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勇者、魔王との決戦に挑む

リハビリ代わりに、アクション主体なお話。

魔法名とか考えるの結構好き。

 轟々と燃える炎。崩れゆく城壁。かつては天井さえ見えなかったその場所も今は崩れ落ち、天を支えていた幾本もの太い柱だけが残されている。開かれた天蓋の向こうには分厚い雲が停滞している。

 その中で、剣戟の火花が幾度と無く散る。ぶつかり合う光は、神々しい白と、禍々しい黒だ。

「フフ……フハハハハ! やりおるなぁ、人間よ!! ここまで我を追い詰める者が現れるのは久方ぶりぞ!」

「笑っていられるのも今の内だ、魔王ゼルファー! 貴様をここで討ち、戦争を終結させる!!」

「やれるかぁ、人間! いや、勇者アルフレッドよ!」

「やれる! いや、やらなければならないんだ!!」

 魔王は小さな岩山の様な、その身の丈を超える重厚な魔剣を振り上げ、勇者は地を這うかの如く身を屈めて疾走する。

「オォオオオオオオオオ!」

「ハァアアアアアア!」

 振り下ろされる一撃を勇者は紙一重で躱す。そのまま魔王のサイドに滑りこんで、手にした聖剣を横薙ぎに振るった。


 ギャィン!


 しかし、魔王の剣はそれを容易く防いだ。その切り返しの早さに勇者は驚き、目を見開く。

「どうした? 呆けている暇なぞ無いぞ!?」

「くっ……! ぐあ――っ!!」

 更に力任せに振るわれる一撃。躱し切れずに聖剣で受け止めるも、防御ごと体を吹き飛ばされる。受け身を取るもその勢いのままに、石畳の上を転がされてしまう。

「寝ている暇なぞ無いぞ!」

「っ……!」

 体勢を立て直そうとする勇者に、魔王は叫ぶ。開かれたその手の前に光が走り、赤紫に輝く魔法陣が構成されていく。

「『――来たれ、光呑み込む闇の森。命啜る冥府の魔樹よ。大地穿つ槍持ちて――』」

 石畳のあちこちがボコボコと隆起し始める。

「ッ……不味い!」

 勇者は咄嗟に飛び退く。が、体勢が崩れていたせいで、そのままよろけてしまう。

「『我が敵の尽くを蝕め――〈命蝕む魔樹の槍(デッド・ステムパイク)〉』!!」

 瞬間、大地が揺れた。同時に幾本もの漆黒の槍がフロア全域の石畳を貫いた。

「がぁ――!?」

 天井さえ突く無数の槍は、防御する勇者を、しかし容赦なく切り付けていく。腕を、足を、腹を切られ、勇者は苦悶の声を上げた。ドクドクと血が流れ、ガクリと膝が落ちる。

「フハハハ! どうした勇者よ、まさかその程度で終わる訳ではあるまい?」

「くっ……! まだまだ……!」

 震える体に回復の魔術を施しながら、勇者は立ち上がる。息は乱れ、流れた血のせいで、力が思うように入らない。しかし、それでも勇者は立ち上がった。

「アルフレッド!」

 戦いの舞台――魔王の間に、可憐な女性の声が響いた。間へと繋がる門扉は既に壊されて、がら空きとなった入り口に、四つの影が在った。

「大将! まだ生きているか!?」

「遅れて申し訳ありません! ただ今加勢します!」

 黒いローブを纏った男と白い騎士鎧をまとった男がそれぞれ、二刀のダガーとバトルハンマーを構え、魔樹の槍を粉砕しながら勇者の元へと駆けつける。

「ゲオルグ、ウォイド、サーリャ……よく無事だったな」

「喋らないで。今、治癒をするから。二人共、なんとか時間を稼いで」

 サーリャはアルフレッドの傍に駆け寄ると、その手のワンドを構える。碧色の宝石をはめ込んだ黄金の杖だ。神々しささえ感じるそれが、魔力の発露を受けて、更に神聖さを増す。

