第13話 調査隊ー森の中の怪異1ー
あけましておめでとうございます。
ちょっとだけ主人公以外の話です。
まだ日の上った直後、街には朝靄が立ち込めており、ほとんどの住民がまだ眠っている時間。
冒険者組合の建物から完全武装の探検者がゾロゾロ出て、街の南門前に集まって行く。
その数は50人程ではあったが、全員が完全武装のため、異様な威圧感があった。
正規の開門時間は2時間程先なので、まだ彼等以外に人影は見当たら無いが、先頭の男が門兵に声をかけ、丸められた紙を見せると、門兵は詰め所に門を開くよう合図を送る。
街の南門は、魔物の多く潜むバジュラの森に面しているため、他の方角に比べて強固な作りになっている。そのため、開門にも時間がかかる。
特例での開門であるため、門の片側のみがゆっくりと開いていく。
開いた門からは、バジュラの森の入り口が徐々に見えてくるが、背の高い木々の影と立ち込める朝靄の演出効果で、門の前に集まった屈強な探検者達にも恐怖を与える雰囲気を持っていた。
「おい…マジでいくのか?」
「…今なんか動かなかったか?」
「ひっ!…おい!脅かすなよ!」
ひそひそと、其処彼処から不安の声が聞こえるなか、先頭にいた男が声を上げる。
「今回の探索地は人喰砦、知っての通り攻略済みの迷宮です!
現在の難度はFランク以下!そして私達は皆Fランク以上です!恐れる事はありません!さぁ!出発しましょう!」
男の名はディカール・カーマイン、今回集まった探検者の中では、最上位のCランク、ユニコーン級探検者である。
彼は白銀に輝く戦斧を掲げると、その刃に朝日を反射させながら、出発の号令をかける。
その号令を合図に、門の前に集まった全員が、ゾロゾロと門の外に向かって進んで行った。
………
森の奥、太陽は既に中天に上っていたが、鬱蒼と茂った木々の葉が陽の光を遮り、材木の切り出しに使用している幅2〜3mの道を少しでも外れると、明かりが無いと不安になりそうな程に薄暗い。
その、決して広く無い道幅を、武装した一団が進んでいく。
暗がりからは、時折ガサガサと葉を揺らす音や、何かの鳴き声が聞こえていたが、一団は足を止めることなく、森の奥に向かってどんどん進んで行った。
数時間後、そろそろ辺りが暗くなり始め、疲労も蓄積してきた頃、調査隊の一団は、広く下生えも少ない、野営地に適した広場に辿りついた。
「この先、迷宮の入り口までまだしばらくあります!なので、今日はここで野営とします!
各隊のリーダー達は、今後の方針について相談があるので、集まってください!
それ以外は、野営の準備をして下さい!」
ディカールはよく通る声で、広場にたどり着いた皆に伝えると、横にいた男に周辺探索を依頼する。
「エンセイ卿、人喰砦の入り口周辺までの先行探索を頼みます。
何も無いとは思うけど、念のため…ね…」
エンセイ卿ことリュウ・エンセイは、手を合わせて一礼すると、そのまま消えるように居なくなる。
ディカールは気にした風もなかったが、近くにいた探検者達からは、驚きの声が上がる。
「あ〜…気にしないで、先行探索を頼んだだけだから。
…っと、全員集まったかな?
一応自己紹介しとこうか、私の名前はディカール・カーマイン、隊は白銀組、Cランクのユニコーン級です。
一応、今回の調査隊では纏め役として依頼を受けているけど、変に畏まる必要はないから、気楽に行こう。
以上だ、みんなも簡単に自己紹介してもらえるかな?」
集まったリーダー達は、各々に自己紹介をしていく。
調査隊の構成について、各隊は5人で1隊を構成している。
各隊のランクと隊名を紹介すると以下の通り。
Cランク、ユニコーン級
「白銀組」リーダー、ディカール・カーマイン
Eランク、デュラハン級
「森狼者」リーダー、テアル・ルキア
「竜爪者」リーダー、ドラコ・ラン
「黒猟犬者」リーダー、リャド・ブラッキー
Fランク、オーガ級
「灰影者」リーダー、ナガト・リグリアム
「赤牙者」リーダー、カンタ・レトルト
「炎竜者」リーダー、ファル・パリパー
「鷲獅子者」リーダー、ザット・バートン
「円蒼者」リーダー、ラドル・ラバーン
「霧騎者」リーダー、マーク・トット
「これで全員だね、それじゃ内部調査部隊と外部調査部隊、後は迷宮入り口の警戒部隊に分けたいと思うんだけど、何か意見はあるかな?」
ディカールの問いに対して、誰一人として声を上げることはなかった。
「特に無いなら、割り振りは私が決めさせていただきますね。
まず、内部調査ですが竜爪者と鷲獅子者、黒猟犬者と円蒼者のペアで、前回調査時の地図を基に迷宮内部の調査をお願いします。」
呼ばれた隊のリーダー達は、お互いの顔を見合わせると、軽く拳を合わせ、声を掛け合っていた。
「注意して調査して下さいね。攻略済みの迷宮とはいえ、元はAランク越えの危険な迷宮ですから。」
ディカールの言葉通り、人喰砦は攻略までに、探検者1400人以上、王国騎士2700人以上、非戦闘員6000人以上、合計1万人を超える死者を出した、この10年で考えれば最悪の迷宮である。
