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金の杖 銀の杖  作者: jorotama
第三章
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『顔の無い花嫁』32

「……いや……参ったな……」


 私の歩幅でほんの二……三歩程の場所。

 歩み寄る足を止めたグラントが半ばお髭に埋もれた頬を右手でぽりぽり掻きながら、笑いに近い形に唇をゆがめて呟いた。


「……何よ、それ」


 私が思わずムッとするのも当たり前だと思う。


「どうして『会いたかった』への返事が『参ったな』……なの?」

「あ~……。いや、だからそうじゃなくて。……なんと言うか、お嬢さんと会う心の準備が出来てなくて」


 歯切れ悪くグラントは言うけれど、そんなの私だって同じこと。


「心の準備が必要なんて、グラント。なにか疚しいところでもあるの?」


 私はやっと彼に会えて嬉しいのに、あんまりではないか。


 悲しさや情けなさや腹立たしさ……。

 突如胸の中にわき上がる強烈な負の感情を支えきれず、なんだか私は気持ちが悪くなった。

 胸がムカムカとする。


 そりゃ……結婚してもう一年半も経過しているのだから、いつまでも新婚気分で彼の事を心で後追いするのは自分でもどうかとは思う。

 でも、スフォールに到着する前の船ではあんな風に理不尽な嫉妬心を燃やしてくれた彼が、こんな唐突に変わってしまうなんて……酷いではないか。

 私にだってそれこそ『心の準備』くらいさせてもらいたい。


 『恋』は劇的事件だけれど『結婚』は日常だ。

 男女の関係と言うものは、だんだんそういうドラマチックなものから日々の生活へとに変化して行くもの。

 その変化と言うものは緩やかで穏やかなものである……と、私はそう考えていた。

 結婚した男女がいつまでも『愛』だの『恋』だの言うのは無理なことくらい分かっているけど、その変化がこんなに急では気持ちがついてゆかないではないか。


 こんな風に気持ちを突き放されるなんて想像もしていなかった私は、相当恨めしそうな表情で彼を見上げていたのではないだろうか。

 ちょっと手を伸ばせば届く距離を保ったまま、グラントは私の横に回りこみ、さらには私の背後の扉へ手を伸ばす。

 部屋を出て行こうとでも言うのかしら?