「了解です、サーリャ様!」

「て言われても……魔王相手に俺らだけって……マジで?」

 やる気を見せるゲオルグに対し、ウォイドは口元をひきつらせる。対峙する魔王の迫力に、足が震えてくる。身のこなしが自慢の彼にとって、恐怖に足が竦むなんていうのは、剥き身の命を曝け出しているようなものだ。

 しかし、以外にも魔王は動かなかった。

「……どういうつもりですか、魔王よ」

「どういうつもり? さっさと治癒をすればいい。待っていてやろう」

 怪訝に問うゲオルグに、魔王はあっさりと答える。剣を床に突き立て、不遜に腕を組む。素人目にも隙だらけだが、突き入れない威圧を放っていた。

「……どうやら、本当に治るまで動く気はないみたいね」

 サーリャは魔王を警戒しながら、治癒の術を施す。淡い光に照らされた勇者の傷が見る間に癒えていった。

「魔王。一体、どういうつもりだ?」

「なに、只の戯れ事よ。さぁ、来るがいい、人間よ! 己の全てを賭して、挑んでこい!!」

 魔王は魔剣を抜き、大きく振り抜く。それだけで、まるで嵐かと紛うばかりの烈風が吹き荒れた。絶対的で、圧倒的な魔力。そして人など紙屑にも等しいと言わんばかりの胆力。神や精霊、神具の力を借りて尚、敵は強大。勇者は立ち上がり、聖剣を構えた。

 倒さなければならない。なんとしても。

「アルフレッド。こうなれば、”聖域”を展開するしかありません」

「っ――ダメだ! それをこんな場所で使ったら、君の命が!」

 勇者はサーリャの言葉を聞き、目を見開いた。

 ”聖域”。それは”神言”を用いて邪悪なる力を封じる”結界”を生み出す神聖術だ。その領域内では、不死者や魔族はその力の殆どが封じられることになる。

 しかし、その術は使用者の力量と聖域内に封じる相手の力によって、大きな負担を強いる。魔王ほどの存在を聖域の支配下に置くとなれば、”奇跡の聖女”と呼ばれるサーリャでさえ、不可能だろう。

 唯一、その生命を代償としない限りは。

 サーリャは勇者の手を取り、優しく、強く、微笑んでみせた。

「大丈夫。アルフレッドが必ず勝つと信じているから」

「サーリャ……」

「だから、終わらせよう――全てを」

「っ……! ……あぁ、終わらせよう!」

 勇者は吐き出しそうな言葉を呑み込んで、代わりに決意を示す。この戦いは魔族とそれらが率いる魔物共。それに対抗する人と妖精種、精霊種達の運命を決める一戦だ。多くの犠牲の果てにここまで来た今、個人の想いなど、口にして良い筈がない。

「行くぞ、魔王。サーリャ、頼む!」

「えぇ。”神言”詠唱奉ります」

「何を仕掛けるか知らぬが……来るがいい!!」

 勇者が地を駆け、魔王へと迫る。魔王は喜悦の笑みを浮かべて、その魔剣を横薙ぎに振るえば、大小の残骸が粉塵と共に吹き飛ぶ。しかし、その切っ先は勇者を捉えていない。

 勇者は魔剣の上スレスレを跳び、真っ直ぐに魔王の首を狙った。

「おぉおおおおお!」

「ぬうっ……!」

 勇者の今までない気迫の一撃を、魔王は手に魔力を固めた盾で防ぐ。激突する力が閃光をまき散らし、そして互いに大きく弾かれる。

「ウォイド、我らも続くぞ!!」

「お、おう! こうなれば覚悟決めていくぜ!!」

 ゲオルグ、ウォイドも魔王へと立ち向かう。

「ウォオオオオオ!」

 ゲオルグがバトルハンマーを、力尽くで振り下ろす。が、魔王はそれを受け止め、逆にハンマーごとゲオルグの体を持ち上げてみせる。

「ハハハ! 軽いぞ人間!!」

「うぉおおおおお!?」

 魔王はゲオルグを力任せに放り投げ飛ばした。その隙を狙ってウォイドが駆ける。

「行くぜ、〈シャドウ・スティール〉!」

 瞬間、ウォイドの姿が消える。同時に魔王の背後に、空間から溶け出るようにして、ウォイドが現れた。シャドウ・スティール――相手の影を盗み、瞬時に移動するスキル――からの必殺。狙いは魔王の首一つ。

