第6話 シノブは回り込まれてしまった!
すっごく、久々の投稿です。
ちょくちょく書いていたのに、書いては消して……の繰り返しだったので、全然進まない状況でした。
更新ペースはすっごく遅いと思いますが、気の向いた時にでも確認してみてください。
「カエデ、起きなさい」
シャルに首元を優しく叩かれて、カエデは目を覚ました。
「ブル?」
「何を寝ぼけているのよ……シノブ様がギルドに向かうそうよ。私達も出来ることをしておかないと」
現在、カエデは宿屋の馬小屋に繋がれている。
シノブ達が宿屋に戻ってきて、かれこれ2時間は経っている。シノブが宿屋の人々とこれからの事や万が一の時には自分達はこの村から脱出するかも知れない、と話した。
シノブはこの村と心中する気は無いが、この村の住人である宿屋の家族からすれば軽蔑の対象かも知れない、と思っていたのだが……
「ではその時はご一緒させてください……足でまといになりそうな時には、これを囮に使ってもいいので、どうかお願いします」
じいさんはおじさんの肩を叩きながら、俺に対して頭を下げた。
「何で俺が囮なんだよ!こういうのは老い先の短い人間からだろうが!」
「何を言っておる。囮なんじゃから目立たねばなるまい。それにイキが良くないと食い付きが悪くなるじゃろうが!」
そんな言い争いをする二人を無視するように、おばあさんが話しかけてきた。
「あのバカ達は放っておくとして、万が一の場合は孫と義娘だけでも連れて行ってください。私達と逃げるよりも、シノブさんと一緒の方が助かる可能性が高いでしょうし……勝手なお願いなのは重々承知ですが、どうかお願いします」
「分かりました。万が一の場合はお孫さんとおばさんを連れて行きます。もちろん、余裕があれば皆で逃げましょう」
そういった事を話し合い、俺はゴブリンの偵察に行く事にし、皆は村に残って迎撃する時や逃げ出す時の準備をする事となった。
まだ明るい内にゴブリン達の居場所を突き止めておきたかったのだが、丁度その時、集合の合図の鐘が鳴り響いた為、とりあえずギルドに顔を出す事にした。
「シノブさん、お待ちしていました。村長や今村にいる冒険者達が集まっていますので、シノブさんからも説明をお願いします」
俺がギルドに顔を出すと、受付のお姉さんに腕を掴まれて会議室まで連れて行かれた。
会議室にはギルド長を中心とした20数名の冒険者のかたまりと、初老の男性を中心に据えた村人達が向かい合う形でいた。
「おお、お主がシノブかさっそくで悪いが、話を聞かせてくれ」
初老の男性———おそらくは村長が、俺の姿を見るなり詳しい説明を求めて来た。
そこで、俺は見たままの事を話し、証拠としてバッグに放り込んでいたハイゴブリンの死体を取り出した。
その死体を見た瞬間、会議室は静まり返り、皆難しそうな顔をした。
「今から逃げ出せば、なんとか逃げ切れるんじゃないか?」
若い冒険者の1人がそう提案するが、即座にギルド長と村長に却下される。
「それは難しい。何せ、推定で二~三千の群れだ。しかも、発見場所が割と近い場所だから、下手をすれば先回りしている個体もいるかもしれない」
「それに、今から必要最低限の荷造りをしたとしても、村人全員が終わるまでにはそれなりの時間かかるじゃろうし、移動手段も限られておる……万が一にも先回りしているゴブリンが群れでおったら、かなりの被害が出るじゃろうて」
この村の人口は千人にも満たないが、それでも皆で逃げだすには時間がかかり、かなりの犠牲を覚悟しないといけない。
その事を考えると、責任者の立場にある二人にはおいそれと許可を出す事は出来なかった。
「他の村や町からの援軍は、どれくらいの時間で来そうですか?」
俺の質問に、村長は少し考えてから口を開いた。
「早くて約一日くらいかの。一番近い村で往復で半日かからんくらいじゃし、人数を集めるて準備するのに半日程かかると考えた場合の話じゃが」
「一番の問題は、この村に援軍として来てくれる冒険者が何人いるかだけどね……一つの村や町から十~二十人来てくれたらいい方かな」
