第32話 別話ー周りの人達3ー
すみません、時間空いちゃいました。
「さぁ、どっちに賭ける?」
水晶球から視線を外して振り向いたベディアルが、嬉しそうにグインに問いかける。
「いや、お…!!」
グインは言い切る事が出来なかった、無意識に瞬きをした一瞬の間に、彼の首筋にベティアルの湾曲刀がピタリと寄せられていたからだ。
「…んん〜?うっかり手が滑るところだったぞ〜?」
ベティアルはニヤニヤと笑いながら、グインの首筋に当てた湾曲刀を遊ばせる。
クネクネと動かされる度、グインの首に鈍く光る刀身が当てられ、鋭い刃先が薄皮を切っていく。
引き攣るグインが痛みを感じているかは不明だが、薄っすらと首筋には血が滲み出していた。
「もしかして聞こえなかったか?バルバンドロと侵入者、何方に賭けるかと聞いたんだ。
聞こえないような耳なら…いらねぇよな?」
目を見開いたベティアルが、グインの尖った耳に顔を寄せ低い声で喋りかけていたが、言い切ると同時に首元に当てていた湾曲刀を、グインの顔の横で振り上げる。
グインの耳元で金属の風を切る音が鳴る、そして直後に感じたのは、顔の左側に焼けた鉄を押し付けられたような熱さだった。
慌てて左耳のあった場所を手で押さえるが、そこにあるはずの耳の感触はなく、指の間から流れ出た血がぼたぼたと肩を濡らし、肘へと流れた血は深紅のカーペットに染み込んでいった。
「あー……」
切り飛ばしたグインの耳を、ベディアルは空中で掴むと、そこから滴る血を口で受ける。
何度か味わう様に口を動かしていたが、唾と一緒に吐き出してしまう。
「ぺっ……やっぱり森人が混じってると、餌としちゃ味が落ちるよな〜」
痛みに目を白黒させているグインの様子と、微妙に不味い血の味に、先程までの興奮状態から醒めたベディアルが、湾曲刀に僅かに付いた血を、勢い良く振ることで吹き飛ばし背中に戻す。
持っていたグインの左耳を邪魔そうにアドミに向かって軽く投げる。
「ちっ…おいアドミ、どうにかしろ。」
「は、畏まりました。」
投げられた耳を受け取ったアドミがグインに近寄ると、切断された左耳を見せながら小さな声で囁く。
「この切り口でしたら、まだ繋がります。
手当をしますので動かないでくださいませ。」
小さく何度も頷くグインは、目を閉じて動きを止める。
その様子を確認したアドミが切断された耳に向かい、小さく「修復」と唱えると、薄っすらと光を帯びた耳を、グインの傷口に静かに押し付けた。
耳が触れた瞬間「ぐっ…」と小さく呻いたグインだったが、耳はほんの一瞬で薄っすらと赤い線を残して綺麗にくっついた。
「ふむ、このままでもおそらく大丈夫かと思いますが、本職の医術師に適切な治療してもらうことをお勧め致します。」
アドミはにこりと微笑み腰を折ると、ゆっくりと下がった。
痛みが消えた耳に、恐る恐る手を伸ばしたグインは、謝意を伝えようと口を開いた。
「…あり…」
「るっせーぞ!んなこたーどーでもいんだよ!
くそ…白けちまった…アドミ、どうなった?どーせまだ遊んでんだろ?」
グインの言葉を遮り、ソファに座ったベディアルがアドミに声を掛ける。
「は、お待ちくだ…ベディ…アル様、決したようで…御座います。」
素早く水晶球を覗き込んだアドミは、見えた光景に驚きを隠せず、言葉が途切れ途切れになってしまう。
「はぁ〜?この短時間でか?…ったくバルバンドロの野郎は手加減とかそう言う小細工が出来ねえからな。
何者なのか確認しときたかったが…骨くらいは残ってるんだろうな?」
不機嫌そうなベディアルに、アドミは言い淀みつつ返答する。
「いえ…勝ったのはバルバンドロ様でなく…侵入者で御座います…」
「はぁ〜!?」
驚きのあまり、バネ仕掛けの人形の様に立ち上がったベディアルは、水晶球をひったくる様にアドミから取り上げると、中を食い入る様に覗き込む。
「…おい、バルバンドロの姿が見えないが…まさか逃げたのか?」
水晶球には通路に浮かぶ、白い何者かしか映っていないように見えた。
その問いに、アドミが言いづらそうに答える。
「侵入者の左手を…おそらくですが、バルバンドロ様の角ではないかと…」
アドミの言葉に、ベディアルから殺気に似た空気が発せられ、部屋の空気が一変する。
グインは息をするのも忘れたように静かになり、小さく悲鳴の様な息を吐いてしまい、アドミでさえも言い終わった後は顔を伏せ、そのまま上げることができないでいた。
そして、ベディアルが水晶球をくるりと回して覗き込み…
「…ふざけやがって!!」
壁に向かって投げつけた。
水晶球は、見事なまでに粉々に砕け散り、破片が雨のように室内に降り注ぐ。
「グギァーー!!戦闘狂がなにしてやがる!!何してやがんだクソが!!クソがーー!!!」
水晶の破片が降り注ぐ中、ベディアルの咆哮にも似た叫びが響く。
「ウギギャーーーー!!」
苛立ちをぶつける様に、叫びながら室内の調度品を手当たり次第に破壊しながら叫ぶ様は、悪鬼羅刹の様であり、誰も止めることができなかった。
「…はぁ…はぁ…はぁ…」
濛々と立ち込める埃の中、暴れ疲れたベディアルが、肩で息をしながら止まるまで、ほんの数秒か数十秒であったが、室内は局地的な嵐が通り過ぎた様にグチャグチャになり、元の状態が分からない程になってしまった。
そんな中で、グインとアドミが無傷だったのは運が良かっただけでは無い。
グインに向かって飛び散る破片を、アドミが全てたたき落としていたためで、グインだけなら飛び交う破片でズタボロになっていただろう。
「はぁ…ふざけ…やがって…はぁ…アドミ!モディフに繋げ!!」
暴れることでほんの少し冷静になったベディアルが命令するが、言いにくそうにアドミが答える。
「…申し訳御座いませんが、通信機が壊れてしまっておりますので、私が伝聞役として…」
アドミが言い終わる前に、ベディアルが自身の前髪をぐしゃりと握りながら、吐き捨てるように口を開いた。
「クソ…向こうへ行くぞ、直ぐにだ!」
「は。直ちに。」
そのまま部屋を出て行くベディアル達の背を、グインは呆然と見るしか出来ず、一人グチャグチャになった室内に取り残された。
暫く呆然としていたが、開け放たれた扉から、「ガチャ!」と大きな扉が開く音が聞こえ、はっと意識を取り戻す。
「え?」
扉に近づくと、「バタン!」と閉まる音が聞こえて慌てて廊下に出るが、既に気配すら感じることができず、そのまま壁にもたれかかる様に力が抜けていき、床にヘタリ込んでぼやく。
「まじかよ…何が起きてるんだよ。」
しかし、何かを思い出した様にはね起きる。
「クソ…俺も戻らないと…」
グインも廊下を歩き出し、建物の入り口になっている大きな扉から出て行った。
あと2話で本編に戻る予定です。