「甘い!」

「がはあっ!」

 魔王は振り返りざまに拳を繰り出し、ウォイドを容易く殴り飛ばした。だが、その隙を突いた勇者が迫る。

「魔王、覚悟ぉおおお!」

「ぬぉおおおおおおお!」

 真っ直ぐに振り下ろされる一撃が、魔剣と激突して魔王を揺るがす。更に二度、三度と叩きつけられる刃が魔王の剛皮を切り裂いた。

「この力……! フフフ……ハハハハ! これだ! 我が身を揺るがす程の激しき闘争! これこそ我が求めたものだ!!」

「何だと? どういう意味だ!?」

「どういう意味も、こういう意味もない。全てはこの戦いのため。我という絶対者に対抗しうる力――その可能性を目覚めさせるために、我は戦争を起こしたのだ!」

「なっ……!?」

 愉悦に酔いしれる魔王に、勇者は信じられないものを見たようだった。

「地上の支配? 人類の抹殺? そんな事はどうでも良い! 我は……我に抗う強き意志を、我を倒せる程の力を有する者だ! だが、強者は戦乱の中でこそ産まれる! だから、戦乱が必要だった! そして我の願い通り……動乱の中から貴様が現れた」

 魔王はニィ、と口元を歪めた。勇者はギリ、と憤りを籠めて歯を食い縛る。

「ふざけるな! 貴様は……そんな事のために! この戦争でどれだけの犠牲が生まれたと思っている!? 人も、妖精も……貴様の部下の魔族もだ!!」

「それがどうした? 戦争を起こしたのだ、死は当然だろう? そもそも、生まれたものにとって、死とは絶対の運命ではないのか? 貴様は何を憤っている?」

「憤らずにいられるものか! 己のエゴのために命を弄んだ貴様を、俺は許さない!」

「貴様に解るか!? 100年も生きられぬ、短命な人間に! 永遠に近き生を持つ我が渇きを!」

 魔王はあらん限りの声を上げて叫ぶ。それは魂の――命の底からの慟哭だった。

「弱者として生まれたならば強きを求め、邁進できただろう。低き地位ならば、貪欲に上を目指せただろう。愚かであるならば、知を求められただろう。だが、我は魔王……生まれた時より誰よりも強く、誰よりも高く、誰よりも知を有していた。何かを望むも容易に叶い、何かを得ようとすれば容易に手に入る。我に抗うものもなく、永劫の時の中で、己の中の何かが渇いて、朽ちて、失せていった! 我は我が生きているという、その充足が欲しいのだ!!」

「だからとって、世界を巻き込んでいい理由にはならない!」

 勇者と魔王の剣が激突する。二度、三度とぶつかり合い、火花が激しく散る。衝撃が腕に走り、勇者の顔が苦痛で歪んだ。更に苛烈な攻めが勇者に迫る。

「巻き込まねば、貴様は現れなかった! 我に抗する程の者が、何もせずに現れる筈がなかろう!!」

「ぐっ……! うぐっ!」

「もっとだ! もっと力を見せろ!」 

 魔王が更に大きく魔剣を振り被る。それは勇者目掛けて真っ直ぐに叩きつけられた。

「がぁっ!」

 痛烈な衝撃が走り、勇者の体が弾き飛ばされた。ズザザザ! と地面を滑りながらも、勇者は体勢を崩すまいと踏ん張る。

 魔王はその掌を突き出し、召喚魔法陣を描いた。召喚魔法――現代における最強の魔法術であるその力が、勇者に再び向けられた。

「『地の底、炎の水が流れる地に住まう者よ。その身は大蛇。その性は炎。我が声を聞き、来たりて火獄に我が敵を呑み込め。〈煉獄なる七頭の蛇クリムゾン・セブン・ヴァイパー〉』!」

