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王城崩壊1


 風の凪いだ夜だった。

 星の光さえ、どこか冴え冴えとして、地上からあらゆる恩寵(おんちょう)が失われてしまったかのようだった。


 それは、王城の地下室で、これから行われようとしている儀式(ぎしき)に対する、世界からのささやかな反抗だったのかも知れない。


「準備はよいな」


 石で出来た荘厳(そうごん)祭壇(さいだん)に、低い声が響いた。男の声だ。

 祭壇の上には数人の人影がある。

 誰もが黒い外套を頭から被っていて、顔をうかがうことはできなかった。その中で、唯一彼だけがフードを被っていなかった。


 薄い金色の髪が、短く切りそろえられている。

 顔には深いしわが刻まれていたが、ギラギラと輝く目が衰えを感じさせなかった。


 この男こそ、グランド王国の国王、グランドその人である。


 ふいに、右手をかざした。

 それが合図だった。


 祭壇の上、中央の不思議な紋様を避けるようにして並んでいた者たちが詠唱を始めた。


 外套を被っているのは皆、魔術師だったのだ!


 あたりにおぞましいほどの魔力が満ちる。

 世界の理を捻じ曲げて、自らの欲望を満たすための儀式が始まった。


 紋様が淡い光を放ち始める。

 夜の先触れに輝く宵の明星か、その輝きはどこか暗い。


 祭壇の上に、新たな人影が現れた。

 紋様の上に突如として現れたのだ。召喚魔術である。


 祭壇に驚愕と困惑の雰囲気がただよった。

 しかし、召喚された二人の男女に比べればほんの些細な気配である。


 年のころは三十には届いていないようだ。黒い髪と黒い瞳が、そろえた様に二人とも同じだった。


 男と女が、手を繋いだまま辺りを見回している。二人は恋人同士らしかった。

 どちらの顔にも困惑と恐怖が伺えた。


 グランド王がにやり、と口角をゆがめる。


「ようこそ、勇者さま方」


 侮蔑のこもった声だった。

 グランド王は、自らが勇者と呼んだ相手を完全に見下している。


「……な、なんなんだこれは!?」


 勇者の男が動揺しつつも叫んだ。誰も答えない。

 女の方は男に身を寄せて震えるばかりだ。


「騒ぐでない。頭が高いぞ。【(ひざまず)け】」


 途端、勇者の男女は跪いた。

 それが当然であるかのような行動だった。隷従(れいじゅう)の魔術だ。グランド王達は異世界から人間を召喚しては、隷従の魔術で強制的に従わせているのだ!


「しっかりと掛かっているようですな」


 外套を着た者の一人がしわがれた声で言った。この老人の名はスレイブだ。

 満足そうに頷いているのが、外套の外からでもわかった。


「我が名はグランド。現グランド王国、国王である」


 グランド王は厳かに宣言した。

 勇者の男女は状況にたいして理解が追いついていない様子で、小さく震えながらせわしなく視線を交わ合っている。


 グランド王はスレイブ老人の方をちらりと見ると、視線を勇者に戻した。


「お前たちは『王剣』として我が名の元に隷従しておる。我に尽くす価値があるかどうか、手始めに試験行うとしよう」


 底冷えのする声で、グランド王は言い放った。


「【殺し合うがよい】」


 勇者の男女はあわてて立ち上がると、お互いに向き合った。

 その目は驚愕に見開かれている。


 愛を誓い合ったはずだった。

 そんな相手が、自分を殺そうとしている!


 男は決死の抵抗を見せた。

 それは涙の形をとって現れたが、グランド王の命令、『王命』に逆らうことはできなかった。


 隷従の魔術を受けた者は、命令が撤回されるか、命令を達成するか、達成できずに死ぬ以外に自由になることはないのだ。


 勇者の女が事切れると、男の方はようやく体の自由を取り戻した。


 彼は、彼女の首に自らの手のあとがくっきりと残っているのを見た。


「イヨ……」


 勇者の男は搾り出すように呟いた。彼女の名前だ。

 手の振るえは悲しみによるものか、怒りによるものか。


「よろしい。お前が新しい『王剣』だ」


 王剣となった男はグランド王へ憎悪のこもった目を向けた。


「【名乗れ】」

「ミツルギ」


 ミツルギは短く、自らの名のみを答えた。声だけで人を殺せるとしたらこんな声だったに違いない。


 グランド王は特になんの反応もしなかった。

 用はすべて済んだとでも言うように右手を横に振ると、視線を外してしまった。


 もし、視線を外さずに居たなら、ミツルギが唐突に困惑していることに気がついただろう。

 正面に居たグランド王以外に、ミツルギの変化に気がつけるものはいなかった。


「……壊せ」


 ミツルギはうつむき、小さく呻いた。何度も繰り返し言われた言葉を、改めて自分の口で言い直したようだった。


 この状況でぶつぶつとうわ言をつぶやく者は、別段珍しくない。

 グランド王は気にも留めず立ち去る。

 しわがれ声のスレイブ老人がその後に追従した。


 そして、外套を着た者達はミツルギを連れて城の王剣保管室へ行き、鎖でつなぐのだ。

 いつものことだった。

 だが、このときだけは違ったのだ。グランド王は運が良かった。いや、悪かった。


「うぅ……壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ……すべてを壊し、世界を殺せ!!」


 ミツルギから赤黒い闇が(にじ)み出したかのようだった。

 すべての光を断ち、世界のすべてを消し去る意思が顕現(けんげん)したかのような色。


 電光石火!


 ミツルギが祭壇の上を駆けた。


 外套を着た魔術師者達は息絶えていた。

 ただの一人も生きては居ない。


 ミツルギの手刀が、その命を刈り取ったのだ。


 『斬り払い』の魔法(スキル)だ。


 異世界からの召喚者は皆、人間を越えた魔法(スキル)を持っている。だからこそ、召喚の魔術で拉致され、隷従させられるのだ。


 この悲劇の遠因ともなったミツルギの魔法(スキル)は、すべてを斬ることができるという『斬り払い』の魔法(スキル)だったのだ。


「う……ぁ……」


 ミツルギは傍らで息絶えている女を抱きかかえた。

 不思議と、彼女の表情は穏やかである。


 地下室にミツルギの慟哭(どうこく)が響いた。



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