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金の杖 銀の杖  作者: jorotama
第二章
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『銀の杖と北の方舟』2

「私、むかし船に乗った事の無い小さな時、帆船って海に浮かべさえすれば勝手に進む……もっと優雅な物だと思っていたわ」


 ……とは、シェリーの軽い酔いを醒ます為に出た『north's ark』の甲板で、私がグラントに言った言葉だ。


 甲板の上には何人もの船員たちが帆に風をはらませ船を海原に進ませるため、刻一刻と変化する風向きを読み、帆の角度を調節するのに機敏に忙しく動き回っている。

 エドーニアの父様の書斎にはかつて大きな帆船の模型が飾られており、幼い頃の私は、あれを海に浮かべさえすれば魔法のように勝手に進んで行くのだと信じていた。


「……フローお嬢さんの想像上の帆船を海に浮かべたら、転覆か座礁か遭難は間違い無しだな」


 水夫が走り回る区域は当然のように一般乗船者は立ち入り禁止になっている。

 あんなところに踏み込んだら邪魔にされるだけならまだしも、ロープに足を取られるか旋回する帆にぶつかって大怪我をしても可笑しくは無い。


 船はリネの港を出港し、もう随分と陸地が遠くなっていた。

 暮色を含んだ空に白い帆もオレンジ色に染まっている。


「……キミはユーシズを含むアグナダの西部平野が、有名な亜麻の産地だと言う事を知っているか?」


 無造作に結んだ硬い……癖の無い砂色の髪のおくれ毛を風に遊ばせながら帆布を見上げ、グラントが言った。


「亜麻……? って、あの青紫とか白の綺麗なお花を咲かせる植物の事よね? ユーシズの屋敷へ向かう途中に観た事があるわ」


 丘と森、それに遥かな平地が入り混じるユーシズで去年の夏に結婚披露の宴を開いた頃、亜麻の花が青く白くあの周辺を染めて咲いているのを私は見ている。

 ……それに……。


「……油彩画を描く人間になら、割と知られているんじゃないかしら?」


 亜麻の種からは油が取れる。リンシードオイルと呼ばれるそれは、多くの油絵の具の材料に使われている。


「ああ……そうか。お嬢さんなら分かるか。油彩なら絵の具に……それに、カンバスも」


 亜麻の種からは油。茎からとれる繊維からは……リネンが出来る。


「ユーシズは狩猟でにぎわう秋の社交場と言う顔の他に、麦や亜麻の一大産地と言う側面も持っているんだ。麦も亜麻も連作が効かない植物だから、他の作物と輪作をして……時々畑を休ませる。休ませている間に羊や牛を放牧したりもする」


 屋敷から望む緑の丘陵地帯に、白い綿毛の塊のような羊の姿をよく見掛ける事を私は思い出した。


「芸術の都フィフリシスを擁するボルキナ国へ、亜麻仁あまに油は輸出されるんだよ。フィフリシス近郊で絵の具を作り、それがフローお嬢さんの絵具箱の中に収まり、アグナダ西部平原で作られたリネン……カンバスがお嬢さんのイーゼルに架かる。……それに、この船に貼られている帆布もアグナダ公国で作られたものかもしれない」


 闇が近づき暮色を濃くした空を映し、風を孕む帆は今やオレンジ色から暗く錆じみた赤へと変化している。

 私はしばらく帆布を眺めてからグラントへと目線を移し、彼の顔を見つめた。

 これはただの酔い醒ましの雑談か、それとも何かの意図があっての話しなのかを見極める為だ。


「モスフォリア国からの帆布の発注が増加していたんだ。……調べてみたら、リアトーマは上質の木材……船体や帆柱に使う木材が注文されていた。たぶん、ボルキナ国へ納入する新型軍艦を作るためのものだろう」