「くっ!」

 魔法陣から凄まじい力が溢れ出す。あれから放たれる一撃は、嘘偽り無い必殺だ。勇者は自身の力を解き放ち、それを聖剣へと集約させる。必殺を払うには必殺しか無い。

 魔法陣からついに、それが放たれる。炎が踊り狂い、大蛇へと変じた。それが7つ。周囲を燃やしながら同時に勇者へと迫る。

「〈斬れ、聖剣よ〉!」

 勇者はそれを命じ、聖剣を振るう。剣閃が走り、火炎の大蛇が一様に散った。しかし、火の粉が再び燃え上がって繋がり、七匹の蛇が襲い掛かる。

「再生する!? 聖剣で切り払えないなど!」

 聖剣の刃は火蛇を何度も切り払うが、その度に炎は形を取り戻し、勇者に襲い来る。

「そいつは僅かにでも火の粉が残れば、すぐさま再生する! 一撃で全てを振り払うことが、お前に出来るか?」

「ちぃ……!」

 降り注ぐ豪炎を躱して、剣を構え直す勇者の目の前には健在なる七つの大蛇。そして――魔剣を悠然と持ち上げる魔王。

「どうした? 意気が落ちているぞ?」

「これが、魔王の召喚魔法か……!」

 召喚魔法。全ての魔法の中でも最上位にして最難度の魔法。高難度の魔法陣と複雑な呪言。膨大な魔力を必要とし、召喚対象によっては依り代や対価、生贄さえ必要とする。魔術師が複数あって、念密な準備が行われて初めて可能となる、それが召喚魔法だ。それ故に魔族といえど、それを容易に行使する事は無い。行使できない。

