魔剣ミツルギ
若い男女が夜の街を歩いている。
街頭と店からあふれる光で夜になってもこの町は明るい。そこは現代日本の一般的な街だ。車が行き来する大通りの、歩道を二人で歩いている。
楽しげに笑う女と、やや照れくさそうに手をつないでいるのは誰あろう、ミツルギだ。
夢だ。
しかし、それは現実の光景でもあった。
かつてあった出来事を、夢の中で再現しているのだ。
夢の中でミツルギは幸せを感じていた。それが失われていることをすっかり忘れているかのような様子だった。
不意に、声が響いた。
――殺せ。
街が豹変する。街頭は消え、光をあふれさせていた建物は霧に飲まれるように見えなくなった。いつのまにか車も走っていない。真っ暗な闇に閉ざされ、そしてミツルギの手は彼女の首へ伸びた。
驚愕するミツルギが必死に抵抗するも、その手は彼女の首を絞める。
――殺せ!
どこからともなく声が聞こえる。
低く、底冷えのする声だ。
――殺せ!
ミツルギは自分の腕を切り捨ててしまおうとした。
しかし、体の自由は利かない。体が硬直しているかのようだ。ただその手だけが意に反して動いている。
「くそっ! くそっ!」
彼女が事切れると同時、ミツルギは飛び起きた。
グランド王国の薄汚い裏路地だった。日が出ていないのか、暗い。
光を切り捨てている黒刀が、右手に握られ、刃が左腕に触れている。左腕を切り落とそうとしているようだった。
しかし切れていない。
ほんの少しも切れてはいなかった。夜色の外套が刃を防いでいる。左手首に、銀色の輪が見えた。
「夢か……」
ミツルギはつぶやくと、刀を握ったまま地面を殴った。
憎い。
激しい憎悪がミツルギのなかで渦巻いている。
だが。
左手首にあるのは『偽装の腕輪』だ。この世界の、憎むべき相手であるはずの相手から受け取った、ミツルギを守るための道具。
その相手からは、生き残るのに有用な魔法の使い方まで教わっている。
ミツルギはこの世界を憎んでいる。しかし同時に、この世界に生きるレスターに恩義も感じているのだ。
ミツルギは自分なんなのか、わからない。
薄汚い裏路地で独り、うずくまった。
昨夜の冒険者ギルドでのできごとが、ミツルギの頭によみがえる。
ミツルギはサカノウエを斬った後、その遺体を焼いた。『円火の理』は、雨の吹き込む中でも対象を焼けるのだ。
焼きながら、ミツルギはサカノウエの最後の言葉を反芻していた。
――殺せ。すべての王剣を。それだけが私達の希望だ。
この世界にどれほどいるのか、どこにいるのかもわからない王剣。そのすべてを殺す。
できるだろうか、そしてそれは何のためにやるのか。
ミツルギはすでに、自分の復讐を終えていることに気がついていた。
グランド王と、魔術師たちを斬った。そして王城を完全に破壊し、国家の中枢を殺戮したのだ。グランド王国は死んだ。もう、ミツルギの復讐は終わっている。
だが、ミツルギの中にはいまだに燃え上がる復讐心がある。
この世界を殺しきるそのときまで、ミツルギは内に潜む復讐の鬼から逃れることはできないのだ。彼に力を与えたその鬼が、その目的を果たすまで。
ミツルギはもはや、自分自身でさえなくなったらしい体をしばらく眺めると、ふらふらと立ち上がって裏路地から出た。
王都の空にいくつもの煙が見える。あちこちで争いが起こっているらしかった。人で賑わっていた大通りにも、今は人影が少ない。たまに通りかかる人も何かにおびえているか、ギラギラとした目で獲物を探している。
王都の統治機能は死んだ。その結果だった。
数ヶ月もしないうちに、この場所は荒廃するだろうと思わせる光景が、ミツルギの前に広がっていた。
ミツルギはそれを無表情に見つめる。
ふいに、軽武装で薄汚れた男が目に入った。
「冒険者か……」ミツルギはそうつぶやくと、魔獣を斬ったことを思い出し、嗤った。
あれを斬っていなかったら、王都は魔獣によって崩壊していたかもしれないと、ミツルギは思い至ったのだ。
思い至って、ミツルギは嗤った。人々はあまりに弱い。
グランド王国のやつらは魔獣によってではなく、自らの手で滅んでいくのだ。統治を失い、欲望を抑えられなくなった者たち、いわばグランド王国の身内によって、自ら荒廃してゆく。
ミツルギは、自らの手で自らの大切なものを壊していくグランド王国の姿を幻視し、自分を重ねていた。
「そうだ、復讐とはそうでなくては」と、ミツルギは誰に言うでもなく呟いた。
――同じ目にあわせるのだ!
復讐だ。この世界のすべての王と、王剣と、そして魔獣を狩ろう。そうして自ら崩壊してゆくさまを眺めるのだ。ミツルギはそう、心に決めた。
ゆっくりとした動作で、ミツルギは大通りを歩き、誰にも止められることなく王都から立ち去った。
目指すは帝国。
まだ見ぬ王剣と、異世界召還を行う王達を斬るのだ。そして道中、魔獣も斬り捨ててやろう。すべては復讐のために。
ミツルギが、自らの意思で魔剣としての歩みを始めた瞬間だった。




