月下の憩い3
「魔法に頼ってんじゃねぇ! そんなもんに頼っている限り、お前の限界は魔法の限界だ! 魔法を越えろ! ソイツは道具にすぎねぇだろうが!」
レスターの怒声が飛ぶ。
ミツルギはその驚異的な身体能力でレスターを追い詰めているが、決定打を与えられずにいる。
魔法を使えば倒せないことはない。
しかし、タイミングを誤れば『瞬間動作』であってもかわされる。
「これが経験値の差か……」
ミツルギは呟いた。
「魔法に頼りすぎなんだよ。たしかに魔法は強力だがな、そいつを持っているだけじゃ二流……魔法保有者だ。」
レスターは一旦剣を納めると、語りだした。
「保有者ってのはよぉ……持っているだけでも保有者なんだ。自分の力を使いこなせてねぇやつって蔑称でもあるんだぜ?」
ミツルギは黙って話を聞いた。
「魔法はつえぇ。だが、使いこなせてねぇなら自滅することもある。いいか、魔法を使いこなせ。そうすりゃお前は『魔法使い』だ」
レスターはにやりと笑った。
「さて、お客さんだな」
ミツルギの察知も招かれざる客を捉えていた。
月は高く昇り、既に草木も眠りについている時間だ。
濃い、黒に近い茶色の装束を着た者達が、木々の間から現れた。
真っ黒の装束は夜に浮く。
彼らの装束はみごとに夜に紛れていた。
「特務か……」
レスターが呻いた。
「特務?」
ミツルギがレスターを伺う。
「帝国の密偵だ。どうやら狙いは俺の方らしい」
特務の者達はレスターを中心に、半包囲しつつある。
「グランド王政府が壊滅したからな……王都の実力者を排除しようってことだろ……だろ?」
レスターが獰猛な笑みを客人に向けた。
すごい威圧感!
だが、特務にとって、これくらいは日常茶飯事のことだ。
動揺もなく武器を構えている。
「おい、あの女の方は大丈夫なのか?」
ミツルギは気になったことを言った。
実力者を排除するのであれば、魔獣の正面に居たあの女も排除の対象になっている可能性がある、とミツルギは思ったのだ。
「チッ……やべぇかもしれねぇな」
レスターは舌打ちした。
「行け」
ミツルギは言った。
「こいつらは俺が殺す」
ミツルギから殺気があふれ出た。
その瞳には憎悪の炎が再び宿っている。
「すまねぇ、だが、お前を残してはいけねぇな」
レスターはそういってミツルギの手に持つ刀を見やった。
カタカタと小刻みに震えている。
「……む?」
ミツルギは自分の手が何を怖れているのかわからなかった。
短い時間ではあったが、レスターと関わったことで、ミツルギの中でこの世界に対する価値観が揺らいでいるのだ!
特務の者達が包囲を絞り始めた。
「しっかりしろ! お前の敵を思いだぜ!」
レスターが吠えた。
敵。ミツルギの敵。
それは、温もりを奪い去った非道の輩。
すなわち、この世界だ!
一閃!
ミツルギの斬撃が走った。
包囲にレスターの通れる隙間が生まれる。
「お前達は俺が殺す……」
ミツルギが威圧した。
圧倒的な実力を持つミツルギの威圧感は、実力がある者程効く!
包囲の中心がレスターからミツルギに移った。
「行け!」
ミツルギはもう震えていなかった。
レスターは一瞥すると、今度は走り出した。
月明かりを弾いて、ミツルギの刀が銀に輝く。
その左腕には、外套に隠れて腕輪が嵌まっていた。
「目立つな……」
ミツルギは自らの持つ刀を見下ろして言った。
ミツルギの刀から輝きが消えた。
刀身が光を切ったのだ!
光をまったく反射しない片刃の長剣。ミツルギの愛刀はこのとき完成形に成ったのだ。
「死ぬがよい」
ミツルギの宣告とともに、夜が走りぬけた。
月明かりに照らされてなお、その姿を捉えるのは容易ではない。夜色の外套が、敵意の視線からミツルギを隠してしまうのだ。
ミツルギは瞬く間に三人の特務を斬り伏せた。
まだ魔法の発動はしていない。
いくつかの常時発動系のみが働いているだけだ。
たった数時間の稽古。
しかし、それはミツルギにとって大きな糧となっていた。
『瞬間動作』も『時間停止』もここぞというポイントでしか発動しない。
タイミングを計り、確実に決めるのだ。
戦力の不利を悟った特務は投擲術で牽制しつつ、撤退に入る。
猛毒のナイフ!
しかし、ミツルギはこの戦い方に見覚えがあった。
鞘でナイフを弾く。
跳躍!
ミツルギからは逃げられない。
結局、特務の者達は、木の上で身を潜めていた者も含めて、十人全員がミツルギの刀に斬られることになった。
月下の憩い―終―