 しかし、魔王ゼルファーは違う。僅かな基礎呪言(フレームワード)の組み合わせと、一瞬で展開される魔法陣によって、最高難度の術を自由自在に操ってしまう。

 その恐るべき力を前にして、勇者は――。

「だが、それも……!」

「む……っ?」

 突如、勇者の背後――聖女サーリャの持つ杖から強い光が放たれ始める。

「『――天の戒めよ。魔を地に縛りて正義を示したまえ。邪悪を退け、我らに勝利を与え給え!』」

 サーリャが杖を天に向かって掲げる。杖の光が弾け、それが今居る場を包み込んでいく。

 すると、火蛇がその光に触れた途端、まるで波にさらわれた砂のように解けて消えていった。

 魔王もまた、光の中で全身から黒い湯気のようなものを吐き出していた。それは魔族の体を構成するもので、魔力の根源――魔素だ。

「これは……聖域か。ぬぅ、我が力を封じる程の力を唯一人で行使しようとは……!」

 魔族に対し聖域を用いることは人間の常識だ。とはいえ、サーリャが聖具の補助有りとはいえ、個人でやってのけたという事実は、魔王を驚かせるには充分であった。

「っ……今よ!」

 聖域の中では魔族はその力の殆どを失う。魔王といえどもそれは避けられない。

「うぉおおおおおおおお!」

 聖域の維持はサーリャの命に負担を掛ける。一分一秒でも早く、魔王を倒さんと勇者が駆ける。

「ぬうぅん!」

 勇者の一撃を魔剣が受け止める。激しい衝撃が腕に奔るも、その一撃は魔王をわずかに揺るがした。

「行ける!」

「おのれ……なめるなぁ!」

 怒号と共に力任せに振り抜かれた魔剣が、勇者の体を弾き飛ばす。

「勇者殿!」

「このヤロォ! こっちにも居るんだぜ!」

 勇者と魔王の間にゲオルグが割って入り、魔王の背後にウォルフが迫る。前からはバトルハンマーの重撃。後方からは二刀による神速の斬撃にて、魔王を狙う。

「『我は地の枷を外す』」

 魔王は呪言を発した。そして、その巨体がまるで鳥の羽のように軽やかに宙を舞った。二人の攻撃は外れ、空を切るに終わった。

「バカな!? 聖域内で魔法行使できるだと!?」

「冗談だろ!? あのガタイで何であんな速く動けるだよ!?」

 一瞬の事に二人が驚愕する。勇者は大きく飛ぶ魔王の行く先に気が付き、咄嗟に叫んだ。

「不味い! 逃げろ、サーリャ!!」

 聖域の弱点。それは聖域を行使する術者自身だ。術者を失えば、聖域は消滅する。そして、サーリャの目の前に――魔王が降り立った。

「っ……!?」

 聖女の前に現れた魔王。その巨躯を、恐怖の色に染まった瞳で聖女は見上げた。速く逃げなければと思う思考とは裏腹に、眼前より感じる圧力が、彼女の足を磔にした。

 サーリャを救うべく、勇者達はすぐさま魔王に向かって走った。間に合うか難しい。しかし、それでも走る。

 彼女の聖域は魔王打倒の切り札であり、彼女は自分の命を懸けているのだ。 

 魔王が魔剣を振り上げる。その剛撃は、聖女の命を容易く斬り捨てるだろう。

「やらせるかぁ!!」

 走ったのでは間に合わない。勇者は聖剣を腰に構え、その刃に魔力を乗せる。そして駆けた足を踏み込みに変え、一気に――。

「「「っ――!?」」」

 その瞬間、勇者たちは動揺する。サーリャに向かって降ろされると思っていた。しかし、突如として魔王が踵を返したのだ。不味い。そう思うよりも早く、勇者達が足を止め防御を構える。

「ぬぅうううぁあああらぁあああああああああ!」

 ひねる形になった腕を、下手投げのように振り切る。切っ先が床に触れた瞬間に衝撃は解放され、地走りとなって勇者らに襲いかかった。

「ぐぉあああ!?」

「どわぁ!!」

 ウォイドとゲオルグが、まるで巨大な壁のような粉塵の波に呑み込まれて吹き飛ばされる。勇者はかろうじて留まるも、全身を激しく叩かれ、苦悶に顔を歪めた。ガクリと膝を付き、苦しそうに肩で息をする。

「ハハハ! 我の一撃に耐えられたのは勇者だけか! しかし、その勇者も半死半生と言ったところか」

 魔王は魔剣を担ぎ上げ、豪快に笑う。その姿は戦いを何よりも愉しんでいた。その足が一歩、強く踏み出される。

「……ど、どうして」

「ぬ……?」

 背後から聞こえた、か細い声に魔王が振り返る。視線がぶつかり、サーリャのか細い肩がビクリと震えた。

「どうして今、私を殺さなかったの? あの瞬間、アルフレッドは間に合わなかった。私も逃げられなかった……なのに、どうして?」

 魔王に殺されていたかもしれない未来を想像し、その恐怖にまた身を震わせながら、勇気を奮い立たせてサーリャが尋ねた。

 その問い掛けに魔王は「ふむ」と一息吐いて、答える。

「確かに。あの瞬間ならば(ぬし)一人を殺すは容易かったろう。だが、その僅かな間、我は無防備な背を晒す事になる。術者を退けても、封じられた力が直ぐに戻るわけでもない。そして、その隙があれば、勇者は我に致命的な一撃を与えたやも知れぬ。故に、背にすがろうとする者を退けたまでよ」

「……それは、今、私を殺さない理由じゃないわ」

 サーリャは固唾を呑んで、更に問う。先刻、自分を殺さなかった理由は分かったが、それは自分を今ここで殺さない理由にはならない。

「人間は弱い。故に勝つために策を練る。戦術、戦略、軍略、謀略を。そのか細き身にて我を封じた胆力に敬意を払ったまでだ。喩え、多重の封印基礎を城中に仕込んであったとしても、な?」

