番外編:頑張れルーシーさん!
今回はルーシーさんの番外編です。
少しドロドロした場面があるので、苦手な方は読まない方がいいかもしれません。
魔王城の書斎では、今日も書類と向き合う宰相――ルーシーさんがいた。
……………昨日まで。
「あらしのぉ、どこがぁわるかったってぇんのおぉ……ひっく」
ルーシーは机の上に散乱していた書類を全て床に落とし、目を虚ろにして頬を赤くし、ワインボトルを丸々一本飲みながら、ひたすら酔っていた。
「なるがのやつぅ、そとにおんなつくりやがってよぉ……おまけにはらますとかまじありえねぇ……てめぇのまんもすしまりわりぃんじゃねぇの……ひっく」
ぐひぐびぐび、という音が書斎に響く。
「あぁもうしごととかまじやってらんねぇよくそがぁ……ひっく」
なぜ、ここまで豹変してしまったのか。
それは、昨夜の晩まで遡る。
昨夜、とある魔界のバーにて、ルーシーは訪れていた。
理由は、婚約破棄をランに伝言させたルーシーの婚約者『ナルガ』と会談するためだ。
「本当に、すまん!」
ルーシーの姿を見たナルガは、開口一番にそう言って、床に土下座した。
しかし、ルーシーはあくまで冷静に対応する。
「とにかく、顔を上げて。謝罪の言葉なんていらないから、まず婚約破棄の理由を話して」
「………」
ルーシーは、黙っているナルガの真横に視線を向ける。
「それとも、その横でひたすら私を睨んでる娘が原因かしら?」
「いや、その……」
ナルガは汗を流しながら、横の少女に目を向ける。
少女のルーシーに対する強すぎる憎悪が混じった視線に、ルーシーは思わず笑みを溢す。
「なるほど。彼女、森エルフね」
「あ、あぁ……」
眩い金髪に翡翠色の瞳、さらには白い汚れなき肌……森エルフの持つ特徴だ。
すると、少女はルーシーに向かって口を開く。
「私、もう彼の子を妊娠してるんです」
「………え?」
ルーシーの顔が固まる。
「こ、こら!」
ナルガは少女に叱咤の声をあげ、横目でルーシーの顔色を伺う。
ルーシーの背後には、猛吹雪が見えた。
「る、ルーシー……」
「既に妊娠済み……。ねぇ、ナルガ。彼女と関係を持ったのはいつ?」
「そ、それは――」
「二年前からです」
ルーシーの問いに答えたのは、ナルガではなく少女。
ルーシーはナルガに視線を向ける。
「それは本当?」
「………ああ、事実だ」
「そう……。まあ、仕方ないわよね」
「え?」
「闇エルフと森エルフ、嫁に貰うとするなら、私が男なら後者を選ぶわ」
「い、いや…俺は……っ!!」
「婚約破棄の手続きは私の方でやっておくわ。その方が貴方も好都合でしょ?」
「それは……そうだが…」
あくまで冷静に振る舞うルーシーさん。
さて、その内心は……
(はあ?! 二年前からだと!? ふざけてんじゃねえぞクソ野郎! しかも妊娠だぁ? ちゃんと避妊ぐらいしろよ絶倫!!)
大噴火してるわけで……表情には出てませんが。
ルーシーは、これ以上ナルガの顔を見たくないのか、席を立つ。
「じゃあ、さよなら」
帰って録画した韓流ドラマでも見よう、と内心思っているルーシーの右手を、ナルガは思わず掴む。
「今から二人で飲み直さないか?!」
『………………………………………………はあ?』
ルーシーと少女の声がシンクロした。
ナルガはルーシーに言う。
「ルーシー、俺達はもう少し話し合うべきだ!!」
「…………」
ルーシーの顔は、完全なる無に支配されていた。
(いやいやいや。浮気しました。孕ませちゃいました。だから婚約破棄してね♪ はい、しゅーりょー、じゃないの?)
