第33話 別話ー周りの人達4ー
野営地には動揺が広がっていた…
連続して起きる強い地揺れに、いくつかの天幕は崩れ、周辺警戒にあたっていた探検者達は地面に尻をついて震える者までいた。
「うわー!」「おい!これはなんだ!?」「助けてくれー!」「あわわ…」
多くの天幕から着の身着のまま転がり出る者も出てきた、まだまだ駆け出しと呼ばれるレベルの探検者の彼等にとって、体験したことのない断続的に続く地揺れに、かなりの混乱が広がっていた野営地に、良く通る少女の声が響く。
「戦闘準備ー!!戦闘準備ー!!」
白銀の鎧に身を包んだバレーリアが、叫ぶように指示を飛ばしながら、足を止めることなく野営地内を駆け抜ける。
「じゅ…準備っすー!!」
逆側には、ダボっとしたローブの男、パルパが同じように声を張り上げながら駆けていく。
バレーリア達の声が届いたら所から、混乱は少しづつおさまっていく。
「…おい、いつまで転がってやがる!」「しゅ、集合!」「おい!遅れんな!」…
各部隊のリーダーは、流石というべきか、他のメンバーよりも早く立ち直り、其々指示を飛ばし始め、次々に準備を整えて隊列を組み始める。
中央の天幕から完全武装のディカールが出てきたのは、まだ完全に落ち着きを取り戻したわけではないが、多くの者が鎧をつけたり武器をつけたりし始め、ゆっくりとだが着実に落ち着きを取り戻してきた頃だった。
「ふむ…思ったより早いな…」
「ふん、こんなの運動にもならないわよ。とりあえずは全員に伝わったと思うけど、これからどうすんの?」
「はひぃ…疲れたっす…こっちも問題なさそうっすよ。」
ちょうど戻ってきたバレーリアとパルパと合流したディカールは、背中に背負っていた戦斧を抜くと、頭上に掲げて声を出す。
「全員!!注目!!」
声を張り上げながら、戦斧に魔力を注ぎ込むと、白く光る魔力の刃が両側から現れ、その強い光に野営地の中心が照らしだされた。
「休みは終わりだ!!周辺警戒のレベルを引きあげろ!!」
戦斧にさらに多くの魔力を注ぎ込むと、照らされる光は更に明るくなる。
「死にたくなければもたもたするな!!」
その声を聞き、光を見た全員が、ガシャガシャと音を立てながら忙しなく動き始める。
「起きんぞお前ら!!」「状況開始!」「もたもたすんな!」「灯増やせ!」…
静かだった野営地は、僅かに残った混乱を内包しながら、気合いのこもった喧騒が広がっていく。
………
「おいおい…どうなってんだよ…」
少し離れた森の奥から、その様子を見ていた男が呟く。
「何なんだこの状況…俺が出た後何が…っと!」
ベディアルのところから戻ってきていたグインは、森の木々が作る闇の下から、野営地の様子を見ながら困惑の声を上げていると、突然矢を射掛けられた。
咄嗟に矢を払い落とし、飛んできた方向に弓を構えると、哨戒をしていた森狼者のメンバーが叫ぶ。
「何者だ!!」
「敵か!?」
「分かんねぇ!!」
「おい!お前ら!つがえろ!!」
全員が同じ様な迷彩柄をした、大きめの外套を纏う森狼者のメンバー達が次々と集まり、弓を構えてゆく。
キリキリと引きしぼり、目配せ等の合図もなしに、まるで1つの意思で動いているかのように、グインに向かって一斉に放つ。
シュパ!っと揃った射出音で放たれた矢は、目標に向かって一直線に飛んで…
…その全てが空中で弾かれ、地面に落ちた。
「な…」
「嘘だろ…」
「え…」
何が起きたのか理解できなかったように、口々に驚きや不安を口にする森狼者の面々だったが、これが昼間なら気がついていただろう。
落ちた矢のすぐ近くには、グインの放った同じ本数の矢が落ちていた。
彼等が矢を放った直後、グインもまた同じ様に矢を放っていた、ただしその速度は彼等よりも数倍速かった。
「おい!撃つなって!敵じゃねぇよ!」
「…は?敵じゃないなら、こんなところでな、何をしているんだ!?」
街から遠く離れた迷宮の近くで、しかも夜間に彷徨く人間がいるとしたら、それはろくな人間ではないだろう。
当然と言えば当然の問いだったが、彼等は既に腰が引けていた。
「味方だっての!白銀組のグインだ!確認してくれ!」
「…は?」
「おい!誰か白銀の天幕に確認に行け!
おっと、確認出来るまでう、動くなよ!!」
真偽の程が分からない相手を信じることも出来ず、天幕に走った1人を除いて、彼等は戸惑いながらも再び矢をつがえ構える。
「分かったよ!動かねえから撃つな!!」
流石に撃っても無駄だからとは言わなかったが、おそらく彼らが何度撃ったところで、先程と同じ様にグインに撃ち落とされてしまい、矢が無駄になるだけだっただろう。
弓を片手で掲げたグインは、それをヒラヒラと振って見せながら、心の中で思っていた…
「(メンドくさいことになってるな…)」
………
天幕に確認に行った1人が、その後ろに先ほどまで野営地を駆けていたパルパを伴って帰ってきた。
走って少し息を乱したパルパが、篝火の近くまでやってきて、森狼者の団員達に問いかける。
「ちょ…本当に…グーさんなんすか?」
『面識ない俺らが知るわけないでしょ!?とにかく、早く確認して下さいよ!!』
「わ、分かったっすよ…えーと…」
苛立つ森狼者のメンバー達は、現れた小柄な仮面の少年に対して、何故かピタリと揃った声で、命令にも聞こえるお願いをする。
パルパもその迫力と言うより、威圧感に気圧されて、暗い森の方に目を凝らしていく。
「あ!グーさんじゃないっすかー!何してたんすかー!!」
イマイチ緊迫感に欠けるパルパが、暗闇の中に見知った顔を見つけて、そのまま駆け寄って行く。
「この馬鹿…いいか?前にも言ったが、少しは疑え、偽物だったらどうするつもりだって話だ。」
即座に駆け寄ってきたパルパに対して、グインは溜息をつきながらデコを弾く。
「いたっ!やめてっすよー…って、そんな話はいいんすよ!