「っ……!」

 サーリャは目に見えて狼狽えた。バレている。ここに来るのが遅れたのはそれを仕込んでいたからだ。それを知りながら尚、魔王は笑っている。

「それに我が手を下さずとも……(ぬし)の命の灯火は一刻と持たずして消えるだろう。ならば、我が剣の錆にする手間も惜しいというものよ!」

 魔王は地を蹴って駆け出した。その一歩一歩が、床板を砕き割り、大気を震わせる。

 それを止める術をサーリャは持っていなかった。それどころか聖域を維持するだけでも限界だ。

「アルフレッド……急いで!」

「さぁ、行くぞ! 時が嵩めばその刃、我には届かなくなると知れ!!」

「ぐぁあああ!」

 巨牛の突撃を思わせる突進から繰り出された一撃を受けてしまい、勇者は跳ね飛ばされる。ギリギリで防御したが、その体は無防備に宙を舞っていた。

「ぬぅん!」

 魔王の巨躯が勇者を追いかけて宙に上がる。勇者は何とか体制を整え、迎撃する。

「ッ……!」

 斬撃を受け止めた勇者の顔に苦痛の色が走る。魔王は容赦なく痛撃を叩き込み、勇者は再び弾き飛ばされた。

「勇者殿! おのれ、魔王め。これ以上はやらせぬ!」

 ゲオルグがバトルハンマーを振り上げ、突貫する。魔王はゆるやかに、魔剣を引く。

「〈神よ! 我が手に破壊の力を与え給え!〉」

 バトルハンマーに光が灯る。ゲオルグのスキル〈デストロイヤー〉だ。ゲオルグは防御をかなぐり捨て、地を蹴って跳ぶ。振り上げたハンマーを包むように巨大な鉄槌が姿を現した。

「クハハッ! 面白い! 来るが良い、人間の騎士よ!」

「我が魂の一撃――受けよ!!」

 破壊に満ちた全力の一撃。それはまるで巨大な柱だ。ごう! と、烈風を巻き起こして振るわれるそれに対し、魔王は真っ向から受けて立つ。

 破槌と魔剣が激しくぶつかり合う。拮抗を見せたそれは、火花を派手に撒き散らし周囲の物を破砕せしめる。しかし、それも僅かの間。

「おぉおおおおおお!」

「ぐ……ぁああああ!」

 魔剣が振り抜かれ、ゲオルグがまるで紙屑のように吹き飛ばされる。

「くくっ……。魂の一撃、見事よ。我が(かいな)が痺れておるわ」

 魔王が自身の腕を見やりながら、さも楽しそうに嗤う。事実、魔王の心には歓喜が満ちていた。聖域に封じられているとはいえ、これほどの一撃を振るわれたのだ。勇者以外にもおのれを楽しませる存在がいるのだと、喜びに震えるのも当然であろう。

「ゼルファァアアアアアアア!」

 勇者がゲオルグと入れ替わるように飛びかかる。真っ直ぐに振るわれた一撃は幾度目かも分からない、魔剣との衝突を迎えた。

 聖剣が翻り、吹き変わる風の如き輝線を描けば、魔王は嵐にも負けない暴威をもってそれを打ち払った。

 両者の一切引かない激突は徐々にだが、互いの体に細かな傷を刻んでいく。

「どうした? 剣速が鈍ってきているぞ!」

「コイツ……聖域の中でさえ、これほどに! だが、負けられない!」

 段々と、魔王の刃が勇者を捉え始める。勇者もギリギリのところで踏ん張るものの、しかし大勢は傾きつつあった。

「ぬうん!」

 力任せに振られた横薙ぎの一撃。防御するも、勇者の体が大きく崩れる。

「もらったぞ、勇者!」

「っ……!?」

 魔王がその丸太のような両腕で、魔剣を構え振り上げる。

「ぬぅおおおおおお!!」

 容赦なく振り下ろされる剛撃。躱せないと踏むや、勇者は聖剣で受け止めるべく掲げた。


 ギィイイイイイイイイイ……ン!


「ぬ……っ!?」

 響き渡る音。聖剣の刃が欠け落ち――そして、魔剣がへし折れた。

(これは……先の騎士の一撃で、死に体に追い込まれていたか!?)

