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王都の冒険者5


 北側外壁の鐘楼が、音を立てて崩れた。

 凄まじい轟音が王都に響いていく。


 住民達はその音を聞いてますますパニックに陥った。

 しかし、無音で崩れたらそれはそれで怖い。


 北側外壁の攻防は新しい局面を迎えていた。


「『雷鳴の鐘』は右のやつをやれ! 『春風』と『戦場の盾』は左だ!」


 ミスレイの指示が飛ぶ。

 冒険者達がたどり着いたのだ。


 これで安心!

 とは行かなかった。


 すでに外壁担当の兵士は全滅し、その屍で以って魔獣を食い止めていたのだ。


 魔獣の口から血が滴るのを見て、冒険者達の低い士気がさらに下がるのを、ミスレイの後ろでレスターが眺めていた。


「チッ。腰抜けどもが……」


 レスターは吐き捨てると、抜剣。魔獣の前に躍り出た。

 蛮勇である。


 レスターは魔獣の腕一振りで吹き飛ばされた。


 いや、わざとだ。

 衝撃の瞬間に自ら飛び上がり、威力を殺している。

 魔獣の腕にはわずかだが切り傷。


「へっ……切り落とせはしねぇか……」


 レスターは獰猛な笑みを浮かべた。


 その左右で何かが宙を舞った。

 冒険者だ。


 他の魔獣を相手にしていた冒険者が吹き飛んでいく。

 彼らはレスターのようには行かなかった。


 壁や地面に叩きつけられ、無残に死んでいる。


「チッ……」


 レスターは舌打ちしてつばを吐いた。汚い。


「レスター! そいつはお前のクランに任せる!」


 後ろからミスレイが言った。彼女自身は全体の指揮を執りつつも最後の一体と対峙している。


 四体の魔獣と王都の冒険者達の死闘が始まった。


 剣が折れ、血が飛び散り、魔術の光が空を切る。

 矢が殺到し、魔獣の咆哮が冒険者を威圧した。


 ついに一体の魔獣が倒れる。

 やっと一体。


 冒険者は既に三つのクランが壊滅し、その半数は地面に倒れている。もう半分は壁に張り付いている。


「チッ……」


 レスターは舌打ちして血をぬぐった。


「旦那、もう持ちませんぜ……」


 レスターの隣に居た男が言った。彼のクランに所属する冒険者だ。

 クランの冒険者は既に十人を切っている。この場を切り抜けたとしても、彼のクランは以前のような情報収集能力を発揮できない。

 レスターのクランはすでに壊滅しているのだ。


 しかも、戦闘のどさくさに紛れて、魔獣は二体になっていた。

 一体は追い返せたというわけではないだろう。

 王都の内側に向かって死体と血が続いている。


 それにしては王都のほうで悲鳴が聞こえない。


 レスターは不思議に思いながらも、じっくりと考えている余裕はなかった。




 ミツルギは路地裏を歩く。

 遠くで激しい戦闘音が聞こえる。


「この先か……」


 ミツルギは虚ろな目で前を見た。


 少女だった。

 薄緑色の髪を肩まで伸ばし、ボロボロな服を身にまとっている。


 彼女の腹からは巨大な黒いものが飛び出している。


 魔獣の爪だ。


「た、たすけ……」


 少女とミツルギの視線が合った。


 ふらり、とミツルギは歩み寄る。

 魔獣がうなり始めた。


 赤黒い魔獣は少女を放ると、次の獲物をミツルギに決めたか、飛び掛る。

 哀れ。


 ミツルギの力を計れない魔獣は二つの肉塊となった。


 続けて、ミツルギは刀を少女に向けた。

 その首を斬り飛ばすのだ……。


 しかし、少女はすでに事切れている。

 横たわった少女をミツルギは凝視した。その首に手の跡を幻視する……。


「グッ……ぐぅぅ……」


 ミツルギは路地道を歩き出した。

 その先は北側外壁である。




 冒険者達は追い詰められていた。


「王剣がいねぇんじゃ何のために税金を払ってんのかわかりませんぜ……」

「俺はここを生き延びたらもう国には頼らねぇ……」

「頼ったことあんのかよ……?」


 クランの部下達はそれぞれ吐き捨てている。


「生き残れたら好きにしな……!」


 レスターは魔獣の右手を剣で受けた。そのまま跳躍。

 受けきれる攻撃ではない。レスターは攻撃を受けるたびに自ら跳んでダメージを減らしている。


 だが、すでに体力は限界に達している。

 着地に失敗した。


 目の前に魔獣が立っている!


 どうやらレスターの対峙していた魔獣は、狙ってもう一体の魔獣の前へ飛ばしたらしかった。


「チッ……」


 レスターは舌打ちした。もはやこれまで。


「また舌打ちか?」


 ミスレイが立っていた。レスターからは顔が伺えない。レスターに背を向け、魔獣の前に立っているのだ。


 魔獣が腕を振り上げる。


「悪い癖だぞ、レスター」


 レスターは時間が引き延ばされていくのを感じた。

 ミスレイに魔獣の爪が迫る。


 ミスレイの剣はそれを受けようとはしていない。

 受けることは不可能だ。

 そしていま、彼女の後ろにはレスターが居る。


 回避すればレスターは死ぬ!


 レスターはミスレイの剣が魔獣の右目を狙っていることを見抜いた。

 相打ちでさえない。


 負傷を負わせるための捨て身。


 魔獣と人間にはそれほどの戦力差があった。


 レスターは舌打ちしたい思いだった。しかし、それほどの時間は経っていない。

 ほんの一秒にも満たない短時間。


 不意に、レスターの視界に夜が出現した。


 黒い髪、黒い瞳、夜色の外套。煌く刀身。


 ミツルギだ。


 ミツルギの放った刀が銀線を曳いて魔獣を斬り裂いた。


 一秒も経っていない時間の中で、ミツルギだけがあっさりと動いていた。

 まだ、斬られた魔獣自身でさえ、そのことに気がついていない。


 どさり。

 魔獣が肉となって地面にこぼれた。


 レスターの時間は再び動き始めた。


 全身に汗をかいている。


「ありがてぇ……」


 レスターは唐突に現れた異世界人に、確かに言った。


 ミツルギとレスターは視線を合わせた。

 その瞳に写るのは燃えるような憎悪、そして困惑。


 レスターは考えるより早く剣を捨てた。

 ミスレイとミツルギの間に体を滑り込ませると、ミスレイを引かせる。


 ミツルギはそれをしばし見つめると、もう一体の魔獣に向かって跳躍した。


 一閃。

 魔獣の振りかぶった腕ごと、豆腐を切るように斬り裂いた。


 血が噴出す。

 魔力のこもった禍々しい血が、辺りを侵した。


 誰も、何も言えなかった。

 ただ、突然の乱入者に震えている。


 王剣か? という疑問を、誰も口にしなかった。


 ミツルギはそれを見渡すと、ふらりと歩き出した。


「壊す……俺は壊す……」


 呻きながら、それでも冒険者達を斬ることはなく、その足は王都の外へと向かっていた。




王都の冒険者―終―


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