 もう季節的には夏だと言うのに、なんだか背筋にひやりとしたものを感じる。

 モスフォリア国は嵐や時化しけに強い新型船を作り、それを軍艦としてボルキナ国へと輸出しようとしていた。

 帆布やしょうの木材の発注を既に出し始めていたと言うのなら、試験運行は既に終わり、増産体制に入ろうとしていたと言う事だろうか。


 大きな船を製造するにはそれなりの月日を要する。

 ボルキナ国はリアトーマとアグナダが互いにフドルツ山の金鉱問題で睨みあい戦を始める間に、軍備を整え傭兵を集め……軍艦を揃え、冬の荒れた海を越えて誰もが油断している間に二つの国を飲み込もうとしていたのだ。

 リアトーマとアグナダの人々は攻め入ってきた船がそれぞれ自国からの輸出品を材料に作られているなんて、思いもしない事だろう。

 亜麻を作る人達は、ただ少しでも豊かな生活をしたいを願っているだけなのに。


「商業と言う物は人の心とは関係の無い部分で動く物なのね」

「そう。物が動けば豊かになりもするけれど、思わぬ方向へ進む可能性もある……今回の事のように。恐ろしいけれど興味深くもあるとは思わないか?」

「世界中の全ての取引きを把握出来れば、その国々の動向や情勢が分かると言う事? でも……それは不可能だと思うのだけれど、違って? それこそ……存在のする筈がない神の目線でも持たない限り、全ての市場の全ての動きを掴んだり出来ないでしょう?」

「実に女性らしい現実的な意見だ、お嬢さん」


 グラントがニヤリと笑う。

 その笑いは私の言う事を『現実的』だと言いながらも、彼自身はそれを求め、夢見ているのではないかと思わせる。


「興味深いと言う事については、私も賛同してよ。ボルキナ国が軍備を増強していた時には鉄の動きが……この度は帆布や帆柱材の動きがあったのだもの」


 それに、ブルジリア王国に出来る商館も、諸国の動向を少しでも探ろうと言う目的から発案されたものだ。

 黙ったまま薄闇に白く浮かぶ帆の動きを見ているグラントの横顔を、私は見つめる。

 残照を背景にした輪郭は力強く端正で男らしい線を描いているけれど、どことなく淋しそうに見えるのはきっと私の気のせいだろうと思う。


 ……グラントは気質や外見は殆ど完全にバルドリー家の人間ではあるけれど、世界を歩き回りその土地土地に触れて何かを感じ取る事を好むのは、吟遊詩人であった父親の血を引いているせいだろうとサラ夫人が仰った。

 私は……今もこうして杖をついて歩く身体ではあるけれど、出来るだけ彼の負担にならないよう……グラントの歩く速度に少しでもついて行きたいと思っている。

 船に乗り馬車に乗り、馬を駆り国々を巡る。

 それでこそ彼だと思うから。

 その彼に添い、出来る事なら手助けをしたいのだ。


 でも、ブルジリア王国の事やフドルツ山のきんの流出事件の事で大公や一部重臣らからその能力を買われてしまったグラントは、近年中にも重職を担う側近の一人として国に抱え込まれてしまいそうだった。

