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村人A、暗き森へと駆ける

大分、間が開いてしまいました。申し訳ないです。

 翌朝。鳥の鳴く声で目を覚ましたアシュレーは、全く冴えない頭をブンブンと振りながらベッドから降りた。

 着替えを済まして、身支度を整え手帳速を軽く済ませて、アシュレーは畑に出た。昨日と同じように両親の刈った穂を集め、縛り、荷車に積んでいく。あくびを噛み殺しながら作業を繰り返す中、アシュレーは精霊王との邂逅を振り返る。

 精霊王。

 下位、中位、上位。それらを束ねる四元精霊。そして、その上に立つのが精霊王。精霊共の長にして、精霊達の神。

 全てのマナを生み出し、そして全てのマナの還る場所と言われ、その力はこの世界全域に及び、見通せないものは無いとさえ言われている。

 アシュレーの夢の中に現れたそれは、アシュレーに自身の”血”を飲ませた。血、というには語弊があるだろう。正確には濃密なるマナの結晶のようなものだ。

 それを飲まされた後の事を思い出し、アシュレーは溜め息を吐いた。


 ◇ ◇ ◇


「うぇええ……!」

 血が咽喉を下ると、そこから苦味、えぐ味、酸味に辛味と、形容しがたい何かが胃の腑を巡り、吐き気がせり上がってくる。

 体が内側から焼けるように痛く、ボロボロと涙がこぼれ、えづくのが止まらない。

「キサマ、何という無茶を……。お前の血など、並の人間が飲めば瞬く間に死ぬ猛毒だろうに」

「……うん?」

「うえぇえ……!」

 ゼルファーの言葉に精霊王は目を瞬かせた。そして愉快そうに口元を釣り上げた。

「これは驚いたな。魔王ともあろう者が人間の心配をするとは予想外だ」

「おぇえええ……」

「これでも我を宿した器だ。何事か遭っては困る。それだけだ」

「フフフ。ならば我が与えた血も、何事もないと分かろう? もとより魔王を受け入れ、尚も魂が崩れない程の巨大なる器。我が血の一滴、どうということもない。ただの祝福だ」

 と、精霊王は不敵に嘲笑う。ゼルファーは眉をひそめ、怒気を上げた。

「おォォえ……!」

「何を抜け抜けと。血を与えたのは、我を監視するためだろう? 血を介して、我やアシュレーの動向をいくらでも知れるようにと。姑息なことをする」

「監視……確かにそれもある。もう一つは保険だ、魔王よ」

「おぇえええ……ゲホッ」

「保険だと?」

「お前がもし、魔王として再び嘗ての力を取り戻した時、この器が果たして今まで通りである保証はない。だから、我の力を置いておくのだ」

「器が我に満たされぬようにか。心配症だな、精霊王よ」

「うぇええ……えほゲホ!」

「そうせざるを得ない程、貴様は厄介なのだ。魔王よ」

「あぁ……おえっ!」

「………」

「………」

「ぅうぇえええええ!」


「「いい加減にえづくのを止めろ!!」」


 シリアスな流れなので出来るだけ触れないでいたが、我慢し切れなかった魔王も精霊王も苛立ちのままに声を荒らげた。

「だって~! すっごく気持ち悪いんだよ~! お腹の中グルグルするし、喉が熱いし……!」

「精霊王の血を飲んでその程度か……大した器だな、お前は」

 本来ならば数秒と経たずに発狂死する程の猛毒を飲んで尚、自我を平然と保っているアシュレーに、ゼルファーは呆れるばかりだ。

「さて、幼子よ。お前に血をやったのは魔王の監視と保険のためだ。だが、お前に恩恵がない訳ではない」

「おえ……どういうこと?」

 涙目、鼻ズルズルの状態でアシュレーは精霊王に聞き返した。こんなざまにされて、どんな見返りがあるのか。

「我の血を得たということは、精霊を従える権利を得たということだ。すぐにとは行かぬが、いずれは上位程度までは従えられるようになろう。どうだ、素晴らしい恩恵だろう?」

