勇者に倒された魔王の娯楽
2ヶ月ぶりの更新、すみません……
―コミケ会場―
「どうした、勇者。顔色悪いぞ?」
「顔色が悪くもなるさ。だって……」
魔王と勇者は、人の波に流されていた。
「人が多すぎるんだよ! 酔うわ、人に酔うわ!!」
「これもまたコミケの大きな名物だと思うんだが」
「全然心のオアシスにならねえんだけど?! むしろ傷が悪化してんだけど?!」
「まあまあそう言わずに。ほら、あれだよ。心頭滅却すれば火もまた涼しって言うじゃん? 要は慣れだよ、慣れ」
「慣れるか! つーか、勇者と魔王がなんで仲良くコミケに来てんだよ! 色々可笑しいだろ!!」
「いや、これギャグコメディーだし。王道ファンタジーになるわけないじゃん」
「あんたはそういうぶっちゃけた事言うな!!」
勇者の必死な言葉に、魔王は顔を反らしながらスルーする。
「大体、なんでそんなにやる気無いんだよ! 誘ったのお前じゃん!!」
「いや、男二人だけのコミケとかありえねーとか思っちゃってね、うん」
「悲しい事言うなよ!」
「こんなシチュを喜ぶのって、腐女子オンリーでしょ……ぶっちゃけ」
「……悲しい事言うなよ!」
勇者は涙を流しながら、魔王の肩を揺さぶる。
「だーもう分かったよ。とりあえずこの流れに身を任せれば、俺のオススメのサークルに着くはずだよ」
「ほんとか?! 休めるか?!」
「多分な」
魔王と勇者は人の波に流されていった。
………………………………………しばらくして。
――売り切れ――
そんな立て札が立っていた。
「あー、売り切れちゃったか」
「ほんと、すみません!」
魔王の声にサークルの作者さんが何度も何度も頭を下げて謝っていた。
「いや、大丈夫ですよ。また冬コミがあるし……。次回期待してますよ」
「勿体無いお言葉です!!」
魔王はそう言って作者さんから距離を取り、体育館座りで落ち込んでいる勇者に歩み寄る。
「いやぁ、残念だったな勇者。ほら、まだ他にもサークルはあるし――」
「……疲れた」
「へ?」
「人に流されて気持ち悪かった……歩き疲れた…つーか人生に疲れた。メイド服着てる女がいるし、美少女フィギュアを販売してる野郎がいるし……トラウマの宝庫だな、ここ」
「コミケ会場がトラウマ認定された!?」
「魔王……もうお家に帰りたいよぉ……」
「こらこらこら。めげるな、立ち上がれ、勇者」
「勇者、無理。立ち上がれない」
「それでも勇者か!」
「“元”な」
「元でも勇者だろ!?」
「……フフッ。あのメイドに負けて、のこのこ情けなく王城に帰還した俺らを迎えた皆からの冷たい視線……懐かしいなぁ」
「ごめんよ!!」
「魔王討伐には失敗。パーティーメンバーは全員魔王城にトラウマ持ちの役立たず……皆住んでた所を追われて田舎で隠居生活らしいし」
「だからごめんって!」
「長い間、世界各地を旅していたせいで、最近の流行には疎いし、世間知らずでさ」
「俺のせいで人生狂わせちゃってごめん!!」
「……なあ、魔王」
「なんだ?」
勇者は虚ろな瞳で魔王を見つめ、やがて小さく笑った。
「ここでお前を殺して首を持ち帰れば、名誉挽回できるかな?」
「…………いやぁ、それはドダローネー」
「ちょうどいい所に修理に出したばかりの聖剣があるんだが」
「わあ、よく切れ味良さそう♪」
背中の鞘から取り出した聖剣。
修理に出したばかりなので、かなり輝いてます。
勇者と魔王は相変わらずアハハハと互いに笑いながら向かい合う。
「因みにさ、勇者」
「何だい、魔王?」
「この世界って銃刀法違反とかってあったっけ?」
「異世界設定だから無かったはずだよ」
「あ、そっか。俺ってば馬鹿だなー」
「全くもー。その頭斬り落とせば治るんじゃない?」
「それはどうかなー」
「じゃあ試してみよう」
「さらば!」
逃げる魔王、追う勇者。
人の波を掻き分けて、果てしないチェイスが始まった。
「待てや魔王!!」
「待たねえよ勇者!!」
楽しいコミケ日和が一転して命がけの追いかけっことなった。
