王城崩壊2
事態はすぐさま察知されることとなった。
魔法保有者だ。
『察知』の魔法を持つオオミヤは、召喚の儀の後、その場の魔術師達が皆殺しになったことを察知した。
オオミヤは誰にも気がつかれない様にこぶしを握った。本当なら天に向かって振りかざして叫びだしたかった。
だが、すぐに絶望した。
グランド王は死んでいない。
あの屑は巻き込まれなかったらしい!
一瞬でも隷従の魔術から逃れられると希望を抱いてしまった分、襲ってきた絶望は深かった。
オオミヤはその魔法によって王に害する事柄を察知させられている。
同時に報告も命令されているのだ。
このまま報告すれば、またあの王は生き延びてしまう。
だが、自ら命を絶つことも、王剣であるオオミヤには許されてはいない。
オオミヤは内心忸怩たる思いでグランド王の元へ走った。
オオミヤは照明魔具で照らされた廊下を走る。不意に、地下の祭壇に恐るべき存在を察知して息を呑んだ。
背筋が凍るほどの憎悪。そして圧倒的な力。
察知できるからこそ、オオミヤは戦力の差を見抜いた。
この国は滅ぶ。
長きに渡って異世界人を召喚し、隷従させてきた報いを受けることになるのだ。
オオミヤは自分でも気がつかぬまま、顔をにやけさせた。
王命であるから、事態の報告は強制されている。だが、オオミヤはそれがどうしたという気分だった。
彼の手に掛かれば、一言も発する間も与えずに王を葬ることもできるだろう。
もう終わる。
すべてが終わるときが来たのだ。
最後に願わくば、彼の力になりたい、とオオミヤは思った。
そのころ、地下の祭壇で人知れず火葬が行われた。
ミツルギだ。
『円火の理』の魔法で、今はなき恋人を弔ったのである。
浄化の炎はすべてを洗い流してくれたことだろう。
炎から生まれた黒煙が、ミツルギを包んで夜色の外套となった。
ミツルギは閉じていた目を開いた。
あいを映していた目にはもはや、憎悪しか残って居なかった。
すべてを壊し、世界を殺す。
衝動に突き動かされるように、ミツルギは動き出した。
あのとき、グランド王が視線を外した瞬間に流れ込んできた力、そして憎悪。
この世界に召喚され、望まぬまま強制された非道の数々、そしてゴミのように捨てられた異世界人たちの怨嗟が、その保有していた力と共に流れ込んできたのだ。
その力は、圧倒的。
数百人の魔法と能力を上乗せし、確固たる意思によって征服されたミツルギは、史上最強の存在となっていた。もはや敵なし。
ミツルギは祭壇から飛び出した。
左手には刀。
鞘に入れたまま無造作に持っている。
『アイテム創造』の魔法によって編み出された、ミツルギの武器だ。
その性質はただ、斬ること。
ミツルギの『斬り払い』の新しい姿だった。
地下からあがる階段がある。鉄格子の扉が往く手を塞いでいる。
ミツルギは刀を抜刀。切り捨てた。
一呼吸の間に地上へ。
今のミツルギにはこの程度のことは造作もないのだ。
照明を見て、立ち止まる。
明かりで目がくらんだのではない、その証拠に、彼は一瞬で駆け出した。
向かうは玉座の間。
まっすぐにグランド王の場所を目指している。
『空間把握』の魔法だ!
周囲の空間を完全に把握するこの魔法で、ミツルギは王の場所と、そこに至る道を把握してみせたのだ。
まだ魔法を得てから数分と経っていない。
圧倒的順応力!
放たれた矢よりも早く、ミツルギは玉座の間へと侵入した。
グランド王が傍らの男に何か言っている。
ミツルギに気がついた近衛騎士が声を上げようとした。
瞬きほどの時間も掛けず、ミツルギはグランド王の首に迫る。
命令される前に殺さねばならない。
ミツルギの隷従の魔術は継続中なのだ!
居合わせた近衛騎士達はミツルギを見失った。
『時間停止』の魔法だ!
これを使われたら抵抗できない。
どんな強者もただの的と化す。
しかし、グランド王の首は飛んでいかなかった。
時間を停止したままでは殺せない。刀がグランド王の首に吸い込まれるその瞬間に、魔法を解除したのがいけなかった。
グランド王はかろうじて生きていた。
喉笛を切られて声もでないほどの致命傷を負ってはいたが、まだ死んではいない。
ミツルギの目が憎悪に燃えた。
素早く刀を鞘へ戻す。これは戦闘の終了を意味しない。必殺の一撃への布石だ。
ミツルギの手から王を守ったのは、控えていた近衛騎士ではなく、先ほど何事かを言われていた男だ。
黒い髪に黒の瞳。ミツルギには見慣れた特徴だ。
「邪魔をするな」
ミツルギは言った。
「無理だ。守れと王命されている。私を殺すしかない」
男は語った。さりげなく王をかばう位置に移動しつつ、その目はミツルギと敵対していない。
この男も隷従させられているのだ。
王命は、撤回されるか、死ぬ以外に解除する方法はない。
異世界人同士の死闘が始まった。
「アサヒナだ」
友を見る目で、男は名乗った。
「ミツルギだ」
返答。一種の礼儀だ。
名乗る道理などあるはずもないが、同郷出身ゆえか、あいさつを交わす。
短い交流だった。
恐ろしく鋭い斬撃がミツルギの左手あたりから放たれた。抜刀術だ。
鞘から刀を引き抜く一瞬に相手を切りつける必殺剣。
だが、アサヒナはそれをかわした。
紙一重!
アサヒナが女であれば、乳房を失っているところであった。だが男である。助かった。
アサヒナの魔法は『瞬間動作』だ。ほんの一瞬の時間を引き延ばして行動できるこの魔法がなければ、いまので勝負は決まっていただろう。
だが、ミツルギの力は圧倒的過ぎた。
アサヒナの体勢が整うのを待たず、振りぬかれたはずの刀が返され、上段から二撃目が放たれる。
今度こそ、アサヒナは避けられなかった。
ここから更に避ければ、後ろに転がっている王に当たる!
王命は自らの命よりも重いのだ。
隷従していなければ逃げるくらいは出来たかもしれない。
だが、アサヒナは倒れた。剣筋をそらそうと構えた剣は両断されている。
致命傷だ。
ミツルギはちらり、とグランド王を見る。
すでに事切れていた。
玉座は血にまみれ、むせ返るような臭気に満ちている。
王命に背き、王剣を折る王剣、すなわち魔剣が誕生した瞬間だった。
ミツルギは笑い出した。
心底おかしくてたまらないといった様子だ。
玉座の間にいた近衛騎士たちはうろたえた。
余りにも一瞬のことで、王を守るどころか、構えすら取れていない。
最初に声をあげようとした近衛騎士が、開けていた口をそのまま閉じてごくりと喉を鳴らした。
その場に居て、オオミヤだけが、どこか嬉しそうに目を細めている。
「……壊す。すべてを壊す」
壊れたようにミツルギが呟いた。
稲妻が走った。
ミツルギの刀が銀線を曳いて、室内を駆け巡ったのだ。
近衛騎士は血と肉と骨のかたまりと成り果てた。騎士達だけではない、その場にいたすべての生き物は斬り捨てられた。
室内にいたすべての生き物を殺しつくすと、ミツルギはあふれ出した水が低い場所を目指して殺到するように、玉座の間から滑り出た。
ミツルギは『察知』の魔法を手にしていた。
読み返していたらオオミネさんが途中からオオミヤさんになっていたのでオオミヤさんにしました。(2015/09/14)