第30話 別話ー周りの人達1ー
遅くなりました。
今回の話は、迷宮突入時に遡っています。
シロマ以外が何してたとか…そんな話を少し書きたいと思いまして…
シロマを迷宮に誘い込んだハーフエルフのことを覚えているだろうか?
時間にして数十分ほど前、シロマが人喰砦に入った直後に話は遡る。
シロマを誘導した後、グインは鬱蒼とした森の中を、何度も周りを確認するように見回しながら、急ぎ足ながらも静かに進んでいった。
そんな彼が向かったのは、迷宮近くの広場に構えた探索拠点ではなく、暗い森の奥に生える一本の巨木の前だった。
立ち止まったグインが周囲を素早く確認すると、スッと木に溶け込むように入っていく。
巨木は、どこか別の場所に繋がっていたようで、先ほどまでいた鬱蒼とした森ではなく、広い玄関ホールのような場所であった。
「お待ちしておりました、グイン様でいらっしゃいますね?」
そこには執事服を身につけた初老の男が立っていた。
男は整えられた口髭をひと撫でし、グインに問いかける。
「そうだ。」
グインが応えると、男は微笑みながら腰を折る。
「お待ちしておりました。館の管理を任されております、アドミと申します。
本日は主人の…」
「挨拶はいい、奴は?もう来てるんだろ?」
アドミの言葉を、急かすように遮ったグインに対して、腰を折った姿勢で顔だけを上げたアドミは、嫌な顔一つする事なく応える。
「はい。奥でお待ちです。どうぞこちらへ。」
アドミはグインを連れて、大理石でできた廊下を進む…廊下には多くの絵画や調度品が置かれていたが、2人が気にする様子は無く、カツカツと床を踏む音だけが響き渡る。
やがて最奥にたどり着いたグインの目に映ったのは、全面に金細工が施され、見るからに豪華な作りをしている…はっきり言って趣味の悪い扉だった。
アドミは2度ノックすると、ゆっくりと扉を開き、グインを部屋の中へと促した。
「こちらでございます。どうぞ中へ…」
グインが通された部屋は、廊下や扉とは趣ががらりと変わっていた、燭台の蝋燭が薄暗く照らす室内には、黒を基調とした家具が並び、中央に大きな黒檀の机が置いてあり、奥に1人の男が座っていた。
「遅かったじゃねぇかよ?え?」
黒檀の机に足を上げた体勢で待っていたのは、頭に血液が乾いたような色をしたねじれた角を生やす痩身鬼で、黒い革の上着を羽織り、火のついた葉巻を咥えていた。
「途中で変な奴に会ってな…そのせいで遅れ…た!?」
「ざけんな!!てめ、つけられてんじゃねーだろーな!?」
男はグインの首筋に、右手に持った湾曲刀と呼ばれる特殊な両刃刀を押し当て、いつの間にか閉められていた扉に押し付ける。
その動きはグインに見えず、扉に押し付けられる様に固定されて、初めて自分の置かれている状況に気がついた。
「…え?ひっ!だ…大丈夫…つけられちゃい…がっ!!」
「なんでそう言い切れるんだ?え?おい!?」
男は、左手にも湾曲刀を握り、その切っ先をグインの口の中、舌に乗る様に突っ込むと、咥えていた葉巻を床に吐き出し、扉の外に指示を出す。
「アドミ!周囲の確認だ!早くしろ!」
男が叫ぶと、扉の向こうから声が返ってくる。
「畏まりました。お待ち下さい。」
声とともに気配が遠のくが、先程のような歩く音が聞こえることはなかった。
「もしつけられてやがったら、即刻殺す…切り刻んでやる…」
口に湾曲刀を突っ込まれているグインは、喋ることができないまま、冷や汗とともにどんどん顔から血の気が引いていく。
ハーフとはいえ、グインはエルフであり、元々白い肌をしていたが、血の気が引き青白さすら出てきた頃、扉の外から声がかけられる。
「ベディアル様。周囲を確認してまいりました。
こちらに近づく者、こちらを窺う者、共に居ないことを報告させていただきます。」
ベディアルと呼ばれた男は、グインの口と首元から湾曲刀を外すと、ボヤきながら一歩下がる。
「ちっ…折角血が見れると思ったのに…よ。」
そのまま元いた場所に戻るべく、振り向いて歩きながら、湾曲刀をジャグリングをする様にクルクルと放り投げていたが、ソファに座る直前、左右の壁に向かって両方とも投げた。
ズズン!!
