王城崩壊3
録音の魔具を両手で抱えながら、外套を着た老人が王城の秘密通路を走っている。
地下の祭壇に居たしわがれ声の人物、スレイブだ。
彼は今、既に亡き王の言葉を納めた魔具を持っている。
おお、なんということだろう!
既に亡き者の王命はいまだ、ここに生きているのだ!
この魔具を使えば、隷従させられているものは、録音された王命に縛られる!
「ばかな、ばかな……」
しわがれた声が呻いた。もはや聞き取ることも難しい。
老人の後ろ、裏口から退出したばかりの玉座の間から鋭い金属音が響いた。
戦闘音だ!
もはや、疑いようもない。
あの異世界人が反逆したのだ。許せん。
王国の為に働ける栄誉を踏みにじられて、老人は怒りに燃えていた。
老人は通話の魔具で王国騎士団長へ連絡を取った。
「騎士団長、敵襲だ」
「これはスレイブ殿、敵襲とは一体どこのことですかな?」
騎士団長の声はどこか軽い。まだ事態を把握していないのだ。
スレイブ老人は舌打ちした。
「全騎士団を召集しろ! 賊は玉座の間に侵入している!」
「……!!」
絶句!
それも当然である。
賊が唐突に王城の玉座の間に出現するなどありえない。あってはならない。
城の防御能力を疑われ、ひいては騎士団の職務怠慢を疑われる。
「直ちに!」
騎士団長は通話を切った。声には緊迫感が宿っている。
しかし、スレイブ老人はそれで安心したりはしなかった。
鋭い眼光。
老いてなお、その目は野心を宿し、油断も隙もない。
階段を降りる。
目指すは『王剣保管室』だ。
暴走した王剣を折るのも、また王剣の仕事というわけである。
スレイブの手中には「【ミツルギを殺せ】」との王命がある。
王城に納められている、残り七本の王剣が鞘から抜き放たれようとしていた。
騎士団長はすぐさま行動した。
まずは側近を使って騎士団へ伝令を送った。
そうしながら、自らは剣を引っつかんで部屋を飛び出す。
あわてて、彼の部下が後を追った。
しばらくも走らないうちに、騎士団長は血の臭気を嗅ぎ取った。
風の凪いだ夜に、この臭気。
明らかに大量の血が流れている!
騎士団長は焦った。
一人の出す臭気ではない。では、誰の血か。
おっとり刀で駆けつける騎士団長の前に、夜の影が揺らめいた。
左手に刀を持ち、濃い血の臭気をまとっている。賊だ。
騎士団長は速やかに抜剣。油断なく剣を構えた。
「何者だ!」
追従していた部下が誰何した。
無言。
もはや語る言葉はないとでも言うようだった。憎悪に染まった眼光が夜闇に怪しく輝いている。
騎士団長は直感した。
こいつは異世界人だ。どうやってか、隷従の魔術を破ったのだろうか。ありえぬ!
視界の端で閃光が走る。
「ぐはっ……」
部下の胴が分断されていた。
瞬きさえしていなかった騎士団長は、しかし、賊の姿を見失っていたのだ。
気がついたときには部下が死んでいる!
ミツルギの『時間停止』魔法だ。
「ばかな……!」
騎士団長は賊へ剣を振るおうとした。
その斬撃は鋭い。しかし、届かない。
その剣が賊を捉えるその前に、騎士団長の首と胴はさよならしていた。
零時間で刀が首に達し、そして、数瞬も待たずに刀は首を通り抜けたのだ。
『時間停止』魔法と『瞬間動作』魔法の併用!
人外の速度で繰り出される斬撃は回避も防御も不可能だ!
騎士団長も手練の騎士だったが、相手が悪すぎた。
ミツルギはあのしわがれた声の老人を追って、王城を走り始めた。
「クックック……。ハハハハハ!!」
ミツルギは哄笑した。
『察知』魔法が、居場所を教えてくれる。
その手に王命が生きていることも、ミツルギは『察知』しているのだ。