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金の杖 銀の杖  作者: jorotama
第二章
17/97

『銀の杖と北の方舟』8

「ねえグラント、貴方は剣をどうしてシェムスに預けているの?」


 そろそろ夕刻から始まる二夜目の宴の身支度を始めようかと言う頃の事。

 部屋へ戻るなりのそんな質問に、少し訝しそうな表情でグラントが私を見る。


「……お嬢さん、シェムスに会ったのか?」


 頭の回る彼の事、私の言葉の中にある『おかしな部分』を直ぐに見つけ出してくれるだろう事は分かっていた。


「合わせ稽古の時に刃先にちょっと傷が付いたんだ。兵舎付きの研ぎ師に研いでもらうようシェムスに渡していたんだよ」

「ああ……そう言う事だったのね」


 もしもシェムスがグラントの剣を持っていなかったなら、きっと彼は自分でグラヴィヴィスに襲いかかった刺客に立ち向かっていたのではないかと思う。

 剣の腕は殆ど初心者と言って差し支えないシェムスがあんな相手に向かっていったトコロで、大怪我をするか最悪命を失う事になってしまっただろう。

 グラントには申し訳ないけれど、剣に傷がついた事は私にとってはもちろんシェムスにもグラヴィヴィスにとっても幸いだったと言うわけだ。


「……テティ、フェイス。少しの間むこうで待っていてくれる?」


 私は今日の出来事を話す為、化粧着やドレス、ブラシの入った化粧箱に宝石箱などを手に身支度の世話をしに来てくれていた二人に、席を外してもらう。


 シェムスらの従僕の待機する場所はここから結構離れている。

 その場所にいる従僕らに何か用を言いつけるとしても、私達使用者がそこへ直接出入りする事はまずない。

 テティやフェイスならそちらに出入りするのも不自然じゃないが、彼女達はこの部屋や隣接した使用人用の小部屋、それにお茶や飲み物などをここへ持ってくるための厨房、彼女らが食事をする使用人用の食堂などの行き来くらいで、向こうへ行く時間も用も昨日今日とありはしない。

 シェムスがグラントの剣を預かっている事を知っているには、私が直接シェムスに会う以外は無いのだ。

 そして私がシェムスに会うというのは、この城にいる間はとても不自然な話……。


「フローお嬢さん。俺がいない間に何かあったようだけど、どうしたんだ……?」


 宴の席に出る為に着替えようと窮屈な上着を脱ぎ、ジレとシャツになったグラントが改まった様子で私に問う。


 庭の散策中にグラヴィヴィスに会った事。

 それに今回の王室による国民感情操作におけるミスリードは、ミストヴィネ王妃を絡めた兄弟喧嘩の延長線上にあるらしい事。

 ディダに会う為に行った厩でグラヴィヴィスを狙う刺客が現れた事と、その刺客が『親フォンティウス王』サイドの極めて高い地位にいる貴族か侍従や官僚から差し向けられたものでは……との、彼の考えなどをグラントに話した。


「それで、お嬢さん。どこも怪我なんてしていないだろうな!?」


 グラヴィヴィスが目の前で刺客に襲われたくだりを話し終えた時、グラントは私の周囲をぐるりとまわり、肩や腕、見える部分のあちこちを確かめるように触りながら、こちらが驚くくらいにひどく心配してくれた。

