第25話 対話ー鬼の心は分からないー
迷宮入り口のホール中央に、血だらけの男、ガジャラが座っていた。
その身体は、全身至る所に傷が出来、まさに満身創痍な様相だった。
「それにしても…凄まじい魔力だな…」
「なんか、ごめんなさい…」
すっかり毒気の抜けたシロマは、座るガジャラと同じ目線になる様に高度を下げていた。
「お前のせいではない、俺がお前よりも弱かっただけだ…
リティナルムの民にとって、弱いことは罪であり、強者の行いは全て正しいのだよ。」
「そういうものか…?それで、リティナルムって?」
聞き覚えの無い言葉に、シロマが声を上げる。
「俺たちのいる国の名前なんだが…まあいい、人族の言うところの亜人、俺のような鬼族や、巨人族なんかの住む国だ。」
[リティナルム]
人に似た魔物、亜人達が集まってできた比較的新しい国である。
言葉を話せる魔物であれば、人型でなくても国民として迎えられるが、行動を制限する法律等が無いため、国内の治安は極めて悪く、強盗殺人等の犯罪は日常である。
他国との外交も行っていないため、多くの国がただの魔物の集まりでしかないと考えており、しばしば討伐と言う名の侵略を受ける、結果大規模な戦争に発展することも多い。
そんなことを後々サティがシロマに説明することになる。
「へぇ〜…巨人もいるのか…」
『(興味を持つのはやめとけ、この森を抜けた先の国だ、距離が遠すぎて今は行けないからな。)』
リティナルムの国土はバジュラの森を抜けた先に広がっているが、この森を抜けるには、普通の人間の足で数週間を要す。
シロマも、初日に飛行を覚えた際、上空から森の広さを見ていた。
見渡す限り広がる大樹の森は、たとえ飛べたとしても、森を抜けるには、何日もかかるだろうことは想像できた。
「(そっか…残念…)」
残念がるシロマに、ガジャラは続ける。
「興味があればその内来るといい。
人族でない強き者なら歓迎されるだろう。
そうだ、まだ名前も告げていなかったな、俺はここの責任者で、名をガジャラ、上位痩身鬼だ。」
未だに立ち上がれない様子のガジャラだったが、身体についた無数の傷からは、薄い湯気のような蒸気が立ち上り、みるみる内に傷が塞がっていく。
その様子を見たサティは、『(ほう…)』と何かに納得したような声を上げたが、シロマは特に気がついた様子は無かった。
「あ、えー、オレはシロマ、魔人形です。」
魔人形と聞いて、ガジャラは少し驚いた様な顔をする。
過去に人に操られた魔人形とも戦ったことがあったが、彼の記憶にある魔人形は、感情のない文字通り人形のようだったからだった。
「魔人形だったのか…それにしては自由に動くものだな…いや、強いことに変わりはないな、詮索はよすとしよう。」
簡単な挨拶を済ましたタイミングで、奥から先程の影鬼だろう影が、大きな袋を担いで戻ってきた。
【ギャガ】
影鬼は持ってきた袋をガジャラの側にドスンと置くと、やや乱暴に袋の口を開ける。
「念の為確認して欲しい、この男の顔に見覚えは無いか?」
袋から出された人間のように見える男の髪を、影鬼が引っ張り上げ、シロマに顔を向けさせる。
すると、男は小さく呻くように悲鳴を上げる。
戦闘によるものなのか拷問によるものなのか、男の顔にはアザや傷が大量にできており、よほどの知人でもない限り判別は困難な程になっていた。
「うわ…え?誰?」
そんなに知り合いが多い訳でも無いシロマは、当然のように、男の顔に見覚えは無かった。
そのため、思わず疑問を口にすると男が口を開く。
「…た…たすけ…!!」
【ギャグラ!】
まるで喋るなと言わんばかりに、影鬼が男の髪を引っ張り吠える。
その様子に驚いたシロマが声を上げる。
「ちょ!なにしてんの!?」
「ん?知らない人間なのだろ?」
不思議そうにガジャラが尋ねる。
「知らないよ、だからってそんな風にしたらかわいそうだろ。」
ガジャラは不思議なものを見たように目を丸くし、少しだけ首をかしげる。
「…かわいそう、ってのはよく分からないが、シロマが言うなら止めさせよう。」
ガジャラが影鬼に顎で指示すると、掴んでいた髪を離し男が地面に前のめりに突っ伏す。
「ちょ…まぁいいや…で、何?そいつが討伐隊?の奴なの?」
「そうらしい、この砦の周辺を随分熱心に探っていた所を、影鬼の一体が捕らえたんだ。
その少し後にシロマがここを訪れた、だから討伐隊がこの男を助けるために、使役する魔物を差し向けたのかと思って迎撃したんだが…
このザマさ…」
ガジャラは肩をすくめる。
既にあらかたの傷は回復したようだったが、風刃の直撃を受けた足だけは、斬りとばされた分だけ抉れたままだった。
抉れた部分を一度撫でた後、ガジャラは続ける。
「しかし…ここまで一方的にやられたのは、いつぶりだろうな…」
感傷に浸るように呟く。
それが聞こえたのか、再びシロマが謝ろうとした時、奥から何者かが凄まじい勢いで走ってきた。
「ぅぉぁ…兄者ーーーー…」
それは討伐隊の男を押しのけて、ガジャラの足元に土下座するように飛び込むと、泣き出しそうな声を上げる。
「え…誰?」
突然の来訪者に驚くシロマだったが、現れたのは一人だけではなかった。
地面に伏した男に目をやった一瞬の間に、ガジャラの背後に女が現れ、座るガジャラに背中から抱きついている。
「な?え?どこ…え?」
その後も、通路から痩身鬼らしい男が次々に現れる。
「…こんなにいたの?」
現れた数は12、それぞれ体格はまちまちだが、その誰もが頭に角を生やしていたため、痩身鬼だろうと推測できた。
鬼族の中では小柄な部類の痩身鬼だが、それでも2m近い身長があるため、その圧力にシロマは少しだけ下がる。
「こいつらは俺の配下だった奴らなんだ、安心して欲しい。」
それだけ言うと、ガジャラは刀を杖代わりに立ち上がり、大声で話し出す。
「お前達、こいつは俺よりもはるかに強かった!
バルバンドロは簡単に殺され、俺も殺される寸前まで追い詰められた!
…いや…違うな…影鬼で伝えた通り、俺はこいつに生かされたんだ!
だから今後、俺はこいつの下に付くことにした!」
こうして、初めての仲間?ができたのである。
「…え?え?ちょ…どう…え?」
…無理あります?
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