第20話 圧倒ー蹂躙する悪魔ー
今回、少し残酷描写があります。
感想、指摘、お待ちしています。
黒い霧のような瘴気に、全身を覆われたシロマは、サティによって自らの意思で動く事が出来なくされた。
「(サティ!何のつもりだよ?!勝手に出てき…)」
『(うるせぇ、仮にも俺の肉体で、こんな雑魚相手に苦戦してんじゃねぇよ。
戦い方も知らないんじゃ話にならねぇな。
終わったら身体は返してやるから、黙って見てろ。
……分かったら返事!)』
「(は、はい…)」
視覚や聴覚等の受動的な感覚以外、全てをサティに支配され、不満をぶつけようとしたシロマだったが、サティの様子が初めて会った時のそれに似ていたことで、それ以上文句が言えなくなり、押し切られるように身体の使用を認めてしまう。
シロマと会話しながらもゆっくりと相手に向かって進むサティ、全身から立ち上る瘴気がサティの動きに合わせて通路に広がり、先程とは逆にバルバンドロを火柱の方向に押し込む形になっていた。
『…クフフ、そう怖がるな…さっきまでの威勢はどうした?』
サティの発する得体の知れない圧力に、バルバンドロは無意識に後ずさっており、挑発とも取れる言葉を聞いても、その足は止まることなく下がり続ける。
「へ…へへ…俺がビビってるとでも?おいおい…冗だ…!?」
ジッ…
バルバンドロは、ついに火柱に触れるまで下がってしまい、腰布の一部が焦げるような音を立てる。
その音で自分が無意識とはいえ、後ろに下がっていたことを自覚したバルバンドロ、その内心は少々複雑なものがあったようで、困惑しながら眼前で立ち上る炎を見て歯軋りをする。
『逃げられても面倒だ、少し火力を上げるとしようか。』
「は?俺が逃げる?…俺が?あり得ない…はは…あり…!!」
『獄焔葬』
サティが能力を使うと、立ち込めていた瘴気の中に、歪んだ黒い塊が数個生み出され、周囲の瘴気を取り込みながら徐々に大きくなってゆく。
そして30cm程の塊になったところで成長は止まり、サティが腕を振るように合図すると、バルバンドロの背後に立ち上る火柱へと全てが飛んで行き、赤々と燃えていた火柱は、黒い塊が飛び込むたびに赤から黒へと染まっていく。
最後の塊が飛び込む頃には、サティが纏う瘴気はおろか、夜の闇よりも一層濃い闇色の火柱に変わっていた。
炎の色が黒に近づくに連れて、通路の温度も、30度…40度…50度…60度と上がり続けてゆき、炎に耐性を持っているであろうバルバンドロの身体からも、汗が噴き出し地面に滴り始める。
「…な…俺の炎に上書き…そんな…まさか…」
地面や壁、闇色の炎に触れている箇所から溶けていき、溶けた液体は地面に炎と同じくらい黒い水溜りを作り始める。
そして水溜りは静かに地面を広がり…バルバンドロの足裏に触れる。
何かを感じ取ったバルバンドロは急いで飛び退くが、時すでに遅く…
「!!!グギャー!!足が!俺の足がー!」」
足に激痛を感じたバルバンドロが、叫び声を上げながら自らの足を両手で庇うが、黒い水が触れた足は、一瞬で脛のあたりまで溶けてしまい、血は流れていなかったが、骨や肉が露出していた。
黒い水は、闇色の炎によって周囲の物が溶かされ変質し、液体化する程の濃度になった瘴気の水であり、耐性のない無機物や有機物が触れれば、瞬時に溶かし取り込んでしまう恐ろしいものだった。
『クフフ…貧弱な肉体だな、しかし良い声で泣くじゃないか…苦痛による悲鳴、恐怖による悲鳴、弱い者が上げる悲鳴は実に心地が良い。』
暗い迷宮の奥、宙に浮いている白いぬいぐるみ。
周囲に漂う瘴気と、闇色の炎が照らすぬいぐるみの輪郭は、霞んでぼやけ、はっきりとは見えない。
そんなぬいぐるみが愉悦に浸り笑っている姿は、見る者に恐怖を覚えさせるに十分だった。
「お…お前は何なんだよ!?」
バルバンドロは、足の痛みによってか、恐怖によってなのかは分からないが、顔を引きつらせカチカチと歯をならせながら叫ぶ。
その声を聞いたサティは、バルバンドロを正面に、口角を目一杯引き上げた邪悪な笑みを浮かべて凝視した。
『悪魔だよ。ほら、眼を見れば分かるだろ?』
無機質で丸く黒い瞳が、周囲に漂う瘴気がそう見せるのか、バルバンドロには横に広がる楕円形に見え、その眼を覗いた直後、心を耐え難い恐怖が支配し、身体が麻痺したように固まってしまう。
「か…くか……」
呼吸すら満足にできず、次第に顔からは生気が失せ、それとは逆に充血していく目からは、涙を溢れさせ始める。
『クフフ…声も出ないか?
…あぁ…もがき苦しむ表情は、いつ見ても素晴らしい…だが、残念だ…
あまり時間もかけられないのでな…』
サティはバルバンドロの顔に触れる程近づくと、その顔から表情はすっと消え、低く冷たく宣告する…
『死ね。』
そのまま腕を上げ、バルバンドロの額に生えた角を掴み、引き倒すように手前に引く。
ゴギリと鈍い音を立て角が折れ、そこから鮮血が吹き上がる。
鬼の象徴である角を折られた衝撃と痛みが、心を支配していた得体の知れない恐怖を塗りつぶす。
「ア゛ア゛ア゛ァァーー!!!!」
肺に残っていた空気をすべて吐き出し叫んだバルバンドロだったが、それが彼の発した最後の声となった。
グジャ…
バルバンドロの目には、折られた自身の角が突き刺さり、そして…
『死魔焔』
目から撃ち込まれたサティの能力によって、内側から燃やされ、目、耳、鼻、口、折れた角の傷口と、顔中の穴から紫色の炎を吹き上げる。
断末魔を上げる間も無く、頭が燃え尽き、残された身体も、倒れた先に広がっていた瘴気の水に取り込まれ、溶けてなくなってしまう。
残ったのは、サティが左手に持つ捩れた角だけとなった。