因みに、コミケ来訪者は勇者の聖剣を、「良く出来た模造品だなぁ」としか思ってない。
本物です。
「ちょ、おまっ、悪ふざけはよせって!」
「今こそ負の連鎖を断ち切る時!!」
「話を聞けぇぇぇぇ!!」
そうして一時間。
魔王は人の波に紛れ込む事によって勇者を撒く事に成功したのだった。
流石の勇者も、一般人相手に聖剣を振ってはいけない。
それぐらいの理性はなんとか保っていた。
「くそっ……どこだ、どこだ魔王!?」
「もしもし、そこのお兄さん」
すると、フードを被った少女が勇者に話しかけてきた。
「なんだ?」
「同人誌、お一ついかがですか?」
そう言って勇者に同人誌を一冊渡す少女。
「……おい」
渡された同人誌の表紙を見て、勇者は固い声を出す。
「なんで………男同士が絡みついているんだ?」
なんと、少女に渡された同人誌のジャンルは、なんとBLだったのでした。
これはキツい。
「しかも、これ……どことなく俺と魔王に似ている気がするんだが……」
「気のせいです」
少女は口元に笑顔を浮かべて、勇者に語りかける。
「百聞は一見にしかず……人気のジャンルですよ?」
「そ、そうなのか?」
「はい。同人誌というのは、表紙と中身が必ず一緒とは限りませんから、ほら」
少女が指差す方向には立ち読みをしている女性がたくさんいた。
「皆、立ち読みしているでしょう?」
「あ、ああ……」
「さあ、読んでみて下さい」
「わ、分かった……」
勇者は多少げんなりしながら、ページを捲った。
『勇者よ、ここで尽きるとは情けない。……少し、躾が必要みたいだな』
『ま、待て魔王!!』
『フンッ。貴様は、我が偉大なる魔剣にどこまで耐えられるか、実に見物だな』
『ぐっ…あぁ……やめろ! やめてくれ!!』
『さあ、切り開くとしよう。新たな世界をな!!』
『アッ――――――!!』
「そんなはしたない本を読んじゃいけません!!」
魔王がスライディングしながら登場し、同人誌を叩きおとした。
「チッ、余計な真似を……」
フードを被った少女は、顔を俯かせて舌打ちした。
魔王は少女を一睨みし、赤面している勇者に話しかける。
「おい、無事か?! 精神はまだ汚染されてないか!?」
「ひっ?!」
勇者は自身の尻を押さえて、全力で後退して魔王と距離を取る。
「お、おい……勇者」
「掘られてたまるか!!」
「いや、掘らねえし。吐き気するから、怯えるな」
「そんな事言って、油断したら貴様の魔剣が俺の尻をロックオンするんだろ?!」
「しねえよ、馬鹿。つーか死ね」
完全に怯えている勇者。
これでは話にならない。
魔王は原因を作ったフードの少女に視線を移す。
「あんた、なんでここにいるんだ?」
「はて、何の事でしょうか?」
「とぼけるなよ、詐欺師」
「失礼ですね。詐欺師じゃなくて所長ですよ」
少女はフードを取った。
少女の正体は、ハローワークの所長だったのだ。
「なんてめんどくさい事してくれやがったんだ。完全に同人誌の俺――認めたくないが――と現実の俺をごちゃ混ぜにしてんじゃねえかよ」
「とても素敵な事だと思います。そのまま突き合えばいいと思います」
「つきあうの字が微妙に間違ってんだが」
「わざとです。むしろ、こっちの方が好ましいです」
「無ぇよ!!」
「全く……」
所長は肩を竦めて溜め息を漏らした。
「これだから固定概念に囚われた男は……。だから進歩しないのですよ」
「なんだと?!」
「おや、図星を指摘されてご立腹ですか? 情けないですね」
「うっせえな! それより、なんでお前がコミケにいるんだよ!?」
「またそうやって話を逸らして……。所長がコミケに来ちゃいけない法律でもあるんですか?」
「いや、無ぇけど……」
「なら、私がここにいる可能性は少なくとも二つあるはずだと思いますが? それさえも考えられないのですか?」
「ぐっ……相変わらずの毒舌だな…」
「別に毒を吐いているつもりはありません」
――キリリッ
魔王の腹に僅かな痛みが走った。
別名、ストレス胃腸炎とも言うが、魔王は痛みに耐えながらも、所長に言う。
