月下の憩い2
「お前、異世界人だろ?」
おにぎりを食べ終えたレスターはおもむろに言った。
「……ああ」
どこでわかったのだろうか?
ミツルギは目を細めながら答える。
「黒い髪、黒い瞳、魔法保有者……これだけあれば誰だって異世界人だと分かる」
レスターは先手を打って疑問に答えた。
「そうか……」
ミツルギは改めて、この世界について何も知らないことを気付かされた。
レスターが銀色の腕輪を指差した。
「そいつで髪と瞳の色はごまかせる。『偽装の腕輪』って魔具だ』
ミツルギは落ちている腕輪を見た。
月の光を受けて銀色に輝いている。
「腕にはめて偽装を念じればいい。そうすれば、ひとまず街に入って食糧を手に入れるくらいはできるだろうよ」
ミツルギはレスターを見た。
「何故ここまでする……?」
レスターはやれやれといった風に首を振った。
「だから言ったろ、礼をしにきた。ってんのはまぁ、建前よ……」
にやり、とレスターは笑みを浮かべた。
悪巧みの顔だ。
しかし、ミツルギは危険を感じなかった。
レスターからは害意を察知できないのだ。
「お前、ギルドに入らねぇか?」
レスターは真剣な顔にもどるとそう言った。
ある種の信念を持った男の顔である。
「ギルド……?」
「ああ、冒険者ギルド……俺達のギルドだ」
ミツルギは王城での出来事を思い出す。
魔獣の前に立つ人々、倒れて動かない死体の山……。
「戦力が不足しちまったのは確かだが、お前を誘ったのは別の理由もある」
レスターは先手を打った。
「無理にとは言わねぇ。だが、お前にとっても利のある提案だと、俺は思ってるぜ」
ミツルギは即答を避けた。
レスターの意図がわからないばかりか、ミツルギはこの世界について無知なのだ。
なにが原因で足元を掬われるかわからない。
「まぁ、即答はできねぇよな……。いいぜ、聞けよ。俺に答えられることなら答えてやる」
レスターはミツルギの様子を見ながら笑った。
だが、その目に灯る信念の炎は隠していない。
「なんでもいいせ? どうやってお前を見つけたのか……とかでも、今なら答えてやるぜ?」
ミツルギは、この男が何を考えているにしても、自分には情報が必要だと考えることにした。
「『猟犬は獲物を追う』」
ミツルギが端的に言うと、レスターが目を見開いた。
「俺の魔法じゃねぇか! 知ってたのか?」
「いや、『メイを名乗れ』って魔法だ。名乗った相手の情報を鑑定できる」
「そいつは便利だな……」
レスターは見かけは筋骨隆々で野蛮な男といった風体であるが、その実、こういった補助的なものを好む技巧派でもあった。
「俺はてっきり、お前の魔法は超スピードとかそういう系だと思ってたぜ……」
レスターは目算を外されてがっかりしていた。
「そういう魔法もある。『瞬間動作』だ」
ミツルギが答えると、レスターは呆れた。
「二重魔法保有者かよ……」
「二つ……いや、もっとあるが……」
ミツルギがなんでもないように言うと、レスターは慌てた。
「重複魔法保有者!? そんなの聞いたこともねぇぞ……いや、確かに、あのとき突然出現したのは超スピードじゃ説明できねぇな……」
レスターはぶつぶつと呟くと、ミツルギに言った。
「お前……使いこなせてるのか?」
今度はミツルギが驚く番だった。
ミツルギは使いこなせているとは言いがたい。
実際、特定の魔法に頼りすぎている。
「いや……」
「だろうな。お前くらいのやつが使いこなせるほど、魔法は甘くはねぇ……。反動で自滅するのがオチだぜ」
「ぐっ……」
図星である。
『時間停止』の反動で、ミツルギはすっかり十代前半くらいになっていた。
『瞬間動作』の反動で全身がズタズタであるし、『犠牲は払わぬ』で回復できると言っても、この魔法は敵味方の区別なく周囲全員を回復させるのだ。戦闘中には使えない。おまけに疲労は抜いてくれない。
『瞬間装甲』は強力な防御力を得るが、範囲の指定が難しく、下手をすると全身硬直で固まってしまう。
常時発動している『察知』は便利だが、指定条件に合わなければ察知できない。条件を掻い潜れば接近を許してしまうのは、レスターがここに居ることで証明している。
『空間把握』も同様だ。建物の構造や剣の間合いくらいならどうとでもなるが、自然の複雑さの前に、ミツルギの処理能力は限界だった。
思い越せば、ミツルギはずいぶんとギリギリである。
「……よし、変更だ」
レスターはおもむろに立ち上がり、剣を拾った。
「稽古をつけてやる。質問はそれから聞くことにするぜ」
筋骨隆々の大男と、黒髪の小さな少年が向かい合った。
「全力で来られたら、俺は死ぬけどな!」
ミツルギは思わずふきだした。
異世界に来て、初めて笑った瞬間だった。