 ……と、私はとっさに疑ったけれど、どうやらそうじゃないらしい。

 グラントはドアノブの上の回転式の鍵をまわし、扉に鍵をかけたのだ。

 こんなところで痴話喧嘩をしているなんて見苦しくて誰かに見聞きされるわけには行かないのだから、確かに扉の鍵はかけておいた方がいい。


「違うんだ」


 ……と、グラントが言った。

 もちろん疚しいところがあるなんて私も最初から思ってはいない。

 扉の鍵を閉めて正面へ戻ってきたグラントは、私に向けた視線を時々壁や天井へと逃がしながらこちらへ伸ばした両の手を中途半端な位置で止めて


「……久しぶりにキミの顔を見たら……なんだか凄く……照れて困ったことになっているんだが……」


 などと予想外の事を言い出したから、私だって唖然としてしまう。


「その、フローお嬢さん、ちょっとキミに触れてもいいか?」


 私の肩のうえ辺りで彼の手は所在な気に彷徨さまよっている。


「ば……っ馬鹿じゃないの? 貴方らしくないこと言わないで頂戴……っ」


 いつもの彼だったら問答無用に私の事を足元から掬い上げ、持ち上げて抱き締めるくらいの無遠慮なことをする癖に、なんだってこんな……。


「そう言われても、フロー。スフォールでも船の中でも、それにタフテロッサについた後だって、周りは殆どむさ苦しくてゴツい髭面の軍人か船員だらけなんだよ」


 まあ……確かに考えてみれば彼のここのところ置かれていた環境はそんな感じだったかもしれない。

 恐る恐ると言った態でグラントは私の肩に大きな手を置く。


「まいったな……何でこんなに細くて柔らかいんだ……」


 なんだか彼は本当に心から感動しているよう。

 だけど……私より華奢な女性なんていくらでもいると言うのに、こんな大袈裟に言われては恥ずかしくなってしまう。


「……女の人が全くいなかった訳ではないでしょう?」

「でも、キミはいないだろ」


 そろそろと彼の手が肩から首をたどって持ち上がり、私の頬を包み込むように触れた。


「間近に見るのは毎日毎日殺気に満ちた恐ろしい形相の脂ぎった顔ばかりなんだ。どれほどキミのこの……滑らかな肌と卵型の可愛い顔が恋しかったか……」


 笑み細められたグラントを見上げながら、私は思わずぱちぱちとまばたきせずにはいられなかった。

 だって……周囲が兵士や船員ばかりだったと言うのは理解できる。

 けれど、恐ろしい形相を間近に見続けると言うのはどういう状況なんだろう?

 私の疑問に返されたのは、グラントの苦笑いと溜息。


「下手に『伝説的傭兵』を祖父に持つとね、むやみやたらと剣の手合わせを申し込まれるんだ。まぁ……なんだ。手合わせなんて断ればいいんだろうが、こちらの都合上そうもいかなくてね。毎日何人もの兵士や騎士らと剣を挟んでむさ苦しい顔を突合せる羽目になっていたって訳だ」

「断れない状況って……嫌がらせか何か?」


 頬や首、肩をそろそろと触りながらグラントは少しずつ離れていた私との距離を縮め、体を寄せてきた。


 スフォールで彼が任された役目の性質から考えて、軍人達にグラントがあまり良い印象を与える立場になかったことは知っている。

 ……けど、次々と申し込まれる剣術の手合わせを逃げられないなんて、少し酷すぎはしないだろうか?

 私はてっきり彼が『いじめ』でも受けたと思ったのだが、どうやらそれは見当違いのよう。


「確かにシザー卿にはあからさまに嫌われていたけど、そう言うんじゃないんだ。フェスタンディ殿下の威を借りた監視係みたいな立場の俺に、嫌悪感丸出しなのは高官だけだよ。傭兵出の家系の人間が監視係じゃ、矜持を傷つけられた気がするもの仕方ない。だけど平兵士や隊長レベルの現場は、そんなことより俺の剣の腕の方に興味津々だ」


 ……それに、現場にはレレイスの輿入れの際にグラントと知己になっていた人達も多くいたようだ。

 初めて聞いたけれど、あの時にも彼は連日隊列の騎士や衛士、兵らに剣の手合わせを申し込まれたのだとか。

 彼がなるべく対戦を断らずにそれを受けたのは、手合わせを断って高慢ちきな成り上がりの腰抜け貴族と思われるより、できる限り相手をして、地道に信頼関係を築き、いざと言う時動いてくれる『手駒』を作った方が得策と考えての事らしい。


 ……と言うことは、当然グラントは信頼するに足る相手としてある程度以上『勝ち続けた』……と言うことだろうか。

 確かに、グラントは強い。

 それに、毎日鍛錬を欠かさぬ努力家でもある。


「傭兵式の『負けない』戦い方を仕込んでくれた爺さんには感謝しないとな」


 と、グラントは言った。


 兵士も騎士も同じだけれど、傭兵は死んだら『おしまい』だ。

 それに、国の恩給も無くいくさのためだけに雇われる傭兵は、怪我をして戦えなくなった時点で生きる糧を得る術を失う。

 だから彼が彼の祖父カゲンスト・バルドリー卿に叩き込まれたのは、徹底的に怪我をしないこと、死なないこと。

 つまり、『負けないこと』……だったのだと言う。


 以前……そう、私達がメイリー・ミーを連れてフィフリシスからセ・セペンテスに渡る『amethyst rose』号でボルキナ国の活動員に襲われた時、私は目の前でグラントがその長短二本の剣を振るう姿を目にしている。

 兄様や兄様の友人らがフルロギ別邸で剣術の指南を受けるトコロや、刃を潰した練習用の剣で手合わせする場面を見ることは日常だったし、別邸やエドーニアの屋敷に雇われた護衛兵らが訓練する場面にも良く行き合ったけれど、グラントのような『型』に嵌らぬ戦い方をする人間を、私は見たことがなかった。