湾曲刀は、鈍い音を立てて壁に根元まで突き刺さった。その音に合わせるようにソファにどかりと座ったベディアルは、新しい葉巻を取り出して火をつけると、足を机に上げて口を開いた。
「おら、いつまで扉の前に突っ立ってんだ?喋り辛いだろうが、さっさと座れ。」
違和感の残る首を、傷が無いか確かめる様に撫でていたグインは、ボソリと呟きながら男の対面に座る。
「俺がつけられるようなヘマするわけねぇだろ…」
「あ?なんか言ったか?」
「な、いや、別に…」
「ふん、で?さっさと報告しろ。」
グインのボヤキが聞こえたのか聞こえなかったのか、ベディアルは無視するように命令する。
グインが座ろうと動き始めたときには、いつの間にか室内に入っていたアドミが、無駄のない動きで銀のティーセットを準備し、ベディアルの背後に立っていた。
グインは、冷や汗を袖口で拭うと、話し始める。
「大した進展は無いよ、組合が把握してるのは、あんたら痩身鬼が周辺に現れたらしいって…あくまでうわさ程度の情報しか持ってないみたいだしね…
だからなのか、街の守護についてもいつも通りだし、襲撃を警戒してる様子はどこにも見て取れないよ。
今回の迷宮調査も上位のチームは参加していない、いつもの定期調査の延長みたいなものだし…」
話の途中で、グインはカップを持ち上げ口を付ける。
「おいおい、俺がいつが人族の戦力を調べろっつったよ?
お前ら如きがいくら集まろうが、俺らに敵うわけがねーんだよ!食い物が調子に乗ってんじゃねーぞ!?」
ソファの背もたれをドンと殴り、ベディアルが恫喝する。
音に驚いたのか、ビクリと身体をこわばらせたグインは、カップを皿に戻し口を開いた。
「わ、分かってるよ、一応の報告と思っただけだろ?
アレのことは、ちゃんと調べてあるから焦んなって…ほらよ。」
グインは、胸元から筒状の紙を取り出した。
ベディアルが指で指示を出すと、背後のアドミが動く。
アドミはグインの横まで進むと、筒を受け取って戻り、ベディアルに手渡した。
訝しみながらも筒を開いたベディアルは、中身に目を通し、驚きの声を上げた。
「ほぅ…ったく、これを先に出せっての。」
「けっこう苦労したんだぜ?」
ベディアルの反応に、胸を撫で下ろしたグインは、再びカップを持ち上げ一気に中身を飲み干す。
「それで…その…少し頼みたいことがあるんだが…」
食い入るように紙を見ていたベディアルに、グインが恐る恐る話しかける。
「あ?まぁいい、聞くだけ聞いてやるよ、言ってみろ。」
幾分か上機嫌になったベディアルに、グインは慎重に言葉を選びながら話す。
「頼みってのは、俺の仲間のことなんだ、今回の調査に同行していたんだが、その内の1人が先行調査に出て捕まってしまったみたいでな…
できることなら助けてやりたいんだよ、結構使えるやつだから今殺すのは惜し…」
「捕まる程度の奴だろ?そんなもん死んでも構わねぇよ。」
グインの言葉を最後まで聞かずに、まるで興味を示さないベディアルが、紙を眺めたまま言い切る。
「ちょ、少しは考えてくれよ…情報得るにもそれなりの地位が必要なんだって。そいつが死ぬと色々と伝が無くなっちまうんだよ。
な?頼むよ…」
ベディアルは持っていた紙をクルクルと丸め、上着の内側にしまうと、小さな袋を取り出した。
「無理だな。捕まったって事は、俺らの姿を見てるだろうが?そんな奴を逃がせる訳ねぇだろ。」
「…そうか…」
葉巻を吸い、ゆっくり煙を吐きながらベディアルは言い放つ。そして、項垂れるグインの前に取り出した袋を投げた。
机の上に落ちた袋は、ジャラっと音を立てたことから、中身は金属質のものだろうと推測出来た。
「今回の分だ。で、これはついでにやるよ。」
ついでとばかりにポケットから数枚の硬貨を取り出すと、指で弾き、同じようにグインの前に落とした。
「ま、殺すときはさっくり殺しといてやるからよ。諦めてんだな。」
「…」
グインは浮かない顔で項垂れると、机の上に手を伸ばし、袋と硬貨を拾い上げようとしていた。
黒を基調としたモノトーンの家具で統一されているベディアルの居室だったが、1つだけ場違いなほどに真っ赤な物が置かれている。
それは人の頭程の大きさがある水晶球を乗せるための台座で、そこだけが部屋の調度品と趣が異なる雰囲気を醸し出し、完全に浮いていた。
『ビー!ビー!ビー!…』
透明だった水晶球から、明らかに異常事態を知らせる警告音が大音量で鳴り響き、球の内側から赤い光が湧き出し、ストロボのように激しく明滅する。
「わ!え?」
驚いたグインは、持ち上げたばかりの袋を机の上に落としてしまう。
「っち…んだよ…おい、るっせぇから止めろ。」
ベディアルは手を振りアドミに指示を出すと、アドミが素早く水晶球に近づいて手をかざす。すると、瞬時に光と音が止まり、部屋には再び静寂が訪れた。
