メイドに倒された勇者のその後
勇者サイドの話。
星々が輝く夜。
勇者は血の池に身体を沈めながら、ぐったりと倒れていた。
薄く目を開け、夜空を見上げる。
「……あれ? 俺、なんで血だらけで倒れてるんだろう………?」
話は、数時間前に遡る。
――・とある精神病院・――
「では、次にこれを見て下さいね」
精神病院の一室にて、勇者は精神科医のカウンセリングを受けていた。
精神科医が勇者に見せたのは、一枚の絵。
「これは?」
勇者の疑問に、精神科医は笑顔で答える。
「『トロピカル王国』というアニメのメインヒロインの『まりんたん』らしいですよ」
「はあ……そうですか」
「アニメは見ない方ですか?」
「昔は見てましたが、最近は魔王討伐とかがあったんで…あんまりです」
「そうですか……。では、次はこれを見て下さい」
精神科医は懐からまりんたんの美少女フィギュアを取り出して勇者に見せた。
「ぶっ!?」
勇者は目を見開き、椅子から転がり落ちて勢いよく後退する。
「な、なななななんてもの見せるんですか!」
「うむ。アニメのイラストは平気みたいですが、やっぱりフィギュアがどうも駄目みたいですね」
次に精神科医は袋をガサゴソと弄り、中からメイド服を取り出した。
「ぎゃあぁぁぁぁぁ!!」
勇者は目を両手で押さえて「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……」と唱える。
「美少女フィギュアにメイド服……。この二つに特に接点はありませんが、どういうわけか勇者パーティはこの二つの要素に恐怖している。なぜでしょうか?」
精神科医は美少女フィギュアを懐に、メイド服を袋にそれぞれ戻して勇者に尋ねた。
「一体、魔王城で何があったんですか?」
「……フィギュアを持った…」
勇者は震えながら、必死に言葉を紡ぐ。
「フィギュアを持ったメイドが…メイドが……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
勇者は白目を剥きながら、じたばたと暴れだした。
「くっ!」
精神科医は勇者を羽交い締めにし、なんとか抑え込もうとする。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「落ち着いて下さい! ここは魔界ではなく人間界です、ここには貴方を害する存在はいないんですよ!!」
「ああああああああああああああああああああぁぁあぁああぁあああぁぁぁぁあぁぁ…………」
勇者はそのままガクッと気絶した。
◇◇◇◇◇
「じゃあ、精神安定剤と睡眠薬を三日分出しておきますね。精神安定剤は食後に、睡眠薬は寝る前にお願いしますね」
「はい、分かりました……」
薬局から医薬をもらった勇者は、帰路に立っていた。
今の彼を見て、かつて魔王討伐のために意気揚々と旅立った好青年だと気づく者は少ないだろう。
勇者は全身に鬱々としたオーラを纏っていた。
「なんで…なんでこんな事に……」
あの戦い以降、勇者パーティは解散し、もう互いに顔を見合わす事もなくなった。
何故なら、お互いにあの日の事を思い出してしまうから。
「はあ……」
ふと辺りを見渡せば、既に夜だった。
「なんかもう、やんなっちまうよなぁ」
そんな事を呟いた時だ。
視界に『おでん』という看板を取り付けた屋台が映った。
――ぐぅ〜〜……
勇者は思わず手で腹を押さえた。
「そういえば、まだ夕飯を食べてなかったか……」
そう言って、勇者は暖簾を潜った。
「オヤジ、コンニャクを一つください」
中には、ランがおでんを食べていた。
「っっっっっっ???!!!」
勇者は勢いよく後退しようとしたが、誤ってコケてしまって後頭部を強打した。
(ってぇぇぇぇぇ!!!!!!)
思いっきり声を出したいが、出せばランに気づかれてしまう。
懐から変装用のメガネとマスクを取り出し、装着する。
おでんの熱気でメガネが曇り、程好くランの姿が見えなくなる。
(ふぅ、これで一安心だ)
勇者はランからなるべく距離を取って席に着くと、おでん屋のオヤジに声をかける。
「まずは玉子をください」
「へいよ」
オヤジは箸で器用に鍋から玉子を取り出し、皿に盛って勇者の前に出した。
「へい、お待ち」
勇者は早速夕飯にありつこうとすると、
「オヤジ、五番テーブルにスクリュードライバーを」
ランがオヤジにオーダーした。
(おでん屋にカクテルは無いだろ!!!)
