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帝国の王剣2


「俺達はこれからどうなるんだろうな……」


 大通りからすこし入った路地裏で、男と女が話し込んでいる。


 王城の火が勢いを落とすにつれ、王都に暮らす人々の心には不安がじんわりと侵入してきていた。


「私が知るわけないじゃない……」

「王様はどうなったんだ?」

「私が知るわけないじゃない」

「騎士団は? 魔獣は倒されたのか?」

「私が知るわけないじゃない」


 女はため息を吐いた。


「私達はこれからどうなるの?」

「俺が知るわけないだろう……」

「パン屋さんが閉まってるのよ。夕飯はなにを食べればいいのかしら?」

「俺が知るわけないだろう」

「私達、なにも知らないのね……」

「ああ……」


 二人はため息を吐くと、揃って空を見上げた。


 徐々に雲が空を覆ってきている。

 暗い夜空は未来の暗示だろうか。

 そこに浮かぶ明るい月は?


 二人が月を見たちょうどその時、何かが横切った。

 それは月に影を生み、すぐに消えてしまったが、二人には悪い前触れのような感じがしたのだった。


「……なんでこんなことになったのかしら?」


 女は空を見上げたまま言った。


「俺が知るわけないだろう」

「私達、なにも悪いことしてないわよね……?」

「なにもしてないな……」


 男は頭の奥で何かが引っかかったのを感じた。


「そうよね。なにもしてないのに……」

「なにも……」


 男はもう、空を見上げてはいなかった。


「なにもしてこなかった……」


 だから、か?と男は思った。


 男は自分の手を見た。

 傷も、血もついていない、きれいな手だった。


「私は悪くないのに……なんで……」


 女はまだ空を見上げたままだった。

 夜空の雲は、月の光を遮り始めていた。





「雲が出てきやがった……!」


 レスターは王都の北門を無理やり突破しつつ空を見上げた。

 月明かりがなくなれば、路地は真っ暗になる。

 人が走るにはよいとは言えない。


「あの装束は夜に溶け込むしな……チッ」


 一人で呟きながらレスターは暗くなりつつある道を駆ける。冒険者ギルドまでは大通りを通るより、裏道をいくつか使ったほうが早い。

 そこへ一人の男が近寄って来た。


「旦那、ギルドに例のお客が来てますぜ」


 レスターは走りながら目を細めた。

 どっちの客だ?と思ったのだ。


「商人か?」


 男は、レスターが珍しく舌打ちしなかったことに驚きつつも答えた。


「へい」


 レスターはやや安堵したが、考えれば帝国の密偵が来ていたら、この男は報告には来れない事を思い出して、自分の不覚を自覚した。焦りで判断力を失っていたのだ。


「チッ……」


 男はレスターの舌打ちを聞いてどこか安堵した。

 そして、いつもびくびくしながら聞いていた舌打ちに安堵する日が来たことに驚いた。男には、それが不吉に思えてならなかった。

 言葉に出来ない不吉さが、彼の声を震えさせる。


「ど、どうしやす?」

「どうもしねぇ。商人にはな……」


 レスターは一呼吸置くと続けた。


「別の客が来る。お出迎えの用意をしろ」

「そ、そいつは……」

「予想より動きが早い。チッ……魔法保有者(スキルホルダー)かも知れねぇ」


 レスターは相手が王剣である可能性まで看破していた。

 そして、同時に状況が相当に悪いこともわかった。


 空はますます暗くなり、ついにレスターの道を照らすのは家々からわずかに漏れ出す明かりのみになった。

 レスターは燃える王城の明かりさえありがたく感じてしまいそうだった。



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