勇者に倒された魔王の退却
―大広間―
「魔王様、下がってください」
ランが一歩前に歩み、魔王を下げさせる。
「なに? あんたが相手なわけ?」
巫女――の格好はしているが宗教バラバラ――は、聖母マリア像と仏像をそれぞれ片手で回しながら、まるで双剣を構えるかのような構えを取る。
「私は、魔王様専属のメイドです。主をあるべき道に導き、守護する者……」
ランの言葉に感動しつつも、内心複雑な魔王。
(守護する者って言う割りには、俺の扱いが色々とひどい気がする……)
気にしないでおこう。
「ふーん。つまり、あんたを倒せばようやく魔王と闘えるわけね。いいわ、まさにゲーム通りだわ」
「……ゲーム?」
魔王は巫女――とても認めたくないが――の言葉に首を傾げる。
「んふっ! んふっ!」
魔王の疑問に巫女は二、三度咳をしてランに向き直る。
「じゃあ……そろそろ始めようかしら」
「言われなくても、です」
ランは姿勢を低くして加速しながら、懐から美少女フィギュアを取り出す。
そして巫女との距離を一気に縮めていく。
「ってこんな時もお前の武器は俺の美少女フィギュアかい!」
魔王のツッコミは、大広間に虚しく広がった。
「はあ!」
「っ!」
目にも止まらないハイスピードのラン
到底常人では防げないであろう二体の美少女フィギュアによる攻撃を、巫女は意図も容易く聖母マリア像と仏像で受け止めた。
ランはすぐさま身を翻して空中を一回転。
そのまま巫女との距離を広げる。
「中々の初手ね。スピードもパワーも十分だわ」
「どうも」
「……そうね。外の連中よりは骨がありそう」
その言葉に、魔王は息を飲む。
「まさか一人で…片付けたとでも言うのか……?」
その言葉に、巫女はニッコリと笑う。
「ええ。魔王城の住人はとても強いと期待していたのに、拍子抜けだったわ」
ルーシーとミャオは確かにインテリ派だが、立派な魔族。
人間の身体能力とは比にならないくらいのポテンシャルを備えている。
雑魚スライム兵にしても、彼女らは日頃からランによる厳しいスパルタ訓練を受けている。
その兵の数は、約千人。
それらを、無傷で倒した事になる。
「ラン……」
「魔王様、一々言われなくても分かってます。彼女は“かなり”ふざけた身なりをしていますが、強さは本物です」
ランの言葉に、巫女は「フフン♪」と胸を張る。
「これぞ、あらゆる宗教を体得してきたからこそね」
「いや、それは違うと思う」
宗教を複数信仰する不誠実女に、神も仏もキリストも、ご利益を与えないと思う。
魔王は、そう思った。
「さあ、今度はこっちから行かせて―――」
「させません」
「へぶっ!」
「弱っ!」
攻撃に移ろうとした巫女の顔を、ランは無表情で横殴りした。
その結果、巫女は「ばたんきゅー」と言いながら地に伏した。
巫女は拳を握り締めると、「キッ!」と言ってランを睨んだ。
「ちょっと! こういうのはターン制でしょ!? なに連続攻撃してんのよ!!」
「いえ、実際の戦いにターン制もくそも無いのですが」
「あるわよ! 物事には順序ってものがあるんだから!!」
「貴女の価値観を私に押し付けないで下さい」
「もう! なによこのバグ! 早く修正しなきゃいけないじゃない!!」
「バグはむしろ貴女自身だと思いますが……良い意味で」
「良い意味?! バグに良い意味なんてあるの!?」
「いえ、ありませんが」
「ダメじゃん!」
いつの間にかシリウスな空気がすっかり砕け、いつものコメディーな空気になってしまった。
――ピピピッ!