勇者は心の中で何回もツッコミをいれた。
「承知致しました」
(あんのかよ! しかもオヤジ、なんか喋り方が変わってるぞ!!)
しばらくして、いつの間にかタキシードに衣替えしたオヤジが勇者にスクリュードライバーを差し出した。
「あちらのお客様からです。あと、言伝ても戴きました。どうぞ」
すっかり丁寧口調のオヤジを無視し、勇者はスクリュードライバーと共に渡されたメモ紙に視線を落とす。
――入店直後にいきなり玉子ですか? 勇者はとんだ贅沢者ですね――
そう書いてあった。
(バレてるぅぅぅ! 普通にバレてるぅぅぅぅ!!)
勇者は全身から汗を吹き出し、震えあがる。
(お、落ち着け! 俺は仮にも勇者だった男…何故あんなメイドに恐怖しなければならない! そうだ、この汗は…あれだ、おでんの熱気のせいだ。この震えだって……ただの武者震いだ!!)
勇者はなんとか冷静さを保たせ、玉子を食べ始めた。
「ドントエスケープドントエスケープドントエスケープドントエスケープドントエスケープドントエスケープ…………………」
必死にランに恐怖する自身を抑え込もうとする勇者。
「お久しぶりですね、勇者」
「ぶっ!」
勇者は突然ランに声をかけられ、「ゲホゲホッ!」とむせる。
「い、いや……ヒトチガイデスヨー?」
声を高くしてランから目を反らす。
が、
「ちょっと」
ランは勇者の頭を力いっぱい掴むと、無理矢理自身と目を合わせる。
――ギリ…ギリ……
骨の軋む音。
(いぃぃぃたぁぁぁぁぁぁいぃぃぃぃぃ!!!!!!)
「他者と話す時はきちんと目を合わせる。そうお母さんから習わなかったのですか?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!!!! だから許して手放してお願い!!」
「“許して下さい、手を放して下さい、お願いします、ラン様”でしょう?」
「最後のはいらなくね?!」
「誰が喋っていいと言いましたか?」
頭を掴む力が強まった。
「いぎゃあぁぁぁぁ! 許して…下さい!! 手を放し…て下さい!! お願い…します!!!」
「却下です」
「ノォォォン!!!」
勇者が解放されたのは、約一時間後の事だった。
おでん屋を後にした勇者は、再び帰路に立っていた。
「はあ……今日は厄日だ」
そう言った勇者の視界に、あるモノが映った。
コンビニの戸締まりを終えて出てきたてんちょーだった。
勇者は思わず電信柱の裏に隠れててんちょーの様子を窺う。
(あれはさっきのメイド! なんでコンビニなんかから……まあいいか。これはちょうどいい……視界の悪い夜道なら、闇討ちができる……クククッ)
勇者はどこからともなく聖剣を取り出し、荒い息でしっかりと握り締める。
(ハア、ハア、ハア……おのれ、メイド。お、お前が悪いんだからな。俺の人生を狂わせたんだ……その命をもって償いやがれぇぇぇぇ!!!)
その表情に、既に勇者としてのモラルなどなかった。
勇者は高く飛び上がり、てんちょーに目掛けて刃を下ろす。
「死ねやメイドォォォォ!!!」
「私は……」
てんちょーはクルッと振り返って勇者の胸元を掴むと、
「メイドではなく、てんちょーです」
そのまま背負い投げの要領で勇者の顔面をコンクリートの地面に力強く叩きつけた。
「ガハァァァァ!!!」
勇者はピクピク痙攣しながら、白目を剥いた。
そんな勇者を、てんちょーは勇者が持っていた聖剣を担ぎ上げる。
「こんな夜中に闇討ちですか。しかし、相手を誤りましたね」
てんちょーは聖剣を振り上げると、
「貴方ごときが、私を殺せるとでも?」
そのまま勢いよく降り下ろした。
色々血が飛び散る音が聞こえた気がするが、気にしない方向で。
◇◇◇◇◇
「……あれ? 俺、なんで血だらけで倒れてるんだろう………?」
こうして、話は冒頭に戻る。
勇者は上体を起こすと、頭に付いた血を拭う。
「べっとり着いちまったな……どうしよ、これ。母さんになんて言えばいいのかな……」
「はあ」と溜め息を吐いた勇者の隣には、手酷く折られた聖剣があった。
その光景に、勇者は固まった。
「オリハルコン製の聖剣が、折れてるぅぅぅぅぅ!!!」
勇者の嘆きの声は静かな町に、ただただ虚しく響くだけだった。
また魔王サイドに戻ります。