 どうだと言わんばかりに、精霊王は胸を張った。

 精霊王の祝福。それは望んで得られるものではない。教団に仕える者にとって、またそれ以外にとっても、世界の頂点――その一角からの福音などどれだけ欲するものか。

 事実、精霊王はそういう声を幾度も聞いてきた。祝福を、福音を、啓示を授けてくれと。だから、精霊王はアシュレーに授けた。

「う~ん……別に」

「なっ……!?」

 だから、微妙な顔で否定されるなどとは、到底信じられるものではなかった。

「だって、すぐ使えないんじゃ、明日の収穫は楽にならないもの。やっぱり役立たずだ」

「うぬぬ……口の減らぬ小童め……! そんな歳から手を抜くことを覚えず、勤労に汗せよ!!」

「ククク……! アーハッハッハ――ブハ!?」

 再び破顔する魔王。それを再び黙らせた精霊王。ただし今度は物理(キック)であった。


 ◇ ◇ ◇


 収穫した穂を束ね、荷車に載せ終えるとアシュレーは深く溜め息を吐いた。既に太陽は高く昇っている。畑にはまだまだ、実った大量の穂が風に揺れている。向こうも未だに見えないこれらを全部収穫するのかと思うと、気が滅入ってきた。

「あ~あ。精霊を使えたらこれスパスパって一気に刈れるんだろうなぁ~」

『だが、結局はそれを束ねなければならんのだから、苦労は避けられんがな』

「はぁ~。早く遊びに行きたいなぁ~」

 ブツクサと言いながら、穂を束ね、それを荷車に積んでいく。と、不意に影が掛かった。

「こらっ。何をサボろうとしてるの?」

「え?」

 顔を上げると栗色の髪の女性が腰に手を当てて怒った風に立っていた。

「せ、セリア姉ちゃん! サボろうとなんてしてないよ! ちゃんとやってるじゃないか!」

「ブツブツ言いながら、心ここに在らずでやってるのはやってる内に入りません。もっとキビキビやりなさい!」

「……はーい」

「もっと気合入れて!」

「はーい!」

「うん。よろしい」

 半ばやけくそ気味の返事に、セリアと呼ばれた女性はニッコリと笑った。

「今日の作業はもうちょっとで終わるっておじさんも言ってたから。頑張って、アシュレー」

 セリアはその綺麗な髪を翻して、去っていった。アシュレーはその背中を、小さくなるまでぼんやりと見送った。

『なんだ? あの娘が気になるのか?』

「うわっ!? な、何だよいきなり!? ……そんなんじゃないよ」

 セリアは今年で16になる。アシュレーや同世代の子どもたちにとって、文字通り姉のような存在だ。こんな田舎村に生まれ育ったというのに、勤勉で教養もあり、働き者の器量良しだ。