 私の事を彼が本当に心配してくれているのは分かっているのだけれど、少しばかりそう言うのが気恥ずかしい私は、いけないと思いつつもつい照れてそっけなく答えてしまう。


「怪我をしていたらここで貴方にお話したり、身支度をしようとしていたりしなくてよ?」

「……確かにそれはそうなんだが……」


 口ごもりつつも、その目元を笑み和ませるグラント。

 ……本当に……私の結婚した相手が彼のように精神的に大人な人でなかったなら、きっと年中つまらない事で喧嘩ばかりしてしまうに違いない。

 こんな憎らしい態度を取らず、最初から『怖い目に遭った……』と、素直に甘えられる女なら良かったのにと思うのだけれど……。


「私もシェムスもグラヴィヴィスも、周りにいた人間達にも誰にも怪我人は出ていないわ。……シェムスがグラントの剣を持っていてくれて本当に良かった……」


 心の裡に嘆息しつつ、私は広い胸にそっと額を付けて彼から安心を貰う。

 私を包み込むよう肩と腰に回された腕が、苦しくない程度にしっかりと私を抱きしめてくれた。


「それにしても……お嬢さんにとってこのブルジリア王国はどうにも『鬼門』のようだな。春にルルディアス・レイで浚われ……次は、目の前で殺人未遂騒動だ」


 目を閉じて、小さな子供をあやすように私の頭をぽんぽんと撫でてくれるグラントの大きな掌を感じながら、私は心の中にそっと「それに貴方の昔の恋人にも会ったことも」……と、付け足した。

 自分が嫉妬深い女と認めるのは腹立たしいけれど、どうやら私はけっこう嫉妬深い女らしい。

 そんな不機嫌さを混入させた八つ当たり気味の気持ちで、私は唇を尖らせてグラントを見上げた。


「あのね、グラント。私思うのだけれど、ブルジリア王国が『鬼門』と言うよりは、グラヴィヴィスが『鬼門』のような気がしないこと?」


 それは本当に『八つ当たり』のつもりで口にした言葉だったのだが、どうやら言霊と言うのは存在するらしい。

 グラントは苦笑いで私を宥めてくれたけれど、本当に彼が私にとって『鬼門』になるなんて……グラントだってこの時点で考えてもいなかったに違いない。

 

 ***


 昼間の出来事の報告などで身支度を始めるのが遅くなってしまったせいで、二夜目の祝宴に出席する為に広間へと出て行くのが前日よりも遅くなってしまった。

 まあでも別に学校や会議ではないのだから、遅くに出かけたところで何も問題は無い。

 むしろ招待客らの殆どが入り終え賑わう広間を歩くのは新鮮で、出席するのが億劫だ……と後ろ向きになっていた気持ちが消えてくれたのがありがたい。


 人の多い広間を人波をわけてくれたグラントには申し訳ないけれど、彼が頑張って私の為に進路に空間を確保してくれる間、昨日は気づかなかった幾つかの事を知る事も出来た。

 夕べ私が殆どずっと締め切って使っていた『帳の席』だけれど、見たところ殆どの人は帳の下半分を開けた状態で使っているようだった。

 胸から上は見えないけれど、座席の横や膝の上に私のように杖を立て掛けて置いたり手や膝の上に持ったりしている人が多い。

 たぶん殆どが老夫人や老紳士なんだろうが、そう言えば帳の中でよっぽどだらしの無い格好でふんぞり返ってでもいない限り、外から顔やこちらの視線の向く位置さえ分からなければ、別に全部を締め切らなくても構わないのかもしれない。


 こうして殆どの帳が上げられているところを見てしまうと、ピッチリ閉ざされた帳の席ではなにか密談か……昨日のグラントの言い種ではないけれど『よからぬ事』……でもしているように思われていそうな気すらした。

 密談にしろ『よからぬ事』にしろ、それは中に入っている人間がしたいなら好きなようにしたらいいのだろうが、グラントの背中の後ろで周囲を見ていて気が付いたけれど、広間に集まる客達の接待をする侍従らは、どの帳に誰が入っているのかを書き出した表をそれぞれ持っているようなのだ。

 ある女性がとある公爵夫人がいる帳は何処か訊ねる場面に遭遇したところ、侍従はその表を出してその女性に件の人物のいる場所を指し示していた。

 聞こうと思えば誰がどの帳に入っているのか聞き出す事は可能だし、侍従も帳の席次表は申し出があれば誰にでも見せるようである。

 引き下ろされた帳はそうでない帳よりも人目を引きやすく、誰かが中に入ろうとするとつい目でどんな人物か追ってしまう。

 半分でも遮蔽された空間はそこに座る人間に安心感を与えてくれるけれど、その安心感に溺れると思わぬ誤解を受ける可能性だってあるのかも知れぬと、今更ながら私は気がついた。


