第16話 影鬼ー初めての戦いは突然にー
人喰砦の最奥、天井に下げたランタンの明かりが、ユラユラと揺れる室内。
部屋の中央で、水晶球を見ていたものが声を出す。
「兄者、また侵入者だ。今回は人じゃないみたいだぜ。
入り口近くまで来た奴は離れて行ったみたいだが、どうする?追うか?」
「…いや、逃げた奴を深追いする必要はない。
だが、中に入った奴は逃がすな、嗅ぎ回られる前に捕らえろ。
影鬼でも向かわせておけば、事足りるだろう。」
水晶を覗いていた者は、牙をのぞかせながら笑う。
「ケケケ、分かった。直ぐに向かわせる。」
………
迷宮の入り口から通路を少し進むと、天井が半円形のかなり広い空間になっている。
灯りの無いその広間に、シロマが辿り着いた。
「おぉ〜、中は結構広いんだな。もっと狭いのかと思っ……なぁ、あれってもしかして…骨だったりするか?」
壁沿いには、人のものか魔物のものかも分からない、半分朽ち果てている骨が、大量に積み上げられており、異様な雰囲気を醸し出していた。
『(まぁ、迷宮だからな、骨くらい転がってるだろうけど、骨屍って骨だけの魔物が寝てるだけの可能性もあるから、気をつけてな)』
「…へぇ…骨だけの魔物なんかいるのか…気持ち悪…」
よく見ると、壊れた鎧や折れた剣、穴の空いた盾等、様々なものも一緒に積み上げられていた。
『(死霊種は結構種類がいるし、骨屍系や腐屍系の奴らは、街から離れた戦場跡や迷宮に行くようになれば、直ぐに見慣れるさ。
死霊のなかでも見慣れないのは、幽体系と屍人系だけどな。奴等は見た目が…ま、会えば分かるよ。)』
「ふーん…いろいろいるんだなー」
フワフワと広間の中を進むシロマは、落ちている骨に少しだけ警戒していたが、特に何も起きることはなく、広間の奥、迷宮のさらに奥に伸びているであろう通路へと進んでいく。
迷宮の通路は、迷路のように入り組んでいるため、度々迷いながら進むことになったが、その途中で出会うのは、天井に張り付く蝙蝠や、キーキー鳴きながら地面を走るねずみくらいで、シロマは退屈し始めていた。
「…なーんか…迷宮て、思ってたよりつまんないな…魔物いっぱいで、もっと派手な感じだと思ってのに、なんも出てこないや。」
『(攻略済みだからだろうけど、それにしても静かすぎ…お?なんか来たみたいだぞ…?)』
「何…?ついに魔物のお出ま…し…何あれ…?」
通路の先、曲がり角から顔を覗かせたのは、真っ黒な靄のように見える魔物、影鬼だった。
その身体は闇に溶け込むため、灯りのない迷宮の中等では、不可視に近い魔物で、それだけでもかなり厄介な魔物ではあった。
しかし、シロマの眼にはその姿がハッキリと見えている。
「な〜んか、初めてあった時のサティに似てない?知り合いだったり…する?」
『(いや、あれは俺とは別種だし…って、俺はあんなに気持ち悪くないだろ!
多分、さっき話した幽体系に影ってのがいるから、それの…)』
【グァガー!!!】
魔物を前に、呑気に話す2人だったが、影鬼が威嚇の咆哮を上げたため、会話を中断しシロマは慌てて耳を塞ぐ。
「……ぁぁあー!……おぉ…ビックリした…」
【グルルル…ガルァー!!】
影鬼は、唸り声を上げながらシロマに近づくと、その腕を伸ばし襲いかかってくる。
「ちょっ!おぉ!こいつ、腕伸びてんぞ?!…これ、当たったら痛いかな?」
『(影の強さは、サイズ次第だからな、このサイズだと…いや、当たったら分かるよ。)』
「えぇー…痛いなら嫌なんだけ…ど!!」
サティと喋りながらも、影鬼の攻撃をフワフワと避けていたシロマだったが、微妙に避けきれなかったのか、腕に少しだけ当たってしまう。
「いっ!!……たくない?え?今、当たったよな?」
『(そうだな、当たったな)』
【ガルァー!!ガ…ル?】
影鬼の攻撃は、確かに当たっていたが、シロマの身体に傷一つ作ることはなかった。
そのことを確認しようと動きを止めたシロマに、影鬼は更に攻撃を加えるが、シロマに効いている様子はなく、その事に影鬼も不思議そうな声を出す。
「まじか…痛くもなんとも無い…これも、この身体の性能なのか…因みに、この魔物の強さは?」
『(このサイズの影なら、そこまで強くはないだろうね。)』
「そっか、もっと強い奴もいるって事だな…で、こいつの倒し方は?」
『(そうだね…実体を持たないこの手の魔物には、通常の攻撃は効きにくいからね、昨日教えた能力を適当に使えば倒せるよ。)』
影鬼は、Bランク指定の魔物であり、迷宮の外に野営している調査隊では、まず勝てる見込みの無い相手なのであるが、それが分かるのはもっと先の話である。
「適当って…なら…あ、雷砲!」
シロマが能力を発動すると、右手から、後ずさりしていた影鬼に向かって、雷光が走る。
【グギャー!!】
逃げ遅れた影鬼は、能力の直撃を受けてしまい、身体の大半を消し飛ばされ、断末魔の叫びを上げ消えていった。
「え?消し飛んだ?」
『(あ〜あ、適当の意味分かってる?これはやり過ぎだ〜…)』
影鬼の身体を貫いた雷撃は、迷宮の壁も数枚貫通したところで、やっと威力が減衰したのか、スッと消えていった。
貫かれた壁は、ガラガラと音を立てて崩れ、その破片は暫くの間、パチパチと放電していた。
………
「な…し…影鬼が…一撃だ…と…」
水晶球を見ていた者は、驚愕に目を見開き言葉につまる。
「どういう事だ…?この辺りに影鬼を倒せる魔物なんていたのか?」
「分からねぇ…しかし、実際…」
「モディフ、被害状況と奴の解析を急げ。他の奴らには、戦闘準備をさせておけ。」
「もう砦全体に警報を出したが…あいつの目的は?あの人間か?…でも…」
モディフも呼ばれた者が、水晶球に映ったシロマを見ながら考え込みそうになる。
「詮索は後だ…念の為、あの人間はここに連れて来させておけ。
それと…「奴」にも用意をさせるんだ。」
「人間の件は分かったが…「奴」も出すのか?大丈夫な…」
「奴」と呼ばれた者について、モディフが問かけ、不安を口にしようとするが、遮られる。
「大丈夫かどうかは問題じゃない…全ては、計画の為だ…」
静かだった迷宮の最奥部は、けたたましく鳴る警報音によって、一気に騒がしくなった。