 それ故に、仕入れの商談でやって来た、ここから少しばかり離れた港町に店を構える大店の跡取り息子が彼女を見初め、来年の春には嫁に行く事が決まっている。

 その輿入れはさぞ盛大なものになろうと、もっぱらの噂だ。

「セリア姉ちゃんは……熱を出してた時、お父さんたちに代わって看病してくれたり、よく遊んでくれたし。でも、もうすぐいなくなっちゃうんだなって思ったら……」

『寂しい、か?』

「う~ん……そうなのかな?」

 確かに、ずっといた人がいなくなるというのは、そういうことなのかもしれない。と、アシュレーは思った。


 ◇ ◇ ◇


 収穫期を終え、季節は冬の風を孕む。空には重い灰色の雲が流れている。

「なんだか降り出しそうね。早めに森を出た方が良いと思うわ」

 薪を拾いに両親と森に入っていたセリアは、少しばかり(あかぎれ)した手に息を吐き、空を見やりながらそう言った。

「そうだな。薪もこれだけあれば充分だろう」

 セリアの両親は纏めておいた薪を背負子に載せていく。セリアは緩んでいた薪を縛り直した。

「あら、何かしら?」

 ふと、草が不自然にガサッと音を立てた。何だろうかとセリアは恐る恐る近づき、覗き込んだ。

「鳥……? 襲われたのかしら?」

 そこには一羽の鳥が傷だらけで倒れていた。羽は黒地に白いギザギザが入っている。この辺りでは見ない鳥だ。息は無く、既に死んでいた。

 弱肉強食。それは自然の摂理だ。とはいえ、見つけてしまったものをそのままにするということを、セリアは出来なかった。

 太めの枝を拾い、穴を掘る。そしてそこに鳥の亡骸を収め、土を戻した。その上に石を置き、両の手を組んで祈る。

「何をしているんだ? そろそろ行くぞ」

「あ、うん。今行くわ」

 手に付いた血を手拭いで拭くと、背負子を背負って両親の元へと向かった。

「あ、やっぱり降ってきた」

 村に帰り着く頃、空からチラチラと粉雪が降ってきた。量も少なく、積もりそうもないが、それでも冷え込むのは同じだ。

 そんな中、刈り取りが終わってすっかり無くなった畑で遊ぶ子ども達。革玉という、球状に革を縫い合わせ手中にわらを詰め込んだ物を投げ合っていた。

「あ、セリアお姉ちゃん! おかえりなさい!」

「ただいま、リティ。そろそろ日も落ちだすから、皆もそろそろ家に帰りなさい!」

「「「はーい!」」」

 セリアの呼びかけに、子供達は元気よく返事をした。そして手を元気に振りながら、それぞれの家に向かって駆けていった。

「……もうすぐ、あの子たちとも離れ離れになっちゃうのか」

 生まれ育ったこの村を出て、新しい土地に行く。そう思うと、寂しさを覚える。

 そんな想いを振り払うように、セリアは背負子を背負い直し、一歩を踏み出した。

「ととっ……?」

 途端、足がふらついた。何かに足が取られたのかと、数回踏みしめながら、セリアは歩き出した。


 人気の無くなった森の中。鳥の墓のすぐ近くで、一匹の狐が泡を吹いて死んでいた。

 悶死したのだろう。目はクワッと見開いたまま、地面には爪痕が幾重にも刻まれていた。

 その口元には血の付いた黒い羽が一枚あった。


 ◇ ◇ ◇


「オババ! 大変だ!」

 オババことラネットの家のドアが派手に弾かれたのは、オババが乾燥させた薬草をまとめ終えた時だった。

「なんだい、ドッゾ。随分慌ててどうしたっていうんだい?」

「セリアが……セリアが倒れた! すぐ来てくれ!!」

「なんだって? 落ち着いて、まずはどんな状況かを説明しな」

「それが……薪拾いから帰ってきて、暫くしたらいきなり倒れて。熱がヒドくて、意識もハッキリしないんだ」

「他には?」

「……そういえば、手が豪く腫れてた」

「分かった。取り敢えず、熱冷ましの薬湯と消毒用の薬草だね。すぐに用意するから待ってな!」

 ラネットは次々に道具や薬をカバンに詰め、それをドッゾに押し付ける。

「さぁ、行くよ。一家の大黒柱がそんな情けない顔するんじゃないよ!、しっかりしな!」

 バシン! と、ドッゾの背中を叩き、ラネットは彼の家へと向かった。

 ドッゾの家はラネットの家から少しばかり離れており、ゆるやかな坂を上がった先にある。

 そのため、二人のただならない様子は村人の多くが見かけることになる。

「あれ、オババとドッゾさんだ」

『随分と急いでいるな。何事かあったか?』

 アシュレーもまたそれを目撃した一人であった。そのただならない様子に何か不安を覚えるも、まだ仕事の最中であったので、すぐにそちらに戻った。

 ドッゾの家に着いたラネットは早速、セリアの容態を確認した。ドッゾの言う通り、手には酷い腫れがあり、高熱の原因はそれであることは疑いようもなかった。

 熱が出ているのは何かしらの毒を受けたからだと、ラネットは推測した。腫れも毒のせいだろう。

 問題は、毒の種類だ。

「セリア。聞こえるかい? 聞こえているなら答えておくれ。何か、触ったりぶつけたりしなかったかい?」

「………」

「セリア。辛いだろうけど、頑張っておくれ。何か心当たることはないかい?」

「……………と」

 サイドの呼びかけにセリアの口が僅かに動いた。一言一句聞き逃すまいと、ラネットが耳をそばだてる。

「……と………り……のは………か」

「とりのはか……鳥の墓? それを作ったのかい?」

「っ……」

 コクリと、セリアは頷く。そしてまた、意識を失った。