魔王の携帯電話が唐突に鳴り、魔王は通話ボタンを押した。
「はい、もしもし」
〈おい、いつになったら来るんだ魔王?〉
「その声、勇者か?」
〈そうだよ。お前に言われて朝早くからコミケに並んでる勇者だよ!〉
「ああ……そういえば今日が約束の日だったか」
魔王は遠い目をしながら思い返す。
勇者がコンビニに襲撃した日、魔王はてんちょーの折檻から生還した勇者と約束したのだ。
心の傷を癒すために聖地に一緒に行こう、と。
〈まさかお前……忘れてたのか?!〉
「……いや、ちょっと取り込み中でね。うん、すぐ行く」
〈いいか、絶対来いよ。絶対来いよな!!〉
「それはあれか。押すなよ的なやつか?」
〈フリじゃねえよ!!〉
「うんうん、分かった。仕度を整えたらすぐ行くよ」
〈ああ……待ってる〉
そう言って、通話を切った。
「……あのー」
魔王は恐る恐る声をかける。
「何?」
巫女は訝しげに振り返った。
「俺そろそろ、勇者とコミケに行くんでいいっすか?」
「駄目よ!」
魔王の言葉に、巫女は「クワッ!」と顔を般若のように歪ませた。
「大体、なんで魔王が勇者とコミケに行くのよ! 可笑しいでしょ! あんたらライバルでしょ?!」
「ほら、それはあれだよ。悟〇とベ〇ータみたいな関係だよ、うん」
「あんたらそんな素敵な関係なわけ?!」
「嘘だけど?」
「嘘なの?!」
魔王は内心、晴れやかな気持ちだった。
いつもイジラれキャラだった自分が、生まれて初めて誰かイジッた、と。
そして分かった事。
先程からのこの巫女の発言から想像できるだろう、彼女はバカだった。
良く言えば素直と言ったところか。
「魔王様、笑顔がキモイです」
「ぐえっ!」
二体の美少女フィギュアが、魔王の両眼に刺さった。
「なんでお前は毎回毎回俺の両目を潰すんだよ! 今まで失明しなかったのがマジ奇跡だよ!!」
「失明させない程度に相手にそこそこのダメージを与える。流石、私、ですね」
「流石でも何でもねえよ! つーかいい加減俺のフィギュアを武器にするのやめようよ!!」
「それでは私のアイデンティティーが崩れてしまうのですが」
「いっそ崩れてしまえ、そんなアイデンティティー!!」
「こら、魔王様。誰に向かって口聞いてるんですか」
――ブチッ
先程よりも、深く…深く……刺さりました。両目に。
「あぎゅらばなさかあたやわまなやなわやかは?!」
「日本語喋って下さい」
「お前の攻撃、理不尽すぎる!!」
「誉められました、嬉しいです」
「全然誉めてねえよ! あと、嬉しいならせめて頬染めてもいいんじゃないかい?! 無表情は怖いって!!」
「魔王様に、頬を染める? ………………………………………………死んでもいいですか?」
「あ、そんなに嫌なの?! 死ぬほどつらいの?!」
「……分かりました。魔王様がお望みならば、このラン……。頬を染めてみせましょう」
そう言って、ランは……………………魔王の腹を思いっきり蹴り飛ばした。
「貴方の血で」
それからまもなく、ランの頬は赤く染まりました。
彼女の言う通り、魔王の血によって。
「では……」
「っ?!」
ランの声に、巫女はビクッと肩を揺らす。
「えーと…その……お邪魔しましたぁ」
巫女は回れ右をして魔王城から立ち去ろうとしたが、ランは相変わらず笑顔だ。
「まあまあ。少し話しましょうか」
「あぷっ?!」
ランは懐からスイッチを押して、あらかじめ天井に備えてあった捕獲網で巫女を唱えた。
「ちょっ! なによこれ!?」
「最近、人手不足で困ってましたね」
巫女の言葉を無視して、ランは自身の都合を述べる。
「とりあえず、ルーシー様、ミャオ様、雑魚スライム兵達の治療費、並びに大広間の窓ガラスの修理代……きっちりその身で払ってもらいますよ……フフッ」
「い…い……いやああああああああああああああああ!!!!」
〈おーい、魔王。まだかぁ? もう少しで開くぞぉ〉
携帯電話から響く勇者の声。
薄れ行く意識の中、魔王は最後の力を振り絞って言った。
「ゆ、勇者よ……俺の代わりに……先に…行け…っ! ……ガクッ」
魔王の意識が、そこで落ちた。
〈………。おお、魔王よ。死んでしまうとは情けない〉
――ツーツー
携帯電話の音が、城内に木霊した。
※続きます
次回は、魔王と勇者のコミケ巡りです。
道中、意外と人と遭遇するかもです。
まあ、いつも通りの日常がコミケという特殊な場所に移っただけだと思っていただければ……幸いです。