冒険者の仕事通して考えた場合、この村には大した特徴や産物も無く。また、相手がゴブリンであるため素材が期待できない上に、上位種が多くて大群で攻めて来るとあっては、危険が多い上に報酬が少ないこの事件は、冒険者にしてみれば割に合わなすぎの仕事だそうだ。
なので、正義感の強かったり、この村に知り合いの居る冒険者か、訳ありの冒険者くらいしか助けに来ないだろうとの事である。
「使えそうなのはあまり期待できない、と言う事ですか……武器の貯蔵はどれくらいですか?」
この質問には村長とギルド長が顔を見合わせて話すのを渋っていた。まあ、確かにこの質問は村の機密に近いだろうから迷っているのだろう。しかし、すぐに考え直してギルド長が口を開いた。
「ギルドにあるのは、剣が約30本、槍が50本、弓が30張に矢が数百本。後は斧や打撃用の武器が2~30に防具が数十点くらいだったはず……ただ、壊れている物も含めての数だけど」
「村の貯蔵庫には大体の数で、剣が20に槍が20、弓が30に矢が2~300くらいじゃ。後はクワや鎌なんかの農具が4~50かの。やはり、壊れている物も含めての数じゃが」
この規模の村にしてはある方なのだろうけど、それでも線を超えるゴブリンの群れ相手には心もとない。特に弓と矢の数が圧倒的に足りない。
安全にゴブリンを倒す事を考えるなら、防御を固めて弓でゴブリンを狙い撃ちにするのが一番いいのだろうけど、一本で一匹を始末できたとしても千にも満たない。実際に、十本打って一匹仕留める事が出来たとしたら、始末できるのは数十匹だけだ。それもうまく言っての話だ。
「取りあえず、迎え撃つにしても防御を固めるにしても……逃げるにしても、街の外延部に見張りを置きましょう。まだ時間があるにしても、速めに敵を見つけるに越した事は無いですから」
俺の提案にギルド長は、忘れていた、とばかりに冒険者の何人かに指示を出す。
その間に、俺は村長にこの村とこの村付近の大まかな地図を描いてもらう。描いてもらうといっても、この世界では紙は貴重品なので、黒炭で大きな机に直接描いて貰った。以後はこの地図をもとに作戦を練る事になる。
「裏手は大きな川が近くにあって、他は畑や草原に囲まれている、ですか……川の深さは?」
「中心部が一番深くて10m以上で、岸から5mくらいから急に深くなっておる。それまでは1mも無いくらいじゃ」
なら裏からの奇襲の可能性は低いかな……俺だったら狙うけど。
でもこの村、実はすごく立地がいいのではないだろうか?
裏に深さのある川があり、他は見晴らしのいい平地。堀や塀などがあれば、戦いようによってはゴブリンの千や二千の群れなど敵ではないのかもしれない……最も、敵が攻めてくるなど考えていなかったせいで、逆に敵に攻められやすく守りにくいというのが現状ではあるが……
今そんな事を言っても仕方が無い。しかし、逃げずに戦うつもりなら、少なくとも堀と塀が欲しいところだ。
「村長、ギルド長。この村の防衛に関してはどうなっていますか?主に、設備や対策などは?」
俺の言葉を聞いて、まず村長が地図を指でなぞりながら説明した。
「基本的に村の外周を柵で囲んでおるの。高さは大体1~1.5mくらいですな。川の反対側が北門で、一応この村の正門じゃ。道幅が4m程あり、スライド式の柵になっておる。他にも3か所門があるが、いずれも2m程で同じくスライド式じゃ」
続いてギルド長が
「対策に関しては、冒険者や村人、衛兵が交代で見張りをしている。基本的に、村人は見張りのみだけど、冒険者と衛兵は常に数人待機するようにさせている。万が一の時に、応援が来るまでの時間を稼げるようにね。後は異変があった時は、門の近くに設置してある鐘を鳴らすか、のろしを上げるかで知らせるようにしていよ」
この近くに大規模な盗賊や山賊が存在しなかったので、このような感じになっているそうだ。
特に防衛設備が柵だけと言うのはまずい。丸太で組んでいるらしく、そこそこ丈夫なのだそうだが、いくら相手がゴブリンだといっても、上位種が混じっている上に、数の暴力には大して役に立たないだろう。……これは、シャルを連れて逃げ出すのが一番いいかもしれない。
そんな考えが顔に出ていたのだろうか?
