、凄む様に問いかける。
顔が無いため表情は読めないが、かなり苛立っているのは、ぬいぐるみにも分かった。
「け…消されたくはないかな…」
ぬいぐるみは、右手を上げながら絞り出すように声を出す。
『やっぱりいやがったか、しかしクリスが見逃すとは思えないし…お前何者だよ?』
影が再度問いかける。
「元は人間だよ…多分…」
自信なくぬいぐるみが答えると、不機嫌そうに影が続ける。
『人間ねぇ…まぁなんでもいいや、とりあえずその体から出てけよ、邪魔だから』
影は、言い終わると同時に炎をぬいぐるみに向け投げつける。
「わっ!……ん?」
当たった筈の炎は、燃え上がることなく消えてしまい、ぬいぐるみが燃えることはなかった。
影は、自分の炎がまるで効かなかったことに衝撃を受け、後ずさるように揺らめく。
『あり得ない…俺の炎が消されるなんて……お前、何したんだよ!?』
「いや…何もしてないけど…」
ぬいぐるみは何もしていない、素材に使われた白狐の毛皮が、かなり炎耐性が高いものの為、無効化されただけだった。
『固有能力?……いや、その口振りは違うな…その体に秘密があるのか…誰が作った!?』
影は自分の力が通じなかったことで、先程までより慎重になったようで、恐る恐る問いかける。
「…えー…たしか、イシュトって子供だよ、自分を神だとか言ってた胡散臭い奴…」
『イシュト?…イシュトアマルのことか!?まじかよ…』
イシュトの名前を聞いた影は、うな垂れるように動く。
「イシュトを知ってるの?」
『知ってるよ…あのクソガキの人形とは…まじかよ…』
影が震えるように動き、若干薄くなる。
『イシュトアマルのじゃ、俺の体にはできないな…手出したら奴の親父に何されるか分かったもんじゃねーよ…』
影は諦めたように呟くと、ぬいぐるみに話しかける。
『聞いていたら分かると思うが、俺とマーヤとかいう小娘は、既に契約しちまったんだよ…その体を代価にな…
だからその体を貰わないと、俺はあの小娘を殺さないといけなくなっちまう…
しかしだ、俺は女の子には手を出したくない、そこで相談なんだが…』
影は、ぬいぐるみに少し近づく様に動く。
『…一度憑依させて貰えないかな?それで一応は大丈夫…だと思うんだよ。』
「いやだよ、ただでさえこんな体で面倒なのに、悪魔を取り付かせるなんて…」
影はゆらゆらと揺れながら、話を続ける。
『おいおい、悪魔ったって人間が勝手に言ってるだけで、イシュトアマルみたいな神と同じ精神生命体なんだぜ?
それに…今まで喋りも動きもしなかったのは、何か理由があるんだろ?
俺を憑依させてくれれば、自由に動けるし喋れるぞ?』
ぬいぐるみはうーんと唸り考え込む。
『…俺の新しい体が見つかるまででいいし、絶対迷惑かけないから、頼むよ…な?』
「…本当だろうな?」
ぬいぐるみが聞き返すと、影は更に近づき耳打ちする様に話す。
『本当だって!それに、自慢じゃないが…俺はかなり上位の存在なのさ、新しい体が見つかるまでなら、俺の力も好きに使ってもらって構わない、な?いい条件だと思わないか?』
「…わかった、わかったよ…その代わり…」
ぬいぐるみは押し切られる形にはなったが、影に了承の意思を伝えると、今後どうするかを少しだけ話し合い、幾つかの決め事をした。
1.ぬいぐるみに迷惑をかけないこと
2.影の知ってる情報はその都度教えること
3.新しい体を見つけたら、すぐに移動する事
『…ということでいいかな?』
「そうだね、オレはそれでいいよ…でも、こんな条件でいいのか?」
『問題無いさ、俺としてはこっちの世界に生きれることが重要だしね…
て、ことでこれから宜しくな!えー…そういえば自己紹介がまだだったね…俺はサタ…いや、サティだ、お前は?』
「えー…ごめん、名前は覚えて無いんだ…」
そう言いながら、ぬいぐるみは頭を掻く。
『そっか…でも、名前無いんじゃ呼ぶのも不便だな…そうだ!あの小娘と契約する序でに、なんか名前を付けて貰おうか?…そう、それがいいね!』
影改めサティはそう言うと、止めていた時間を戻すため、元の位置に戻り、ぬいぐるみにも戻るよう促した。
『じゃ、能力を解除するから、元の位置に戻ってね、いくよー3…2…1…』
「ちょ、ま、待って…」
「…あれ?どうかした?」
影が首をかしげるように動いたことを見て、マーヤは疑問の声を上げる。
『いや気のせいだったよ、それよりも現世ではなんて名乗ればいい?流石に真名を語るわけにもいかないからさ…』
マーヤは、ぬいぐるみと影を交互に見比べ、少し考えた後こう告げた。
「白いぬいぐるみと悪魔だから……シロ、マ?うん、シロマがいいよ。」
『シロマか…じゃあ今後は、その名前を名乗らせて貰うね。宜しく、マーヤ』
そう言うと影は、ぬいぐるみに吸い込まれるように消えていった。
『(よし、もう動いて大丈夫だよ、君は今日からシロマだってさ、後は宜しく、なんか用があったら呼んでね〜)』
サティは、ぬいぐるみ改めシロマにだけ話しかける。
「これで契約完了なのかな?特に変化は無さそうだけど…」
マーヤは不安げに自分の体を見るが、特に変わった点はなかったようで少し落胆しているようだった。
「あ、あのー…そろそろ離して貰えません…か?」
マーヤに抱えられたままのシロマが、恐る恐る声を上げるが、その願いは叶わなかった。
「おー!喋れるようになると、益々かわいいねー!!でも離さないよ?だって気持ちいいもん!」
マーヤは言いながら、シロマを抱く手に力を込め、頬擦りをする。
「にゅや!くすぐったいからやめ…やめろ!」
シロマは手足をばたつかせ逃れようとするが、無駄な抵抗だった。
その様子を見て、クリスは再びため息を吐きながらマリーに指示を出す。
「はぁ…マリーよ、サリーと共に適当な所で戻るが良い、永く留めてすまんかったの」
「問題ありません、マイマスター。ではサリーにも伝え、戻らせていただきます。」
マリーは出していた剣を元のサイズに戻し、警戒を解いた。
「うむ…マーヤよ、これからはお前も魔人形使役者じゃ。
精進を続け、わしの弟子として恥ずかしく無いように…って、聞いとるのか!?」
シロマが暴れるのを抑えていたマーヤは、まるで聞いていなかったようで、クリスが「もう良い」と漏らすと、それは聞こえていたらしい。
「師匠、じゃあこの子と散歩してきてもいいですか?」
マーヤの言葉にクリスは相手をするのを諦めたように、手で追い払うような仕草を行い、いつの間にか部屋の隅まで動いていたケニーにも、講義終了の旨を伝える。
「良い良い…好きにしろ…ケニーももう帰って良いぞ…」
既に聞いていないマーヤは、シロマと共に階段を下りていくところだった。
やっと主人公の名前出せました。
見切り発車で書き始めるからこうなるんですね…
次回は町紹介予定です。少し短くなるかも?