「ドッゾ。今日薪拾いに行ったのはどの辺りだい?」

「村の東側にある森だが……それが?」

「アンタはすぐに行って、鳥の墓を探しな! いいかい、決して素手で触るんじゃないよ!」

「わ、分かった!」

 ドッゾは慌てて、東の森へと走っていった。その際、何人かに声を掛け、一緒に探してもらうよう頼んでいた。

「さて、毒が分からないと解毒できないけど……まずは熱を下げないとね」

 早速、ラネットはカバンから薬と器具を取り出した。

 一方。森へと入ったドッゾ達は、薪拾いを終えた辺りを捜索した。体調の異変の早さから薪拾いの最中に毒に侵されたとは考え難かったのだ。

 そしてその考えは当たり、墓はすぐに発見できた。ラネットの言葉通り、中の遺骸に触れないよう、慎重に掘り返す。

「……あった。これは、鳥の死骸か?」

「この辺りでは見ない鳥だな」

 森に棲む野鳥はそれなりに知っている彼らだったが、その鳥は見たことがないものだった。もしかしたら、何処からか迷い込んだのかもしれない。

「おい! こっちに来てくれ!」

 鳥の骸を袋に詰めていると、少し慌てたような大声が響いた。何事かと向かってみると、そこには狐の死骸が転がっていた。その異様な死に様を見て、誰もが想像いた。

 この狐はこの鳥を襲い、そして死んだのだと。証拠も何もない憶測だ。だが、誰もが疑わなかった。

 見慣れない鳥の死骸。それに触ったセリアが毒に倒れ、鳥の死骸の近くには狐の躯。これらが偶然であるなどと、それこそ何の冗談か。

「とにかく、この鳥をオババに見せよう!」

 嫌な予感が強くなる中、帰りの歩みは自然と早くなった。


 村に帰り、ラネットに件の鳥を見せると、その顔色が見る間に変わった。

「こ、これは〈ビフィート〉じゃないか!? 何だってこんなのが……いや、それよりも厄介なことになった」

 ガシガシと頭をかきむしり、ラネットは苛立を露わにする。

「ビフィート……?」

「コイツはね、トルネアの実っていう強い毒性を持った身を食べる鳥なんだ。外敵から身を守るために、血にも肉にも毒を持った死神。それがビフィートさ」

 ビフィートは多くの敵がいる南の地域に生きる鳥である。出生率の極めて低いビフィートは身を守るために毒という鎧をまとった。

 体内で蓄積された毒性は極めて強く、その血肉は昔、暗殺毒として用いられることもあった。

 毒性は死後数日で無毒化し、周囲に汚染は残らないという特性も持つ。

「このビフィートは死後一日ってとこだろうね。無毒化が始まっているから、この程度で済んだんだ。ビフィートの毒と分かれば、薬は作れる」

「本当か、オババ!? 娘は助かるのか!?」

「まだ、そうとは言い切れない。ビフィート毒の解毒には〈リベルリー〉の根が必要なんだが……」

「リベルリーって……森の奥にある、泉の周囲に生えてるあれか? それを採ってくればいいんだな」

「あぁ。だけど急ぎな。何とか持たせるけど、夜明けまでに持ってこれなきゃ……おしまいだよ」

 ラネットの言葉にドッゾは直ぐさま走った。日は既に沈んでいる。夜の森を行くのは大変な危険が伴う以上、準備も含めて一分一秒が惜しい。

「ねぇ。一体どうしたの?」

 大人達の只ならぬ様子は子供達に不安を与えた。

「アシュレー。父さんはちょっと出てくるけど、大人しく寝ていなさい。いいね?」

「うん……」

 父の手が頭を撫でる。アシュレーの不安を少しでも和らげようとしたのだが、その効果は芳しくないようだ。

「夜の森なんて大丈夫なの?」

「大丈夫さ。確かに迷いやすいが、目印を付けていけば問題ないからな。それじゃ行ってくる」

 大人達が松明の火を掲げて村から森へと消えていく。家々の明かりは煌々と照っており、自分と同じようにどの家も不安の夜を過ごすのだろうとアシュレーは思った。

『アシュレー。眠らねば体が持たん。休め』

『うん。でも、眠れるかな……?』

『それでも、体を横にするだけマシというものだ』

『………うん』

 ゼルファーに促され、アシュレーはベッドに入った。だが、眠気などこない。不安が胸の奥に渦巻いて、ドキドキと心臓が鼓動を響かせる。

 苦しい。体が冷たい。ベッドの中が幾ら経っても温まらなかった。

 寝付けないまま、何度ベッドの中で寝返りを打っただろうか。やがて瞼が重みを増してきた頃、にわかに騒がしくなった。

『何事だ?』

 ゼルファーの声で目が覚めてしまったアシュレーは、ベッドから出てこっそりと外の様子を伺った。

 夜の闇を焼く篝火のゆらぎ。大人たちがそこら中から外に出ている。ざわついてるようだが、声は聞き取れない。

「何を話しているんだろう?」

『……風の精霊を使え。声を運ばせるのだ』

「そんな事、出来るの?」

『精霊王が飲ませた血のせいでな……全く忌々しい。まぁ、それは良い。その辺に居る低位の精霊なら従わせられよう。やってみろ』

 ゼルファーがそう言うと、見えなくしていたマナの具現――精霊が視界に映る。夜に映える無数の光の玉がアシュレーの周りに集まっていた。

「えっと、風の精霊さん? 外の声を拾ってくれますか?」

 アシュレーは恐る恐る、光の玉の一つに話しかけた。すると、光の玉達はスルリと窓を抜けて飛んで行った。

 幾つもの精霊が大人たちの周りに飛び、光の波紋を散らす。アシュレーの耳に、声が聞こえてきた。


(泉のある森の奥まで行ったが……よりにもよって、フォレストウルフの巣になってやがった!)