村長とギルド長が俺を両脇から挟み込み、さりげなく、だが強引に地図の前にある椅子に座らせた。
「で、何かいい考えはあるのかい?(まさか、この村を見捨てて逃げないよね?戦力の柱が抜けるのは、どう考えてもまずいよ!)」
「そうじゃのう。この中ではお前しかゴブリンを間近で見ておらんし、よその人間の方が、この村の防衛における弱点を発見しやすいかもしれんしの(お前がこの中で一番の実力者じゃろ?それも頭何個分も抜けた)」
二人は周りに言い訳をしながら、小さな声で本音を暴露した。確かに、ゴブリン程度なら俺は無傷で逃げ切るだろう。それもシャルと宿屋の家族を連れた状態で。
しかし、この村すべてを無傷で救うのは無理だ。もしかしたら、俺のチート能力をフル活用すればできるかもしれないが、やり方が分からない。
なので、一番安全な策は、『他人を見捨てて逃げる事』だ。これはろくでなしや、人間の屑の考えかもしれないが、俺が命を懸けてまで守りたいのはシャルだけだ(ついでのおまけで宿屋の家族)。
なので、その他大勢は命までは、俺には関係が無い。俺やシャルに危険が無いのなら、ついでに助けてもいいが、今はその時ではない。
さすがにこの場で俺の考えをいう訳にはいかないが、俺の両脇に居る二人には俺の表情から何となく察したようだ。
「(そこを何とか頼むよ)」
「(報酬は上乗せして払う。だから頼む!)」
二人は小声で説得してくる。周りにいた冒険者や職員達も、いい加減二人の俺への態度が変な事に気が付き始めたようだ。
「なあ、村長、ギルド長。戦いたくない者を、こちらの理由で無理やり戦わせるのは良くないんじゃないか。それに、シノブさんはたまたまこの村にやって来てだけだぞ。ゴブリンの異変を知らせてくれた恩はあっても、無理に戦わせる権限は無い筈だろ?この村に所属している冒険者という訳でもないんだしさ」
何人かの冒険者が声を出す前に、いつの間にか後ろの方で参加していた宿屋のおじさんがそう言った。
その言葉に賛同するように、何人かが頷く気配があった。その中には冒険者も含まれており、村長とギルド長はすごく困ったような顔をしている。
二人にしてみれば、俺はこの村最強の戦力だが、それを知らない人達からすれば、たまたまこの村に寄っただけの、不幸な旅人なのだろう。
そう言ってくれるのはとても嬉しい。嬉しいが、逆に逃げ辛くなる。そんな俺の気持ちを感じ取ったのか、両脇の二人がニヤリと笑った。
「確かにその通りだ。悪かったね。でも、逃げる前に、彼らの為にも何かいい案があるのなら教えてほしい」
「ああ、そうじゃな。それだけで、彼らが生き残る可能性が、少しでも上がるかもしれんからの」
二人が、俺を逃がそうとしてくれた人々の為に、とプレッシャーをかけて来る。
……いっその事、この二人をゴブリン達の囮にするような策でも考えてみるか?との考えが頭を過った。
「まあ、素人考えで良ければある事はありますが……」
「「それは?」」
二人の声がハモり、同時に周りの人々も俺に注目する。
「まず、この村の大半を破棄します」
俺の言葉を聞いて、周囲がざわめく。
「次に、村の一部を要塞化し、防衛力を高めます。最後に、この村にある全ての食料、食料になりそうな物、武器、武器になりそうな物を集めます。もちろん、畑に出来ている全ての作物もです」
取りあえず、今俺が思いつく策の基本を皆に話した。しかし、数人を除いて、俺の言っている事が理解できていないようだった。
「それはどういう事じゃ?もう少し詳しく話してくれんか」
分かっていない人々を代表して、村長が理由の説明を求めてきた。
「まず、村の大半を破棄する理由ですが、単純にこの村のすべてを守る事は不可能だからです。なので、村を守るのではなく、人の命を守る事に集中します。その為の防衛力の集中、つまり要塞化です」
そこで俺は言葉をいったん区切り、皆の顔を見た。この説明で、大半の人は納得したようだが、一部の人はまだ納得がいっていない様だ。
「今のが防御力の強化の為の策です。次の武器の回収は、攻撃力の強化の為なのはわかりやすいと思いますが、食料の回収は持久力の強化の為と言えばいいでしょうか」
「持久力?体力をつける為には、食い物が必要と言う事か?」
村長が首をかしげながら聞いて来る。
「大体あってます。まあ、腹が減っては戦は出来ぬ、と言ったところですね。いくら防御力と攻撃力を上げても、体力が続かなければすぐにやられてしまいます。それに、武器や食料を放置したままでは、ゴブリン達の強化につながってしまいます」
そこまで言って、すべての人が納得したようだ。俺の策を聞いて理解した村長は、集まっていた村人達に指示を出し、村の中で食料と武器を集める者と畑に作物の収穫に行く者に分けて指示を飛ばしている。ギルド長は、畑に収穫に行く村人達を護衛する者と要塞化の準備をする者に冒険者を振り分けていた。
「ギルド長。要塞化の場所は、正門の反対側、川の近くがいいと思います。村長。その辺りで一番広い建物は?」
俺の呼びかけに、村長とギルド長は考え込み、地図を指さした。
「一番広いのは荷の集積場じゃ。今はあまり使われておらんが、昔、漁業が盛んであった頃に建てた物で、古いが頑丈にできておる」
「その近くには、動物の解体場や市場や広場があって、建物の数は少ないけど、広めの建物が多く道幅も広いね」
「ならそこですね。要塞化の資材は集積場に一旦集めてください。それと、場合によっては、何軒かの建物を壊して資材と土地を確保します」
その言葉で、俺を含めた全ての者が動き出した。
結局俺は逃げる事を諦めてしまった。おじさん達に味方された事で、変に情が湧いてしまった。まあ、極限になったら逃げるとは思うけど……
その前に今回の事件が終わり、皆で笑う事が出来るのを祈るとしよう。