 刃の真ん中から折れた魔剣。全てを懸けた騎士の誇りが、魔王打倒の布石を打った。

「ウォオオオオオ!」

「ぐおっ!?」

 勇者は我武者羅になって剣を振るった。その切っ先が魔王の眼前を掠める。すぐさま剣を返して、突きを繰り出す。

 魔剣を失い、間合いはその巨腕の内側。ここが唯一、そして最後のチャンスだと、勇者は攻める。

 魔王の拳が迫る。身を伏せ、躱す。拳圧が勇者の髪を千切り飛ばす。更に、突き抜けた拳圧は床に減り込んだ。

「まだまだぁ!」

 聖剣を振り抜こうとする勇者に向かい、暴威の蹴り足が襲い掛かる。その一撃が起こす突風を耐えるが、足が滑って勇者が態勢を崩した。

「っ……!」

「これで――トドメだ!」

 真上から、振り下ろすように魔王の拳が迫る。が、一瞬その動きが止まった。

「ぬっ――!」

「ウォイド!」

 魔王の影にダガーが突き立っている。それはウォイドが投げたものだ。折れたのだろう、おかしな方向に曲がった腕を庇いながら、ウォイドはニヤリと笑った。

「シャドー・パラライズ……! 聖域の中じゃ、魔王さまにも効くみてぇだな!」

「おのれぇ……! ぬぉおおおおおお!!」

「あぐっ!?」

 シャドー・パラライズを強引に引きちぎり、その衝撃がウォイドに走った。束縛を引きちぎった魔王が再び攻撃を繰り出す。

 止められたのは一瞬。僅かな間だ。しかし、それが全てを決した。

 魔王の拳が勇者に迫る。が、勇者はそれをかい潜る。そして――。

「うぉおおおおおおおおおおお!!」

 聖剣の切っ先が、魔王を捉える。そのまま全ての力を込めて、刃を押し込む。

「ぐうっ……ォオオアアアア!!」

「ぐはぁっ!」

 絶叫と共に魔王の拳が勇者を弾き飛ばした。無防備な所に一撃を喰らった勇者の体が、石畳を数度バウンドして転がっていく。

「ぐ……ググ……ォオオオオオ………!」

 痛む体をねじ伏せて立ち上がった勇者の瞳に、聖剣が深く胸に突き刺さった魔王の姿が映った。

「がぁ……ァア……ッ!」

 グラリと魔王の体が揺れる。そして――派手な音と共に仰向けに倒れた。

 その余韻が響き、そして消えても尚、魔王は動かなかった。

「や、やったのか……? はは……ハハハ! 大将、ついにやりやがった!」

「勇者殿。ついに……!」

 倒れたまま微動だにしない魔王の姿に、起き上がったゲオルグとウォルトが歓喜の声を上げた。

 しかし魔王を倒した勇者は、喜びの中にはいなかった。

「……サーリャ?」

 聖域はいつの間にか消え去っていた。そして、それを支えていた一人の女性は、その身を静かに横たえていた。

「サーリャ……っ!」

 勇者は彼女の名を呼びながら、傍へと駆け寄る。駆け寄ろうとした。軋む体を引き摺りながら、必死に。

「サーリャ、しっかりしろ!」

 アルフレッドはサーリャを抱き起こした。しかし、その体にはもう力が無く、内側から止めどなく何かが失われていた。

「サーリャ……魔王を倒せた。君のおかげだ。君が頑張ってくれたから……僕らは勝てたんだ」

 優しく、愛おしくその名を呼び、彼女の体を抱きしめる。

「これで全てが終わったんだ。終わったんだよ……サーリャ」

 しかし、聖女の唇が言葉を紡ぐことはない。その瞳が再び開かれることはない。

「どうしたんだ、サーリャ? 全部終わったら、一緒に俺の故郷……サントフェルフに行こうって約束しただろう? なぁ、サーリャ……!」

 聖女の亡骸にすがり、勇者は嗚咽を零す。その背には凶悪なる魔王にひるまず戦った勇敢なる姿は無かった。

「大将……」

「勇者殿……」

 魔王を倒しても、まだ城の外では戦いが続いている。しかしウォイドとゲオルグは掛ける言葉もなく、ただ見ていることしか出来なかった。


「――ふむ。命脈尽きたか」


「「「ッ――!?」」」