「分かったよ、俺が悪かった。俺としてはあの馬鹿と一緒にこの魔空間から脱出できればいいわけで、別にお前と喧嘩するつもりもないんだ」
「脱出できると思うんですか、ここから?」
周りを見てみる。
何故か出入り口が武装した腐女子で固められていた。
「てめえ……」
「私達が一度捕らえた獲物を、そう簡単に手放すわけないでしょ?」
「俺達を一体どうするつもりだ?」
「そう身構えなくとも、無傷で家に帰してあげますよ?」
「話をはぐらかすな。俺達を、どうするつもりだ?」
「なぁに……貴方達にはちょっとだけ…腐男子になってもらうだけですから」
腐男子……それはBL好きの男子の事である。
腐女子がBL好きなら、腐男子はGL好きだと勘違いしないように。
作者のように、痛い目を見る事になります。
「悪いが所長……俺にはその世界は荷が重すぎる」
「大丈夫ですよ。この世界は片足さえ突っ込めば、あとは底無し沼の如くどこまでも堕ちていくだけですから」
「その抜け出せない恐怖が嫌なんだよ!!」
「まあ、今更何と言っても……もう貴方に選択権はありませんから」
「くっ……!」
辺りには武装した腐女子、背後には絶望に染まった勇者。
どうする? どうすればいい?!
続きはWe――
「その手は使えません」
「せめてbまで言わせてくれよ!!」
完全に退路を断たれた魔王と勇者。
因みに作者から一言。
ここで負けたら、BLモノ書きたくないので完結します。
「えぇぇぇ?! これ、ある意味で最終回?! 嫌すぎるわ!!」
「さあ、どうします? どうするんですか?」
「う…くっ……!」
魔王は眉間にしわを寄せ、地に伏した。
(最早……これまでか…)
そう諦めかけた、次の瞬間――
「こんな最終回ありえんからぁぁぁぁぁ!!」
屋根を突き破って侵入してきたのは、“あの”巫女だった。
相変わらず、白と赤の巫女服に、十字架を首から下げ、右手に聖母マリア像、左手に仏像を持っている。
それに加え、『下僕』と書かれたハチマキを額に巻いていた。
「お前は……巫女モドキ!」
「モドキ言うな! あたしは正真正銘歴とした巫女だっつーの!!」
「だったら信教を1つにしろよ!」
「余計なお世話よ!!」
魔王と巫女がメンチ切っていると、所長が咳き込みながら、巫女を睨む。
「ゲホッ、ゲホッ……誰ですか、貴女?」
「見ての通り、巫女よ」
「………」
「なんで黙るのよ!?」
「巫女も世も末だと思っただけです」
巫女は「キッー!」と言って所長を睨み、赤面顔で地団駄を踏む。
「なんで魔王を迎えに来ただけで、初対面の奴にここまでディスられなきゃならないのよ!!」
「いや、それは自業自得……って、え? 俺を迎えに? 何故?」
「ラン…様が、あまりにも帰りが遅い魔王…様を心配して、あたしを送ったのよ」
「あぁ、そういうことか。あと、様付けなんて別に無理してするもんじゃないと思うんだが」
『様』を言うときだけ、巫女の顔は、かなり忌々しげだったらしい。
「あたしだって付けたくないわよ! でもね、ラン…様に付けられたコレ!」
巫女は自身の額に巻かれているハチマキを指差す。
「この呪われたアイテムのせいであたしはラン…様と魔王…様に絶対服従な上に、目上の奴には必ず様付けしなきゃいけないのよ! あぁ死にたい!!」
「なんか色々とすみません」
「話し合いは済みましたか?」
所長は退屈そうな表情を浮かべ、溜息を漏らす。
巫女はそんな所長を睨みつけ、周囲の武装した腐女子の軍団に目を向ける。
「とりあえず、あたし達はもう帰ってもいいかしら?」
「……。いいですよ、なんか興が冷めました」
こうして、最終回の危機は去ったのだった。
しかし、
「勇ちゃーん、ちょっと勇ちゃん! どうしたのぉ? どうして部屋から出てきてくれないのぉ?」
「母さん、世界は……危険に満ちてるんだ…」
勇者は自室の扉の向こうにいる母親に、涙目でそう言った。
次回は、タングステンさんのリクエストにあった魔王の家出編を書こうと思います。