第14話 調査隊ー森の中の怪異2ー
森の奥、迷宮の入り口は小高い丘の麓にあり、まるで坑道の様にも見えるものだった。
そこに、一人の男が音も無く走り寄る。男はリュウ・エンセイ、全身白ずくめのため森の中では相当に目立つ存在だったが、その気配は希薄で、動物も魔物も彼がすぐ横を走り抜けても、それに気がつくことはなかった。
「入り口までは問題無いようだな…奥からは気配が複数…こ…!!」
入り口を覗いていたリュウは、何かを感じ取ったのか、突然後ろに飛び退く。
「…気づかれた…か?」
迷宮の奥に強い気配を察知したリュウだったが、入り口からなにものかが出てくる事はなかったが、背中を伝う冷や汗は止まる事はなく、手足の震えも止まらなくなっていた。
「こ…な…」
気がつくと、痺れたように動くことができなくなったリュウの眼に、迷宮の入り口から出てくる影が見えたのか見えなかったのか、リュウの意識が途切れてしまった為、確かめる術は無くなった。
………
背の高い木々に遮られるため、森の夜は早く訪れる。
ガシャガシャと音を立てながら、鎧姿の男達が広場の外周を松明を持って巡回していた。
「…聞いたか?リュウさんまだ帰ってないみたいだぜ?」
「でも死体も見つかって無いし、戦闘の痕跡も見当たらないらしいじゃないか…」
「それ、逃げたんじゃね?」
「…おい、ちゃんと警戒しろ、死にたいのかよ…」
コソコソ喋りながら進む男達を、中央の天幕から見ていたのは、いなくなったリュウの同隊、白銀組の男だった。
「ちっ…好き放題言ってくれるっすね…」
「パルパ、言いたい奴には言わせておきなさい…それよりグイン、何か分かったの?」
天幕の入り口に立っていた男は、パルパ・ナ・パルパ、白い仮面を付けた小さな男で、それに釘を刺したのは、白銀組唯一の女性、バレーリア・トリアル、長い銀髪を後ろで結んだ、まだあどけなさが残る少女だった。
「まぁね…しっかし、旦那が消えるとは思わなかったね…」
グインはゲル状の白い大きなクッションに体を預けながら、何かの鳥のものだろう大きな羽根を、指先で遊ばせていた。
「何か分かったのなら早く教えなさい!卿は無事なの?どうなの!?」
「そう焦りなさんなって、バリーちゃん、かわいい顔が台無しだぜ?っと、勘弁してくれ…話すからさ…」
喉元に刺剣の切っ先が食い込む直前で、グインが根を上げる。
「早くしなさい…次はないわよ…」
バレーリアは、刺剣を引きながら、冷たい眼でグインを見つめる。
「はいはい…まず無事かどうかだけど、残念ながら迷宮に入った所までしか追えなかったから、今も無事かどうかまでは分からなかったよ…って!一々剣を抜くんじゃないよ!?最後まで聞けって!?」
再び刺剣を抜いたバレーリアは、グインに詰め寄る。
「分かってないのなら、貴方が生きている必要はありません…そうだ…貴方が死ねば、卿が戻るかも知れません…さぁ死になさい…」
「待て待て!意味ないから!!それ絶対意味ないから!!」
白銀の刺剣をグインの喉に当て、そのまま押し込もうとしたが、その剣は横から伸びた手に掴まれ、動かせなくなる。
「ディカール!離しなさい!貴方だって同罪なんですから!貴方が卿に先行調査を命じたのでしょう!!」
「騒ぐな…」
ミシリと剣から音が聞こえたところで、バレーリアは剣を軸に回転すると、 ディカールの肩口に蹴りを入れる。
ディカールにダメージは無いのか、剣先を持つ手を離す事はなく、痛がる様子もなかった。
「バレーリア・トリアル…私に二度言わせる気か?」
ディカールの瞳を覗いたバレーリアは、背筋に冷たい物が流れるのを感じると、剣から手を離し、後方に飛び退く。
「リュウさんが居ないだけで、これっすか…もう、やめるっすよ…」
パルパが呟くと、ディカールは持っていた剣をバレーリアに向かい投げ、バレーリアはそれを空中で器用に鞘に収めて、自分の腰に戻すと、そっぽを向いてしまう。
「ふん…」
「グイン、続けろ…」
やれやれといった仕草で、グインは首を振ると、話し始める。
「はいよ…まず、俺でも分かるぐらい強力な魔力の残滓が、迷宮入り口付近から内部に続いていてな、明らかに旦那のものでは無かったのさ…しかし、足跡は旦那の以外見つけられなかった、勿論争った形跡もな…」
一呼吸置いて、続ける。
「…ってことは、あの迷宮には、かなり強い魔物か何かが居て、運悪くそいつに見つかってしまった旦那は、なんらかの方法で連れ去られたんじゃないかな?