グインは、困惑した顔で水晶球をじっと見ていたが、ベディアルの言葉で我に帰る。
「ったく…グイン!お前のとこの奴が先走ったみたいだ…な!?」
言い切ると同時に、机の上に乗せていた足を叩きつけ、ガンッと音を立てる。腕を組んだベディアルは苛立ちを露わにグインを睨みつける。
「ち…違う!ありえねえって!誰が夜の迷宮に近づくもんかよ!…それに、あんたら痩身鬼の目撃情報まであるんだぜ?そんな場所に…あ…」
必死に弁解するグインだったが、話しながら一つのことを思い出してしまい、迂闊にも声に出してしまった。
普段の彼ならまずしない失敗だったが、先程の驚きと、ベディアルの自分に向けられた殺気のような気配のせいで、思考が空回りしている。そんな雰囲気だった。
グインの声が早いかベディアルの動きが早いか…そのくらいのタイミングでベディアルが動く。
机に投げ出した足を起点に、腕を組んだままのベディアルが机の上に、起き上がり小法師のように立ち上がる。
不自然な動きだったで、それをグインが気にとめる余裕は無かった。
「い、いや違うって!入ったのは人間じゃねぇよ!賭けてもいい!ひっ!」
完全に立ち上がったベディアルは、ピクリと眉を動かし、そのまま直角を超えて腰を折り、首を伸ばしてグインの顔を覗き込む。
「…何?…賭ける?」
「え?あ、いや…」
目の前、顔から数センチの距離に鬼がいる。それだけでも普通の人間なら気絶物だろうに、グインの前の鬼は不自然な格好に前屈し、手をダラリと下に下げ、その瞳は完全に瞳孔が開き、半開きの口から覗いた長い牙からは、一筋の唾液が滴り落ちる。
「賭け…クフ…いいな…」
ヌルリと表現するのが適切だと思える程に、伸ばした首と上半身をうねらせながら直立の姿勢に戻ったベディアルは、天井を向いたまま笑みを浮かべていた。
「違…俺は…」
「先ずは金だな!そう、賭けにも順序があるからな!
グイン、お前はそれでいいぞ。今回の報酬でな。…俺はどうするか…そうだな、同額ってのもつまらんよな?…よし、俺は倍出そう!」
グインの言葉は、ベディアルに届く事はなく、どんどん話を進めていく。
ベディアルはギャンブルの類に目が無かった。この屋敷も賭けで手に入れたものであり、調度品も武具も、屋敷にある全てが賭けの戦利品だった。
唯一の例外は先程の水晶球だけで、連絡用にと渡された、彼にとってはなんの価値の無いものだった。
「ベディアル様…」
「黙れ!」
止めようと口を開いたアドミを手で制しながら、一言で遮る。
「お前の意見は聞いてねぇんだよ!」
目頭を押さえて小さく首を振るアドミは、それ以上何も言わ無かった。
「ベディアル…」
「あ?おいおい、まさか止めるとか言わねぇよな?」
グインの言葉も、恐ろしく口角を上げた笑顔のベディアルに遮られることになる。
「お前が言い出したんだろ?そうだよな?
あぁ…まさか止めるとか言われたら…なぁ?」
有無を言わさないベディアルの声に、誰も口を開けなくなっていた。
楽しげな声音だったが、見開かれた瞳には、狂気とも言うべき光が宿っていたからだ…
「それでいい!俺は人族に賭けた、お前はそれ以外に、さぁ!それじゃ、早速結果を確認しようじゃないか!…アドミ!」
オーバーな仕草で振り向いたベディアルは、満面の笑みでアドミに見るように促した。アドミは渋々といった様子で水晶球に手をかざす。
アドミがブツブツと何かを唱えると、水晶球の中に像が浮かび上がってきた。
それは砦の中を映し出したもののようで、薄暗い通路を斜め上から映したような映像だった。
「…人族では無いようで御座いますな。」
そして、水晶球に映ったのは、人と言うにはあまりに小さく、そして浮かんでいるように見えた。
そして水晶球が眩しい光で満たされる。
シロマが放った雷砲の光だった。
「あっはー!マジかよ!?あっははは!」
机の上から飛び降りたベディアルは、水晶球にかぶりつくように張り付くと、賭けに負けたというのに楽しげに笑っていた。
「影鬼が一撃で倒されたぞ!ははっ!!」
笑いながらもアドミに手で指示をすると、自身は水晶球を見続けた。
アドミは、その意図を無言のまま受け取ると、どこからか袋を2つ取り出してグインの前に並べる。
ガシャと音を立てて形の変わる袋に、目を奪われたグインだったが、直ぐに青ざめることになる。
「お?ほほぅ!」
食い入るように水晶球を見ていたベディアルが、突然声を上げた。
「バルの野郎が出てきたぞ!?次はこれだな!」
振り返ったベディアルの顔には、更に強く喜色が浮かんでいた。
次回、少し開きそうです。
8月に長い休みが取れそうなのですが、出来るだけ早めに更新します。
ご意見ご感想お待ちしています。