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王城崩壊5


 召集された騎士団は我が目を疑った。

 王城が燃えている。


 廊下には血の臭気がただよい、あちらこちらには斬殺死体!

 兵も騎士も文官も女中も、いっさいの区別なく死んでいる!


 もはや生存者はいないように思われた。


 否。


 生存者は居た。

 夜をまとった少年が、燃えるような目を騎士団に向けている。

 ただよう血の臭気。

 おぞましき憎悪。


 ごくり、と誰かの喉が鳴った。

 濃厚な死の気配。


「クックック……」


 少年が嗤っている。

 魔獣に遭遇したときも、騎士団にはこれほどの緊迫感はない。

 そもそも、強力な魔獣の駆除は王剣の管轄だ。


 騎士団は迫り来る死に恐怖した。

 どうしてこんなことに、と誰もが思っていた。


 何かが光った。

 少年の左手のあたりから、閃光が走ったのだ。


 抜刀。そして斬撃。

 銀線を曳いて騎士団の間を駆ける。


「う、あ……」


 抵抗さえできないまま、騎士は倒れた。王城に駆けつけた騎士のすべてが、同じ運命を辿っている。

 消火の為にやってきた火消しなどの町民にも慈悲は掛けられなかった。


 斬って殺す。

 一切の躊躇もなく、刀が振り抜かれる。


 血に飢えた獣が、風の凪いだ月夜に吼える。


「ハハハハハハ!!」


 ミツルギは壊れたように吼えていた。


 愛する者も、懐かしき故郷も、ここにはない。

 すべては奪われたのだ。


「すべて壊してやる! この世界を殺してやるぞ!! ハハハハハ!!」


 狂気がミツルギを支配している。


 王城を覆う火炎はますます勢いを増し、駆けつける兵士や騎士が葬られてゆく。

 王剣を利用し、その恩恵を受けていたすべてのものが、ミツルギの攻撃対象だった




「弓放て!」


 生き残った騎士が、弓兵隊へ叫んでいる。

 騎士団の副長だ。


 彼は『人物評価』魔法(スキル)によって、ミツルギの超越した力量を把握していた。そして、王国の騎士団も、兵団も、束になっても敵わないだろうと見切りをつけても居た。


 常に退路を残して半包囲し、ありったけの弓矢で消耗を強いる。

 それが、彼の導き出した最善手だった。


 相手を倒すのではなく、撤退させることを主眼に置いた、卓抜した作戦指揮である。


 ミツルギに矢の雨が殺到する。

 混乱から立ち直りつつある騎士団と兵団が、連携を取り戻しつつあった。


 『瞬間動作』でいくつかの矢を打ち払いながら、しかし、ミツルギは何条かの矢傷を受ける。

 夜色の外套を掻い潜って体を掠めた矢の数本は、『瞬間装甲』魔法(スキル)が弾いたが、余りにも数が多すぎた。


 『時間停止』魔法(スキル)での回避は使えない。

 すでにミツルギは十代も半ばくらいになっている。危険だ。これ以上むやみに使えば幼子となってしまう。そうなれば、もはや刀を振れない。


 破壊衝動に突き動かされながら、ミツルギのどこか理性的な部分が、魔法(スキル)による自滅を防いでいた。あるいは、それは夜色の外套の効果であるのかも知れなかった。


 ミツルギは徐々に後退しつつあった。

 確実に追い詰められながら、それでも倒されないのは、恐ろしいほどの身体能力と、常軌を逸した魔法(スキル)群のためだ。


 だが、その体力も無尽蔵というわけには行かなかった。

 『白夜』の魔法(スキル)によって、常人の数倍の体力と回復力を持ち、昇り続ける太陽がごとく活動できるミツルギでも、魔法(スキル)を多用した連続戦闘に疲弊してきている。


 少しずつ、確実に、ミツルギは傷ついてく。

 だが、依然として劣勢なのは王国側であった。


 ミツルギを半包囲できる兵力は既に不足しつつあるのだ。


「ハハハハハ!!」


 ミツルギは跳躍した。

 『天翔』の魔法(スキル)が、人間には到達できないような長距離、いや、垂直距離の跳躍を可能としている。


 矢の雨を掻い潜って、ミツルギは弓兵隊を強襲した。


 弓矢の利点は、その遠距離攻撃能力によって攻撃を集中させやすいことにあった。

 それはつまり、接近されれば脆い。


 ミツルギの刀が血の線を空中に描き、肉の崩れ落ちる音が響く。


 弓兵隊を失えば、もはや討伐も撃退も不可能。

 数分と経たず、王城に駆けつけた人々は血だまりに消えた。




 そんな様子を遠くから眺めている人物が居た。

 濃い茶色の外套を見にまとった女だ。


 彼女は王城の城壁に侵入し、本来であれば外敵を見張る塔の中で王城を覗いていた。

 大胆な密偵だ。


「なんてこと……」


 彼女はひとり呟いた。


 彼女の任務は戦うことではない。『鑑定の目』魔法(スキル)を持つ彼女は、情報収集を専門に行うことを命じられているのだ。

 報告の義務があるかぎり、死ぬとわかっていて戦うことはできない。


 すぐさまその場を去った。これ以上居座るのは危険だ。

 燃え盛る王城を背後に、女は影に紛れる。


 しかし、ミツルギは当然、彼女の存在を『察知』していたのだった。

 ミツルギが彼女を見逃したのは、単に、彼女も異世界人であったからに過ぎない。


 彼女もどこかの国で王剣として隷従させられている!


 異世界人による王剣制度は、なにも、グランド王国だけで採用されている制度ではなかったのだ。


 ともあれ、王城での戦いは終結した。


 おびただしい量の血が流れ、斬り伏せられた人々が、無残に屍をさらし、尖塔が崩れ、瓦礫が撒き散らされる。


 グランド王国の王城が崩壊する。


 しかし、これから先に作られる血の海と、築かれる瓦礫の山に比べれば、ほんの些細なことだった。



王城崩壊編―終了―


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