 そうなったらきっと、今までのように自由に身分を騙り気軽に近隣の国々を巡る……なんてコトは出来なくなるに違いない。

 国に縛られ役職に縛られたとしても恐らく彼のことだから、それはそれで上手くやってゆけるのだろうけれど、それは彼の本意からは外れる事なんじゃないのだろうか……。


 ポツポツと甲板の上のランタンに灯火が灯され始め、残照にかわって私達を照らした。


「……そろそろ部屋に戻ろうか?」


 普段と変わらぬ様子で差し出された手に手を重ね、何とはなしに切ない気持ちを抱きながらゆっくりと歩き出す。

 秋になり、私がプシュケーディア姫の介添え役を務めれば、その事実がグラントを大公の参謀の一人に加える為の地固めの一つとして使われてしまうだろう。

 私自身が望んだことでは無いとは言え、彼の意に染まぬ事へ力を貸してしまうのは正直辛い……。


 そんな事を考えながら歩いていたせいか、私は自分達の前方から人影が接近してくるのを暫く気づかずにいた。


「今晩はドルスデル卿。夕暮れの逍遥しょうようには良い日和ですよ」


 グラントの言葉に顔を上げると、そこには新緑色の衣装のお腹周りにたっぷりと脂を乗せた男性と、灯火の下でも鮮やかな大輪の薔薇模様のドレスをまとった女性の姿があった。

 ドルスデル侯爵とレイナリッタ嬢だ。


「酔い覚ましだよ。うるさいヤツの目が無いのをいい事に少しばかり飲みすぎたんでね。船の旅は退屈でいかんな」

「退屈しているようには見えませんが?」


 ドルスデル卿の腕に自分の腕をからめて婀娜あだっぽく笑うレイナリッタ嬢にちらりと目を向け、グラントが澄ました様子で言うと、初老の侯爵は以前に痛めている腰の辺りに手を当ててさする動作をしてから、小さく肩を竦めた。


「まぁなんだ……ほどほどにせんとなぁ。ああそうだ。今日はもうすっかり酔いが回って勝負にならんだろうから止めておくが、明日あたり一緒にカードでもどうだねバルドリー卿?」

「それはいいですね。しかし卿は手ごわいですから、ノルディアークに到着するまで全てむしり取られて丸裸にされないように気をつけねばなりませんね」

「全くよく言うなぁ、バルドリー卿は」


 言葉に反して機嫌よさ気な表情で笑い、ドルスデル卿とレイナリッタ嬢は立ち去って行った。


「……殿方同士の社交的会話って、どうしてこう下世話なのかしら」


 部屋へ向かう通路をゆっくりと歩きながらボヤく私に、グラントが肩を軽く竦ませた。


「そうは言っても天気と賭け事と艶話は基本中の基本だからなぁ。特に喧嘩したくない相手となら、一番無難な話題でもあるし」


 喧嘩をしたくない相手……確かに、グラントにとってドルスデル卿はそう言う相手かもしれない。

 レレイスの婚儀の時にグラントは、彼を……ちょっとした罠にはめる形で介添え役を得たのだから。

 グラント自身がドルスデル卿にその事で罪悪感を抱いているわけではないけれど、藪をつついて蛇を出してしまわぬよう無難に付き合いたいと考えているようだ。


 今回のブルジリア王国国王の婚儀へは、グラントや私だけではなくドルスデル卿も出席する事になっていた。

 ……と言うか、大公代理として祝意を伝える為に正式に派遣されているのはドルスデル侯爵なのだから、彼こそ今回の披露宴の主賓の一人と言う事になる。


「ねぇ? 私……レレイスが命を狙われたあのパーティーで、ドルスデル卿の頭に思い切りグラスをぶつけてしまったじゃない? あの件で一言も謝罪出来ないと言うのは……ちょっと申し訳ない気がするのよ」


 私が話しているのは、以前……もう一昨年の話しになるけれど、レレイスがユーシズのバルドリー邸で主催した宴において、彼女のことを毒針で刺そうと狙った女の存在にたまたま気付いた私が、その女目がけて手に持っていたグラスをぶつけようとした時の話だ。

 結局グラスは全然別の方向へ飛んでドルスデル卿の頭に当たり……幸いと言うか何と言うのか、飛び散ったお酒がレレイスを狙う性の目に偶然入り目をくらませたお陰で、なんとか事無きを得たのだけれど。


 いくらそう大きなグラスでは無くてもあんなものが頭に当たっては、ドルスデル卿もさぞや痛かった事だろう。


「あの時あの場にキミは存在しなかった事になっているからな……。図々しい俺と違ってお嬢さんの良心は痛むんだろうけど、その痛みは胸にしまっておいてもらうしかない」


 確かに、表向きの話、私はグラントがレレイスの介添え人として同行し投宿したエドーニア領主の屋敷で初めて彼と出会い、そこで見染められて連れ帰られた───と言う事になっているので、あの場には存在する筈が無いのだ。