 信じられない出来事に、三人が振り返った。聖剣を峰に突き刺したまま、岩山の如き巨体が立ち上がっていた。

「ま、マジかよ……?」

「聖剣の一撃をまともに食らって尚、死なぬというか……!」

「っ……!」

 狼狽する面々を見下ろし、魔王は口元を歪める。

 状況は最悪だった。サーリャが死して聖域は消滅。勇者含め、全員が満身創痍。唯一の希望である聖剣は、魔王の手中にあると言って過言ではない。

 どうする。どうすればいい。三人は状況の打破を思考する。しかし、どう考えても絶望以外の答えに繋がらなかった。

「そう強張るな。貴様の一撃、僅かに逸れたが……それでも、我が魔核コアを確かに貫いている。貴様の勝ちだ、勇者よ。我は間もなく消えるだろう」

「魔王……ならば今更、何を企んでいる?」

「企む、か。別に、そのようなあれではないのだが……なに、我を存分に楽しませてくれた貴様らに、王より報奨をくれてやろうと思ってな」

 そう言うと、魔王は緩やかに手を広げた。掌に光が宿る。

「受け取るが良い。我よりの褒章だ」

 そして、その光を握り潰した。眩い輝きが一瞬、広がって消えた。

「っ……! 何をした!?」

 勇者が眩んだ目で魔王を睨む。だが、答えを聞く前に、その変化が彼の腕に伝わってきた。

「な……サーリャ!?」

 腕に伝わる鼓動。温もり。弱いながらも聞こえる吐息。

「新しく、我の命をくれてやった。だが、純粋なる魂に魔の穢れを宿した以上、聖女と呼ばれていたその力の尽くが失われよう。そして、永遠にも等しき魔族の命を得るという事は、その者の命もまた、魔族と等くなる」

「何だと……!?」

「とは言え、最早死に体の我が生命では精々、もって50年か。ククク、短き命よな」

「な……」

 呆ける勇者の顔を見て、悪戯が成功した子供のように魔王は笑った。

「魔王……お前は」

 勇者の言葉に、魔王は答えず天を仰いだ。その足から解けるようにして消えていく。

「満足だ。永劫続くと思っていたあの灰色の時が、こうも彩られるか。この瞬間のために生きてきたのだとすれば……我が生にも、意味があったのだろう。あぁ……我は満足だ!!」

 圧倒的な力を振るった腕が消える。全てを繋げ支えた体躯が失せる。そして憑き物が落ちたように満ち足りた表情を浮かべたまま、その顔が消える。

 そして、残された深紅の結晶体――”魔核”が砕け散った。その光は天へと昇り、暗雲切り裂く流星となって世界に散った。

 魔の長たるものの最後。そう呼ぶには余りにも神秘的な終局に、勇者達はただ、空を見上げ続けた。

「……ぅん」

「っ……サーリャ?」

「あれ……わたし? どうして……?」

 弱々しくも言葉を紡ぐサーリャの頬に、勇者は優しく触れる。

「大丈夫。全て終わったんだ。戦いも、君の運命も……何もかも」

「……?」

「説明するには色々あり過ぎてね。今は……皆の下に帰ろう。きっと心配しているから」

「………えぇ、そうね」

 



 帝国暦327年。地方領主の次男として生まれながら、神託を得て勇者アルフレッド・フォルトハイムは魔王ゼルファーを討伐。魔族との決戦に終止符を打つ。

 魔王を失った魔族達は魔族領の奥へと退き、戦争は終結した。
















 それから――およそ50年後。


「……う~ん。ゼルファー、また変な夢見させたでしょ」

『変な夢とは失礼な。我のカッコ良い姿を毎夜見せてやっているというのに』



 魔王は村人A(モ ブ)の中にいた。


タイトルは「魔王は村人A(モブ)の中にいる」。

村人A=モブと、古参のRPG好きならば分かるであろうタイトルになっておりますw

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