そんな事を思っているルーシーに、ナルガは爆弾を落とした。
「俺はルーシーとは、別れたくないんだ!!」
『………………はあ?』
またもやルーシーと少女の声がシンクロした。
「……ごめんナルガ。貴方が何を言いたいのか、全然理解できないんだけど」
「確かに婚約は破棄したい。だが、このまま別れるのは嫌だ!!」
「……………」
ルーシーはフゥーと息を吐き、話を整理する。
(ええと、つまりどういう事だ? 妊娠しちゃった娘と結婚したいから、私との婚約は破棄。でもこのまま私とは別れたくない……。つまり、私に……愛人になれと? ほほぅ)
ルーシーはニッコリと微笑み、次の瞬間、
「喧嘩売ってんのか、ゴラァ?」
「ひぃっ?!」
思いっきりナルガを締め上げた。
因みに、闇エルフは知能だけでなく、体力もトップクラス。
たとえ女性型でも、並みの魔族や人間など軽く捻れる。
「ぐぎっ?! る、ルーシー……!」
「さっきから聞いてりゃあさぁ、なんなんだよテメエはよ!!」
「うぎっ……」
「浮気した挙げ句に愛人になれだぁ? ふざけてんじゃねえぞ!!」
「ご、ごめっ……ガクッ」
ナルガの意識が堕ちた。
「ちょ、ちょっと! それ以上したらナルガがっ!!」
「うるさいわね、あんたも被害者でしょうが! よくこんな奴の心配ができるわね!!」
ルーシーは怒りにに任せて少女に怒鳴ると、ナルガを必死に庇おうとする少女の瞳に思わず固まる。
少女の瞳から流れた涙に、ルーシーは溜め息を吐いてナルガを放した。
「ぐはっ!」
地面に落ち、ナルガはルーシーから距離を取って少女に抱きつく。
なんともまあ、情けない姿だ。
「ナルガ。今回はその娘に免じてこのくらいで済ますけど、二度とその面を私の前に見せるな。もし見せたら………」
ルーシーはテーブルの上に置かれたグラスを手に取り、思いっきり握り潰した。
「あんたのナニ、こうなるから」
その後、魔王城に戻ったルーシーは即行でナルガとの婚約を破棄にし、ボトルでやけ酒を煽った結果、現在に至る。
「これじゃあ、魔界が滅亡しますね」
ランはルーシーの泥酔状態に頭を悩ます。
「はらぁ、メイドじゃなぁぃの……せっかくらからおしゃくよろぉ」
そう言って、ルーシーはランにボトルを突き出してお酌を強要させる。
「はいはい」
ランはルーシーからボトルを受け取り、言われた通りお酌をする。
「あっはっはっ! メイドのおしゃくしたさけは、ひとあじちがうわねぇ!!」
「魔界の宰相がこの有り様とは……。仕方ありません」
ランは懐から携帯電話を取り出し、番号を入力して通話ボタンを押した。
数コールの後、電話相手に繋がった。
〈みぉしみぉし?〉
「ミャオ様。メイドのランですが、只今お時間よろしいでしょうか?」
〈別に大丈夫にゃ♪〉
―2日後―
「………あら? ………ひっくしょん」
正気に戻ったルーシーは、書斎の有り様に目を大きくする。
あれほど溢れかえっていた書類が、綺麗に無くなり、代わりに数枚の紙が置かれていた。
内容は、簡潔的に纏められた予定表とデータ。
「……これ、誰が作ったの? ………ひっくしょん」
ルーシーはランに問うと、ランは笑顔で答える。
「ミャオ様ですが」
「あ、そうミャオ……ミャオ………ひっくしょん……………はあっ?!」
ルーシーはランに詰め寄る。
「あんた、ミャオを書斎に入れたの?! …………ひっくしょん」
「はい。入れましたが」
「私が猫アレルギーなの知っているでしょ?! ………ひっくしょん」
「でも、宰相様が全然使い物にならなかったので」
「だからってなんでアイツを部屋に入れるのよ!!………ひっくしょん」
「ところで宰相様のくしゃみ可愛いですね」
「ほっとけ!………ひっくしょん」
「アレルギーを抑える薬を持ってきましょうか?」
「元はと言えばあんたがミャオを呼んだせいでしょうが!………ひっくしょん」
「ルーシー、呼んだかにゃ?」
「ひっくしょん! ひっくしょん!! ひっくしょん!!!」
垂れ目で猫耳と尻尾を持った少女が現れた。
「ミャ、ミャオ!? …ひっくしょんしょん!!」
「今日も豪快なくしゃみだにゃあ♪ 惚れ惚れするにゃ♪」
「な、なんであんたがここに?! ひっくしょん!!」
「ルーシーの声が聞こえたからだにゃん♪」
猫耳・尻尾が標準装備な彼女の名前は『ミャオ』。種族はビーストでキャットの部類に入り、猫に変化も可能。猫叉という表現が分かりやすいだろうか。
そんなミャオは、この魔王城では魔王の補佐役という肩書きを持っている。
補佐役とは魔王の仕事を文字通り補佐する事であるが、ミャオはキャット特有の気まぐれな性格でよく姿を消したは現したりする。
しかし、書類の処理能力・演算能力は宰相のルーシーさえ軽く超すほどの有能さだ。
気まぐれな性格が無ければ、完璧なんだが。
「ひっくしょん! ひっくしょん!! ひっくしょん!!!」
ルーシーさんのくしゃみが、城内に広がる。
こんなに日々苦労しているからこそ、ルーシーさんの白髪は今日も輝くのだ!!
「ルーシー殿、大丈夫かな?」
「一週間前、ストレス性の胃腸炎を患ったらしいよ」
「あ、その話聞いた事ある。さらにその二日前には、鬱病になりかけてたね」
「出来る事なら代わってあげたいよね」
「お望みならば、叶えてさしあげましょうか?」
『ひぃっ?!』
背後に唐突に現れたランに対して、見た目ロリータな雑魚スライム兵は、ランに怯えて互いに抱き合って肩を震わす。
ランの顔は、満面の笑顔だった。
………………絶対零度の。
次回、魔王は面接に行きます。
就職できるかはともかくとして。