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猫耳と隷従1


 グランド王国の王都から出たミツルギは、フルメン帝国を目指していた。

 目指しては、いた。いた。


 ミツルギは街道から少し離れた位置にある森、名も知らぬ森で倒れていた。

 戦闘の結果ではない。いや、ある意味で、戦闘の結果だった。


 空腹に敗れたのである。


 世界を壊そうとするものの末路がこんなことでいいのだろうか、と思わないでもないが、ミツルギにとってもこんなはずでは、というところだった。

 思えば、ミツルギは特に食料も持たずに王都を出てしまっているのだ。いくら復讐の鬼になったとはいっても、数々の魔法(スキル)を持っているといっても、人間は人間だった。ミツルギは人間なのだ。


 もはやおなかも鳴かなくなった。元気がない。

 ミツルギの身を包む夜色の外套が、風に揺れてやさしくミツルギをいたわるばかりである。


「にゃぁ? 夜が落ちてるにゃ……」


 ふいに、がさがさとも音を立てずに唐突に、女の声がした。

 木の上から声の主が降りてくる。


 奇妙な衣装の女だった。ミツルギはそう思った。


 彼女には頭の上に猫のような耳があった。猫耳娘である。召還される前のミツルギであれば妖怪変化の類かコスプレだと思ったことだろう。しかし、今のミツルギには単なる女として認識されるようだった。


「女か……」


 ミツルギはそうつぶやいた。特に意味はない。ミツルギにとっては無意味なつぶやきである。


「にゃぁ……?」


 猫耳の女は、そんなミツルギのつぶやきを聞いて、少し驚いた顔をした。彼女にとっては、意味のあるつぶやきだった。


「夜がしゃべったかと思ったら、人間にゃ。人間が私を女と呼ぶのかにゃ……?」


 ミツルギは不思議に思った。猫耳女の言葉をではない。自らをである。


――警戒心を感じない。殺意が沸かない。


 おなかが空きすぎて、殺意も空になってしまったのだろうか。なんにせよ、ミツルギにはもう動く力は残っていないのだから、あってもなくても同じなのだが。

 だから、もうしゃべることもできなくなっていた。できるにはできるが、無駄なことに残り少ない力を注ぎたくなかったのである。復讐のためには生きなければならない。


「行き倒れにゃ? こんな森の中で行き倒れにゃ?」


 猫耳娘はミツルギの反応がないのをみるなり、近寄ってそういった。変な女だとミツルギは思った。いや、猫か?


「わけありにゃ? これはわけありにゃ!

 ふむふむ、そうだにゃ。よく見れば黒髪、黒目。異世界人にゃ」


 なんどもうなずきながら猫耳女はそういった。

 ミツルギは異世界人という単語を聞いて始めて警戒心を持った。ミツルギは少し呆けすぎていた。


「警戒することはないにゃ。王剣ではなく、異世界人。そう言ったのにゃ」


 猫耳女の目が怪しく光ったような、そんな錯覚をミツルギは持った。そして続く言葉に、今度こそミツルギはこの女を警戒した。


「お前、ミツルギにゃ?」


 ミツルギは残り少ない力を使うことにした。全身に力を配し、立ち上がろうとする。


「やっぱりそうにゃ? 警戒することはないにゃ。レスターの情報網は優秀ということにゃ」


 ニンマリとした笑みで猫耳女は言った。ミツルギは警戒心を強めた。

 レスターはグランド王国の冒険者だ。その情報網の優秀さから『網の目』と呼ばれている。そしてミツルギにとっては一応恩義ある相手でもある。

 だからこそ、ミツルギは警戒しなければならなかった。


「レスターには貸しがあるのにゃ。あったのにゃ。だから、あいつの情報網を少し借りられるのにゃ」


 まるでミツルギを警戒していない様子で、猫耳女は話を続けた。そうすることで、ミツルギが自分を攻撃することがなくなると信じているかのようであった。


「取引があるのにゃ、ミツルギ。空腹を満たせる『おにぎり』がここにあるにゃ」


 猫耳女はふところから包みを取り出した。お弁当であろう。


「これをあげるにゃ。代わりに、やってほしいことがあるにゃ」


 ミツルギはゆっくりと立ち上がり、ふらついて倒れた。もうだめだ。


「無理をするのは今ではないにゃ。やってほしいことも無茶ではないにゃ」


 猫耳女はお弁当らしき包みをゆっくりとおろすと、ミツルギと目を合わせた。


「『隷従の魔術』は知ってるにゃ? 知らないはずはないにゃ?

 召還された異世界人で、これを知らない者はいないにゃ?

 でも、それが異世界人にだけ使われると思ってないかにゃ?

 私の耳を見てどう思ったにゃ?

 どう、思ったにゃ?

 獣の類だと、思わなかったにゃ?」


 猫耳女は一気にまくし立てた。猫耳がピンと立っている。


「人間のいうところでは、私たちは魔獣の類なのだそうにゃ。ばかばかしいことにゃ。

 でも、『隷従の魔術』を使えば、私たちを使役できるにゃ。

 奴隷にゃ。やつらは私たちを奴隷にしているのにゃ。

 わかるかにゃ?

 お前にはわかるんじゃないかにゃ?

 私がなにを望んでいるのか、わかるんじゃないかにゃ?」


 ミツルギは隷従させられることを嫌悪している。いや、憎悪している。その手で恋人を殺すよう命じられ、逆らうことのできなかったミツルギは、『隷従の魔術』を憎悪している。ミツルギの敵のひとつだった。


「私は、にゃ。

 私はそれを根絶したいにゃ。

 『隷従の魔術』をこの世界から消し去りたいにゃ。

 だから、ミツルギ、手伝ってほしいのにゃ。

 でも、無茶はいわないのにゃ。それを見つけたら破壊して消し去ってほしいのにゃ。

 それだけにゃ。探したりしなくていいし、壊せないときはそれでいいにゃ」


 ミツルギに断るすべはない。理由もない。そもそも、ミツルギはグランド王国の召還陣や魔術関係の資料や、その他一切合財を王城ごと業火の中に投じている。言われるまでもない、決意するまでもない、当然の行動だった。

 だが、ミツルギが返答をする前に、猫耳女はそれじゃ、と言って立ち去った。


 現れたときと同じように音もなく、唐突に消え去った。

 ミツルギの前に置かれているおにぎりだけが、彼女が夢や幻でなかったことを証明していた。


 


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