 グラントがまた商館設立絡みの交渉や外交に席を外している間、私はまたグラヴィヴィスと会った。

 昨日とは違い幾人かの人々に取り巻かれているグラヴィヴィスが帳近く現れた時、私は軽く会釈をしただけで済ませ、それ以上に話などするつもりは無かった。

 昨日彼と二人で閉め切った帳に入っていたのは不味かったのではないか……との不安が心をよぎったからだが、グラヴィヴィスは私の内心の不安などお構いなしに周囲を囲む人々をそっけなく振り払い、帳の前にやって来た。

 座席の左後ろの銀モールを手繰り、私は帳の前面を上げる。

 硝子の留め具で紐を固定し、やけにご機嫌そうなグラヴィヴィスに向けて形ばかりの笑みを浮かべた。

 なんとなく……彼を取り巻いていた人々の視線を必要以上に強く……意味あり気に感じるのは、不安感のなせる技だろうか?


「……その後、ご機嫌いかがでしょうか?」


 半分上げた紗の帳の向こう、広間の人々から寄せられる視線を気にしながらも、私は挨拶としての儀礼的な接吻を受ける為にグラヴィヴィスに自分の手を差し出した。


「少し休んだら元気になりましたわ。グラヴィヴィス様こそあんなコトのあった後ですもの、さぞやお疲れでしょう」

「まぁ……色々と忙しくはありましたが『お疲れ』と言う事もありません。……むしろ、今までにないほど心楽しくすごしております」


 言葉の通り昨日の宴でのつまらなそうな様子が嘘のようなグラヴィヴィスの様子に、私はホッとしたと同時に……何故か……妙な胸騒ぎを覚える。

 男性にしてはキレイな、指の長い骨っぽい手で私の手を掴むグラヴィヴィスは、挨拶や儀礼を若干逸脱しているのではと疑わしく思うほどに長く私の手を放さず、やけにゆっくりとその手の甲に唇を落として押し当てた。


 ……午後のあの刺客騒動の時の感謝の気持ちがこもっているのかもしれないけれど、こういう他人の目が多い場でこのような過剰な親密さを表わされるのには少し困惑する。


「今日は随分と昨日とは違うようですのね。周囲の妙な誤解が解けて本当に宜しゅうございましたわ」

「薄っぺらい信頼と薄っぺらい親密さの上を生きる自分を恥じるばかりです。……少しだけ、ここで話しをして行っても良いですか?」

「社交と言うのはそう言う側面もございますわ。……皆さま貴方をお待ちですわよ」


 私は彼に、暗に取り巻き達の元へ戻るように……と言ったつもりだったのだが、私の意図はグラヴィヴィスの柔和な笑みの上をツルリと滑るように流される。


「長居はいたしません。……それに、バルドリー侯爵がなされようとしている事業に関するちょっとしたお話もあるのです」


 そう言いながらグラヴィヴィスは昨日のように私の隣に座り、給仕に冷えたお酒とグラスとを要求した。

 グラントが一時は眠る時間すら削ってやってきた商館設立にもかかわる事……なんて言われては、私だって必要以上に彼を邪険にすることは出来ない……。


 やっぱりどう考えても私にはまだまだ社交的経験値が足りな過ぎる。

 この……ある意味慇懃で強引な人間を、どうあしらってよいのかまったく見当もつかないのだもの。


「それで、キミはグラヴィヴィスとどんな話をしていたんだい?」


 あちらの官僚、こちらの大臣、それに向こうの有力貴族と忙しく根回しや必要な認可や許可証発行の言質を取り付ける為に飛び回っていたグラントが、少し不機嫌そうな表情で私に聞いた。


「……本当にどうでもいいお話よ。……『神事』の時に私が鳩の顔を見分けられたのはどうしてなのかと聞かれたから、屋敷の中で殆どを過ごした私にとって、窓辺から見る鳥達は数少ない友達だったと言ったわ。『鳥達の顔を見分けるのはささやかな私の特技ですのよ』……って。とてもバカっぽくて、かつ哀れを誘う話だわね」