(フォレストウルフだって!? どうして? あれはもっと森の浅い所に住んです筈だろう?)

(そんなこと知るか! ともかく、命からがら逃げてきたんだ……! あれを何とかしないとリベルリーが手に入らないぞ!)

(何とかするって……あの群れをどうにかする準備の時間なんて無いだろ?)

(おい、ドッゾ? 何処に行く気だ?)

(……もう一度行く。夜明けまで時間がないんだ!)

(待て! このまま行ったら今度こそ殺されるぞ!?)

(俺はどうなったっていい! でも、セリアは……セリアだけは助けるんだ!)

(ドッゾ……気持ちは分かるが!)

(分かるなら止めるな! 俺は一人でも行くぞ!!)


「セリア姉ちゃんに何かあったんだ。でも、何が……?」

『――ふむ。リベルリー、助ける……か。もしや、ビフィートか?』

「ビフィート?」

『その血肉に猛毒を宿した鳥でな、僅かにでも体に入れば、瞬く間に神経を焼き殺すのだ。よく暗殺に用いられていたらしいな』

「ど、毒!?」

 不穏な単語に、アシュレーは思わず声を上ずらせた。

『だが、ビフィートは死ぬとその毒素が消えるのだ。夜明け、と言っていたのはビフィートの死骸に触れ、弱まった毒素にでもやられたのだろう。でなけければ、毒が入った瞬間に終わりだからな』

「じゃあ、セリア姉ちゃんはまだ?」

『だが、夜明けまでそうあるまい。泉というのが何処にあるかは分からんが、大人の足で今から出て往復してギリギリか。魔物相手を含めれば、もう助からんな』

「そんな……。何でそんなこと言うの!?」

『事実だからな。どれだけ遠回しにしようが、そこは変わらない』

 ゼルファーの辛辣な言葉にアシュレーは黙ってしまった。状況はアシュレーにも分かるぐらい最悪だ。いくら言葉で繕おうとしても無意味だ。

 どうすれば良いか。自分に出来る事はないか。アシュレーは少しの間考え、そしてゼルファーに尋ねた。

「ねぇ。もし魔物と出遭ったとして……ゼルファーがいれば何とか出来る?」

『何とも言えんな。以前ならば魔物を何とでも出来ただろうが……今、この状況でどうなるか分からぬ。だが、お前が望むのであるならば……助力は惜しまぬ』

「――うん」

 アシュレーは服を着替え、棚に置いてあったカバンを掴み、窓から外に出た。夜の冷たい風が肌に突き刺さる。

 森に入るのに丸腰では心許ないので、何かないかと辺りを見回す。

「……これでいいかな?」

 見つけたのは、農作業用のクワの柄に使う為の木の棒だった。先が折れてしまったので取り替えたのだろう。先端は鋭く尖っている。

 アシュレーは身の丈より少し低いそれを手にして、森を見やった。風に葉音を慣らすそれは昼間に見るのは違い、まるで異界のようだ。

「あとは灯り……灯り、と」

『あぁ、それならば問題ない。『光亡き闇の果てを見通す瞳よ。理を超えて我が導きとなれ』!』

「うわっ?」

 ゼルファーが呪言を発すると、アシュレーの視界が途端に明るくなった。色まではハッキリと見えないが、それでも物の形は真昼のように見て取れた。

『これは人間どもが使う初級魔法。夜にも構わず世界を見ることの出来る魔族の瞳を再現したものだ。確か名前は……〈夜映の魔眼〉だったか?』

「すごい。これなら森の中でも迷わないで行けそうだ」

『それともう一つ。『我が身に巨人の支えあれ。我が背に飛燕の翼あれ』!』

 ゼルファーが更に唱えると、アシュレーの体に力が溢れた。今度のものは身体強化術式だ。

『これで足も速くなろう。だが、あくまでも基礎能力からの向上だ。過信はするな』

「分かった。ありがとう、ゼルファー!」

 アシュレーはキッと森を睨み、そして森に向かって走り出した。


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