 個人としての『強さ』だけではない。

 彼はこれまでだってレシタルさんやジェイド、ダイタルさんやナップスにシュトームなどを動かして色々な局面で活動してきた実績だってあるのだもの。

 人を動かす才能だって持っているのだと思う。

 これは多分に私の彼へ対する欲目も入っているだろうが、もしグラントがこの花嫁行列の指揮官であれば、赤い山羊髭のジョルト卿のような失言をすることはなかっただろうし、アグナダ公国軍高官のシザー卿のように結局積荷の模型を護りきれなかった……なんてこともなかったのではないだろうか。


「相変わらず計算高いのね、商人さん」


 内心で彼の事を頼もしく誇らしく思っていながら照れ隠し。

 私はつい、いつもどおりにそんな憎まれ口を叩いてしまう。


「お嬢さんらしい台詞セリフが聞けて嬉しいよ。ところで……キミは……本当にいい香りがするね、フロー……」


 ただでさえ普段と違い壊れ物でも扱うように恐る恐る触れられ、妙な感じに羞恥心を煽られていると言うのに、真顔でそんなことを言われては困ってしまう。

 どう反応していいのか、何を言っていいのか判断がつかずに言葉を失っていた私に追い討ちのように


「キスしてもいいかい……?」


 なんて……そんなことを訊ねるなんて……。


 これには私だっていい加減に腹が立つ。

 だってこの人は未だ私に抱擁のひとつもしてくれないのだ。

 私は彼の上着の襟元……調度鎖骨の辺りを右手でグイっと掴んだ。

 象牙の持ち手から手を離した途端、木の杖が床の上にカランと音を立てて倒れてしまったが、構うものか。

 私は左手も使い深緑の上着の襟の両側を引っ張って、彼の顔を自分の方へと引き寄せる。


「どうしていちいち許しなんて求めるのよグラント。いつもの貴方はどこへ行って……?」


 じれた私は眉を逆立て不満の言葉をぶつけたのだが、情けなく涙目になっていたのでは迫力に欠くこと甚だしい抗議だったに違いない。

 しばし私を凝視していた彼の口元に、ちょっと意地悪な笑みが浮かぶ。


「許可なしで好き放題するのがキミにとっての『いつもの俺』かい?」

「そうじゃないけど……今の貴方はちょっと変じゃない?」

「……変と言うか、困ったことになっているんだ。……久しぶりにキミに会えたのが、想像以上に嬉しすぎて」


 そろそろと背中に回された大きな手が徐々に腰の辺りまで下がり、その輪を縮めてゆく。

 グラントの顔は私の間近。あおのいた私の唇に、言の葉の響きと呼気が温かくぶつかる距離にある。


「慎重にことを進めなければ……お嬢さんはここ数日手荒くお相手してきた『むくつけきもののふ』達とは違う。あんな粗雑に扱ってもびくともしない奴らと一緒には出来ないだろう? こんな……壊れそうに細いんだから。……フロー、キミ……少し痩せただろう……?」


 確かに彼の言うとおり、プシュケーディア姫の事で頭を悩ませていた私はちょっと痩せてしまっていたかもしれない。

 悩みがあると食が落ちるのが癖になっているようだ。

 それでも、ゲルダさんの事で苦しみ悩んだ春の頃より体重の変化は微々たる物のはず。


「ほんの少しだけだわ……」


 抗弁する唇にグラントの唇が微かに触れ、そのまま言葉を紡ぐ。


「気持ちのまま抱きしめたら、冗談じゃなくキミの背中を砕いてしまいそうで怖いんだ。それなのにキミときたら、相も変わらず甘い良い香りがして……むしゃぶりつきたいくらいに可愛いくて……」


