序章
「暇だな…」
彼は呟いた。
彼がいるのは天界と呼ばれる場所の外れ、芝生に似た短い下生えが、見渡す限りどこまでも広がる草原であった。
天界には一切の苦痛は存在しない、どれだけ動いても疲れることがない。
怪我をすることも、病気にかかることもない。
季節の移り変わりもない、暑くも寒くもなく、常に明るく眠気すら訪れない。
食事をしても何も感じない、食べたいとすら思わない。
もちろん老いることも、死ぬことすらも存在しない世界であった。
彼はずっと思っていた、「退屈な世界だ…ここには何もない…」と…彼は退屈していたのだ。
「暇だな…」
誰かに伝わるはずもない言葉を再び呟く。
天界に着いてからの永い時間をここで過ごすうち、少しずつ記憶は消え、既に自分の名前すら思い出せないほどに、記憶はすり減っていた…
「暇だな…」
何回呟いたのか分からない言葉が、草原に吹く風に消えてゆく。
記憶の摩耗により、既に思考能力はかなり下がり、同じ言葉をただただ繰り返すだけの機械のようになっていた。
「暇だな…」
『そんなにここは退屈かい?』
突然目の前が光で満ちる、声は光の中から聞こえてきた。
彼にとって自分以外の声を聞くのは、何時ぶりだったのだろうか。
「…だ、れ?」
『僕はイシュト!神様さ!』
光の中から現れたのは、自らを神と名乗る小さな影だった。
「か、み、さま?」
『そうだよ!退屈なら転生するかい?』
久方ぶりに聴いた声は、聞くものに安心感を与える声をしていたため、彼は答える。
「そうだな…」
世界に光が満ちたころから、彼の意識はゆっくりと微睡みを覚えていた。
決して訪れるはずのない眠りの衝動、この世界で今まで感じたことのない、懐かしい衝動を体験する。
彼が承諾したと感じたイシュトは、何度か頷き話を続ける。
『よし、今日は気分もいいし、特別に転生先を少しだけ選ばせてあげるよ!
でも、普通に選んでも面白く無いし…そうだな…』
ほんの少し、僅かな思慮の後、イシュトは楽しげに声を上げる。。
『そうだな…あ、簡単な質問をするから答えておくれ。それで行先を決めるからさ。
質問は簡単だから、思ったままに答えてくれれば…』
イシュトの話を聞いているのかいないのか、彼は混濁する意識の中で、質問には答えていく。
いつまでも続くかに思えた退屈な日々は、間も無く終わりを迎える…
初投稿なので見苦しい点がありましたら、ご勘弁頂ければと思います。
次の話も早めに投稿しますので、宜しくお願い致します。