それでも戦闘跡がどこにも無いってのは、旦那らしくないし疑問ではあるけど…多分、強力な魔法か何かで、動きを封じられて連れて行かれたんじゃないかと思うんだよ。
でだ、わざわざ連れ去るってことは、何か理由がある…そうだろ?…って考えると、直ぐに殺すつもりはないだろうから、まだ生きている可能性は高いかなって…」
グインは、クルクル回していた羽根を上に投げ、落ちてきたところを帽子の端に上手く乗せる。
「ま、情報が少なすぎて俺じゃ想像することしかできないが、旦那が抵抗も出来なかった相手が本当に居るとしたら、そもそも俺らでも相手できる存在じゃないのは確かだ、俺は直ぐに増援を依頼することをお勧めするね。」
クッションに身を預けたグインは、ディカールに判断を仰ぐため黙った。
「なによ!その言い草じゃ、卿を助けるのを諦めるってこと!?
私は賛同できません!直ぐに助けに向かうべきです!!」
バレーリアは天幕の柱に拳を打ちつけながら、まくし立てる。
「リアっち、やめるっす、決めるのはリーダーっすよ」
「あんたに言われなくても分かってるわよ!バカパルパ!それでもなんとかした!!」
パルパに諭されたバレーリアは、不機嫌に返す。
そんなバレーリアの脇腹に、横から戦斧が当てられ、メキッと嫌な音を立てたバレーリアの身体は、対角の柱にぶつかる様に吹き飛ばされ、そのまま地面に落ちて動かなくなる。
「騒ぐなと言ったはずだが?それとも自分は許されると思ったのか?
なぁ…答えろよ…おい!」
地面に転がるバレーリアの腹に、ディカールが蹴りを入れる。
バレーリアの小さな体は跳ね上がり、その口からは鮮血が溢れるが、ディカールは構わず蹴り続ける。
「次は黙りか?なんか!言って!みろよ!…おい…誰が庇って良いって言った!?」
「殺す気か…遣り過ぎなんだよ、ディカ!っぶね!」
既に意識を失い、蹴られても痙攣を繰り返すだけのバレーリアを見かねて、グインは自分が座っていたクッションを、ディカールの足元に投げ込むが、邪魔されたのが気に食わなかったディカールは、戦斧をグインに向かって投げる。
間一髪で、飛んできた戦斧は避けるグインだったが、追撃の拳は避けきれなかった。
「って!…本気で殴りやがって…馬鹿力が!」
なんとか腕で防御できたが、勢いを殺しきれずに、グインは吹き飛ばされてしまい、地面を転がることになる。
悪態をつきながら、グインが顔を上げると、そこにディカールの足が振り下ろされる。
「!っぶね!殺す気かよ!?パルパ!お前もさっさと自分の仕事しやがれ!!」
ズドンと音を立てるディカールの踏みつけを、床を転がることで避けたグインは、パルパに指示を出すと、パルパはワタワタしながらもバレーリアのもとに近寄り、白銀の杖を取り出して詠唱をし始める。
「大地に満ちたる癒しの力よ、彼の者の傷を癒せ! 治療!」
パルパが唱えると、持っていた白銀の杖から、バレーリアの身体に光が降り注ぐ。
その光は、身体に当たると淡いオレンジ色の光を発するが、そのまま消えるように霧散してしまい、バレーリアが目覚める事はなかった。
「思ったより酷かったみたいっすね…ならこっちっす!大気に満ちたる命の鼓動よ、我が求めに従い、彼の者に生命の息吹を!再生!」
今度はバレーリアの身体がふわりと浮き上がり、杖から出た白い霧のような光が、その身を覆い隠す繭のような形を成していく。
「これで平気っすね、グーさんこっちは大丈夫っす!」
「こっちは大丈夫じゃねーよ!さっさと拘束してくれ!」
ディカールの両手を、組み合うことで封じていたグインが叫ぶ。
「わ、分かったっす!闇の鎖よ、影より出でて束縛せよ!影縛鎖!」
ディカールの影から、闇色の鎖が飛び出すと、足から這い上がり、その身体を縛り上げていく。
暫くは、抵抗するように暴れていたディカールだったが、やがてその動きを止める。
「…ふぃ〜…旦那がいないだけでこの有様かよ…少しは落ち着いたか?ディッカちゃん…」
「…取り乱した…止められなければ、バレーリアまで失うところだった…すまん…」
項垂れるディカールが呟くと、グインは両手を上げて首を振る。
「謝るならバリーちゃんに、だろ?
ったく、旦那のことで熱くなり過ぎなんだよお前は…暫くそのまま反省してろ。
パルパ、バリーちゃんの様子は?」
「もうすぐ目が醒めると思うっすよ。大丈夫っす。」
未だバレーリアの身体は光の繭に包まれており、中がどうなっているのか分からないでいたが、パルパには感じるものがあるらしい。
「了解だ…さぁて…ちょっと出てくるけど、バリーちゃんが起きて、また暴れる様なら拘束していいぞ…あ、動けないからってあまり悪戯はすんなよ?」
「し、しないっすよ!」
グインはパルパをからかう様に言い残すと、笑いながら天幕を出る。
「しかしまずったな…まだ死ぬわけにいかないんだが…このまま見捨てるのも後味悪いよな…」
ブツブツと呟きながら、広場の外、森の中へとグインは消えて行くが、それに気がつくものはいなかった。