 とにかくたくさんの貴族らが出席していた宴だったし、私は壁際にずっと座っていて手には杖を持っていなかったから、あれが私だと特定出来る人間はいないだろうけれど……。


 ソファに腰掛けた私の斜め前、ティーテーブルに行儀悪く座って脚を組むグラントの顔を私はじっと見上げた。

 日に焼けた肌もきりりとした眉も、暗色の瞳も普段と全く変わりないグラントだった。

 あまりにもじっと見つめ続ける私を不思議に思ったらしいグラントが、微かに眉間に皺を寄せて


「なんだい……?」


 と小首を傾げた。


「……貴方の良心はいささかの呵責も覚えていないようで少し安心してよ。今思い出したのだけれど……もしも私の思い違いじゃなければ、あの方よね? レイナリッタさんって仰ったかしら……彼女。エドーニアでレレイスが言っていたわ、ドルスデル卿にグラントが可愛いお娼婦さんを紹介していたって」


 しっとりとした光沢を持つ濃い栗毛の髪に、人を魅する黄灰色の瞳。白磁の肌。

 大輪の薔薇のドレスが良く似合う愛らしくて色っぽい女性だった。

 船に乗り込んだ直ぐ後で、ドルスデル卿のお部屋へご挨拶に伺った時、私ははじめ、卿に同行なさっているあの女性をドルスデル卿のお嬢さんか何かだと思っていた。

 だけど、貴族のお嬢さんとはなんとなく雰囲気が違う事くらい、そう世間を知らない私だってすぐにわかるのだ。


 レイナリッタ嬢の所作は上品で洗練されているし、言葉だってマナーにかなったものだけれど……あまりにも艶やかに過ぎている。

 もしも私の思う通り彼女がその時グラントからドルスデル卿に紹介された人ならば、彼女が……何と言うか……ドルスデル卿を過剰に奮起させてくれたおかげで卿はすっかり腰を痛め、グラントがレレイスの介添え役を得るのに力を貸してくれたと言う事になる。


「いや……それは……。別に、俺は」


 急に慌て始めたグラントを眺めながら、私は胸の内でほんの少し可笑しさを覚えていた。

 まあ……貴族の愛人になるようなお娼婦さんに知り合いがいると言うのは、いかにもバツの悪い話しだろう。


「綺麗で可愛くて……本当に魅力的な女性だわ。グラント、貴方の女の人の趣味はなかなか悪くないと思うわよ」


 彼はレイナリッタ嬢に会ってもまるきり普段通りだったから、別段彼女とは何もないのだろうと思う。

 もしも仮に何かあったとしても、それは本当に割り切った物だったからこそ彼はドルスデル卿に彼女を紹介したに違いないのだ。


 グラントは私よりも年上だし、私のように世間知らずなわけではないから……色々あって当たり前。

 そんなことあまり、考えて面白い話しじゃないけれど。


「キミは何か誤解をしているようだが……フロー……」

「グラント……あまり動揺しては駄目よ。彼女とはどうと言う事も無いと思ったから、私だってこうして平気な顔をしているのに。あまり一生懸命に弁明するようじゃ、変に勘繰りたくなるわ」


 私の言葉にグラントが複雑そうな表情になった。


「……フローお嬢さん。キミの言葉に棘を感じるのは俺の気のせいかな? もしもキミが嫉妬してくれているんだったら、それはそれで嬉しいような気もするんだが……」


 本当はほんの少し彼の事をからかって面白がっている部分はあった。

 だけど、確かに微かな嫉妬心は心の底に有るような気がする。

 ……ただし、レイナリッタさんに対してではない。

 この船の行き先がブルジリア王国なせいかもしれないけれど、不意に脳裏にゲルダさんの横顔が過った気がした。

 きっとこの面影と胸のちりちり焦げるような感覚はこの先も一生、時折現れては私の心を波立てる違いない。


「レイナリッタさんに焼き餅なんて焼いていないわ。本当に彼女、愛らしくて魅力的な人よね。お顔とか姿とか雰囲気が私の好みだわ。出来ればちょっとだけ仲良くしたい感じ? だから、貴方があまり焦って言葉を連ねると私としては心おきなく彼女と話がし辛くなりそうで、とても困るのだけれど……」