 低く言葉が紡がれる度に触れる唇がもどかしくて、私は目いっぱい背伸びをし、彼の下唇を軽く噛んだ。


 私はぎゅっと抱きしめられたくらいでは壊れ砕けたりなんかしない。

 あんまり苦しければちゃんと文句を言うし、それで離してくれないなら、思い切り噛み付いて警告だってできる。

 腰と背に回されたグラントの腕に少しずつ力がこもるのが感じられた。

 だけど……もっとぴったり彼に体を寄せ、私は彼を感じたいのだ。


「キスをして。グラント」


 馬による移動で半日以上乾いた冷たい外気に触れ続けていたため、少しカサカサと乾燥したグラントの唇がはすに傾いで私の唇をそっと覆う。伸びすぎたお髭はチクチク肌を刺す長さを通り過ぎ、今は柔らかく感じる程だ。

 数秒間。

 唇で唇を軽くむ口付けを終えて、口元をくすぐっていたお髭の感触がすぐに離れてしまったことに私は恨みがましい視線を向けたのだが……。


「しかも、この挑発……」


 苦笑いを浮かべての深い嘆息。


「いつもの『俺らしく』だと暴走しそうだからこその『許可』だったんだけど……それがお気に召さないとなると、どうなったとしてもお嬢さんにも責任があることを忘れないでくれよ……」


 グラントは身をかがめ、耳元にそんな台詞を吹き込みながら背と腰に回していた両手を下にずらし、何を思う間もなく私のことを持ち上げた。

 驚いた私は両手で掴んでいた上着の襟から慌てて彼の首へと手を回す。


 ゆら、ゆら……と。

 大きな歩幅で数歩。

 力強い腕が私を下ろした先はアングテール伯爵の書斎の机の上。

 淑女を腰掛けさせるにはあまりにもお行儀の悪い場所だと苦情を言いかけた唇は、開いた途端にグラントのそれで塞がれた。

 触れ合うだけの口づけからお互いの唇の感触を確かめる口づけへ。それから、もう少し深く。


「……キミの味がする」


 吐息交じり。

 満足そうな呟きに私が赤面したのは、私もキスをしながら同じことを思っていたせいだ。

 ほんの半月離れていただけで……と、人に話せば笑われそうだけれど、私は本当に彼の存在に飢えていたのだ。

 今はもう乾いていない唇が再び私の唇に重ねられ、口付けが深度を増すと、彼への飢えに研ぎ澄まされていた私の神経は、味蕾の一粒一粒を愛撫される感触を鮮明に感じておののいた。


 グラントの左手は私の頭部を引き寄せ支えていたけれど、右の手は体の上をまるで私の形をなぞるように確かめるように優しく這っていた。

 私も少しでも彼に触れたくて、衣服越しの感触がやけにもどかしくて……。


 喉元を掠め、刺繍とオーガンジーのフィシューに覆われた胸元を、お髭と唇が辿るのに抗うことが出来なかった。

 艶やかな胡桃材の大きな書斎机の上に上半身を押し倒された時も、天板の下へ垂れた脚をパニエの裾をめくり上げるようにグラントの手が這い登ってくるのに気がついた時にも……。


「フロー……キミが欲しい……」


 熱く囁かれ、私はなんだか泣きたくなった。

 私だって彼が欲しい。

 だけど、こんな人様のお屋敷の書斎机の上でだなんて……。


 ……そういえば昔、ユーシズの屋敷でも私はグラントに書斎机の上に押し倒されたことがあった。

 あの時の私の手には父様の短剣があったけれど、今の私は杖も無ければ父様の短剣も無く……彼を拒絶するための言葉を発する自制心さえ消えかけていて……。

 なんとか口に出来た言葉が


「もっと、きちんと貴方に触れたいの……」


 だけだったなんて……。

 どうして私はこんなにふしだらな人間になってしまったんだろう?