 いくら私の映像に関する記憶力についてあまり深く追求されたくなかったとは言え、浮世離れしたおとぎ話か童話のような回答に私は自分ながらにげんなりしていた。

 しかも、グラントはどうしてだか不機嫌な様子。


「いや……そう答えておけば充分だろう……それにしても、なにか嫌な感じだな……」


 難しい顔で呟き、ついで黙りこむ彼に私は最初、それが仕事がらみでの何事かだろうかと思っていた。

 私は……もしかすると少しだけきつい性格をしているかもしれないし、ちょっとだけ憎まれ口をきく回数が多いかもしれないけれど、断じて心底意地が悪いわけではない。

 ……と、思う。

 ただ今日のところはなんだか疲れてしまって、気持に余裕が無かった。

 もしもお仕事の事でグラントが不機嫌だったのなら少しくらい何があったのか教えてくれたっていいのに。

 そうしたら私だってその苦労を労う気持ちになった事だろう。

 だけどグラントときたら何か難しい事でも考えている様な顔で、眉間に皺など寄せて黙りこんでいるだけ……。

 自分からグラヴィヴィスと何を話したかを聞いた癖に、こんな上の空だなんて失礼にも程があるではないか。


「心ここに在らずのようですのねグラント。だけど、貴方の 大 事 な お 仕 事 の 話 し がございますのよ? ちょっとだけ耳を貸しては下さらないこと?」


 これ以上無い程に丁寧に、そして一言一言区切ってはっきりと、私は上記の台詞を口にした。

 考え事をしていたグラントの耳にも私の言葉はしっかりと、そして意図したとおりの厭味な響きをもって届いたらしい。

 暗色の瞳を若干見開き気味の驚いた顔で、顎を持ち上げ自分よりも背の高いグラントを半眼で斜めに見下ろす私を見つめた。

 宴の前にも思ったことだけれど、つくづくグラントが大人な人で良かったと思う。

 彼はすぐに私の不機嫌に気が付くと、バツの悪そうな様子で折角綺麗に櫛けずった頭髪をかき混ぜるようにしながら謝罪の言葉を私にくれる。


「いや……申し訳ない……フローお嬢さん。グラヴィヴィスの事で少し……気になる話を聞いたもんだから、ちょっと考え事をしていたんだ」


 こうして彼さえ少しでも引いてくれたなら、強情な私だって態度を軟化させることが出来る。


「貴方が難しい顔をするくらい気になる話なのね? ……謀反疑惑騒動は収束しつつあるのではなかったの? それともまだ何か彼に問題でもあるの?」

「……それが……何と言うか、漠然とした、まだ噂とも呼べない噂のようなもんなんだが……」


 なんだかやたらと歯切れの悪いグラントが言うには、これまで浮いた噂など一つも無かったグラヴィヴィスにここに来てなにか女性絡みの話しがひそやかに語られ出したのだそう。


「まさか、ミストヴィネ王妃の事かしら……」


 これ以上無い程に声を潜めてその名を口にした私に、グラントが曰く言い難い色の目を向けて静かに首を横に振った。


「とある大臣の細君が仰るには、ご自分の侍女が窓辺からグラヴィヴィスと何処かの貴族の女性が仲睦ましく庭を行く姿を垣間見たとか。……その女性にグラヴィヴィスが求愛している場面を目にしたとか……なんとか……」


 彼の言葉を聞きながら、私は自分の眉間に力が入り皺が寄るのをはっきりと感じ取ることが出来た。

 今日の午後、よろめき歩く私を部屋の前まで送ってくれたのはグラヴィヴィスだ。

 あの時、確かに庭には誰もいなかったけれど……庭に面した部屋部屋の窓の中までは私も確認したわけではない。


「……噂に、なっているの??」

「噂の……初期段階のような……なんというか……」

「私は酷く恐ろしい目に遭って、貧血を起こしかけていたのよ? 仲睦ましくなんて歩いてはいなくてよ!?」


 潜めた声で精いっぱい言う私を制して、グラントが黙って首を横に振った。


「分かっているよ。俺もこれがそのまま広がるとは思っていないさ。でもお嬢さん……真実がどうでも、それを声高に喧伝は出来ないだろう」


 ……そうだ。

 グラヴィヴィスが刺客に襲われた事は、公に出来ないのだった。

 この件で犯人を炙りだしても、グラヴィヴィスの言うとおりフォンティウス王の事を思うあまりの臣下による暴走だったとしたら、フォンティウス王は真摯に自分を思う得難い人材を一人失う事になってしまう。