そして攻略された後も、この迷宮の調査には、例年数人程度では有るが犠牲者を出し続けていた。
その事を思い出したのか、内部調査部隊に選ばれた面々は、軽口を叩くのをやめる。
「そう、油断は命取りになりますからね…分かってもらえて何よりです。次に、外部調査ですが、周囲1kmの範囲に別の迷宮ができていないかを確認して下さい。
この中では探索に長けている森狼者に指揮は任せます。灰影者、赤牙者、炎竜者の3隊は、森狼者の指示に従って行動して下さい。
但し、あくまでも今回は調査ですので、無理はしないようお願いします。」
森狼者のリーダーは、一言「分かった」とだけ応えるが、狼の頭部を模したかぶり物をしているため、その表情は伺えない。
「最後に私達、白銀組と霧騎者の2隊は、迷宮入り口での警戒と、無いほうがいいのですが、例年残念ながら犠牲者が出ますので、その際の救援を行います。
以上が今回の編成になりますが、何か意見はありますか?」
暫く誰も口を開かなかったため、ディカールが解散しようとしたが、その直前に手が上がる。
「意見ってわけじゃ無いが、確認しときたいことがあるんだ、いいか?」
声を出したのは、青い鎧に身を包む男だった。
「えっと、円蒼者のラドル…だったよね。
いいよ、何かな?」
ディカールは和かに応えると、ラドルに質問を促した。
「これはただの興味からなんだが、あんたらCランクがわざわざ出張ってきた理由はなんなんだ?普段ならありえねーだろ?」
ラドルの問いは最もだった、今回の依頼はE及びFランクを対象に募集がかかっており、通常であれば2ランクも上位のランクのものが受ける事はまずない。
そのため、今回Cランクの探検者が同行している事に、違和感を受けている者も少なからずいたのである。
「そうだね、普段なら私達も受け無いんだけど…口止めされてるわけじゃないからいいかな、痩身鬼とみられる個体が近隣で確認されたんだよ。」
「おいおい、まじかよ…」
「痩身鬼とか特A指定じゃないか…」
「来るんじゃなかった…」
動揺が広がる中、ラドルは更に聞く。
「ディカールさんよ…もしそれが事実なら、あんたらでも無理じゃねーのか?こんな調査隊、瞬殺されちまうと思わねーのか?」
ラドルの問いに、ディカールは頭をかきながら苦笑するように応える。
「ん〜…Cランクが普通に当たったら、そうなるだろうね…」
普段の彼等を知る者からすれば、このやり取りは奇妙なものに映っただろう。
テーパの街の出来事を思い出せば、ラドルが直ぐにキレる男だということは分かるだろう、現にそれが元で厄介ごとに巻き込まれることは少なくない。
ディカールの性格をよく知るものからすると、こうしてラドルの質問に応えていることさえも、珍しい事と思えるだろう。
彼は「白狂」の異名で知られており。身の回りは全て白いもので統一しないと気が済まず、それ以外の色のものには見向きもしない、そして気にくわないことがあれば豹変し、例え仲間であっても破壊してしまうほどの狂人である。
そんな彼が、黒髪で蒼い鎧を身に纏う男の言葉を、黙って聞いているなんて考えられないことだった。
案の定ラドルが苛立ちを隠せなくなり、少しずつ声のトーンを上げていく。
「おいおい!纏め役が聞いて呆れるぜ!これからどうするつもりだよ!?俺たちに全滅しろってこ…!!?」
「そろそろ黙れよ…」
その場にいた誰の目にも止まらない速度で、背中に背負っていた戦斧を、ラドルに向けて振り下ろし、眼前数ミリの位置にぴたりと止める。
「白さの欠片もない塵芥が…俺がたかが鬼如きに負けると思ってんのか?
瞬殺かどうか、お前の身体で実践してやろうか?骨だけになれば白くなるからな…」
ラドルは腰を抜かしたようで、口を開けたまま、その場に崩れ落ちた。
「やっと黙ったか…で、他に何かあるか?塵芥共…」
ラドル以外の者を見渡すその瞳は、先程までとはまるで違う、温度を感じさせない冷たい瞳で、誰も声を出すことが出来なかった。
「それでいい…無駄に喋る時間があったら、さっさと迷宮入り口までの調査を終わらせて、夜に備えましょう。
さ、存分に働いてくださいね。」
ディカールは、戦斧を背中に戻し、口調を元に戻しながら笑顔で指示を出すが、全員ビビってしまい何も言えなかった。
「…話は終わりましたよ?まだなにかありますか?」
揃って首を横に振ると、自分の隊の所に逃げるように戻って行った。
「で、いつまで覗いているんですか?」
「はは、よく我慢したな、ディッカちゃん。」
いつからいたのか、ディカールの後ろにある2m程の岩の後ろに男が隠れるように立っていた。
「グインですか…覗き見が趣味なんてエルフとは思えないですよね。」
「いいんだよ、どうせ俺はハーフエルフだしね。」
ニヤニヤしながら岩の後ろから現れたのは、エルフと人の混血、ハーフエルフのグイン・フェリアという男だった。
「それを免罪符みたいに使うのはやめたほうがいいですよ。混血でもまともな方は多いんですから。」
「俺がまともじないみたいだな、ま、気にしないけどね。」
グインはカラカラと笑っていた。