大変なんすから、早く戻るっす!」
パルパに腕を引かれたグインは、唖然とする森狼者の面々を置き去りに、白銀組の天幕に連れて行かれた。
「何だったんだよ…」
「俺が知りたいよ…」
残された彼等は、引き絞っていた弓をゆっくりと戻すと、白銀組の天幕方向をぼんやりと眺めながら、暫く呆然としていたが、やがて誰からとも無く警戒任務に戻って行った。
………
「リーダー!グーさんいたっす!」
天幕に飛び込んだパルパが大声を出すと、立ったまま目を閉じていたディカールが、ゆっくりと目を開ける。
「何をしていた?」
「ま、色々とな…それよりこれはどういうことなんだ?」
パルパの手を自然に払い、帽子をズラしながら逆に問いかけるグイン。
「先ほどの揺れだよ。」
ベディアルの館にいたグインは、幸か不幸か揺れを感じていない。
…が、先程の様子と、ディカールの様子から、かなりの揺れだったのだと判断したが、それでも本物の危機感は生まれなかった。
ベディアルとの事が響いていたのだろうが、たかが地揺れ程度と、楽観視してしまう失策。
その言葉は軽くなり、ディカールとの間に溝が生まれる。
「たかだか揺れくらいでか?それで、最警戒はやり過ぎだろう?」
努めていつも通りな口調で、語りかけるグイン。
その様子に何かを感じ取ったディカールが、戦斧を持ち上げて、グインに突きつけながら問い詰める。
「何を隠している?」
「…いや、別にな…!」
ディカールがノーモーションで戦斧を突くが、グインは体を捻って間一髪の所でそれを避けた。
「もう一度だけ聞く、何を隠している?」
ガチャリと鎧を鳴らしながら、戦斧に魔力を注ぎ込むと、いつでも振り下ろせるように肩口に乗せるディカール。
グインは、光る刃に照らされた天幕内で、冷や汗をかきながら口を開いた。
「な…すまん、今はまだ言えない…時が来たら話すよ…」
その様子を、呆気にとられたパルパが見守る中、数秒考えたディカールは、魔力の供給を止めて戦斧を肩から下ろす。
「お…」
ディカールが何かを喋ろうとしたその時だった…
ギャキキキキキキキキキキキ!!!!!
凄まじく不快な音が、野営地周辺に鳴り響く。
その音を聞いた全員が、顔を背けたり、耳を抑えたりしながら、顔をしかめた。
数秒の後、いつの間にか音は鳴り止み、周りにいたであろう探検者達から上がる、ザワザワとした困惑の声が天幕内にも聞こえてきていたが、ディカール等の顔にも一様に困惑の色が浮かんでいた。
そして、ディカールは小さくグインに問いかける。
「…グイン、これでも言えないのか…?」
グインは答えない。
帽子を、顔を隠すように目深に被り、小刻みに震える手を気付かれないように、必死で力を込めていた。
「大変よ!」
白銀の鎧に身を包んだ少女、バレーリアが天幕に入ってきたのは、そんな時だった。
「さっきの音、迷宮から…よ?…って、グイン、戻っていたの?
てか、どうしたの?」
僅かの戸惑いを見せたバレーリアが問いかけるが、表情を消したディカールは、その問いに答える事なく天幕から出て行こうとしていた。
「気にするな…行くぞ…」
「え?なに、どういう…グイン、あなた何かしたの?」
状況を把握しきれないバレーリアが、天幕の入り口とグインを交互に見ながら続けるが、グインもまた、その問いに答えることはなく。目深に被った帽子のつばに、その顔を隠したまま外に出て行ってしまう。
「……はぁ!?なんなのあいつら!
…って待ちなさいよバカパルパ!!」
無視されたことに憤りを感じたバレーリアが、天幕内に唯一残っていたパルパが、コソコソと逃げ始めていたのを見逃すはずもなく。
素早く後ろに回り込むと、パルパの襟首を掴んで捕らえる。
「ふひ!」
「逃げてんじゃないわよ…説明なさい。」
変な声を上げるパルパを、そのまま柱に押しつけ、仮面の上から顔を掴む。
「い、痛いっす!それはやめるっすよー!は、離すっすよー!」
痛みでバタバタと暴れるパルパだったが、その顔を掴んだ手が外れることはなく、バレーリアが少女とは思えない力で締め上げていく。
その力に耐えられなかった仮面は、ピキピキと悲鳴をあげはじめ、それに気がついたパルパもまた悲鳴をあげた。
「ひやー!割れるっす!割れるっすよー!言うっすから!言うっすからー!!」
パルパが泣きそうな声で、グインが戻ってきてからの事をバレーリアに説明し始める。
その様子は、まるでじゃれ合う姉弟のようだった。
次が一区切りになると思います。
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