 犯人が判明すればそれを処断せずに終わる訳には行かないのだから、ここはグラヴィヴィスではないが事件は闇に葬る方が……もしかしたらこの国にとっては得策なのかもしれない。

 ……それに、だいたいあの時の私はただ貧血を起こしていただけなのだと言い訳したところで、一体誰が信じると言うのか。

 現時点ではグラヴィヴィスの相手が私だとまでは知られていないのに、そんな事を大声で言いたてるのは愚の骨頂と言う物だろう。


 でも……だけど……。


「……私、昨日に続いて今日もグラヴィヴィスとお話をしたわ……ここで」


 やたらと妙な視線を感じるような気がしていたけれど、あの視線の正体は……もしかしてもしかするとこういうことだったのだろうか……。


 今日はこの帳の席で話しをした以外にも、グラントが他所で耳にしてきたとおり……いいえ、事実は少し違うけれど、貧血を起こしかけた私を支えるようにしてグラヴィヴィスは部屋まで送ってくれた。

 礼の言葉と過剰な感謝の意を示されたトコロまではもう一部で話の種になっているようだが、考えてみれば『刺客騒動』の前には、庭の池の端にあるベンチでも私達が二人で語らうのを何人もの人々に目撃されているのだ。

 私は唇を曲げて手の中の扇子を……昨日の白蝶貝の扇子ではなく銀と薄青のドレスに合わせた藍色のレースと小粒のカットクリスタルの先に白絹の房のついた扇子を、音高くパチンと閉じる。


「事実無根なのは貴方が分かっていてくれるからいいとして……いいえ、もちろん良くなんかなくってよ。もし本当にグラントの聞いた話が噂になって相手の……私の素姓が世間に知れたなら、グラヴィヴィスにとっては大変な醜聞になるわね」


 今は以前のような勢力を失いつつあるとはいえ、彼は曲がりなりにもサリフォー教会の主管枢機卿なのだ。

 不貞行為を絶対的に否定するサリフォー神を信奉する教会の枢機卿ともあろう彼が、既婚者である私と恋人関係にあるなんて、たとえ噂話でも百害あって一利無しな筈だ。

 なのに、何故だろう?

 私の胸の奥底に、グラヴィヴィスに対する疑惑のようなものがわだかまる。


 少年時代から強大な力を持っていたサリフォー教会の旧勢力と戦ってきた彼が、はたしてこんな……こう言ってはなんだけれど『つまらない醜聞』で周囲に対して弱みを見せる様な事をするだろうか?

 よろける私を部屋まで送ってくれたのは……まあ、不可避な事態だったかもしれないけれど、ただでさえ二人で歩く間に庭に面した窓から注目を集めていたのだろうに、露台の前でのあの大げさな態度は腑に落ちない。

 ……しかも、さっきだって何も仕事の話なら人目があるこの祝宴の席で、しかもその中でも人の目を集めやすい帳の席でグラントの外している時する必要なんてないではないか。


 『わざとかもしれない』


 私は確信に近い気持でそう思った。


「……彼が何を考えているのか、私にはさっぱり分からないわ。……グラント、これを……。内容は仕事がらみの事らしいけれど、さっきグラヴィヴィスから貴方へと言付かったお手紙よ」


 小卓の上から私は封蝋で止められた一通の書簡を取り上げ、グラントの手に押しつけた。


 それは、グラヴィヴィスの取り巻きの人々が扇子の陰や肩越しに視線を寄せる中、彼が上着の隠しからもったいぶって取り出し、私の手の中へ滑り込ませた手紙だった……。



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