 だけど……困る。

 困るのだ。


 普通に房事のあった翌日ですら未だにどういう顔で人と会えばいいのか分からない私が、こんな場所でそんなことをしてしまっては、アングタール伯爵夫妻をホストとした夕餐でまともに振る舞う自信がない。

 だって私は世の中の深い関係にある男女が『秘め事』を持ちながら、日の光の下そ知らぬ顔で生きているのが信じられないのだ。


 ……なんて、既婚の上こんな年齢になっても真剣に思っていると知られたら、人に失笑されるカも知れないが……。


 グラントは切なそうな表情を見せながら膝の上、内腿辺りを彷徨わせていた手を引いて


「そうだな……すまない」


 ……と、詫びの言葉を口にしながら私のことを抱き起こしてくれた。

 机の上に腰を下ろした私の頭部は、屈んだグラントの肩の辺り。


「本当に俺ときたら……こんな場所で自分の欲望をキミにぶつけようとするなんて」


 自分の胸の動悸と彼の心臓の激しく打つ音とが混ざり合って響く中、グラントが自嘲気に呟くのが耳に入り、私は彼の肩の上で首を振る。

 悪いのはグラントだけではない。

 だけど……『嫌』ではあっても『駄目』ではないと思っていたなんてコト、到底伝えらるものではない。


「そ、そうよグラント。貴方はちょっと失礼だと思うわ」


 流されかけていた自分への恥ずかしさ紛れ、語気を強める私にグラントは呆れるだろうか?

 そっと身を起こしこちらを数瞬覗き込んだ彼の口元には、いつもの彼らしい笑みが閃いた。


「全くだ。こんな机の上で慌しく情事を行おうなんて、キミに対して失礼極まりないな」


 自分が礼を失したことに同意しつつ、グラントは私の手を取ってそれを己の口元へ運ぶと、まるで『紳士』のようにその甲に唇を落とす。


「……それに、今はそれどころじゃなくってよ」


 存外にあっさり引いた彼の言に乗せ被せ、照れを隠すため私は今が非常事態である事をグラントに思い出させようとしてそう言ったのだけれども……。


「そうだ、それどころじゃない。お嬢さんとの房事はそれに集中できる然るべき時、然るべき場所でたっぷり時間をかけて行うのが相応しいからね」


 ……などと言われてしまっては私だって言葉を失う。

 更に追い討ちとばかり、グラントは私の手を自分の……厚く筋肉で鎧われた胸元にシャツの上から当て


「誰も見ていないお嬢さんが安心できるトコロで、キミには『もっと、ちゃんと』心行くまで俺に触れてもらうよ」


 と、腹立たしいほどに魅力的な笑みと声で言うのだ。


 ……グラントは酷い。

 絶対にこれは私の反応を見て面白がっているに違いない。

 私は真っ赤に火照った顔でグラントを睨みつけ、掴まれた手をコブシに握って彼の胸をドンと打った。

 グラントは大袈裟に痛がる振りをしていたが、あんなに嬉しそうに笑ったままだったのだもの。

 私のコブシがちっとも効いていなかったのは間違いないだろう。




 久しぶりに彼に逢うことが出来た嬉しさのあまりなんだか妙なことになってしまったけれど、本当に今は『それどころじゃない』状況なのだ。


 タフテロッサの桟橋の横断幕の文字も、ビヒテール卿のお屋敷の正門前に落ちていた血塗れのモスフォリア国旗も、それに今日の襲撃の後に発見された国旗も、モスフォリア国への負の感情を明確に示している。

 プシュケーディア姫の輿入れに反対する勢力があるとの宣言のようなものだ。


 一体どのような人達がどんな規模で活動しているかも気になるところだけれど、それ以上に私は彼らが一体どんな結着を望んでいるかが気になって仕方が無い。

 プシュケーディア姫は既にフェスタンディ殿下の花嫁としてこのアグナダ公国へ渡ってきているのだから、今更二人の婚約を解消するなんてことは出来ない。

 それはアグナダ公国だけでなくリアトーマ国も絡んだ『国の決定』だからだ。


 彼らが愛国心のあまりモスフォリア国へ対する『抗議行動』として今回のような事件を起こしているのならまだいい。

 もしモスフォリア国に対する報復……『戦争』を彼らが望んでいるならば、最悪の場合、プシュケーディア姫の命が狙われることになるだろう……。



 

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