「……キミの様な淑女は、ああいう……その、種類の人間とはあまり仲良くしたりしないもんなんじゃないのか?」

「あら、もちろん貴方に後ろ暗いところがあるのなら、私だって考えてよ。だけど……そうね……今回は対岸の火事の様なものだから」


 ドルスデル侯爵夫人は今回セ・セペンテスに残っておられる。

 夫人にはこの秋プシュケーディア姫の教育係として輿入れ前にモスフォリア国へ渡り、姫が今後付き合ってゆかねばならないアグナダ公国の主要な貴族らの事や、王宮での行事やしきたりをお教えする大事な役を任せられているのだ。

 それらの準備に忙しい夫人は、今回の招待はお断りになられた。


 サラ夫人やグラントのお話から察するに、もともとドルスデル卿は女性に目の無い方のようだから、夫人の目が届かないのをいい事に愛人であるレイナリッタ嬢を彼がこの船旅に同行していることに彼女は気が付いているのだろうと思う。


 全ての人達がそうだとは言わないけれど、政略結婚で自分の意志とは違う相手との結婚が当たり前のようになっている上流社会の一部では、ドルスデル卿のように高級娼婦と関係を持ったり愛人を囲ったり……浮気をしたりするのを貴族社会の『文化』のようにとらえている人間もいる。

 私自身はそんな事絶対するつもりはないけれど、立場や倫理観が違う相手と無駄にもめる必要もない。

 だから仮に人様の不貞の証拠や現場に遭遇しても、私は見なかった事と黙殺することにしているのだ。


「お嬢さんにとっては、この先も一生『対岸の火事』のままだよ」


 私が変な勘繰りをしているわけではないと安心したらしいグラントは、ティーテーブルから滑り降りると私の手を取ってその指先に唇を押し当ててそう言った。

 まだなんとなく胸の中にチリチリした気持ちを抱えていた私は、彼に対して素直な気持ちになる事が出来ず、小さく唇を尖らせる。


「そんな事、分からなくてよ。……私は平気でも貴方の隣で火事が起きる可能性だってあるんだし?」


 暗に私が浮気をするかも……と匂わせると、グラントは一瞬虚をつかれたような表情をしたが、数秒後に何を思いついたのか急に唇の端方だけ吊り上げて笑った。

 なんとなく……嫌な予感がする。


「……だったら俺はキミがそんな気を起こさないように努力する必要があると言う事だな」


 努力するというのは良い事かも知れない。

 けど、だからってこれから夕食だと言うのに、なんて不適切な位置にキスをしようとしているのよ!?


「そういうのは努力しなくても、もう全く……全然、十分だと思うわ」


 私はなんとかグラントの腕からもがき出し、変なふうに捲れ上がり皺になったドレスを直しながら彼を睨みつけた。

 ……全く、油断も隙もない。



 特別に誂えられた船室に宿泊しての数日間の船旅を終えると、ブルジリア国の海の玄関口シュトワの港へ大型船『north's ark』は到着した。

 そこには私達を迎える為の四頭立ての立派な馬車が用意され待機していた。


 この待遇……一頭立ての軽馬車でルルディアス・レイまで移動した春の旅とは大違いだ。

 気楽さではグラントと二人きりでゆっくりと街道を行った春の旅の方が遥かに勝るけれど、馬車の乗り心地は多頭立ての豪華な馬車とは比べ物にならないことは確かだ。

 途中までは同じ街道を通っている筈だし、車窓から見える景色もその時に見たものと同じはずなのに、別の物のような気がする。

 若干高い目線の位置と、走行速度の違いが大きいかもしれない。

 一頭の馬を疲れさせないようゆっくり進むのと、多頭立ての馬車で……途中用意されている新しい馬と交換しながら行くのとでは、走る速度が違ってもそれは当たり前と言う物だろう。

 あの時よりもずっと早く馬車は走っている。


 ……だけど、そのせいだろうか?

 飛ぶように流れて行く景色の中、もっとしっかり目を凝らしていれば見落とす事のなかった『変化』を、私は少し見落としていたことに後から気がつく事になる。





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